2.同級生の葬儀
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「昇はいつも自分の世界で生きていました。会話するにも全く違う話題を発してきたり、私にも心を閉ざしていました。特に最近は大学に通学する頻度も低くなり、自分の部屋に籠りがちになっていました」
自殺した高橋昇の母親である高橋文子は彼の人物像を警部に証言した。息子の死に対して臆することはなかった。なぜならば、死体の処理を請け負ってもらうのが主な目的であったからだ。
「自分の部屋で睡眠薬を大量に摂取し、自殺したということでよろしいですね?」
背の高い、顔ののっぺりした警部の近藤明彦はいった。文子は頷いた。
「ただ、精神が病んでいたとはいえ、致死量を超える睡眠薬を担当医師が容易に渡すのかね?」
文子は神妙な表情で答える。
「一週間前のことですが、昇が近くのコンビニに行っている間、部屋の掃除をしようと中を除いてしまいました。その時に、白い錠剤を使い古しの空き瓶ビンに貯め込んでいるのを見たんです」
「それが、死体の近くに置いてあった瓶ですね?」
「はい。恐らく服用せずに保存しておいて、また時期がくると担当医師から睡眠薬の錠剤をもらっていたのだと思います」
「計画的に自殺を行おうとしていたのですね。その他言っておくことはありますか?」
「はい、後になって散々勝手に入るなと怒鳴られたのですが、私は掃除もせずに部屋から出ましたし、退室してから十分ぐらいしてから昇が帰宅したものですから、なぜ入室したことがわかったのか……」
「奥さん、簡単ですよ。部屋のドア近くに黒いシャーペンの芯が転がっていました。そして、ドアを開閉する軸となる金具にも黒い芯の後が付着していた」
「はあ、それでなぜわかるのですか?」
近藤明彦は得意気に笑おうかと思ったが状況を読み、無表情で答えた。
「つまり、誰かが進入したら、黒いシャーペンの芯が折れる仕組みになっていたのでしょう。まあ、それがすべてだと確信はできませんけどね。人の香は意外と残っているもので、外から帰ってきた時に敏感になりますし」
なぜそこまでして他人の進入に拘っていたかは、文子も近藤明彦も自殺の準備が露呈しないようにしていたのだろうと結論付けた。
事情徴収は早々に完了し、高橋家の両親は、奇麗な体のまま見送りたいという要望から、死体解剖をしないでほしいとお願いし、警察側も事件性がないと判断し、その場は閉じた。
高橋昇は京理義高と同じ大学に通う三年生の二十歳だった。昇は大学へ実家から登校していたし、義高が大学通学のために住んでいる横浜市のアパートから、高橋家はさほど離れていない。義高の元に昇が死亡したという知らせが来たのは七月十一日だった。二日前にこの世を去った昇。ちょうど大学の夏休み前であり、上半期テスト前でもあった。
義高にとっては悪い噂とも思われた知らせはアパートのポストに投函された一枚の葉書きによって明確となった。通夜の日程が事務的に記載されていた。
通夜は七月十三日、近くの区民会館にて行われた。曇り空で、湿った空気が漂うなか、黒の衣装に身を包んだ昇の親戚、同級生、高橋家につながりのある人達が大勢集まった。元々彼は引っ込み思案でありながら、ロックバンドが好きで、コンパで誰もが酔っ払っていた時に、ふと将来はアーティストになりたと自己紹介していた。よって、これほどの人が参列してくれたから、昇は幸せだったのだと思う。義高はひっそりと参加した。着慣れない黒のスーツにネクタイが妙に肩を強張らせ、照りつける太陽が鬱陶しかった。
あいさつは喪主を務める彼の父親高橋孝造が行った。こういう場面でも物怖じせず、しっかりとした口調だった。会社では役員クラスである。
「まだ昇が小さかった時のことです」
思い出話を語る口調には悔しさは伝わってきたものの、義高には妙に淡々としていて、息子がこの世から消去することが当たり前といった心境が漂っていたように見えた。
「将来有望な人材になると信じておりました。それなのに……」
語尾を震わせながら発音し、瞼を手のひらで覆った姿を見れば、流石に昇の両親が気の毒になってきた。一時疑念をもった他殺は、完全に引き裂かれ、自殺が証明された。但し、義高はすべてが終わっても断定できなかった。昇の自殺という行為を。両親が、父親か母親が嘘を付いていると感じた。
義高には、己の感性が信じがたいと思われるのが当然であるものの、人の心が少なからず読めてしまう。
正確には、相手の嘘が見破れるのだ。都合良く読めるわけではなく、時間的周期のなく、ランダムで人の心が義高の意識に介入してきた。それはまるで偏頭痛のように突然だった。その瞬間の閃きを、相手に真実として言葉で伝えたことはない。
結果論として、知っている範囲でいえば、義高が読んだ人の心は外れたことがなかった。