契約
立ち尽くすしかないけど、それでも前には進まないとずっと此処に居る事になる。それは流石に嫌だ。
仕方がない。糞ナルシスト君は危険だから、目の前のドラゴンさんをどうにかするしかない。
俺は目の前のドラゴンさんの身体に張り付いて、その体を登る。
鱗1枚1枚が公立の学校の正門の2倍ぐらい有るし、その表面がツルツルしてたりザラザラしてたりしてて登り難いってのがまた大変。
ヘラスフォダラーみたいにジャンプで一気に跳んで行けたら楽なんだけど、なんか今のドラゴンさんだとヘラスフォダラーに近い動きしたらパニックになって暴れだしそうなんだよね……。何より俺がそんな芸当出来ないっていう。
それでも地球に居た頃と比べればだいぶジャンプの高さも高くなったと思う。建物の2階の天井辺りまで跳べたら十分だよね?
鱗と鱗の繋ぎ目に手を掛け、腕力で跳び、手を掛けた繋ぎ目を足場にして更に跳び上がる。そうやって登って行って、20分ほど経った頃、ようやくドラゴンさんの足の上に乗れた。本当に大きい。
でもそこまで登ったことと、登るまでに掛かった時間とで、ドラゴンさんも少し落ち着いたらしい。ドラゴンさんが爪の先で俺を摘まんで、自分の顔の前まで持ち上げてくれた。
『なんじゃ人間、儂の身体に登るとは厚顔不遜なのじゃ』
「いや、俺はドラゴンさんの為を思って、頑張ってドラゴンさんとまた話せるように頑張ったんだけど?」
『その結果が儂の身体に登ることなのか?』
顔までの距離が今度は近いから、今度は叫ばなくても良いみたいだ。良かった良かった。
叫ぶと咽が本当に痛いんだよねー。
「うん。ドラゴンさん、ドラゴンさんをボコボコにしたゴブリンが怖いんだよね?」
『ゴブリッ、当たり前なのじゃ!!ゴブリンなぞ怖くないが、あのゴブリンは怖いのじゃ!!
もう2度と会いたくないぐらい怖いのじゃ!!』
「そっかそっか。そんなドラゴンさんに俺から提案が有るんですが、聞いてくれます?
提案を呑んでもらえれば、ドラゴンはもう2度とあのゴブリンに命の危機に晒される事はないですよ」
命の危機に晒される事はない、とは言ったけど、悪いことをしたりしたら叱ったりするだろうし、お説教も有るだろうし、何より毎日会う事になるから、2度と会わなくて良いとは言わない。
今の俺のやり方は、端から見たら詐欺のように見えるのかな……。
それだったら……、なるほど。詐欺師さん達はこうやって相手を詐欺に嵌めてるのか。
今も上手くいくかはまだわからないけど、上手くいったら気持ちいいだろうなぁ……。
詐欺の被害が無くならないのって、詐欺師さんが簡単にお金を手に入れようとする以外に、上手く相手を嵌めた時の快感を味わう為にやってたりするのかな?
そんな元の世界の犯罪心理について考えつつドラゴンさんと話をする。
『なんじゃと?!!に、人間!それは本当なのか?!儂、もうあのゴブリンに襲われなくて済む?!!』
「俺の提案を呑んでくれて、尚且つ悪いことをしなければ大丈夫ですよきっと」
『だったら早く言うのじゃ!!お主の言う提案を呑むのじゃ!!
呑むから!早く儂をあのゴブリンから守ってほしいのじゃ!!
この際ダンジョンマスターではなく人間でも良いのじゃ!!あのゴブリンから儂を守ってくれる奴なら誰でも良いのじゃ!!
だから早く、儂をあのゴブリンから守ってほしいのじゃーー!!』
良し!言質は取った!!
「じゃあ、まずは僕をドラゴンさんの手の上に乗せてください。
このままだと僕、ドラゴンさんに潰されちゃって、ドラゴンさんがあのゴブリンに殺されちゃうんで」
『殺されっ?!わかったのじゃ!すぐに手に乗せるのじゃ!!』
ドラゴンさんは慌てたように俺を摘まんでいる方とは反対の手を出し、その上に俺を優しく置いた。
ドラゴンの手の上に乗るって、かなり凄い体験してるな…俺……。
『つ、次はどうしたら良いのじゃ!?』
「次は顔を俺に近付けてください。俺がドラゴンさんの顔に触れられるぐらい近くまで」
『お、お主が小さ過ぎて出来るかはわからないけど、わかったのじゃ!やってみるのじゃ!!』
そう言ったドラゴンさんは、ゆっくりと、本当にゆっくりと俺に向けて顔を近付けて来る。
は、鼻息が!臭い上に鼻息の風が!!と、飛ばされそう!!
