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 友人が講堂の持つ空気感とは違う緊張を持つ中、その元凶のロゼトワールは入学者の確認に勤しんでいた。

 前列は王家に縁深い有力高位貴族が並んでいるようで、ロゼトワールの知らない顔はなかった。後列に視線を移すと、あまり話したことはないが茶会の席等で何度か顔を合せたことのある伯爵令嬢達の姿があった。そこからゆっくりと視線を動かして確認していくと、一番端の席に見慣れない茶髪の少女が座っていた。肩にかかるぎりぎりの長さの髪の毛は艶のある飴色。瞳の色ははっきりとは見えないが、茶系の瞳をしているようだ。

(あの方がルシンダさんかしら?)

 一見したところ、特別目立つ容姿というわけではない。誰もが息を飲むような女神のような美しさをしているわけでも、清廉とした可憐な聖なる乙女を彷彿とさせるような容姿でもなく、王族との繋がりを感じさせる感じはない。煌びやかで華やかな容姿が多い貴族社会の中では埋没してしまうような平凡な見た目。

 けれど、平凡なその容姿にロゼトワールががっかりすることはなかった。

(平凡でも笑顔のかわいい大衆食堂の看板娘が貴族のヒーローに見初められる、なんて話もあったもの)

 庶民街に行ったことのないロゼトワールには、「大衆食堂の看板娘」というものがどんなものなのかは想像でしかないけれど、きっと愛嬌のある素朴な町娘のことなのだと理解している。物語の主役は、特別美しい容姿や可憐な容姿のヒロインだけではないのだ。

 むしろ、どこにでもいるような平凡な容姿をした少女がヒロインであった方が「真実の愛」の物語としては一層盛り上がる気がする。見た目ではなく、その人となりに惹かれ、癒されて、という方が純愛ではないだろうか。

(うん、うん。やっぱり大事なのは中身よね。男爵家から努力を重ねて特別科に進学した頑張り屋さんの少女。その健気な姿にヒーローは惹かれ、次第に恋に落ちていくの)

 ああ、素敵だわ。と自身の妄想にうっとりして、ふんわりとした笑みを浮かべるロゼトワールの姿は、段下の学生の多くの注目を集めていたが、当の本人は気付かずにいた。


 にこにこと笑みを深めたロゼトワールの姿に、どうしてあの娘は、とマリエールとイヴェットは頭痛を覚えた。

 真綿で包まれるような世界で生きるお姫様なロゼトワールは、元々ふんわりとした笑みが標準装備だ。緊張感とはほど遠く、きりっとした表情は長続きしないことは分かっていた。澄まし顔を練習させてみたけれど、しばらくすると「お顔がぷるぷるしちゃうわ」と両手で頬を抑えながら、情けなく眉をへの字に曲げるくらいだ。

(だから言ったのに……!)

 ロゼトワールを常に傍に置いておきたい王太子が、婚約者の肩書を利用して、ロゼトワールは準王族だからとゴリ押しして彼女を壇上の席に座らせたのだが、これでは却って目立っている。やはり大人しく前列に座らせておいた方がマシだったのではないだろうか。もう今更言っても遅いが。

 アシルは政敵の動きについては、何手先も読めるのに、ロゼトワールが絡むと、途端に目先の欲望を優先させて後先考えない行動を取る。ある意味で、そこがアシルの人間臭いところではあるのだが、自分で蒔いた種に腹を立てるのだから周りとしてはいい迷惑だ。目の保養のためにこっそりと覗き見る、害のない羽虫のような視線であっても、許せないのがこの国の王太子様だ。

 権力争いとは何ら関係ない羽虫を蹴散らす仕事が一段と増えるのかと思うと、溜息を噛み殺すのも一苦労だった。

 それでも、アシルが挨拶を終えると、ロゼトワールも澄まし顔を思い出したのか、何とか表情を取り繕った。アシルが隣に戻ったことで、またロゼトワールの緊張がなくなるのではとハラハラしたが、さすがに式典中にイチャイチャする色ボケ王子ではないので、真顔のアシルの姿にロゼトワールの気も引き締まったのだろうと一安心した。


 様々な緊張感に包まれていた講堂も式の終盤ともなると、学生達の緊張は少しほぐれ、高揚感が増しているようだった。

 式が終わり、退場の際には顔見知り同士が声を潜め、楽しそうに話をしながら講堂から出て行った。

 密やかなお喋りに乗じて、ロゼトワールもアシルに身を寄せてこそりと話し掛けた。

「ねえ、シャル」

「どうした」

「あの方がル……レッキー男爵嬢かしら?」

 ロゼトワールの問いかけに、アシルもちらりと特別科の端を見て、小さく頷いた。

「ああ」

「やっぱり、そうなのね」

「だから」

 あの女には近付くなよ、と注意をしようとしたアシルに

「かわいらしいお嬢さんね」

 にこにことロゼトワールは笑いかけた。

 きらきらとした笑顔に、アシルは強い言葉を続けることが出来なかった。

「――人は見かけによらないと言うからな」

 一番、見かけによらない中身をしている人間が何を言うのかという感じだが。

「ふふ。シャルもかわいらしいお嬢さんだと思うのね」

 そんな事は一言も言っていない。

 ロゼトワールの分かっているという言葉はやはり当てにならなかった。やはり、ゆるふわお姫様に危機感は搭載されていなかった。

「ヴィー」

 改めて注意をしようとしたアシルだったが、


「これから楽しみね」


 うきうきとして抜群にかわいい笑顔を向けるロゼトワールの前に、アシルは何も言えなかった。

 側近からは残酷非道のナニカだと思われている王子も、恋する一人の少年だった。金も権力も知力も武力もありすぎて、愛情表現がアレなだけで。

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