前カノと今カノ 一話目
年上の彼女と別れた───────
去年の今頃から付き合ったからちょうど一年か……
飽きっぽい俺にしちゃ長い方だった。
いや、違うか……
いつも三ヶ月くらいで自然消滅とかしてたから、莉々子とは珍しいくらいに長く続いた。
それなりに好きだった。
俺は自分のことばかり優先する彼氏にするにはサイテイなヤロウだ。
でも莉々子に対しては空いてる時間は全部使ってたし、面倒臭いメールのやり取りだってなるべくすぐに返信していた。
会いたいと言われりゃ夜中でもバイクぶっ飛ばして会いに行ったし、誕生日とかも莉々子が喜ぶ顔が見たくてサプライズ的なこともやった。
なにがそれなりに好きだった、だ。
俺…ベタ惚れしてたじゃん……
この虚無感をどうやって拭えばいいんだかわからねえ……
「イチ君おはよー。昨日告られたんだろ?可愛いかった?」
「モテ男はええなあ。別れてもすぐに次が待ち構えてるんやからなあ。」
……うるせぇよ。
ちょっとは失恋したばっかの俺を慰めろ。
面白がりやがって。
俺が教室に入ったとたん癇に障ることを言ってきたのは同じクラスの悪友二人だ。
ガキの頃からの腐れ縁の単純バカなトオギと、去年大阪から転校してきたお調子者の千尋ことチロだ。
こいつら、俺が振られたって言ったら爆笑しやがった。ぶん殴ってやったけど……
俺が莉々子と別れたことは学校中の噂になっているようで、女共がやたらと話しかけてくるようになった。
普通彼女と別れてすぐの男に意気揚々とアタックしてくる?
どんな神経してんだよ。
まあ、今までの俺が次々と彼女を作るような軽薄ヤロウだったから身から出たサビっちゃサビなのだが……
「なんて返事したん?」
「あー…断ったら泣かれた。」
昨日放課後に呼び出され、好きだから付き合って欲しいと言われた。
高一の時に同じクラスだったけれど話しなんてした記憶は一切ない。
俺のなにがいいの?って聞いたら、サーフィンしてる姿がカッコイイからと言われた。
俺が住んでいるこの街は海沿いにあり、マリンスポーツ店を経営する父親の影響で俺は幼い頃からサーフィンをやっている。
サーファーはよく不真面目だとかチャラいとか、軽い、遊び人、暇人などと見られがちだ。
でも、実際は違う。
断じて、違うっ!
大事なことだから二度言った。
本物のサーファーは一生懸命で向上心が高く、根性もある真面目な人達だ。
でなきゃ良い波がくるのをひたすら待ったり、自分の背より高い波に挑もうなんて出来るわけがない。
だからサーファーをただカッコイイとか言って寄ってくるような女は大っ嫌いだ。
なのに俺に寄ってくるのはそんな女ばかりだ。
ムカついたがそんなことはおくびにも出さず、なるべく傷付けないように断ったのに泣かれた。
泣きたいのはこっちだ……
なんで凹みまくってる俺が気を遣わなきゃいけねえんだ?
もうそっとしといてくれよ……
ふと視線を感じて廊下を見ると、見慣れぬ女子数人が俺の方を見てキャッキャッ言っていた。
あれって三年生だよな……
手を降ってきたので無視したら、イチ君冷たーいとか聞こえてきた。
なんだよそれ…もう勘弁してくれよ……
こんな状態が続いたらキレて怒鳴り散らしちまいそうだ。
「なあトオギ。しばらくスズメちゃん貸してくれね?絶対手は出さねえから。」
「貸すわけねえだろ!けがれるわっ!」
スズメちゃんとは最近トオギが付き合いだしたクラスメイトの女の子だ。
けがれるってなんだよ。
俺は汚れもんかよ……
とりあえず適当に彼女つくろっかな。
そこそこ可愛けりゃ誰でもいいや。
……って。
この考えがダメなんだよな。わかってる。
昼休み。俺はチロと一緒に学食に行った。
トオギは今日はスズメちゃんがお弁当を作ってきてくれたようで、二人っきりで中庭で食べるらしい。
リア充で結構なこった。
「ぅあっ!イチ君っ俺サイフ忘れてもた!一緒に取りに行ってくれへん?」
チロが食堂に着くなり俺を引っ張って教室に戻ろうとした。
「それくらいおごってやるよ。」
「そうやなくて…じゃあ中庭行こっ。トオギの邪魔したろうやっ。」
俺の視界を遮るようにうるさくピョンピョン飛び跳ねるチロを、俺は両手で押さえ込んだ。
ああなるほど……
チロはアレを俺に見せたくなかったのか。
俺の視線の先には莉々子と冴えない男が肩を寄せ合うように並んで座っていた。
なんだよ……
俺ってあいつに負けたわけ?