「俺が触れたら、魔力を流します!そのあとドラゴンさんも俺に魔力を流してください!!」
『わ、わかったのじゃ!!』
おっかなびっくりに徐々にドラゴンさんの顔が近付いて来る。そして遂に、俺とドラゴンさんが触れられる距離になった。
というかたぶん、ドラゴンさん事態は手に顔を当ててる状態だと思う。
そんな状態でドラゴンさんに触れて魔力を流す。
流石に魔法を使えるようになってから、何度も土属性魔法を使ったから魔力ってのがなんなのか、体感でだけど「コレのことか」ってぐらいにはわかる。
それをドラゴンさんに、どれだけ流したら良いかわからなかったから流せるだけ流した。
そしたら、初めて感覚だから詳しくはわからないけど、なんだか暖かみが有るような無いような何かが自分の中に入り込んで来る。たぶん、これがドラゴンさんの魔力かな。
ドラゴンさんが俺に流してくれた量は、だいたい俺が流した量の倍ほどで、許容オーバーで身体がボンッ!って事はなく、無事に交換が終わった。
「えっとじゃあ、最後に"ダンジョンマスターの配下になる"って宣言してくれるかな?
そうしたら、俺を通じてダンジョンマスターの庇護下に入れるから」
『なんじゃと?!お主、ダンジョンマスターと関わりが有る者だったのか!』
ダンジョンマスターと関わりが有るって言うか、俺がダンジョンマスターなんだけどね。
「そうそう。ダンジョンマスターにはいつもお世話になってるんだよ」
ダンジョンマスターの力には、だけどね。
『そうか!なら言うのじゃ!
儂はダンジョンマスターの配下になるのじゃ!!』
【原初の竜がダンジョンマスター 山田太郎 の支配下に入りました。以後原初の竜はダンジョンマスター 山田太郎 に逆らう事が出来ません】
ドラゴンさんがそう宣言すると共に、頭の中にそんな無機質な音声が流れる。
スキルを身に付けたり、ヘラスフォダラーに名前を付けたりした時にもこの音声が流れたけど、この声誰が担当してるんだ?
今考える事じゃないけど、この世界に来てからの謎の1つだな……。
でも、良し!これでドラゴンさんが仲間になった!!
ドラゴンさんを見ただけで腰を抜かす糞ナルシスト君なんか目じゃないね!!
そうと決まれば、糞ナルシスト君とお話ししようかな。
でもまぁその前に、ドラゴンさんにはこの言葉を贈らないと。
1度こんな風言い方を、元の世界に居た頃からやってみたかったんだよね!
「ようこそドラゴンさん!ダンジョンマスターである俺は、君を歓迎するよ!!」
決まった!
『ぬ?お主がダンジョンマスターだったのか?それじゃあ儂、もう本当にあのゴブリンに襲われない?』
ドラゴンさんの今のトラウマでプルプル震えてる現状を考えるとドラゴンさんの反応もわかるけど……。
し、絞まらなかったな……。
「そ、そうだよドラゴンさん。君の怖がるゴブリンは、俺の敵には容赦しないけど、仲間には優しいよ。
ドラゴンさんが良い子にしてたら、もう攻撃されたりしないよ」
『ほ、本当か?!本当じゃな?!!本当に儂、襲われないのじゃな?!!』
「ホントホント。アイツにドラゴンさんを襲わせるようなことはしないよ。だから安心して」
このあと、更に何度かこのやり取りを繰り返して、ようやくドラゴンさんは落ち着いた。
まぁ、それでもまだヘラスフォダラーの方を見てビクビクしてるのには変わりないけど、なんとかなった。
ο──────────ο
「じゃあドラゴンさん、ちょっとお願いがあるんだけど良いかな?」
『なんじゃ?儂に出来ぬような無理難題でなければ請け負うぞ。
なんと言ったって、儂はお主の庇護下に入ったんじゃからなぁー』
何処か楽しそうな声色でそんな事を言うドラゴンさん。
……不覚にも可愛いと思ってしまった。
そんなドラゴンさんを改めて見てみる。
わかりきってはいるけど、やっぱり果てしなく大きい。
中学校の修学旅行や林間学校で東京タワーを見たり富士山に登ったりした事があるから言えるけど、まず日本を代表する塔や山なんて目じゃないほど大きい。
記憶基準だけど、東京タワーでドラゴンさんの踝ぐらい……かな?
