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 期待と不安。様々な思いをそれぞれが抱えたまま、遂に学院の入学式を迎えることになった。

 毎朝の光景と同じく、フルベール侯爵家の門前には、王太子殿下の馬車が付けられた。

「おはよう、ヴィー。制服姿もかわいいな」

 というか、かわいすぎるな、と出てきたロゼトワールの姿にアシルは心配になる。

 体型を隠すように、少し大きめに作らせた制服は、ロゼトワールの胸の大きさや腰の細さを誤魔化しているが、そのだっぽりとして制服に着られている感じが、ロゼトワールの幼げな愛らしさを一層引き立てている。

 出来ることなら学院など通わせずに、宮に閉じ込めてしまいたいくらいの愛らしさだが、学院に通い、卒業することは王侯貴族としては避けては通れない道だ。王室典範にも妃は学院を卒業した者と定められている。

 ロゼトワールの迎えに馬車から降りたアシルに向かって、ロゼトワールはドレスよりも広がりのない制服のスカートを少し持ち上げ、淑女の礼を向けた。

「シャル――じゃなかった、ご機嫌よう、アシル殿下。殿下の制服姿もお似合いですわ」

 女子学生が紺色を基調にしたワンピースタイプの制服を着ているように、男子学生は紺色を基調にしたブレザーとスラックスを制服として着ている。盛装のような装飾はないすっきりとしたデザインだが、紺や白のきりっとした色使いは爽やかでいて精悍な顔つきのアシルによく似合っている。

「どうしたヴィー。畏まって」

「わたし、わたくし、アシル殿下の婚約者ですもの。これくらい当然のこと、ですわ!」

 一人称も口調も違うロゼトワールにアシルは首を傾げる。

 これが、ロゼトワールの『勉強』の成果だった。


 自身の役割――ヒロインとヒーローの恋の成就を助ける悪役令嬢――を理解したロゼトワールは、役になりきるために悪役令嬢が『活躍』する恋愛物語を読んで読んで読み込んだ。

 悪役令嬢の多くは、威圧的な見た目と、言動をすると多くの本には書いてあった。

 きつく巻かれた縦ロールの髪に、きつく吊り上がった目。

 メイドに言って髪を巻いて貰ったけれど、柔らかなロゼトワールの髪では巻き髪は持続せず、ふわりと風にそよぐ軽やかなウェーブの付いた髪にしかならなかった。威圧感のある目を作ろうとしても、ロゼトワールの大きく丸い瞳では、きつい吊り目を作ることは難しく、その目を強調しようとすれば、ぱっちりお目目のかわいらしいお人形さんのような美少女が出来上がるだけだった。風にそよぐ緩く巻かれた髪に、ぱっちりとした大きな瞳を持った美少女に、メイドたちがお人形さん遊びのように次から次へとかわいらしいドレスを着せてはしゃいだのは言うまでもない。

 だから、せめて本の中の悪役令嬢の一人称や口調を真似れば、少しは王太子殿下の婚約者(悪役令嬢)としての風格や威厳が出てくるかもしれないと試してみれば、なんだか一人前の意地悪な令嬢になれた気がしてロゼトワールはにんまりとした。

(これだわ!)

 自信を胸に、ロゼトワールは今日という日を迎えたのだ。

 いよいよ一世一代の大舞台の幕が開ける。



「わたくし、アシル殿下の婚約者ですもの。だから、それに相応しい、風格や威厳が必要ですのよ」

「そうか」

 胸に手を当ててツン、と居丈高に振る舞って見せるロゼトワールだが、不慣れな言動が見え隠れして、子供が大人ぶっているような愛らしい印象しかない。緩みそうになる口元を引き締めて、アシルはそう一言だけ言って頷いた。

 ロゼトワールが、王太子殿下の婚約者らしい姿を考えた結果がこれならば、好きにさせてもいいだろう。それで彼女の愛らしさが損なわれるわけでもない。

 基本的にアシルはロゼトワールに激甘で寛大だ。

「では、馬車までエスコートさせて頂けますか、愛しい婚約者殿」

「はい」

 わざとらしく大仰に差し出される手に、ロゼトワールはふわりと笑って手を乗せた。柔らかな笑みは威厳あるお嬢様とは言い難く、隠しきれない愛らしい姿にアシルは必死に笑うのを堪えた。

(俺のヴィーは何をしてもかわいいな!)

