32.呼び出し
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「連続殺人犯である大崎が言ったらしいんだ。中目黒で起こった男女撲殺事件も私がやったことだと」
連続殺人事件解決から二日後、夏季休暇を迎えた義高と菅野は大学近くの高台にいた。
「謎が謎を呼ぶことがある」
菅野が渋い顔で言った。すべての事件が解決したわけでもない。大崎は犯罪予告を出したことは頑なに否定しているらしいが、撲殺事件に対しても犯行を認めているという知らせを受けた義高は混乱したままだった。裏で絵を描いている人物がまだ存在する。それは大崎という連続殺人者さえ知らない、そして、すべてを操っている人間がまだ捕まっていない。
昇の自殺説を否定する事件も解決はしていない。
「ねえ菅野、大崎という犯人は誰かに依頼なり、命令されて動いていたってことはないかな?」
問いかけだったのだけれども、確信していた。どう考えても大崎だけの犯行ではない、と思っていた。
「どうだろうな。特に犯罪予告を探偵事務所に送り付けてきたところは怪しいと思うけど、ケンジさんの話だと、精神鑑定から大崎は自分の欲求を満たすために殺人を繰り返していたんだろ。少なくともそれは単独で行っていたんじゃないかな」
「そうだね。でも撲殺に関しては今までの方法とは全く異なるわけだし」
「何せ連続殺人犯のすることだぜ。殺し方なんてどうでもよかったんじゃないか。前提ではなく結果的に欲求を満たせれば関係ないんでしょ」
「そうなんだけどさ」
義高は腑に落ちなかった。ケンジと亜紀を襲った時は前の犯行と同じくナイフのようなもので刺すといった行動であったし、いずれも野外での犯行だった。それが急にアパートの一室に暮らしている人物に狙いを変更するものなのか。
「深く考えるなよ。本人が証言したことだし、ここ最近の事件は解決したと思えばいいだろ。俺は婚約者を殺された加藤さんの豹変ぶりを見て気が滅入ってしまったよ。探偵業といっても、あこがれとは裏腹に、初心者の俺にとっちゃ精神がいつおかしくなっても不思議じゃない。しばらく気晴らしがしたいよ」
「飲みにでも行く?」
いいねといって近くの居酒屋に足を運んだ。アルコールが入ると思い出話で花が咲き、事件のことはすっかり忘れることができた。五時間程飲んで、二人の顔は真っ赤になり千鳥足であったが、気分は陽気だ。突然義高の携帯が鳴った。着信は知らない番号からだ。
「もしもし」
「私だけどさ、直ぐにこっち来てよ」
「うん、って誰だっけ?」
素っ頓狂な質問をした義高は声で判別できなかった。菅野は女からかとニヤニヤしながら声をかけた。
「もう忘れたの、ケンジの彼女ユキ子よ」
「ああ、どうも。何で番号しっているんだっけ?」
「どうでもいいでしょ。それより今から探偵事務所に来て」
呼び出しを受けると義高と菅野は探偵事務所に向かった。
ケンジ、亜紀、ユキ子、後知らない茶髪で、ホストが私服を着ているような男が座っていた。話の様子から、ホスト風の男は村上光次という名前で十九歳、ここに来て間もない状態だ。
「二人とも酒くさ。かなり飲んでいたでしょ?」
ユキ子の顔には嫌悪感が漂ってはいたが、菅野は笑顔を絶やさない。
「そんなことないよユキ子ちゃん。今度どこか行こう?」
「はあ? 行くわけないでしょ。酔っ払った勢いで誘わないでよ。だから、いつまで経っても彼女ができない可哀そうな二人なんだよ」
義高はモテない男にカウントされていたことで腹が立ったが、口げんかで勝てそうになかったので反論はしない。
「だから、マジ知らないんすよ。亮とは結構遊んでいるけど、その日はガチでナンパしていたし、俺は別のダチと遊んでいたし。警察にも何回も答えたんすけど」
中目黒で発生した撲殺事件の尋問をしているようだ。あの事件は同一犯ということで解決し、なぜまだ聞き込みが必要なのか義高には理解できなかった。
「調べればわかることだが、山口亮の親子関係についてはどうだ?」
「そうっすね。俺にしか言ってなかったらしいんすけど。親父は外資系のトップらしいっすよ。亮もあの性格だから、エリートの親父と合わなくて~家出状態であのアパートに住んだらしいっす。俺には単純に遊びまくりたかっただけなんじゃないかなと思ってたんすけど、違う面もあるということっすかね」