東京タワーがドラゴンさんの踝とか、しかもそう考えると20分ぽっちで足の甲まで登った俺って……。
とにかくドラゴンさんは大きい。
そんなドラゴンさんの身体は、肉付きの良い足やお腹といったドッシリとしたイメージのドラゴンではなく、どちらかというとスラッとしてる。でもシュッと細長いかと言われればそうでもなくて、ドラゴンさんの身体に合った棒か何かを横から叩いたら折れてしまいそう……ってほどでもない。
ドラゴンを見るのが初めてだから他のドラゴンがどんな風かはわかんないけど、人で例えたら正に平凡な肉体。つまりこの世界に来る前の俺みたいな中肉中背って感じ?
筋肉質だったり腹筋割れてるとかじゃなく、かといって肉が付いてるかと聞かれればそうでもない。痩せてる帰宅部らしい感じ。
うん。それが東京タワーが踝に来る大きさのドラゴン。それがドラゴンさん。
とにかく大きいとしか言えない。
さて、そんなドラゴンさんに協力してもらえるとの事だし、そろそろ彼の所に行こうかな。
「じゃあドラゴンさん、今からヘラスフォダラー……あのゴブリンが今躾てる奴と話すんだけど、俺が合図したら大きく吠えてくれない?」
『あ、あのゴブリンの所に行くのか?』
「うん。でも大丈夫だよ。アイツはもうドラゴンさんを攻撃したりしない。ちゃんとそう命令するから。
だから、良いかな?」
『う、うむ……。あのゴブリンが襲って来ないのなら任されたのじゃ』
よし、言質も取ったし、早速糞ナルシスト君の様子でも見ようかな?
俺はドラゴンさんに地面に降ろしてもらって、ヘラスフォダラーの所に向かった。
ドラゴンさんの足下からヘラスフォダラー達が居る所までが割と遠いんだよ!
ο───────ο
《マスターの言うことは?》
「絶対です!」
《マスターの命令は?》
「身の命を賭してでも優先しなければならないです!」
《もし破れば?》
「自ら腸をぶち撒け、その後自ら心の臓を抉り出します!」
《それすらもしなければ?》
「ヘラスフォダラー様に永遠の眠りへと誘っていただきます!」
《よろしい。 すみませんマスター、お待たせしました。今お聞きいただいた通り、上辺だけでも調教を終える事に成功しました》
「お、おう……。ありがとうヘラスフォダラー。
よく此処まで出来たね?」
《コレの自尊心という物を悉く粉砕し、コレの得意不得意すらも真正面から玉砕させ、コレの望むままに動いても望んだ通りにはならないという事を徹底的に教え込ませて無気力にさせる事でなんとか成し得ました。
正直再生能力についてはとても厄介でしたし、私の身体を操られたりもして非常に面倒ではありました。
ですがやはりゴミには変わりありません。
存在もゴミ。身体もゴミ。思考もゴミ。思想もゴミ。
ありとあらゆる部分で話にならなかったので面倒ではありましたが苦ではありませんでした》
俺がヘラスフォダラーの所に着くと同時に、まるで俺が来るのがわかっていたかのようにヘラスフォダラーが振り返って、自然な流れでその場に跪いた。
しかもヘラスフォダラーに合わせるように糞ナルシスト君も自然な流れで俺に対して土下座してきた。
何をやったのかはヘラスフォダラーが教えてくれたけど、それにしたって……、やり過ぎじゃないか?
「あー、ヘラスフォダラー?」
《はい》
「此処までしなければならなかったの?」
《御言葉ですがマスター。コレのゴミ具合は此処までやってようやく会話が成立するレベルなのです。
お優しいマスターは言語による対話をお望みなのは重々承知しておりますが、此処までやらなければ私に対してすら自己中心的な思考と発言により対話が成り立たなかったのです。
ですので"やり過ぎ"ということはなく、むしろ"此処までやってやっと"なのです》
「自分調子乗ってました!マスター殿!先程までは本当に申し訳ございませんでした!!」
ヘラスフォダラーがそう言い終えると同時に頭を上げて、再び地面にヘッドバッドする糞ナルシスト君。
ヘッドバッドした地面が割れて、しかも少し赤い物が見えてるのは気のせいだと思いたい。
にしても、え、そんなに酷かったの?
