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 アシル・シャルル・エクトル・フォルタン王太子殿下とロゼトワール・シルヴィア・フルベール侯爵令嬢の婚約は、運命の茶会からそれほど日を置かずに発表された。


 アシルにとって都合が良かったのは、ロゼトワールが婚約者となることに何の障害もなかったことだ。

 フルベール候補家は古くから穏健派として知られる王家の忠臣だ。特別派手な功績こそないものの、その領地運営は堅実なもので、どんな時代でも確実な利益を上げてきた家だ。圧政で私腹を肥やすこともなく、上がった収益で、医療施設や教育機関を充実させ、食糧貯蔵庫を各地に建て、街道を整備し、人と物の流れを良くするなど、領民の生活を保障し、生活の質を向上させる形で徴収した税を領民に還元してきた。そうした家柄もあり、領民からの信任も厚い。野心らしい野心を抱くことをなく、ただ実直で誠実な民思いの領主は、権威に阿ることなく、必要とあれば王を諌めることもできるとあり、過去を紐解けば相談役としてフルベール家の者を重用する王も多い。けれど、そのことで驕り高ぶることのない中庸な家柄は、目立った敵を作ることがない。

 王族の婚姻に関する事項は貴族会の承認を必要とするが、アシルとロゼトワールの婚約は、儀礼的な手続きのみで、特に紛糾することもなかった。フルベール家ならば権力が偏りすぎることもなく、身分的に申し分ない。野心ある家の者においても、『一時的に』ロゼトワールが婚約者として据えられることは却って都合が良かった。アシルもロゼトワールもまだ幼く、婚姻し、子を儲けるまでまだ時間がある。それまでの間に、痛ましい『事故』や『事件』が起きることもあるだろう。

 様々な思惑を孕みながらも、承認された結果に、アシルは満足げに頷いた。もっとも、賛同しない者がいたとしても、『私的な』方法で賛同させる、あるいはそもそも賛否に参加出来ない状態にする用意は出来ていたので、結果としては変わらなかったが、同じ結果になるのであれば早く決まるに越したことはない。


 ロゼトワールとの婚約承認は、アシルにとって当然の結果であり、それをもって満足することはなかった。むしろ、そこからが努力のしがいがあるところだった。

 アシルは自身に優れる能力があるとの自覚があった。だからこそ、ロゼトワールとの婚約並びに婚姻によって、その能力が落ちるようなことはあってはいけない。女に溺れ政を蔑ろにしたと見られる王の末路は虚しく愚王として名を残し、その相手の女は王を誑かした悪女として残る。

 ロゼトワールにはそんな汚名は着せられないと、アシルはさっそく努力を開始した。

 不正をしている貴族を炙り出し、爵位が保てなくなった家の領地は接収し、王太子直轄領とし、運営を始めた。小さな土地からコツコツと。齢五歳にして領地運営を開始する賢才王子が爆誕した。

 冴え渡る才能で傾いていた財政を瞬く間に立て直し、 貴族の不正に苦しめられていた領民からは厚い支持を得た。そうして上げた利益の一部をアシル名義の私有財産とし、大半を国庫に帰属させて国の財政を潤し、優秀で善良な治世者としての実績を積んだ。

 それからこつこつ王太子直轄領を増やし、国庫とともに私有財産を増やし、手に入れた財産運用して増やすことを繰り返し、国の予算を使うことなく、ロゼトワールのためだけの王太子妃宮が完成したのは婚約から五年、アシル達が十歳になった時のことだった。

 その頃になると、初めは王太子殿下の婚約者に選ばれたことに困惑していたロゼトワールも、アシルとの距離に慣れ、生来の素直さを見せるようになっていた。


 その間に、アシルは監禁部屋――王太子妃宮だけではなく、優秀な人材を集め、将来への足固め、身辺警護を確かなものへとしていった。

 自身の補佐役、警護役としてリオネル・エリク・シャリエール公爵令息、フィルマン・テオフィル・アディノルフィ侯爵令息を側近にし、ロゼトワールにはマリエール・オルガ・モンタニエ侯爵令嬢、イヴェット・アレット・ペシャラ辺境伯令嬢を選び、彼等彼女等の婚約を調えた。

 ちなみに、薬に詳しいマリエールへのアシルからの依頼は、

「惚れ薬は作れるか」

 というものだった。隙間なくガッチガチにロゼトワールを捕獲するつもりだ。

 それに対しての幼き頃のマリエールの答えが、

「自然発生的恋愛感情を生み、またそれを永続的に継続させる効用のあるものは見つかってはいませんが、例えば幻覚や幻聴作用のある薬を用い、不安を煽り恐慌錯乱状態させた相手に安定剤を与えることで依存心を生み出すことや、薬そのものに依存性のあるものを用いて、相手を意のままに操ることは可能かと思います。もしくは媚薬のようなものを使えば、性行為依存には出来るかと」

 だったところもなかなかにアレだ。

 もっとも、今ならそんなことを聞かれたのなら、マリエールが独自に開発した、遅効性で薬物反応が検出されない必死の毒をアシルに盛って、ロゼトワールへの害を減らすことを選ぶだろう。アシルがロゼトワールのために用意した盾は、アシルに対しても有効に働いていた。

 そうした経緯もあって、

(そもそもヴィーはあの性格も含めてかわいいのだから、それを薬で殺すのは最終手段だな)

 と、じっくり育てることを選び、その甲斐あってか、ロゼトワールはすくすくと育っている。


 中身がアレな人間に囲まれるロゼトワールだが、彼女自身は至って普通の、物語のお姫様に憧れるような乙女心を持つかわいい少女だった。物語のお姫様に憧れはあるものの、現実に誰かを陥れ、蹴落とし、その座――王太子妃に着こうというような野心はない。憧れは憧れとして満足できる少女だった。

 野心のない心優しい少女のために、王太子自らがせっせとその道を舗装し誘導していた。

 優しく綺麗なものばかりの世界で、真綿にくるむようにして大切にしてきたこともあって、元々おっとりしていたロゼトワールはますますおっとり危険に対して鈍感な令嬢になってしまったが、それを守ってこその甲斐性だとアシルは思っている。

 ロゼトワールの安全のためなら、どんな手段も厭うつもりはない。


「――それで、レッキー男爵家について何か分かったか」

 ロゼトワールには見せたことのない、冷酷冷淡な支配者の目でアシルは手駒を見た。



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