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夢遊病  作者: 京理義高
8/38

8.捜査開始

 3

 

 探偵に弟子入りしてから二時間後、義高は菅野の住んでいるアパートの部屋にいた。部屋の壁を覆いつくした本棚の収納スペースを殆どミステリー小説で占領されているワンルームは慣れないと圧迫感がある。菅野はこれをミニチュア図書館と呼んでいた。本の購入は古書店で済ませているらしいが、お気に入りの作家が新刊本を出すと、発売日に購入する。大学生の菅野が、どこにそんなお金があるのかが今だに不思議だった。彼にもそれなりに友達付き合いもある。


「金髪の探偵?」


 驚いた菅野は吸っていた煙草の煙でむせた。痛んだ喉をウーロン茶で潤した。


 さすがに義高の説明では理解できない。無理もない。百聞は一見にしかずというが、一見した義高でさえケンジが探偵で、依頼を受ける場面や、解決している姿が信じられないのだから。


 菅野いわく、ミステリー小説にでてくる探偵はリアリティーのボーダーラインを少し超えたぐらいのキャラクターがメジャーであり、いずれも自分たちが生活している現実存在しないだろうと判断できるらしい。言われなくても大体の想像はついた。


「正直信じられないな。テレビドラマでちょっと前、永瀬正敏主演の『私立探偵マイク』のようにパンクファッションで事件を解決する探偵とか、アメリカでは私立探偵が普通に政府から公認されているが、両方共環境があっての探偵業だからな。義高の言うことが本当なら、調査にならないだろ。そんな目立つ探偵なんて」


 付け入る隙もない。義高はあまり吸わない煙草に火をつけた。頭がクラッとし、血管の収縮を実感した。


「だまされているんじゃないか。実際試験だか面接だか言ってナンパをさせられたんだろ。バイトの給料もなしで、ほんとは昇の事も全然調べてくれない可能性があるぞ」


「それは」


 給料のことは自分から言ったことだからと言い返したものの、昇の件については、反論する要因が見つからなかった。


「よく考えてみろよ。相手は大人だぞ。お金のためなら学生をだます方法だっていっぱい知っているはずだ。もちろん、大人の全員が同じだとは言わないけど、少なくとも金髪の探偵なんて胡散くさすぎる」


 実際だまされそうになっていたり、甘い言葉でだまされた友達をけっこう知っていた。個人情報は結構悪徳商法をしている企業にリークしているものだ。義高の知っている悪徳商法とは違った類のものであることも充分考えられる。菅野の言うことで急に落ち着きがなくなった。


「とにかく、今は調査に協力者が必要なんだよ」


 菅野は調査という言葉に弱い。義高の意見が不利になっても、そういった話に持っていけばまずプラスマイナスゼロとなる。


「明日から仕事が始まるなら、俺も着いていく」


「えっ、菅野も来るの?」


「当然だ。そもそも探偵というのは俺にとって神聖なものなんだ。探偵に成りすましていたり、もどきであっても俺は許せないんだよ」


「はあ、なるほど」


 火がついたら大学教授も真っ青の薀蓄を披露する菅野。義高は少しでも昇に関することを調べたかったが、どうやらしばらく続くらしい。聞いている時間は苦痛でしかなかった。しかし、自分一人であの探偵事務所に行くよりも、菅野がいればすこしは不安が軽減されると思い、我慢した。


 菅野と別れてから、早速義高は調査にかかった。といってもどのように進めていっていいかわからないので、昇の過去を探ることにした。まず生前彼に聞いていた話を頼りに、通っていた高校の資料を調べようと、駅前の小さな本屋で立ち読みした。学力を測る偏差値制度が消えていたから、進学率を見てみると、結構有名大学に進学するパーセンテージは高かった。昇はパソコンには詳しかったが、どことなく勉強に興味はなかったようだし、大学の講義にはあまり出ていない。そうすると、彼は中学までわりと勉強を真面目にしていたのか、たまたま要領がよく、理工学系の分野に興味があったため、進学率の高い私立高校に合格したのかもしれない。


 立ち読みを止めて書店を出た。

 

 お世辞にも、義高の通っている大学は総体的に見積もって一流とは言えないし、他人に質問されて大学名を答えれば知っているという返答はあまりないのではないか。

 

 電車に乗って、自分の住んでいるアパートがある白楽駅へと向かった。

 

 何らかの形で、大学受験の時にはもう勉強に対する意欲が薄れていて、ここなら楽に合格できるだろうと考えていたとしか思えない。見たところ高橋家は厳格な両親で成り立っているようだし、きっとこういう事実が本当に起きれば許しがたいだろう。将来はエリートになるよう教育してきた息子なのに、名もない大学に入学することで、一時は我を忘れて……


 まだそれを息子殺人の線と結び付けるのは早いが、充分な動機にはなる。


 白楽駅から降りると商店街を直進し、五分程度でアパートに着く。

 

 義高は唯一、昇と親しくしていた人物思い出した。武本博之。同じ大学でかつ学部も同じ。身長が高く、ほっそりしていて髪の毛を肩より下まで伸ばしている。いかにも何かのオタクに属していると判断出来る風貌。近寄りがたいので、特にまともな話をしたことはなかった。彼は昇とタイプが似ていることが分かる。そういえば、昇の通夜に彼の姿はなかった。推側からすると、二人とも人情に熱いようには思えない。仮に武本の方が亡くなったとしても、昇が彼の通夜に来るかと考えると、来ないと思えるし、別に不自然ではない。


 自分と同世代を見ても、友達の死を他人事として受け止められる性格を持った人間は結構いて、義高は珍しくないように思った。社会現象にもなっている。認めたくはないが、自分もその中の一人なのだから。


 どの推理にしても、実際確かめなくては断言できなかった。いずれは武本にコンタクトをとって聞き込みをしてみよう。証拠云々は二の次だ。義高は部屋に帰って横になると疲れからか意識を失うまでに時間はかからなかった。


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登場人物一覧は下記に載せていますので、参考にしてください。
http://plaza.rakuten.co.jp/kyouriyoshi/2001
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