27.推理は没
義高は早速菅野と練った推理をケンジに伝えようと、『美辞麗句探偵事務所』に向かった。到着するなり、偶然ケンジは事務所にいて、プラズマディスプレーからライブDVDを見ていた。義高だと確認すると、相変わらずお前かといった態度を見せたが、義高はかまわず話をした。反応は薄かった。期待が不安に変化した。
「犯人は大家ではない」
「えっ、どうしてですか?」
また肩透かしを食らった。自分達が必死で考えた推理はどうしてこうも簡単に否定されてしまうのだろうと思った。
「聞き込みをしたところ、大家は、事件当日は仕事、その後、病院に行き、奥さんといたアリバイがあった」
「でも、一〇五号室を開ける鍵は大家さん以外に持っているとは考えられない」
アリバイがあるとはいえ、大家だって夫婦で共犯ということも考えられる。
「もちろん、アリバイがあると確信したのはそれだけじゃない。大家はめったに『コーポレート』へ顔を見せることがない。よく知っている住人は一週間に一回来ればいいほうだと言っていた。事件三日前に姿を現して、掃除をした後直ぐに帰ってしまったところも見ている住人がいた」
「信用できるんですか?」
「信用できないな」
ケンジはニヤりと微笑んだ。義高はケンジの心が読めなかった。
「残念ながら、病院の医師も大家が朝まで奥さんと一緒にいたことを知っていた。その病院は家族が徹夜で看病することは許されているが、深夜に病院を出入りすることは禁止されている。こっそり出ようとしても守衛に止められてしまう」
「じゃあ、大家さんは事件当時病院に篭っていたと」
「そういうことになる。もちろん緊急の場合、深夜に病院を出入りすることは許可されるが、それでは誰かしら大家が病院から出たことを把握しているはず」
「アリバイが完成するってことですね」
「ああ。深夜の病院という密室がそれを完成させたんだ」
こうなると、菅野と考えた推理が意味をなさなくなってしまう。義高は呆然とした。
「なに、俺も最初そう思っていたが、視野を広げれば単純なことだ。俺が現場を見ていたところ、『コーポレート』入り口に設置された各部屋の郵便ポスト内、それも被害者山口用の郵便ポスト内はずっと掃除していなかったのかほこりが溜まっていた。もちろん郵便ポストの鍵は開きっぱなしだった。そこに一〇五号室の鍵形と思われる跡があった」
「でもそれなら、山口さんが部屋に入るとき使ったんじゃないですか?」
「いや、『コーポレート』住人の証言があって、それは山口が前日でかける前に部屋の鍵を郵便ポストに入れる所を見ていたんだ。そして、女を連れて戻ってきた被害者とばったりあった他の住人もいて、その時一〇五号室は開いていたそうだ。それに驚いた山口は郵便ポストにあった鍵を取りにいく様子はなかったらしい」
「それでも、鍵は郵便ポストの中にはなかった」
「そうだ。今日確認したところ発見された遺体、一〇五号室にも鍵と思われるものが残っていなかった」
「一〇五号室の鍵は犯人が持ち去ったとしか考えられないというわけですね」
「つまり犯人は逃げさる際、決定的なミスを犯したんだよ。密室殺人でもなんでもないことを証明してしまったわけだ」
犯人のミスがあったとはいえ、現在も鍵を持っている保証はない。何処かに捨てる時間もあるわけだし、それを見つけ出したとしても、指紋が残っているとも限らない。義高は事件解決がここまで大変なのかと思った。粘り強い性分でないととても勤まるものではないな。
「明日は高橋家に捜査へ行く予定だ。準備はしておけよ」
‐‐高橋家の捜査。そうだ、自分は昇のことを調べていたんだっけ。
義高はすっかり忘れていた。そもそもそれがきっかけで探偵のアルバイトを始めたのにむかかわらず、後から起こった事件で頭がいっぱいだった。
「ケンジさんも来るんですか?」
「とぼけた質問はするな。お前だけで聞き込み捜査を上手く出来るとは思えない。俺が同行したことで話しが早くなる」
「わかりました。確か昇の兄さんが帰国中でしたね」
「ああ、明日は接触するには絶好の機会だ」
「絶好の機会というと?」
彼の滞在期間は五日間、もう二日は過ぎているとして明日は三日目の月曜日だった。義高は残りの三日間ならいつでもいいのではないかと思った。
「調べによると、明日は高橋家の両親が二人で出かけるらしい。ほんの数時間ということだが、高橋健太が一人になる時間がある。アポもとっている」
「そういうことですか。でもどうやって調べたんですか?」
「秘密だ。俺はこれから用事があるから、お前はもう帰れ」
さすがにどんな用事かは聞けなかった。義高はそう言われると素直に事務所を出た。
探偵とは謎が多いなと義高は思った。高橋家にしても息子の自殺を調べられていて不振に思わないのだろうか。やはり、そこら辺のやりとりはケンジの腕がいいからなのだろう。自分が捜査の標的になったときの事を考えると末恐ろしい。