Memories2
「花の色はうつりにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに」
僕はそう謳った時のことを今でもまだ思い出す。あの時君は百人一首には少し詳しいくらいでそんなに知識はなかった。
今思えば僕と君は百人一首を詠むことで繋がっていたんだ。僕はいなくなった後に気がついた。だってあの時はいなくなるって思っていなかったんだから。
「小夜時雨君はなんで百人一首が好きなの?」
「そうですね。僕はこれといった特技はなかったんです。でも、小学校の時国語の授業で百人一首すると聞かされ、真面目に覚えたらクラスで一位をとってそれが嬉しかったからですかね。」
「とても、素晴らしい話ね。」
「先輩は好きなものとかないんですか?」
「、、、、ないわ。」
少しの間僕は聞いてはいけないことを聞いたのだろうか。先輩にとって好きなものというものが自分自身に無くていいもので、そういった概念を捨てて生きているのだろう。なんとなくわかる気がする。僕もあの時百人一首を好きになっていなかったら今先輩と同じ気持ちだっただろう。
「それと、柚葉でいいわ。」
「え、あ、はい。じゃあ僕も拓人でいいですよ。」
「私は今まで通り小夜時雨君って呼ぶことにするわ。ただ私は先輩と呼ばれるのが嫌いなだけよ。」
女の人はよくわからない。どうしていいかすらわからない。
しかし僕はそんな面倒くさい女の人、彼女に一目惚れした。
「ねぇ、拓人君。」
「え、」
「拓人君は私をどう思う?」
名前で呼ばないと言った柚葉さんが気恥ずかしそうに名前を呼んでくれたことに少し嬉しさがあった。しかし、私をどう思うか聞かれても正直わからない。わかるわけがない。だって僕は一目惚れすら初めてなのだから。どう思うか。僕が思いついたのは。
「わびぬれば今はた同じ難波なるみをつくしても逢むとぞ思ふ」
「意味は?」
「これほど思いこんでしまったのだから、今はどうなっても同じことだ。難波の海に差してある澪漂ではないが、この身を滅ぼしてもあなたに逢いたいと思う。答えになってるかはわかりませんが。これが僕が柚葉さんに思ってることです。」
「そう...思ってくれているのね。ありがとう。」
「すいません。僕そんな上手く言葉にできなくて...」
「ううん。とても嬉しいわ。」
その時僕は、初めて彼女の笑みを見た。それがとてつもなく儚い感じがして、嬉しさではなくなんだか悲しみだけが募っていく。
「私ね、死んでいるのよ。」
「え?」
「皐月波 柚葉は中1の時死んだの。」
「どういう、意味ですか。」
「私の父はね。本当の父じゃないの。母の再婚相手で、その父はものすごく乱暴な人で、私にとても酷いことをしてきたの。貴方が思っているよりももっと酷いことを...ね。本当に言葉にできないくらい。」
「それで、柚葉さんが汚れてしまったと...そういうことですか。」
「そう。まぁ本当に死んではいないけれど本物の元気な皐月波 柚葉は消え、今の私がいるの。」
「お母さんはその事を...」
「勿論知っていたわ。その時以来私は母に嫌悪感を抱かれて家庭はぐちゃぐちゃになった。」
「それって!じゃあ柚葉さんは今まで...」
「暗い話になってしまったわね。ごめんなさい。」
「いえ、僕もすいません。なんで声をかけていいか...」
「励まそうとしないで、絶対に。ただ今日みたいに百人一首を私に教えてくれないかしら。それだけで...いいの。」
「わかりました。」
「楽しみにしてるわね。」
彼女はどこか諦めていて、僕はやるせない気持ちで溢れでていた。多分僕ができることは何もない。きっとそうだ。
「でも拓人君、人生は面白いだけじゃないと思うの。私は人生には退屈もあっていい気がする。」
「そうですね。人生は何が起こるかわかりませんからね。」
「あと、もう一つ私の事を教えてあげる。」
「なんですか?なんでも聞きますよ。」
「私はもうすぐで死ぬの。」
「え...」
その時僕は、言葉を失った。