いやまぁ、あの様子だとあながち誇張という訳でもなさそうだけど……ねぇ?
「うんまぁ、会話が出来るなら気にしない事にする。
えっと、じゃあ君、質問しても良い?」
「なんなりとお聞きください!」
うわぁ……ホント、最初見た時と態度とか色々違うな……。
違い過ぎて割と気持ち悪い。
「あー、えーと、じゃあ1つ目。なんであんな高圧的な態度取ってたの?」
「ナメられないようにです!」
ナメられないようにって……。
「それであの態度?流石にそれは、言い訳にしても傲慢過ぎない?
まぁ今は置いとこう。次。なんで素直に答えた俺の返答を聞いて、いきなり攻撃してきたの?」
俺がそう聞くと、元糞ナルシスト君はチラリとヘラスフォダラーの方を向いて、無言でジッと彼を見つめ始めた。
それに対してヘラスフォダラーが1回頷くと、元糞ナルシスト君は意を決したようにキリッとした顔になった。
「生まれたばかりの私の知識の中に、人間は下等生物であり自己中心的で我々吸血鬼の食糧という情報が有ります!
つまりそんな相手である貴方が、私の問い掛けに欲しい回答をしていただけなかったのでムシャクシャしました!ついでに調子に乗ってると思いました!」
………………………は?
「………………………は?
は?え、は?
え、お前、ナメてんの?」
「はい!ナメてました!!」
「ヘラスフォダラー、ソイツの首軽く絞めて」
《仰せのままに》
「え、ちょっと待ってください、何を言ってるんでちょっ、ヘラスフォダラー様?!ちょっと待ってくだ……ギブッ!ギブですヘラスフォダラー様!絞まってます!軽くではなく確実に私の息の根を止めに来てます!!
肺呼吸出来ない程度で私は死にませんが、それでも苦しいのは苦しいです!勘弁してくださいヘラスフォダラー様!自分、マジ調子乗ってました!凄く反省してます!!
ですからヘラスフォダラー様!何卒!何卒!何卒この吸血鬼めに御慈悲を!!」
《喜べ。例えマスターが貴様を許しても、私が貴様を許さない》
「喜ぶ要素何処にも無いですよヘラスフォダラー様ァァアアアアア!!
アッ」
気の抜けるような声を口から出して、元糞ナルシスト君は白目を剥いて気絶した。
というか今彼、さっきもだけど、かなり重要な事を言ってなかった?
吸血鬼って。日本でもドラゴンの次か同じくらいの知名度を誇るファンタジーモンスターじゃん。
しかも生まれてすぐの状態でなんて知識を持ってんだこの吸血鬼。つまりアレか?俺はワンチャン、コイツの餌だったって訳か?
…………………ヘラスフォダラーにはこれからも定期的に絞めてもらわないとな。
にしても、ドラゴンと吸血鬼、ね……。
1日に物凄い存在と会うことになるなんて思いもしなかった。
2人共、共にインパクトの強い見た目とキャラをしてるから、結構疲れたな……。
こんなに従順になってるとは思わなかったから、待機してもらってるドラゴンさんへのお願いが無駄になっちゃったよ。
あ、お願いと言えば。
「ヘラスフォダラー、命令ね。
今後ドラゴンさんについては俺に危害を加えない限り無闇矢鱈に襲っちゃ駄目だぞ。本人めちゃくちゃ怖がってるから」
《畏まりました》
「うん、よろしくね」
よしじゃあ、あとはこの気絶してる吸血鬼君の処遇について考えようかな。
……といっても、もうどうするのかは決まってるけどね。
先にドラゴンさんと契約しといて良かったよ。そのおかげで彼に危害を加えられる可能性が減るんだから。
「ヘラスフォダラー、起こして」
《畏まりました》
俺がヘラスフォダラーにお願いすると、彼は吸血鬼君の胸、心臓部分を勢い良く殴った。
「カハッ
ゲホッゴホッ……ハッ!へ、ヘラスフォダラー様に殺される夢を見た……」
「いやソレ、夢じゃないからね。
あとヘラスフォダラー、今の起こし方は絶対に彼以外にはやっちゃ駄目だからね?基本的に今の、命に関わるから」
《やる相手は心得ております》
「なら良いよ」
「なんだかわからないですけど…、私にもやらないでくださいね?!」
ヘラスフォダラーにも言ったけど、ホント下手したら死ぬ攻撃喰らって普通に生きてるって、凄いな。
やっぱり種族差ってヤツなのかな?
