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夢遊病  作者: 京理義高
20/38

20.論より証拠

13


 翌日、義高は菅野に恐る恐る電話をした。不安感は意味がなく、菅野との連絡は直ぐに取れた。思った以上に沈んでいる様子はなく、むしろ自分が殺人事件の捜査に加わった事や、細かいいきさつを話すとどんどん元気になっていく様子だった。菅野は電話を切る間際、推理が浮かんだと言って、早速お互い家から中間点にあたる駅の喫茶店で落ち合った。


「どこのテレビでもやっているよな。連続殺人事件として犯人を見つけているようだけど」


 七月二十五日の早朝、警察はT地区周辺の捜査網を大幅に強化するとの報告があった。テレビもそれに食いつき、全国ネットで危険地域として報道された。現場付近の住民から得た情報を元に犯人像を作り出し、指名手配された。


「すごいよね。あそこまで報道したりすると、犯人にばれてしまうんじゃないかな」


「あまいな。今までの犯行からするに、犯人はそこまで単純じゃない」


「えっ、どういうこと?」


「つまり、テレビで大々的に放送された内容を鵜呑みにして、例えばT地区に捜査網を拡大しているから他の地区で殺人を犯そうなんて思わないってことさ」


「なるほど」


「警察もそこまで馬鹿じゃないから。夜ドライブしているときに抜き打ちで車を止めて飲酒反応を確認したり、ある場所で待ち伏せしてスピード違反を取り締まったりするような緻密さを裏で隠し持っていると思うよ」


「捕まえたら給料倍増なんてことあったりして。それでいつもより捜査に力がはいるとか」


「夢がないな。そんなの当たり前だろう。正義感だけじゃ成り立たないことだってあるんだ」


「それより、さっき言っていた推理ってなんだよ」


「あせるな。あせりは緊張を生み実力を半減させる」


 菅野はコーヒーをゆっくり飲み、煙草に火を付けた。


「俺はT川沿いで起きた事件、H町で起きた事件の被害者はどちらも犯人となんらかの関係があったと思うんだ」


「またすごい推理だな」


「ああ、といあえずそうなると死ぬ直前まで犯人と話をしていてもなんら不思議はなくなる。また、ナイフ等で刺されても気が付くまで時間がかかり、負った傷のダメージで悲鳴すらあげられなくなる」


「ちょっとまった。現場ではたまたま周りの人は気が付かなかった可能性だってあるぞ」


「いや、H町ならともかく、T側沿いは夜でもけっこう人通りが多いんだ。ジョギングしている人もいる。現に被害者は駅からそんなに離れていない所で殺されているわけだし、民家だってないわけじゃない」


「そうだけど、犯人がどこかに潜んでいて、いきなり現れて殺したってことも考えられるだろ」


「いや、そういう場合、大抵は異変に気が付くはずだよ。逃げる時間だって生じる。助けを求める時間だってあるだろう。俺はH町に直接行ったことはないけど、聞いた話だと思ったより田舎じゃない。例えるなら郊外と言った感じで、場所によっては住宅街だって密集しているらしいからな。そういう場所で、しかも野外で殺されているとなれば、夜でも誰かしらわかるだろう。だから警戒心を持たせない、あるいは周りに誰かいたとしても怪しいと思われない犯人は被害者の知り合いなんだよ」


「まてよ。そしたら今頃捕まっているでしょう。被害者が殺される前の時間に誰かと合う約束をしていたら、知り合いや友達が知っていることもあるし、もし他人がその様子を見たとして、被害者が犯人と歩いていれば直ぐに警察に通報しているだろうし。あと菅野は誰かに聞いたか分からないけど、H町はけっこう田舎だったよ。これでも東京都なんだって思うぐらい」


「テレビを見て、この被害者はあの時間、こんな人と歩いていたと覚えている人がいるといいたいんだろ? H町の情報は、地元がH町の友達に聞いたんだ」


 菅野が言った友達がH町に住んで要れば、それを知らない人には実は田舎でも、地元は田舎じゃないぞと嘘を付く可能性は大だと義高は思った。十代後半から二十代前半という時期は、自意識とプライドが石のように硬くなり、それの一種で、どうしても都会への憧れからか、地元を田舎と悟られたくないという感情がうかんでくるもんだ。


 とりあえずH町の話は執着しなかった。


「今頃つかまっているってのは少し大げさだったけど、菅野の言う推理だと捕まりやすいって言うこと」


「でも、その条件が揃わなかったら?」


「というと?」


「今義高が言った仮定に補足説明を加え、もし、犯人が以前から被害者に何らかの恨みを抱えていた関係をもっていて、被害者の方は何も恨みを持っていないようなパラドックスだよ」


「かなり限定されるね」


「そうだ。つまり、犯人は他人がいないのを確認し、被害者と偶然を装って、ばったり合ったシチュエーションを作り出す。そうすると身内や友達、他人の証言もなくなる。また、犯人は適度に被害者と親しい関係で、なおかつ被害者が犯人は自分に恨みを持つ要因なんてないと思わせるような人ってことになる」


「すると、偶然のシチュエーションの作り方が難しいでしょ?」


「いや、簡単だよ。例えばT川での事件はたまたま周辺を散歩なり、マラソンなりをしていたと言えば相手は偶然でも納得する。H町でも同じじゃないか?近くの友達の家に歩いて行く途中だったというのもいいだろうし」


「うーん、でも不振人物情報とはどうしても繋がりにくい」


「なんでだよ。だいたい、不振人物と言っても犯人である証拠はまだないんだし、犯人だとしても、元々そういう奴であった可能性だってあるだろ。今のご時世、怪しい奴なんて掃いて捨てる程いるんだから」


