24.ラブゲッチューの死
17
渋谷の駅前センター街には、溢れんばかりの若者がいた。この季節となれば、皆街へ出て、新たな出会いやイベントを求める。そういうオーラが体全体から発散されている。肌を極限まで露出したギャル。キャミソールやホットパンツ、ミニスカートからは下着がいつでも見えそうで、男たちを挑発していた。山口亮は挑発された男の一人で、歩いている女の子を舐めるような視線で食い入るように見ていた。
だいたいナンパ待ちをしている女の子というのは、経験からわかっていた。どこかに行く目的があって、急ぎ足で歩いている女の子であると、かなり成功率が低くなり、山口も相当見た目で気に入らないと声は掛けなかった。逆に、誰かを待っていてなかなかこないケース、明らかに声を掛けてくれるのを待っている、ナンパ待ちの女の子であれば、声を掛けてからの成功率が飛躍的にアップした。
山口の携帯が鳴った。着信本は友達の光次からだった。
「もしもし」
「今どこにいんの?」
「渋谷。ナンパしてんだ」
「まじで!? 来週なんだけど、拓也たちと車で海行くんだけど、亮もいかねえ?」
「行くに決まってんじゃん。どこの海?」
「湘南。思いっきり肌焼くぜ」
「ありえねえ。光次はナンパ目的だろ」
「うるせえな。それより、亮、コンパのセッティング頼むぜ。晃とか、いつやるんだよって超うるせんだから」
「わかってるって。女の子は何人か呼べそうだけど、今日は新規のコンパ相手を見つけてるところだから」
「お前は新規の打つ相手を見つけてるんだろ」
「ばれた」
さらに最近、パコってねえしと続ける。
「勘弁してくれよ。でもコンパは絶対やってくれよ」
「わかってるよ。今は取り込み中だから、後で考えておく」
「頼むぜ。やばい奴とかもなしだからな」
「言われなくても大丈夫。じゃあ、来週の予定でなにかあったらまた連絡してくれよ」
「ああ、俺は気合入れていくからよ」
「でたー、気合入れすぎて、下半身にあんま溜め込むなよ」
「お前、超うぜー」
電話を切った山口は、気を取り直してナンパのターゲットを狙いに、目を輝かせた。
ハチ公前に座っている女の子がいた。どうやら暇そうだった。これはイケると山口は思った。女の子は案外軽く捕まった。話しかけた感触、食いつきもよかった。茶髪で、肌は日焼けサロンで焼いたらしく小麦色だった。濃い目の化粧と、身に付けているアクセサリーが、素の状態を想像しづらくさせていたが、けっして見るに絶えないといった程ではなかった。胸を隠しただけの水着に近いキャミソールからはかなりの胸の突起がわかるし、臍が出ている部分を見ると、ウエストはかなり細く、ホットパンツから出た足は長くて細い。外見からすると、いかにも軽そうな女と言う印象が露呈してしまうものの、人見知りや、初めて合った男に警戒心がなく、ノリがいい。山口はこういうタイプの女の子は嫌いではなかった。短期間で落とせる可能性が高い。山口は俄然やる気が出てきた。
直美という女の子は、腹は減っていないとのことなので、山口はカラオケに誘った。直美はすんなりOKを出してきたので、心の中でガッツポーズを出した。カラオケはナンパ後の王道で、初めて会った女の子と話題がなくなって、話が途切れても歌えば良い訳だし、そこから相手の好きなアーティストの話も出来るし、二人で一緒に盛り上がることも出来る。しかも、山口は歌声にちょっとした自信もあった。隙があれば、カラオケボックス内でスキンシップも出来るし、山口は最後まで持ち込んだ経験もあった。
前半からだんだんと盛り上がるようにヒップホップやラップ等のアップテンポな、それでいて流行りの曲をチョイスした。直美は釣られるように絶え間なく笑顔で、楽しそうだった。彼女の歌声も悪くなかった。後半は山口お得意のバラードでムードを作った。意味深な歌詞を盛り込んだ曲を何曲か歌い、直美は聞き入っていた。完璧だと思いながら、彼女に隙があるかどうかはまだわからなかったので、山口はフライングをしないよう自分をコントロールした。ここで体をしつこく触って、拒まれたら元も子もないからだ。超楽しかったという直美の言葉を聴いて満足した山口は、次に居酒屋へと誘った。
