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夢遊病  作者: 京理義高
14/38

14.スリープレス

 8


 ケンジから電話があったとき、義高は『美辞麗句事務所』近くにあるファミリーレストランにいた。チョコレートパフェとドリンクバーで九十分程粘っていたのでちょうどよかった。向かいには寝不足から回復し、いつもの調子を取り戻した菅野が雄弁に最近呼んだ小説についてしゃべっていた。


「じゃ、行くか」


 事務所に着いた時、ケンジはまだ戻っていなかった。亜紀はインディーズのヘビーメタルバンドのCDを聞いていた。名前を聞いても義高と菅野は知らなかった。むしろ菅野はジャズやクラシックといったアナログなジャンルの音楽聴しかないので、このジャンルに関しては疎く、興味がないらしい。顔は不機嫌そのものだった。


「ビジュアル系バンド以外でも聞くんですか?」


「義高君知らないの? ビジュアル系バンドは、初期に出すアルバムって殆どヘビーメタルのノリなのよ」


「そうなんですか。知りませんでした」


「詞なんか良く聞くと普通の全然ヘビーメタルバンドと違うよ。やっぱどんなバンドでも初期が好きね。売れたりすると、大勢に受ける詩を書いて、曲も落ち着いてくるし。このバンドは、ボーカルのリュウが女の子みたいでかわいいのよ。メークもばっちり決まっているし」


 CDジャケットに写っている五人は純白のファンデーションを顔全体に塗っていた。少年のようであり女の子のようで、美しかった。自分の顔を鏡でのぞきたくなくなってしまう。


「へえ」


 義高は亜紀から男がメークすることを聞くと不思議に不快感はなかった。美を追求するのは男でも正常なことで、異常ではなく、固定観念がたんに作用して、少しでも女の真似事をすることで普通に人は異常と思うだけだ。亜紀の発言は真面目なものだったので感心した。どちらかというと、実際ビジュアル系バンドのように、自分でメークをすることはしないが、義高はそういう人を軽蔑する傾向はなく、ニュートラルに受け止めることが出来た。十人十色だと思うだけだった。


「気持ちがわるい、これじゃ男じゃないよ」


 菅野は小声で言った。


「なんか言った? 菅野君」


「い、いや、なにもいっていません」


「ならいいけどね、あ、菅野君コーヒー入れて。奥の部屋につくってあるから。三人分ね」


「わかりました」


 さっき会った時とは違い、黒のドレスを身に纏った亜紀は、まるで女王様みたいだった。亜紀が言うには、この衣装はあるバンドのコスプレらしい。外見的な部分で女が男の真似をするのも義高には不思議だった。


「亜紀さん、ケンジさんはいつ戻ります? 連絡があった時は直ぐに戻るから、事務所にいろって言われたけど」


「ならその通りなんでしょ」


 まったく相手にされていなかった。そのぐらい自分で確かめておけと言わんばかりだった。


 曲が変わると、亜紀はリモコンで音のボリュームを上げた。次の曲は爆音そのものだった。


「私はこの曲が一番好きなの」


 激しいドラム、早弾きのメロディアスなギター。内臓まで響くベース音。なによりもCDジャケットに移っている美少年とは思えないような声で叫んでいる。憎しみの感情をむき出しにして歌っていた。義高は閉口した。