「イチ君、ちょっと落ち着けって!」
莉々子のところに行こうとした俺を、チロが慌てて引き止めた。
「なにが?ちょっと挨拶してくるだけ。」
「だからそれがあかん言うてんのやっ!」
完全に頭に血が上っていた。
元カノの新しい彼氏にイチャモン付けるだなんて情けないとわかっていたのだが、一言いわずにはいられなかった。
返答次第によってはぶん殴ってしまうかも知れない……
「先輩っ!私と付き合って下さいっ!!」
えっ………
俺のすぐ横から声が聞こえた。
えっと……これって俺が言われたんだよな?
なんでこのタイミング?
食堂に響き渡るような大声での告白……
その場にいた全員が俺に注目した。
──────莉々子と目が合った……
その時、俺の中でくだらない対抗心が沸き立ってきたんだ。
「……いいよ。」
俺は横にいた名前も知らない女の子の肩を掴んで引き寄せ、キスをした。
莉々子に、見せつけるように…………
その後のことはよく覚えていない。
ワーだかキャーだか食堂中がパニックになった気はする。
相手の子はチロが言うには真っ赤になって走って逃げてったらしい。
すっげえ悪いことをした……
気が付けば教室に戻ってきていた。そして腹が減っていた。
「……イチ君…ホンマなにしとるん?」
飯抜きの巻き添えを食らったチロが文句を言っている。
ホントに申しわけない……
「なあチロ。俺がOKした子ってどんな顔してた?」
「はぁあ?顔も見んとキスしたんかい!」
柔らかくて小ぶりな唇の感触だけは覚えている。
我ながらサイテイだよな、俺……
「一年生やったわ。髪はボブっぽいショートカットで……」
チロは紙と鉛筆を取り出し、慣れた手付きで似顔絵を描いた。
「こんな感じの子やった。」
なにこれピカソ?
この画力で自信満々に見せる意図がわからない。
「チロ…一応聞くけど人間だったんだよな?」
「失礼なことぬかすな!」
次会った時に俺はその子が自分の彼女だと気付けるんだろうか。
わからず無視しちまったらどうしよう……
放課後。下駄箱にも俺の彼女らしき子の姿はなかった。
もしかしたら俺のことを待っててくれてるかなって思ったんだけれど……
赤くなって走って逃げたって言っていたから、恥ずかしがりやな性格なのかな?
だとしたらヤバいな……
そっちから話しかけてくれないと見つけようがない。
君って俺の彼女?なんて聞き回るわけにもいかないし……
「イチ君一緒に帰ろっ。」
一人の女が後ろから馴れ馴れしく腕を組んできた。
一瞬こいつかって思ったんだが髪が長いし、よく見たら最近しつこいくらいに絡んでくる同い年の二年生だった。
「彼女いるからムリ。」
「げっ!イチ君もう新しい彼女出来たの?!」
「まあね。すっげえ可愛い子。」
顔、知らねえけど。
自慢げに言ってやったら怒ってどっかに行った。
……うん?
今あの柱の向こうに誰かがいたような気がした。
気になって見に行ってみると、柱の影で一人の女の子が膝を抱えてうずくまっていた。
「ごめんなさいっ。私、すっげえ可愛いくはないです!むしろさっきの女の子の方が女子力もあって可愛いっ!」
一年生でボブっぽいショートカット……
この子か……
「それに私、あの時は振られる気満々で告白したんです!まさか先輩と付き合えるだなんて微塵も思わなくて……」
振られる気満々てなに?
俺と付き合う気はなかったってこと?
「あのさぁ……」
「せっかく頂いたキスも始めてだったのでビックリして逃げてしまいましたっごめんなさいっ!!」
さっきからなぜ謝る…謝りすぎだろ。
ずっと下を向いて俺と目も合わせようともしないし…なんなんだこの子は。
俺はその子と目線を合わせるために膝を曲げてしゃがんだ。
本人が謙遜するほどブサイクってわけではない。
色気はないが健康的だし可愛らしい顔立ちをしている。
「じゃあなんで俺に告白してきたの?」
「それは……」
そう言ったまんま黙りこくってしまった。
冗談やノリで告白してくるタイプには見えない。
誰かに無理矢理告れとかでも命令されたのか?
罰ゲーム的な?
でないとあんな大勢いる中で大声で告白してくるなんて有り得ない。
莉々子が見ていなかったら間違いなく断っていたし。
公開処刑もいいとこだ。
「……言いたくねえならいいよ。」
俺のことが好きで勇気を出して告白してきたんだと思っていた。ただの遊びか?
お互いあれはなかったことにした方が無難だな。
「食堂で三年の怖い人達がワクワクテカテカしてたんです……」
………はい?
「二人が仲良くしてるとこを見たらどんな反応するだろうなって。そこにちょうど先輩が現れて……」
なに?話が見えない。
二人って…莉々子とあの冴えない男のことか?