渋谷はショップ、カラオケ、居酒屋、ラブホテル、クラブ、風俗店といった娯楽施設がどこも歩いて直ぐの所に揃っている。山口のような遊び人にとっては打ってつけの街だった。
山口達は道玄坂にある居酒屋に入った。ビールとカクテルで乾杯すると、二人はすっかり溶け込んで、今日始めてあったとは思えない空気になっていた。ほろ酔いになってきたところを見計らって、山口は直美の席横に移動した。最初は肩と肩が当たる程度だったが、山口はそのうち体を密着させた。直美はその行動に照れた様子は見せたものの、抵抗はしなかった。会話が途切れがちになったので、二人は残ったアルコールを飲んだ。
山口はこれからの行き先を考え、ラブホテルだと思いついた。しかし、トイレに立ったとき、実はお金も無いことに気がついた。しようがないので自分の部屋に連れ込もうと考えた。山口の住んでいるアパートは中目黒にあるので、渋谷からは目と鼻の先だった。
「もうすぐ終電がなくなっちゃう」
直美の言葉に、山口は自分が一人で部屋を借りていること、あるいは口説き文句を付け加えた。
俯いた直美はどうしようという表情を浮かべた。ここまで来てどうしようはないだろうと山口は思いつつ、直美が納得するようなことで優しく説得した。
要は行く気はあるのだけれど、きっかけがほしいのだ。自分は誰にでも付いていく女ではないという体制があって、それを砕いてくれる一言があればいい。時々山口はこういう駆け引きがうざったくなるが、今日快楽が得られることと、明日悪友に自慢話が出来る嬉しさがそれを凌駕するのだ。
居酒屋を出ると、夜風が肌寒くなっていた。直美は山口の腕に寄り沿ってきた。もう完璧だと思いつつ、渋谷の東急東横線のホームへと向かった。山口は、駅前を行ったり来たりする人ごみに紛れても悪い気はしなかった。歩いている間、誰か知り合いはいないかと目を凝らした。山口は知り合いに、今直ぐにでも女を連れていることを自慢したかった。
中目黒から歩いて十分程度のところにあるアパート『コーポレート』は、決していい場所ではなかった。場所としは破格の家賃で、経済力のない学生にはありがたい。しかし、セキュリティーが甘く、玄関もオートロックではないし、女の一人暮らしは少々リスクがあった。アパートには独身男性のみが住んでいるのでむさ苦しい。
外装は周期的なリフォームを行っているため、ボロいという印象はあまり見受けられない程度で保たれているものの、築数十年は経過していた。
しかし、山口にとってそんなことはどうでもよかった。例えボロアパートの一室であっても、そこに部屋があればいいのだ。生活に必要な最小限の家具、女の子を連れ込んだ時、退屈しないようにゲームを揃え、後はベット。親の脛を齧って借りているアパートもその内、自分の稼いだお金だけでやり取りしようとも考えていた。
今日は他のさびしい住人共に、直美の声を聞かせてやろうという優越感に浸っていた。
山口の部屋は一階の中央より左寄りの部屋だった。部屋に向かう時、『コーポレート』の住人と思われる人とすれ違い、向こうは気まずそうだったが、山口は気にしなかった。
部屋のドアは開きっぱなしになっていて、山口はしまったと思った。
「鍵はちゃんと閉めておかないと危ないよ」
「大丈夫。どうせとられるもんなんてないんだから」
直美が部屋に入ると鍵を閉めた。山口はポケットをさぐり、あれ、鍵どこやったんだっけと心の中で思いながら、ここで挙動不審な態度をとっていたのでは、ムードが台無しになってしまうから、まあいいかと開き直った。部屋に入ると鍵を閉めた。
直美は部屋を見ても遠慮した様子はなく、綺麗にしているねといった。山口は早速エアコンのスイッチを入れ冷房を掛けた。カビ臭さが直美の付けていた甘い臭いの香水に変わった。もう、山口の理性は限界に来ていた。
「なんか飲む? まだ飲み足んないっしょ?」
「じゃあ、もらおうかな」
山口は、ビール五缶を飲み干し、若干いつもと味が違うかなと思ったが、自分が酔っ払って味覚が可笑しくなっているだけだなと気にしなかった。テレビを見て、バラエティー番組が終わると同時に、事に及んだ。アルコールが二人をより一層燃え上がらせた。終わった後は会話もせずに爆睡した。
そして、二人の最後の夜となった。