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 ルシンダはつい最近まで貴族籍のない平民階級の娘だった。そんな彼女が男爵家の娘として貴族籍を持つようになったのは、何も彼女に類い稀なる美貌があったということでもないし、特別な才能があって引き取られたというわけでもない。単に彼女がレッキー男爵の実の娘だったからレッキー男爵家に入籍しただけだ。そして別にそこには何もややこしい事情等はない。ルシンダと一緒にレッキー男爵家に入り、レッキー男爵夫人となった母親も別に元妾だとか、そんな事実はまるでない。ルシンダの両親は平民時代から仲のいい夫婦だった。

 レッキー男爵家は、昔からある世襲制の貴族ではなく、爵位を「買った」成金貴族で、ルシンダの父が爵位を買ったのはつい最近のことだ。父もまた平民出身の貴族だ。


 レッキー家は元々裕福な商家ではあったけれど、父の代になってその収益が一気に増えたのは、何もあくどい商売をしているからではない。全ては祖父の『投資』の結果が父の代に還って来ただけの話だ。その投資だって何も初めから儲ける気で始めたわけではない。

 ルシンダの祖父は商売人ではあったけれど、それ以前に根っからのお人よしだった。困っている人がいれば放ってはおけず、何くれと世話をしていた。特に夢追い人と言われるような芸術家や学者を目指す若者には、年寄りの道楽だと言って、住まいを貸し与えたり、資金援助や学費の援助等幅広い支援を行っていた。道楽なので無償で。

 そうして支援していた若者の中には世間に認められる成果を上げるものもいた。そしてその中の一部には、かつて受けた恩を返したいと新しい事業への知恵を貸してくれる者や、共同して事業を起こす者、レッキー家専属の芸術家として仕事を受ける者も出てきた。元々順調だった商売が、さらに多種多様な分野で優秀な人脈を得たことでより広く大きな事業へと展開していった。

 志半ばで夢を諦めた者の中にも、仕事に事欠く者はレッキー家で働きたいという者もいて、祖父はそうした者も受け入れていたから、事業を広げても人手に困ることはなかったし、そうして雇った者の中にも優秀な人材は多くいたので、分野ごとに適した人材を配せたことがレッキー家が成功した大きな要因だろう。

 ルシンダはそんな学者の卵や芸術家の卵達が集まる環境で育ち、恩人の孫娘ということで彼等は何かと彼女の世話を焼いてくれた。元平民でありながら、ルシンダが生来の貴族の子弟に負けず劣らず様々な知識を得られたのはそうした環境のおかげだった。それは自然に身に付いた教養であり、何もそれを使って成り上がろうという気は一切なかった。このまま商家の娘として、両親の手伝いをし、若手の誰かと結婚し、家を継ぐのだろうと思っていた。自分が貴族の娘になる日が来るなんて、思ってもいなかった。

 ルシンダの父が爵位を買ったのも、別に貴族として成功したかったわけではない。祖父や、そんな祖父を見て育ち、同じように人助けを当たり前にする父を頼ってくる者が増え、ただの商家だけでは雇用できる者も限られていることから、彼等の仕事を保障するためには爵位があった方が都合がいいことが増えてきたから、爵位を買ったに他ならない。どれだけ事業が成功し、資産を持っていたとしても、貴族籍が有るのと無いのとでは国からの補償が雲泥の差だ。勿論それにともなう義務――言ってしまえばお金が必要ではあったが、補償を買うという点では妥当な金額だと判断した。貴族籍があれば、これまで参画できなかった貴族界での商売も可能となることを考えれば、得になると考えた。父としては仕事を効率的に行うための手段でしかなかったのだろう。貴族としてよりも商売人としての感覚しかない。

 そうして、元平民だったことから、貴族のしきたりには疎く、妻子の入籍手続きが遅れたというのが事の顛末だ。

 貴族と違って、平民は結婚したり子供が産まれたからと言って何か特別な手続きをするわけでもない。中には教会等に行って記名を行う者もいるけれど、それで生活の何が変わるわけでもない。それならば別に必要ないと思う平民の方が多いのだ。

