(19)
王子様はセクハラがお好き
教室から横抱きにされた状態で、アシルの寮室に連れ込まれたロゼトワールは、高品質フェザーを贅沢に使用した絶妙な柔らかさの、艶のある黒革の高級感ある――実際に最高級品質のソファー(ちなみにロゼトワールの部屋には同じ品質のアイボリーカラーのソファーが置かれている)に腰掛けたアシルの膝の上に座らされて説教を受けていた。見た目から緊張感がないので、ロゼトワールにとっては、いつもの世間話と同じようなお話をしている感覚ではあったけれど。そして傍から見ても説教ではなく、ベタベタにいちゃついているだけだったけれど。
「ヴィー」
「なぁに?」
といつもの調子で返したロゼトワールは、『設定』を思い出して慌てて言い直した。
「何かしら、アシル殿下」
「俺の前ではいつも通りでいいんだぞ」
愛おしげな手付きでアシルはロゼトワールの髪を撫でる。絹のような柔らかさと輝きのある髪は、一つのもつれもなくなめらかな指通りをしている。ほんのりと柔らかな花の香りのする髪を掬い取って口付ける。
「まったく、ヴィーはいけない子だな?」
「な、何がです、のッ」
髪に、頬に、蟀谷に、額に。ちゅっ、ちゅっ、と軽いリップ音とともに口付けされるロゼトワールは、ひゃわひゃわと恥ずかしさに頬を染めて、身悶える。耳まで真っ赤に染めあげて恥ずかしがるロゼトワールに、ヒロインをイジメる強気な悪役令嬢の威厳など皆無だ。
赤く染まったそのかわいらしい耳朶に、アシルはかぷりと甘噛みする。ひゃんっ、とそれはまたかわいらしい鳴き声を上げたロゼトワールは、その元凶から逃げるどころか、アシルにしがみつくようにして身体を寄せた。長年にわたって調教された身体はその習性を簡単に忘れられない。
自ら腕の中に飛び込んで来た獲物に気を良くしたアシルは、上機嫌でロゼトワールの柔らかな身体を弄りながら、至るところにキスの雨を降らした。
「ゃ、んっ。殿下、あ、あしる、でん、か……」
やんやん、と言いながら、しっかしその白い首筋をアシルの前に差し出すようにするロゼトワールは、しっかりアシルの調教がキマっていた。
「シャルと呼べ」
「で、でもっ……ひゃんっ!」
ぺろん、と曝け出した喉元を舐められて、ロゼトワールは恥ずかしさにぷるぷると震える。
「ほら、シャル、だ」
「しゃ、シャルっ」
恥ずかしさに耐え切れなくなったロゼトワールは、悪役令嬢の矜持を捨てた。
「シャ、シャルっ! 待って」
「言いつけを守れない、悪い子にはお仕置きが必要、だろう?」
「お、お仕置き……?」
(もしかして、鞭で叩かれちゃうのかしら?)
悪い子のお仕置きと言えば、鞭で手の平やお尻を叩かれるものであると聞いている。素直で真面目なロゼトワールは、今まで鞭打ちを受けたことはないが、それはそれは痛いものだと聞いている。
想像して、ロゼトワールは、きゅっと身を縮こまらせながら恐る恐る手の平をアシルの前に差し出した。
「あ、あまり、痛くは、しないでね……?」
それでは罰にならないかもしれないけれど、ロゼトワールは涙目でそう懇願した。
怯えを滲ませながらも、それでも潤んだ瞳で見上げてくるロゼトワールの姿は、褥の上で恥じらいながら初めての夜を待つ新妻のようでもあった。
アシルは思わず、居室の奥にある寝室に意識を飛ばし、しばらくの間を置いてその妄想を飛ばし、差し出された手を取ってその手の平に口付けた。
「俺がヴィーにそんな酷いことをするわけないだろう?」
お仕置きという言葉に、ロゼトワールがどんな想像をしたかくらいは分かる。肌が裂けるほどの鞭や、焼き鏝で肌を焼かれ、一枚一枚爪を剥がされる――ような拷問のような仕置きではなく、せいぜいがペチペチと叩かれる程度の想像でしかないだろうが。泣いて縋って命乞いをするような酷い仕置きの知識はロゼトワールにはない。
「で、でも、お仕置きって、シャルが……」
「恥ずかしがり屋のヴィーには、これで充分お仕置きになるだろう?」
掴んだ手を引き寄せて、腰に回した片手が踝丈のスカートを捲り上げる。裾が乱れたスカートから、白いガーターベルトに吊られたストッキングが露わになり、白い太腿の一部が捲れ上がったスカートの裾の先から見え隠れする
「きゃぁ!?」
怒りに染まった声ではなく、羞恥に染まったかわいらしい悲鳴が上がった。慌ててスカートを直そうとするが、その手はパシリとすぐにアシルに捕えられてしまう。そのまま腕に抱きすくめられれば、ロゼトワールは動きようもない。
「お仕置き、そう言っただろう」
「ひゃぁんっ……」
楽しそうに言うアシルの指に、スルリと太腿からストッキング越しの脹脛までを撫でられて、ロゼトワールは羞恥に身悶えた。
どう見てもロゼトワールは、ヒロインをイジメたことを王子に咎められる悪役令嬢ではなく、悪い王子様に掴まったかわいそうなお姫様だった。