 あっと言う間に終わった。亜紀はボリュームを元に戻した。義高は自分の聴力が低下していることに驚いた。


「なんて言う曲なんですか?」



『SLEEPWAING』 

         作詞 KOU

         作曲 GURA

         編曲 NARUSISU


現世に生きるあなたと 暗闇の中の俺

霧に包まれた幻想の夜 気が遠くなる

ナイフの刃が手首を攻める

絶望が体を刻む 

あなたを失った時から 永遠に

夢遊病が俺を支配する

BREAK MY HEAT

THE SAME DEATH


覚めた都会の視線 強烈な欲望の渦

傀儡のように醜い 腐りかけた俺がいる  

千夜一夜のあなたとの記憶が

美しく崩れ去った

飛び去った奇跡から 永遠に

夢遊病が俺を支配する

BREAK MY HEAT

THE SAME DEATH

TRUTH SLEEPWAING



「いいでしょ? でも、貸してあげないからね」


「はあ」


 唖然とするしかなかった。義高は完璧に亜紀の世界に引きずられていた。


「コーヒーはいりましたよ」


「ありがとうそこのデーブルに、適当に置いて」


 亜紀はどうやらコーヒーをあまり飲む気がないらしかった。菅野は翻弄されっぱなしだった。


「奥の部屋って、パソコンとかありましたけど、あっちが仕事部屋なんですか?」


「そうよ。あと、極秘資料室と、寝室があるけど、鍵が掛かっているし、君たちは入室禁止だからね」


「余計気になって入りたくなるな」


 菅野の小声は音楽にかき消された。


「えっ? なに?」


「気にしないでください」


「余計なことは考えなくていいのよ。もし入ったらケンジの天罰がくだるだけだけど」


「それは、こ、こわい」


「俺の天罰がなんだって?」


 急に他の男の声が聞こえたので、びっくりした義高たちは踵を返した。


 入り口にはケンジと捜査一課の根本が立っていた。会話に気を取られていたというより、二人の気配がまったくなかった。探偵と警察の職業柄なのだろう。義高は、気を抜いて陰口もたたけないと思った。


 ケンジの長い金髪は乱れがなかった。


「どうでした? 捜査の方は」


「順調に決まっているだろう。それより俺の問いに答えろ」


「菅野君が寝室とかにはいったらケンジが怒るって言ったの」


 納得したらしい。特に極秘資料室に入るなとケンジから念を押された。どっちにしろ、自分のような人間が見ても役には立ちそうになかった。


 五人が集まったところで一つのテーブルを囲うように座った。ケンジが咳払いをすると緊張感ある空気になった。


「まず、義高たちの捜査結果を話してくれ」


「はい、じゃあ俺が話します」


 今日あったことを菅野が説明した。ケンジは退屈なのか、加え煙草で上を向いていた。逆に他の亜紀や根本は新人のお手並み拝見と言った感じで興味を示して聞いていた。文子から聞いた内容は義高にとってあまり納得はいきたくなかったが、得た情報はなかなかのものだったはずだと、義高達は自身があった。

 

 こういう捜査は、探偵のケンジよりも昇と交友関係があった自分の方がスムーズに行くものだと義高はわからせたかった。


「以上です。俺たちの見解からすると、かなり自殺説の可能性が高いと思ってきました」


「なるほどね。全然捜査は進んでないってことか、期待はしてなかったからしょうがない」


「えっ?」


「そんな」


 義高と菅野はそこまで言うかと言葉を失なった。少しの間、なにがなんだかわからなかった。根本はフォローと励ましの言葉を言ってくれたが、亜紀のほうは急に無関心になった。もし詰めが甘いと注意されれば仕方はないが、自分としては情報を聞き出せた方だと思っていたから、義高の受けたショックも大きかった。


「すいぶん前から警察が報告した情報をそのまま反芻しただけじゃないか。むろん、昇の遺書を手に入れている分、警察のほうがよっぽどましだが」


「遺書? ですか」


「やはりそれも知らなかったような。俺の予想はよく当たる。根本、預かりものの遺書を見せてやれ」


「はい、これは昇君がなくなった後に見つかった遺書だよ」


 ケンジは義高たちがまだ気が付いていないと予想して、根本に遺書をわざわざ持ってくるよう頼んでいた。


 昇が最後に残した遺書は、A四のコピー用紙にパソコンのワードで打った文字がプリントアウトされているだけのものだった。だいぶ折れ線が入っていて、汚れが付着し、まるでシュレッダー行きを待っている没になった書類のようだった。


「実際パソコンに詳しい捜査官が調べて、この文章の保存された生データ更新日時から、昇君が生前に書いた物だと確認もしているんだ」


 根本は遺書を手渡してきた。


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登場人物一覧は下記に載せていますので、参考にしてください。
http://plaza.rakuten.co.jp/kyouriyoshi/2001
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