俺は入学当初から、目立つからというしょうもない理由で上級生の不良グループに目を付けられていた。
学校一美人だった莉々子と付き合うようになってからは、その嫌がらせはさらに酷くなった。
何回か殴り合いのケンカをしたことがあるし、それで停学処分を食らったこともある。
「先輩が二人に近付いていくのをヤレヤレーってバカにしたように笑いながら見てたから、なんだかムカっ腹が立ってきて。それだったら私が恥をかけばいいんじゃないかなって考えて。それで派手に振られてやろうって撃沈覚悟で告白したんです。」
─────この子………………
…………俺のために?────
あん時の俺の精神状態でそいつらに一言でもなにかを言われていたら、間違いなくブチ切れていただろう。
きっと停学どころじゃ済まない騒ぎになっていた……
「出過ぎた真似をして本当にごめんなさいっ!!」
そう言って俺に向かって深々と頭を下げた。
頭を下げてお礼を言いたいのはこっちの方なのに……
「あのさぁ…俺のこと好き?」
頭を下げたままの彼女の体がビクッとなった。
「……大…好きです……」
髪の隙間から見えている耳が真っ赤になっていた。
きっと顔はもっと赤くなっているはずだ。
「名前、なんていうの?」
彼女はそろ〜と顔を上げて、クリクリとした黒目がちの瞳で俺のことを見上げた。
子犬みたいだ。
「ナミ…です。松本 波美と言います……」
「ナミちゃんか。サーファーの彼女にはピッタリの名前だな。」
「……いいんですか?」
「なにが?」
「私なんかが先輩の彼女になっても……」
「ナミちゃんが告白してきて俺がいいよって言った時点でもう俺の彼女だろ?」
ナミちゃんはスクッと立ち上がると、全速力で後ずさりした。
おいっ、なぜ逃げる?
「こ、これは…夢か現か幻か……」
ワナワナと震えながら意味不明なことを言っている。
大丈夫かこの子……
俺が近付くと、その倍の距離を後ずさりした。
だからなぜ逃げる?
「先輩!私、先輩の言うことならなんでも聞くんで!」
なんでもって……
女の子がそんなこと言っちゃダメだろ。
「じゃあとりあえず俺の手が届く範囲まで戻ってこい。」
「はいっ!」
今度は体が密着するくらいそばまで寄ってきた。
限度ってもんがあるだろ……
キラキラした目で俺からの次の指示を待っている。
「……おて。」
「はいっ!」
なんの躊躇もなく手をのせてきたので思わず吹き出してしまった。
「おかわり。」
「はいっ!」
「ふせ。」
「はいっ!」
ふせまですんのかよっ。従順でおもしろいな。
これは今までにはいなかったタイプの女の子だ。
10月1日。夏服から冬服へと切り替わる日だ。
寒くなってくると北風が吹く。
サーフィンは夏のスポーツだと思われがちだが、オフショアと呼ばれる陸風が吹く冬の方が俺は好きだ。
今日は朝から良い風が吹いている。
学校がなければ朝から海に繰り出しているところだ。
イチ君てサーフィンしか頭にないのね。
……なんでここで、莉々子から最後に言われた言葉が蘇るかな。
何人もの女に同じことを言われてきたのに、莉々子に言われた時は心がえぐられるほど胸に突き刺さった。
くっそ…テンション下がる……
「イチ君おっぱお!昨日告白してきた子の名前っこの名探偵チロ様が調べてきたで〜っ。」
教室に着くなりチロが得意げに話しかけてきた。
チロっていっつもハイテンションだよな……
前にそれを言ったら大阪人にしちゃ低い方だと言われた。
俺、大阪には住めねえ。
「知ってる。ナミちゃんだろ?昨日自分で見つけた。」
「なんやもう知っとったんか。せっかく調べたったのに。」
ブスっとむくれるチロの横にはトオギが座っていた。
トオギは俺の顔を睨みつけるようにじっと見つめていた。
「……なんだよ。なんか文句ある?」
「別に。ただ…またイチ君の悪いクセが出なけりゃいいなって思っただけ。」
トオギの言いたいことはわかる。
中学の時にとっかえひっかえ女に手を出していた俺を、トオギは心良く思っていなかった
トオギは恋愛に関して純粋というか無垢というか、変に頑固なところがあるからな……
「今のイチ君にはまだ新しい彼女なんて早いだろ。」
「まあまあ、せっかく付き合うことになったんやから応援したろうやっ。」
トオギとは小学一年生の時に同じクラスになってからの付き合いだ。
俺の事を俺以上に理解してくれていて、俺が危ういことをしそうになった時には何度も忠告してくれた。
トオギもチロも口にこそ出さないが、莉々子のことを引きづりまくってる俺を心配していた。
俺だってこんな自分はイヤだ。
早く…抜け出したいんだよ。