 それに対して、貴族は貴族院に対して爵位を持つ者とその正式な家族となる者は届け出を行い、貴族籍を持つ必要がある。届け出がない者は、実の夫婦や親子であっても貴族とは認められない。

 貴族には平民と違い様々な義務とともに特権やそれに伴う財産が生じる。そのため、無届けの者まで縁者として認めてしまえば揉め事が多く生まれる。入籍制度を取っていても、大貴族の中には、見知らぬ女が亡き主人の愛妾だといい、遺産を譲れと主張し、見知らぬ子を連れてその子の爵位継承を認めろという事例が後を絶たないくらいだ。

 ただ、そうした醜聞とは我が家は無関係だな、とレッキー家では笑っていたのだが、いざ貴族としての付き合いが始まるとそうは言っていられなくなった。貴族界隈での社交場にはパートナー同伴で参加することが暗黙の了解となっている。結婚していれば夫婦で参加する。ただし、この夫婦というのは、正式に籍を入れた夫婦のことで、それ以外の者は愛人や妾として認識される。

 そうしたことをようやく気付いた父親が、妻や娘が貴族界では実の家族として認められないのはいけないと慌てて入籍手続きをしたというわけだ。それが結果として、ルシンダは社交界デビューを果たせないまま学院の入学時期を迎えたというわけだ。


 男爵家の娘となってから、貴族の心得的なものを簡単に学んだルシンダは、自身の経歴がかなり異色であることを理解していた。そもそも、従業員のために爵位を買うという貴族そのものが珍しいだろうから、その娘が普通の貴族であるわけがない。

 いろいろなことを学ぶことは嫌いではなかったし、たくさんのことを知ることは商売の役に立つと思っていたから、もともとルシンダは学院に通うつもりでいた。もちろんそれは貴族科ではなく普通科に通うつもりだったが。根っからの平民階級育ちのルシンダとしては、庶子であることになんら不都合はなかったのだが、それを言えば家族のことが大好きな父が泣いてしまうことも分かっていたから黙って受け入れた。

(まあ、貴族科といっても一般科なら、成金貴族もたくさんいるだろうし)

 どうせ、成金貴族は一まとめになるだろうと気軽に考えていたら、まさかの特待生として特別科に在籍することになるとは思わなかった。入学通知を貰った時は思わず頭を抱えたものだ。

 貴族なんて面倒くさいと思っているルシンダは、出来るだけ目立たずやり過ごそうと思っていたのに、初手から失敗した形だ。家庭環境が学習の場として優れていたなんてその時まで気付きもしなかった。

 それでも、その時まではまだ何とかなると思っていた。目立ちはするが、それは悪目立ちというもので、遠巻きに扱われることになるとルシンダは思っていた。

 特別科は高位貴族の子弟の集まりで、つまりそれだけプライドの高いお貴族様の集まりだ。そんなところに平民出身の男爵家の娘が入ったところで上手くいくはずもない。その瞬間にクラスでの友人作りは諦めた。学べるものだけ学んで淡々と学院生活を送ることを決めた。

 もしかしたら、多少は嫌がらせ的なものは受けるかもしれないが、直接的な危害を与えられることはないと踏んでいた。学院内での傷害事件はご法度だ。貴族の子弟にとって、学院の卒業はその後の将来のための必須資格だ。停学となれば当然その価値に傷は付き、退学となれば最悪家から放逐されかねない。

(まあ、タダで国一番の授業が受けられて儲けものと思うべきよね)

 特待生として選ばれたルシンダの授業料は免除される。別にお金に困っているわけではないが、商売人の娘としてはお得情報には乗っておく。クラス内で浮いた存在になるのはその代償だと思えば何てことはない。


 そう、思っていたのに。


「なんで、王太子の婚約者に目を掛けられた結果、王太子に目を付けられる事態になるかなぁ……」

 予想だにしていなかった展開に、ルシンダは重い溜息を吐いた。

「今から貴族籍抜けて、普通科に入り直せないかなぁ~……」

 放っておいてくれてよかったのに、ロゼトワールの親切心が辛い。


 ロゼトワールの悪役令嬢魂はヒロインを目指していないルシンダにはまるで届いていなかった。

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