光次は髪の毛をねじりんがら天井を見上げて思い出を語った。
「二人とも水飲んで酔い覚ましなさい」
コップに入った水を亜紀が運んできた。一気にのみ干すと体の火照りが急速に冷めて行く。
「男二人で飲んでいるなんて悲しいね〜」
「亜紀さんまでそんなことをいうなんて」
菅野は完全にテンションが下がっていた。酔った頭でダブルデートを想像したが、要所で貶されて自身喪失するのが落ちになるのが明確に見えた。
「俺はこの事件が解決したとは思っていない。まだ裏に犯人がいると考えている。お前は事件解決の知らせを受けてから詳細な取り調べを受ける前に釈放されただろう」
やはり義高の思っていた違和感とケンジの考えていることは一致していた。なぜだか安心した。
「そんなことないっすよ。亮は死んでしまうは、海に行く約束もドタキャンされてしまうは、俺のことを犯人として疑うは、やっと解放された時は超疲れてたし」
光次はそういうとダルそうに上半身をソファの背もたれに預けた。それよりも亜紀とユキ子の方に視線を向けてはほほ笑んだ。その旅に二人は目を逸らした。意外と亜紀とユキ子は堅い性格なのかもしれない。
「協力しないと、今度はお前が狙われるぞ」
低い声で迫ったケンジにいい加減な態度だった光次は改まった。
「しょうがないな。何で俺が今回の撲殺事件だけは大崎の犯行ではないと考えているかを教えるか」
そういうと、ケンジは煙草に火を付け、光次にも一本渡した。ありがとうございますという礼儀正しい言葉を発した光次をみて、義高は吹き出しそうになった。以前ケンジは、自分から発する覇気の強さに対して修羅場に出くわした場数の多さが違うんだよと言っていたが、それはどんな人だろうと感じ取れるオーラのようなものということだ。
「まず、被害者の二人である山口亮と直美から撲殺の後と麻薬を摂取している痕跡が発見された。二人はセックスをしていたことから、より高い快楽を得るために麻薬を摂取したと言えば話はわかるのだが、実際はモルヒネだった。モルヒネは鎮痛、鎮静剤といて病院で用いられている。これから盛り上がるであろう行為に及ぶ前に、自分から率先して摂取するのは考えずらい。とすると、外部の人間が意図的に二人へ摂取させるように仕向けたと考えた方が自然になる」
「そ、それで亮と仲よかった俺のことを疑っているんすか?」
「いや、お前の周りに薬物の売買を行っているような人間がいるかということだ」
「それは前にも言いましたけど居ないっすよ。ヤクならそこら辺の大学生でやっている奴はいるでしょうけど、俺は噂でしかしらないし、そういう知り合いもいないっすから」
「一応信じよう。では、山口亮の知り合いで勝手に部屋へあがり込めるようなやつはいるか?」
「たぶんいないのでは。さすがに勝手に人んち入って使うことはしないっすよ。怪しいじゃないっすか。もしやるとしても連絡ぐらいは入れるだろうし、でも亮からあいつがいつも勝手に部屋に入るというような話も聞かなかったし」
「常識は忘れていないんだな。お前のようなタイプが一番やりそうなことだと思っていたんだが」
勘弁してくださいよといって頭を垂れた。亜紀とユキ子はクスクスと笑っている。
「お前たちのような性格でモルヒネをやるとも考えにくいか。とすると」
ケンジは腕を組み考え込んだ。大崎が二人の帰ってくる前に麻薬を投与するよう仕向けたという発想はないのだろうか。
携帯電話を取り出すと、誰かにコールをかけた。相手は巡礼という警官だ。
「調査は続行しているだろうな? ああ」
短い間ケンジと巡礼のやりとりが続いた。突然ケンジが声を荒げた。
「被害者の飲んでいたビール缶の中からモルヒネと思われる成分が検出された。それは知っている。で、ビール缶にどうやってモルヒネを投入したかもわかったか?」
探偵事務所の空気は張りつめた。ケンジは言葉数が減ったかと思えば巡礼とのやり取りを完了し、電話を切った。
「光次、もう帰っていいよ」
「えっ、あ、はいもういいんすか」
怪訝そうな顔をした光次はあっという間に立ち去った。先ほどの電話で疑いがすべて晴れたのだろうか。