 今日の菅野はどこを攻めても自信のある即答を用意している感じがあった。


 店内はすいていた。コーヒーだけでも店員から文句は言われそうにない。店員もやる気がないのか、調理場の方に引っ込んでいて、義高たちのいるテーブルには殆ど来る様子がなく、気はらくだった。会話している内容も、流れている音楽でかき消されて、誰かに聞こえることはなかった。


「菅野の推理が正しければ、解決は時間が掛からないんじゃないかな」


「警察が犯人を捕まえるのは時間の問題だと思うよ」


「被害者と何らかの関係があれば、犯人はそう何人も殺せないだろうし。いや待てよ、江崎教授が、『連続殺人は通り魔的要素が殆ど』、と言っていたから、これから関係ない人も殺すかもしれない」


「そうだとしたら、なおさら直ぐ捕まるよ。マスターベーションのために殺人を犯しているのであれば、証拠の隠ぺい工作なんで面倒になるだろ。警察や住民の情報網を舐めてはいけない。だいたい小説に出てくる犯人は強い動機があって初めて綿密なトリックを構築していくもんなんだ。かの有名な推理小説……」

 義高は適当に頷いた。犯罪を犯す人の心理は小説の中ではなく本人の心の中を除く以外明確にならないという言葉は呑み込んだ。


 場所は美辞麗句探偵事務所へとシフトした。


 菅野は義高に話した推理をそのままケンジに説明した。


「少ない脳みそで考えたにしては上出来だが、残念ながら俺が今日得た情報によって、その推理が当たる可能性は0パーセントに等しくなった」


「なぜですか?」


「まず被害者の二人は性格がわりとオープンだったらしい。交友関係を友達や親友、家族は把握していて、俺や警察達は一人残さず当たってみた。信じがたい話だが、アリバイは全員持っていた」


「本当に全員アリバイを持っていたんですか?」


「俺を疑うのか。まあいい。もうすぐ根本がくるだろう。あいつから説明してもらうよう言うから待ってろ」


 ケンジはDVDの映像を再生した。東京ドームで行われたLUNA SEAのラストライブだった。メンバーの登場シーンが画面に移り、ファンの歓声が大ボリュームで流れてきた。


「ロックバンドが東京ドームで初めてライブを行ったのがBOφWYのラストギグス。それからビジュアル系バンドブームに火がつき、Xの登場で一気に本格的になった。その後、LUNASEA、ラルクアンシェルといったバンドは東京ドームでも納まらない十万人動員のライブを東京ビックサイトでやって、GLAYは幕張で至上最高の二十万人動員ライブを行うまで昇りつめたんだ」


 誰に話しかけているのかわからないケンジは、煙草に火を付けた。


 タイミングよく根本が現れた。表情を見ると、前より疲れている様子ではあったが、あいさつは元気そのものだった。義高は根本の体を見て自分も体を鍛えようと思い始めた。


 ケンジは根本に今あった話のいきさつを説明した。


「確かにT川沿いでの被害者森明子と、H町での被害者安原辰巳は明るい性格だったらしいです。それは彼らの家族や広い交友関係を持っていた人達の証言で全員一致でした。そのおかげで、アリバイ捜査は大変でしたが、確認は取れています。誰一人被害者の死亡推定時刻一時間前後のアリバイはありました。類は友を呼ぶと言いますが、明るい性格で交友関係の広い被害者の友も、同じ類の人ばかりで、皆さん誰かと話したていたり、誰かと一緒にいたがるものなんですかね」


「ということだ。これでもまだ疑うのであれば、俺ではなく警察を疑え。出頭して自分で確認すれば済むことだ」


 菅野は納得したようだが、気持ちは晴れていなかった。どうして菅野はそこまで疑問に思うのか。彼が提案した推理が完膚なきまでに否定された事実にプライドが傷ついたのかもしれない。


「では、こういう推理はどうでしょう。まず被害者の二人に当てはまるかは別として、仮にどちらか一人に、安原辰巳当てはめて言います。まず、小学生時代になんらかのきっかけでいじめ等の被害にあった同級生がいたとします」


「パターンから言うといじめられた側はいつまでも覚えているが、いじめた側はまったく覚えていない。よってばったり会ったとしても罪悪感のかけらもなく、菅野が前回の推理で強調していた、警戒心を被害者に持たせなかったということかな?」


「はい。それでしたら現在被害者二人の交友関係である人のアリバイだけではカバーできないでしょう」


「ただのこじ付けとしか受け取れないな。そういう推理だとある意味無限の可能性を秘めるだろう。例えば、遠い親戚の親の息子の友達の弟だって被害者と関係を持っていることになる。第一お前の仮定した、いじめられていた同級生が犯人だったらまだ話しは早いが、俺らには全国に散らばっている知り合いを当たっている暇はない」


「菅野君、捜査もある程度妥協は必要なんだよ。でも、なかなか解決されない事件は何万人という捜査員達が、何年もかけてケンジさんの言ったような無限に近い交友関係をあたって行くケースはあるんだ。でも、今ぼくたちは推理より証拠が必要なんだ」


「その通り。口を動かす前に自分で証拠を持ってくるのが先決だ」


 さすがにミステリー小説が好きな菅野も、職業としている人物には歯が立たないようだった。義高はまだ江崎教授から聞いた連続殺人事件を起こす犯人の心理が引っかかった。人を殺すのであれば誰だっていいという心理。慢性的に定着する殺人に対する快感。動機としても、起こっている事件と一緒に考えてもなんら不自然はない。


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登場人物一覧は下記に載せていますので、参考にしてください。
http://plaza.rakuten.co.jp/kyouriyoshi/2001
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