26.見習探偵推理
朝刊の新聞には大々的に中目黒で起こった事件を載せていた。部屋の間取りまで図示されていた。ケンジがこの事件を捜査していると亜紀が言っていたので、義高は急いで菅野の部屋に行った。
「なんか、ようやくミステリーって感じがしてきたな。やばい、ゾクゾクしてきた」
菅野は目が輝いていた。そう思うと推理小説がならんだ本棚を見渡して落ち着かなかった。
「ようやくって言うのはやめろよな。これは殺人事件で、人の命がかかっているんだからさ」
「まあ、いいじゃないか。俺もこういう捜査だったら力になれるような気がするんだ」
とりあえず、調子がいいなら言わせておこうと義高は思った。菅野の部屋に来る途中差し入れで買った缶コーヒーのプルリングを開けた。なぜか缶コーヒーで乾杯した。菅野は一気に半分飲み干すと、うまいなといいながら煙草に火を付けた。煙を掃くと、灰皿に煙草を置いて、菅野は部屋の隅に置いてあった新聞を手で取り出した。
「よし、それじゃあ、本題に入ろう。これが事件の記事だ」
菅野は朝刊の新聞記事の内容を熟読していた。さすがに義高は被害者の名前までは覚えていなかった。
「不可解な密室殺人事件。発見者が通報した後まで被害者二人がいた部屋の鍵は掛かったまま。しかも絞殺」
「この記事の内容だと、犯人が別にいることがわかるね」
「ああ、二人のうちどちらかが先に一人を殺したとは思えないね。犯人はこの状況の中、トリックを使って部屋に侵入したんだろう」
「そうだね。でもどうやって侵入したのかは書かれていない」
「侵入方法がわかっていれば、苦労しないだろう。新聞に部屋の間取りまで載せるってことは、誰かのアイデアが必要ってことだ」
「捜査のキーポイントはそこなんだ」
「紛れもなく。ただ、この事件は大家さんのいる貸しアパートで起こったことだから、高橋家のように外側からあける鍵が存在しないってことはない。少なくとも大家さんはこの一〇五号室の鍵をもっているということになる」
「なるほど。何らかの方法で犯人が一〇五号室の鍵を手に入れていて、それを使った可能性がある」
「うん、そこで俺の推理があるんだ」
「どんなだ?」
菅野は大事なことをしゃべろうとすると直ぐに言おうとしない。義高は苛立った。菅野はその様子を気にしないで煙草に火を付けた。
「義高もわかるだろう。だから俺の言いたいのは、そのアパートの大家さんが怪しいんじゃないかということだ」
「おお、かなりいい線じゃないか菅野。大家さんなら事件現場の一〇五号室に二四時間自由に出入りできる」
「そういうことだ。しかも大家さんであれば、そのアパート『コーポレート』の構造もよく理解しているから、すんなり犯行に及ぶこともできる」
「確かに、『コーポレート』の大家さんなら、どのくらいの時間になれば、住人が部屋を出入りしなくなるという予測も立てやすくなるし、『コーポレート』周辺の住民のことだってわかっているはずだよ、すごいな菅野」
たいしたことはないといった菅野はまんざらではなく優越感に浸った態度だった。
「動機だって考えられることは沢山ある。大家さんが単純に被害者の生活態度が悪く、何度注意しても直らない、これでは他の住人が逃げてしまうからカッとなって殺してしまったとか」
「十分考えられるね。もう一人の被害者は声を掛けた女の子だっていうし」
「俺がいった動機が当たっていないにせよ、それと似たような動機だと思う。俺らがそんなことで人を殺すなよと思っていても、本人にしたら相当切実な問題で、ノーローゼにだってなりかねないかもしれない。結局事件は起こした本人にしかわからないことなんだから」
二人は安心して少しの間笑顔になった。
「それにしても、妙なのが、被害者が二人近くにいて、一人が殺された時、もう一人は気が付かなかったのかな。そこまで熟睡できるもんなのかな?」
義高は冷静になって現場での疑問点を挙げた。
「難しいところだね。被害者は寝る前にアルコールを飲んだ形跡があると書いてある。もしかしたら、二人が帰ってくる前に大家さんが一〇五号室に侵入して、飲み物に睡眠薬を忍ばせる……否この推理は強引すぎるな」
「強引でしょ。缶ビール内に睡眠薬はちょっと」
「まあ、それはないとして」
義高と菅野は考え込んだ。どうやら侵入方法よりも難航しそうだった。菅野は二本目の煙草に火をつけた。
「こういうのはどうだ。被害者二人が寝ている間、犯人は口元に一時的に気絶作用のある物質のしみ込んだ布で、二人を気絶させた。その後犯行に及んだ」
「考えられるね。でもそれなら遺体を解剖すればわかることだろうけど」
「実際のところはそういう姑息な手段をつかわないで二人を同時に殺したのかもしれない。縄なら縛り方によって同時に二人の首を絞めることだってできるしね」
殺人方法の推理は大きく発展することはなかった。こっちの分野は自分達が考えずとも、警察側の方が的確な答えをはじき出してくれるだろうと二人は納得し合った。
「それにしても、ケンジさんっていろんな場所に出向いているよな。警察なら担当している管轄というのがあって、区間外であれば別の警察が取り調べをするのに」
「ぼくも最近思っていたことだよ。ああ見えて、ケンジさんって過去にものすごい実績があって、警察からも相当頼りにされているんじゃないかな」
「義高も、すごい探偵の弟子になったな」
「たいしたことじゃないって」
「俺思うんだけど、義高と一緒にくっついて捜査するより、義高が持ってきた情報を推理したりするアドバイザー的な役の方がいいと思うんだ。正直ケンジさんとか亜紀さんは苦手なんだけど、そっちのほうが頭が冴える。だからこれからはそれでいいだろ?」
「まあ、ぼくは別にいいけど。ケンジさんはいいって言うかな?」
「大丈夫。俺は義高と同じであまり頼りにされていないようだからな。じゃあ、何か情報があったら直ぐに俺のところに伝えてくれよ。頼むな義高」
義高は菅野の部屋を立ち去る時に、玄関に新しい靴があったのを発見した。黒いブーツで踵が高く、菅野にしては意外な趣味だなと思った義高は、どこで買ったんだと聞いてみた。菅野はそっけなく、なにやらあせった様子で大学に入ってから原宿で購入してあったと返答した。菅野は恥ずかしいのか、あまり触れてほしくない話題のようだったので、義高はそれ以上靴に執着しなかった。




