37.事件解決編二話
「そういう状態ではなかったと思いますよ。頻繁に会っていたわけではないのですが、会えばいつもネガティブであって、例の自殺サイトの話をよくしていたし、将来のことに関して前向きな話はしていなかった。むしろ日が立つにつれて呆然としたり、心ここにあらずといった状態を頻繁にみせるようになりましたし」
死人の陰口を言ってはいけない権利はないのだが、こうして武本という友達の口から家族を含めた周りの人に昇の欠点を水平展開されている場面を見ると、義高は嫌悪感を覚えた。陰口は皆の前で公表するものではないのだ。
「ああ、川上の手を離れてから昇君の本当の地獄が始まった」
「どういうことですか?」
健太が慌てて質問した。弟が知らない間に苦しい目にあっていた事実を知ればそうとうなショックを受けるのは当然だと義高は思った。それとは裏腹に、ケンジは鼻で笑っていた。
「遺書の内容を思い出して。違った世界を描写する記載があった。否世界を邪魔すると書いてあったことは覚えているよね?」
「はい、でもそれは夢遊病から発症する夢のことではないのですか?」
「いや、夢遊病と幻覚は同列にはできない。あれだけ鮮明に否世界を肯定する部分は、外的な要因から幻覚を見ているとしか考えられない。それに先ほど言った通り、一年前昇君は精神病を克服し、川上から睡眠薬や精神安定剤の服用をしないように言われて、それから昇君からほしいとお願いされたこともなかった」
「では、外的要因で幻覚を見るというのはどう説明するのですか?」
「それは後ほど説明する。まず、文子さん」
ケンジは鬼気迫る勢いで文子に問いかけた。
「は、はい」
文子は顔が真っ青になっていた。
「死後、昇君の部屋には大量の睡眠薬を入れてあったであろう容器があった。昇君の自殺する一週間前、部屋に内緒で入った際、大量の睡眠薬がはいっていたことを発見し、警察に話をしましたね?」
「そうです」
「だが、昇君は少なくとも担当していた医師からは睡眠薬を手に入れていた事実はない。恐らく服用せずに保存しておいて、また時期がくると担当医師から睡眠薬の錠剤をもらっていたのだと思いますとも供述していたことから矛盾が生じますがどうでしょうか?」
「そ、それは」
蚊が鳴くような声で文子は答えた。
「そうなると、高橋さんの両親は睡眠薬を常備していたと健太さんが言っていましたから、少なくとも昇君が内緒で盗んでいたとしても、致死量程の睡眠薬がなくなっていればさすがに気がつくはず。つまり、文子さんは昇君の部屋に入った理由としては、掃除をしようとしたわけでもなく、大量の睡眠薬を発見して驚いたのでもなく、前にもまして異常な精神になってしまった昇君に大量の睡眠薬を与えるために、何気なく置いたということではありませんか?」
言葉に窮していた。文子の体が小刻みに震えていた。
間が空いた。怯え方が図星であることを物語っていると認識したのは、集まったメンバーの半数以上だった。
「はい。言われた通りです……」
そういうと文子は瞳から涙を零し語り出した。
「担当医師からは完治したという知らせも聞きましたし、やっと正常に戻ってくれたと思っていました。でも束の間の幸せでした。前にも増して情緒不安定になり、独り言で誰かと話をしていたりして、近所の方から心配され、いずれは変な噂まで流れていたのです。孝造さんは昇の教育からとうの昔に匙を投げていましたし、私が相談すれば、出世の邪魔にならないよう昇をコントロールするよう言われていました。昇に話かければ怒鳴られ、精神病院には二度と行かないといったことも言いました。なぜそうなってしまったか原因はわかりませんが、私は夜中でも昇の部屋からの物音が気になってノイローゼになり、意を決っして部屋に大量の睡眠薬とメモを残しました。内容は睡眠薬を置いておくから、眠れない時に飲んでといった内容でした」
「睡眠薬で良い効果は得られましたか?」
「はい。寝不足だと粗っぽくなる性質は父親譲りですので」
「話してもらい、ありがとうございます」
ケンジは優しい声でお礼を言うと、ダムの水を解放したように文子は泣き出し、嗚咽が含まれた。
「話通り昇君が自殺するまでのプロセスに文子さんが加担したのは事実ですが、きっかけを作った犯人は他にいることになる」
緊迫した空気のなか、昇の部屋でパソコンの履歴から自殺サイトのチャット内容について説明した。
「ネット上で昇君とやり取りをしていたハンドルネーム『ヒッキ』が本当に自殺したかは、個人情報保護法によりユーザからはわからない。ただ、粘り強く調査を行ったところ、サイト経営者からヒッキという人物が、どこからアクセスしていているのかを教えてもらった。メールアドレスもだ。登録する時にメールアドレスを記載する項目があるのはわかるが、どこからアクセスしているかもわかってしまうなんて個人情報もへったくれもないよな」
武本と健太は必要以上にびっくりしていた。
「そんなことできないはずですよ。闇サイトは個人情報保護が完璧である安全があって皆書き込みをしているのですから」
武本は上気していた。
「簡単だったよ。顔を合わせれば直ぐに教えてくれた。むしろ、管理者の本人が誰であるかを調べる方が何十倍も難航した」
「ハンドルネーム『ヒッキ』はいったい誰だったのですか?」
菅野は目を輝かせていた。
「まず、どこからアクセスしていたかになるが」
心なしか、健太の呼吸が荒くなっていた。真相を知りたいのであれば当たり前だ。自分の弟の自殺に背中を押した人物が判明する状況に冷静でいられる人の方が珍しい。
「場所はシカゴシティーのある会社の一室」
「なんですって!」
声をあげたのは文子だ。