 愛らしい王太子殿下の婚約者を乗せた馬車はゆっくりと学院に向かって進み出した。



 学院まで馬車を使えるのは貴族科の学生のみ。その貴族科の中でも違いがあり、一般貴族科のものが馬車を使えるのは外門まで。内門まで入れるのは特別貴族科のものだけだ。その中でも、ロゼトワールが乗る馬車――王太子殿下を乗せた馬車は特別に舗装された通路を使い、敷地内を進んでいく。ゆっくりと馬車が停まったのは、学院の寮の玄関前だった。

 学院生活を送る間、学生は学院内の寮で共同生活を送る。共同と言っても、普通科に通う平民階級の学生と違い、貴族棟の学生は爵位に応じた個室が与えられ、多くの者は使用人を連れてきているので、食堂等の一部分を共有しているくらいのものだ。

 その中でも、アシルとロゼトワールを乗せた馬車が停まった先は、王族用の学生寮となっている。他の生徒が入ることがないように、専用の門前を始め至るところに衛兵が立っており出入りを厳しく監視している。

 王族用ということで、一般の寮よりも造りや調度も気品あふれるもので揃えられている。

「わたしまで、こんな立派な寮を使わせてもらっていいのかしら?」

 居丈高なお嬢様風の言動を忘れてしまったロゼトワールが、申し訳なさそうに眉尻を下げる。王太子殿下にエスコートされ、その後ろには近衛騎士が付き、寮の中では王城から派遣された使用人達が彼等の世話をする。侯爵家の屋敷よりも格の高い待遇だ。

 そんなロゼトワールに、もちろんだ、とアシルは愛おしげに額に口付けながらエスコートする。

「ヴィーは準王族扱いだからな。普通の寮に入れるわけにはいかない。それを言うのならリオやフィルもそうだろう」

「お二人はシャルの側近じゃないの」

 学院に入学する年頃の王族はすでに一部の公務を任されている。学院に通っている間は、この寮がアシルの執務室も兼ねる。そのため、アシルの補佐と護衛を兼ねる学友二人もこの寮で生活をする。男所帯にロゼトワール一人というのも外聞が悪いということで、ロゼトワールの友人であり、アシルの側近の婚約者であるマリエールとイヴェットも同じ寮で生活することになっている。仲の良い友人と寮生活も同じだと聞いて、ロゼトワールはますます学院生活が楽しみになった。アシルとしてはロゼトワールとの二人きりの寮生活を望んだのだが、ロゼトワールの友人二人の強い反対もあり、結局いつもの面々での寮生活となった。


 ゆったりと広い玄関ホールから廊下を進み、ダイニングルームを兼ねている広間の先が寮室となる。

「ここがヴィーの部屋だ」

「わぁ。かわいらしいお部屋!」

 花やレースで飾られたかわいらしい部屋にロゼトワールは歓声を上げた。王太子宮と同じく、アシルがロゼトワールのために用意した特別な寮室だ。

「気に入ってもらえたかな」

「ええ、もちろん! もしかしてこの部屋もシャルが用意してくれたの?」

「勿論だ。ヴィーのことを一番分かっているのは俺だからな」

「すごいわ! 本当にわたしの好みのお部屋よ!」

「ならよかった」

「いつもありがとう、シャル」

「かわいいヴィーのためなら当然のことだ」


 これだけ王太子に尽くされ溺愛されながらも、ロゼトワールはまだ自分の立場が分かっていないのだった。



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