…………彼がヘラスフォダラーに対してだけのドMって事にすれば納得出来るかな?
「人間!何を考えてるか知らないが、コレだけは言いたい。
なんだかわからないが、絶対違うからな!!」
《黙れ》
「イエス・サー!!」
なんか考えが読まれたぞ。しかも今、俺の事を人間って呼んだし。
んー、この様子だと、早めにしといた方がブレーキになるかな?
「なぁなぁ吸血鬼君」
「……なんだ人間?」
《敬語を使えゴミ》
「痛ぇぇええええ!!
すみませんでしたヘラスフォダラー様!
人間も、すみませんでした!!」
「あー、うん。ヘラスフォダラー、取り敢えず今は躾はしなくて良いよ。その代わり、俺のしたいことが終わったらすぐに彼にしたいことをして良いから」
《承知しました》
「なんか勝手に、俺の未来が決定されてる?!」
あー、もう、五月蝿いなぁ……。話が進まない。
こうなったら彼の事は今だけでも無視だ無視。
「吸血鬼君。今から俺が、君に魔力を送るから、そのあと君も俺に魔力を送って。そのあと"ダンジョンマスターの配下に入る"って宣言してくれたら基本的に俺はもう、君の事は放っておくから好きにして良いよ。
そうしてくれれば、俺を通じて君はダンジョンマスターの所有物になって、ヘラスフォダラーも手が出し難くなるだろうから。
じゃあ、魔力を送るよ」
質問する余地を与えず間髪入れずに捲し立てるように言って、ちゃっちゃと魔力を吸血鬼君に流してしまう。
吸血鬼君も何か言いたいんだろうけど、無視。
むしろ躊躇してるから、ヘラスフォダラーにアイコンタクトを送って吸血鬼の心臓部分をまた殴ってもらう。
ホント、そろそろ戻りたいし早く安心と安全を確保したいから、本当にさっさとして。
想いが通じたのか、それともただ単にヘラスフォダラーに殴られるのが辛いのか、吸血鬼君は嫌そうな表情をしながら俺に魔力を流して来た。
それで、"ダンジョンマスターの配下に入る"と宣言してもらったら、またあの声が頭の中に響いた。
【始祖の吸血鬼はダンジョンマスター 山田太郎 の支配下に入りました。以後始祖の吸血鬼はダンジョンマスター 山田太郎 に逆らう事が出来ません】
よし!……………ハァァーー……。やっと安全を確保出来た……。
結構一杯一杯だったから、本当に良かった。
《お疲れ様ですマスター》
「うんありがとうヘラスフォダラー。
終わったところで早速なんだけど、ヘラスフォダラーに命令。
吸血鬼君が今後、俺やダンジョンコアさん。それに君や後ろのドラゴンさんや他の動物やモンスター達に危害を加えようとしたら、即刻無力化して。
方法は任せる」
《承りました》
「それと吸血鬼君に命令。
俺やダンジョンコアさんを始めとした、俺に関わる全てのダンジョンの関係者に手を出さない事。
それを守らなかった場合、自分で自分の、んー、そうだな…。脚とか手でも切り落として自分を止めて。そうすればヘラスフォダラーが間に合うだろうし、君も再生能力が有るから問題無いし。
良いね?」
「何故この俺様が!それに貴様、さっきから聞いてれば図に乗りよ」
「ヘラスフォダラー」
《図に乗って調子に乗ってるのは貴様だゴミ》
「イタッ、痛い!蹴らないで!踏まないでくださいヘラスフォダラー様!また自分調子に乗りました!!
マジサーセン!!
クソォ……。覚えてろよ人間にゴブリンめ……。」
吸血鬼君は……、やっぱり糞ナルシスト君か糞ナルシスト野郎で良いかな?
まぁ、彼の事はヘラスフォダラーに任せよう。
それより今は、早く帰ってモフモフパラダイスで惰眠を貪って癒されたい。
「ドラゴンさん!俺達をある場所まで乗せて行って!」
『? 吠えなくて良いのか?』
「良くなった!だから、今から俺達が住んでる所に帰るんだ!
