Memories1
朝、目が覚めると僕は1人だった。真っ白な部屋に1人。誰かいるわけでもない、君が居ないこの部屋。けれど僕はまるで誰かがいるかのようにそっと呟いた。
「おはよう。」
窓なんてない。ドアもない空間でまるで今見ているのが夢かのように静かな部屋。でも、僕は君が隣にいる気がしてずっと話しかけた。
「僕、孤独になっちゃったよ。君や他の人が居ない退屈な世界でどうやって生きればいいのかな。」
思い出す。君の笑い声や泣いた顔、嬉しそうな顔全てを思い出す。君に出会って僕はいろんな人と出会ったんだ。でも今は1人...1人...
「1人にしないで...」
咄嗟に出た一言だった。僕にとって君の表情だけが唯一の生き甲斐で、君といると幸せな日々だったと思いさせてくれる。
すると、開いている目が閉じようとしていることに気がついた。たちまち僕は1人手に呟く。
「もうすぐで君のところに行くから、だから君はそこで待っててね、と。」
僕はたちまち目を閉じて暗闇の世界へとまた帰っていった。
高校1年 夏
僕は和歌や詩が好きだった。詩は歌ともいう。特に好きなのは百人一首でも詠まれている「しのぶれど色に出でにけりわが恋は物や思ふと人の問ふまで」平兼盛が詠んだとされるこの作品は一番といってもいいほどに好きだ。
他人には気付かれないように耐え忍んできたけれど、顔色に出てしまっているのだ。私の恋は。「恋の物思いをしているのですか」と他人が問うほどまで。
この時の平兼盛の心情がわかり、思えば誰かに恋をするというこの時代の人たちはどんな思いで人を好きになり、次の時代へと変化していき今があるのかと考えたのはいつ頃だろう。僕も平兼盛みたいにわかりやすいほどの恋をするのだろうか。そんなことを考えながら出入り禁止の屋上に足を運んでドアを開けると誰かいた。
可憐なまでにサラりとしたロングの黒髪に大人しそうな感じの可愛いとは程遠い美人な人だ。
(先輩かな?)
「天つ風雲の通い路吹き閉じよをとめの姿しばしとどめむ」
僕は読んでいた芥川龍之介の「藪の中」を落として彼女に聞こえる声で呟いてしまった。当然ながら彼女に気付かれて、痛い眼差しを浴びて僕は我に返って屋上を立ち去ろうとした。
「待って、ちょっと待って。」
「あ、あの、すいません。僕もたまにここに来てて、誰かいるとは知らずに...でも、もう帰るのでさようなら。」
「違うの。そうじゃなくて、少し聞いてもいい?」
「なんですか?」
「今のって百人一首の、確か12番目の...」
「そ、そうなんですよ!!!僧正遍照が詠んだとされる一首で!」
僕は知ってる人がいた喜びでついはしゃいで知らない人に話してしまった。いつも誰とも話さない僕ではあるけど、知っている人がいると親近感が湧いてきてなんかちょっぴり嬉しい気がする。
「それの訳って何?」
「え、訳ですか?」
「そう、知りたいの。屋上に入ってきて唐突に百人一首を詠むってことは何かあるんでしょ?」
「ただ、好きってだけじゃダメですか?」
「好きなだけだったら入ってきてから言えばいいでしょ?なんか、私に言っているみたいだったじゃない。」
「天つ風は、天の風よ。雲間の通り道を閉ざしてくれ。天女の舞姿をしばらくとどめておきたいのだ。です。」
「ふーん。そういう意味ね。」
そう。彼女を見た時僕は思った。美人で天女の様だと。だからこの一首を詠んでしまった。
「貴方名前は?」
「小夜時雨 拓人です。」
「小夜時雨くん...ね。私は皐月波 柚葉。」
「皐月波先輩はなんで屋上に?」
なんで、この人が先輩かわかったかというと、上履きの色が2年生の靴だからだ。
「なんで、、かしらね。私にもわからないけれど足が動くままに歩いていたらここにたどり着いたのよ」
「そうなんですか。」
「小夜時雨くん。一緒に帰らない?もしよかったらだけど、百人一首のこともっと聞かせて頂戴。」
「え、あ、はい。僕なんかで良ければ...」
そうやって僕と君は出会ったんだ。今思うとすごい出会い方だった。もし、君とここで出会ってなければ今も君と一緒に入れたのかな。いや、出会ってなかったら、昔も今も君と一緒にはいなかった。別の人生だった。
そう考えると、とても複雑だ。