でも此処からだと俺の足では何日も、下手したら何ヵ月も掛かりそうだから、ドラゴンさんに飛んでもらって、ドラゴンさんに乗って移動したいんだ。
お願いしても良いかな?」
『まぁ、それなら構わないが……ソコの人型も儂の上に乗せるのか?そんな汚い物?』
「汚い物……?この、俺様が……?」
ドラゴンさんに帰りの足になってもらえるように頼んでみた。
糞ナルシスト君がなんかショックを受けてる。
辛かったり悲しいのなら、事実なんだし、受け止めて受け入れれば良いんじゃないかな。
それより、ドラゴンさんですら糞ナルシスト君は嫌か……。
糞ナルシスト君。君、初対面の相手によく此処まで一方的に嫌われる事が出来るな。ある意味才能だわ。
でも…、ドラゴンさんは嫌か。
どうしようか?
《マスター》
悩んでるとヘラスフォダラーが話し掛けて来た。
「ん?何?」
《ソコの蜥蜴がこのゴミを乗せたくないというのは仕方のないことだと思います。
ですがそうすると必然的に帰りが徒歩になってしまう。
マスターはその事について悩んでおられるのですよね?》
「そうだな。はっきり言って疲れたから、正直今すぐにでも帰りたい。
でもドラゴンさんが糞ナルシスト君を乗せるのを嫌がってるし、かといって糞ナルシスト君を放置はしたくない。何をされるかわからないからね。
だからどうしようかなって」
《でしたらご心配には及びません》
ん?
《私めがこれを拠点まで運びます》
「んー、それは助かるけど…良いのか?」
《当然でございます。帰りの際、このゴミを躾つつ、部下達も鍛えてやれば一手で2つの益を獲得出来ます》
……………ホンット、なんで俺みたいなのから召喚されたコイツは、こんなに有能なんだ?
此処は素直に甘えておくか……。
「じゃあ任せたよヘラスフォダラー。
それと、今の、一手でっての、それを一石二鳥って言うんだぞ」
《一石……二鳥でございますか?》
「そうそう。んーと、正確な意味は忘れたけど、字面的に、1つの石を投げただけで、2羽の鳥を手に入れた事を言うんだったかな?
つまり1度に2度美味しい、みたいな!」
《なるほど……。1度に2度……。マスターは博識でもあられるのですね。今後もこうやって、我々に知識をお与えいただければ嬉しく思います。
そしてこのゴミの件、喜んで承ります》
「そんな畏まらなくても良いよ。
うん、じゃあよろしく。
そういう訳だからドラゴンさん!お願いしても良いかな?」
『そういう事なら喜んで引き受けよう』
ドラゴンがそう返事をしてくれると、手を伸ばしてくれて、俺が乗りやすいようにしてくれた。
俺はそれに頑張って攀じ登って、ドラゴンさんの掌の上に乗る。
「じゃあヘラスフォダラー、あとよろしく!」
《畏まりました》
「よし!じゃあドラゴンさん、飛んで!」
『了解した!』
ドラゴンさんが飛び上がる。
俺からは上手く見えないけど、ドラゴンさんの背中にある翼が忙しなく動いてるのが肩越しにチラチラ見える。
それは徐々にスピードを上げて、最終的に俺には翼の動きが見えなくなった。
そして気付いた時には、すぐ横に白い塊が見えた。
白い塊というか、水の塊みたいだった。つまり雲だった。
今の一瞬で此処まで来たらしい。
そして俺の肉眼でも目視出来る距離に、いつも居る場所がもう見えた。
恐ろしく早い。
俺は急いでドラゴンさんに話し掛けた。
「ドラゴンさん!目的地はあの色々な生き物が居る場所なんだけど、その前にこの空をもう少し飛んでてくれないかな?!」
俺のお願いに対して言葉での返事はなかった。だけど、ドラゴンさんはいつも居る場所に降りるなんて事はせずに、通り過ぎて、空を飛び続けてくれた。
「ありがとうドラゴンさん!」
世界を見る。その際ドラゴンさんにダンジョン領域の外がどの辺りかを教えて、そこを避けてもらった。ダンジョン領域から出ると死んじゃうしね。
世界を見る。
世界を改めて見て思う。本当にこの世界は何も無い。
草も、木も、水辺も、山も、海も、岩場も、砂漠も。
"自然"と呼ばれるものすら何も無い。
…………。
あの自称神の糞爺の言葉を思い出す。
『世界の為にボロボロの牛乳臭いぼろ雑巾のようになるまで、向かった世界の人柱になって!というかなれ。うん今決めた。はい決定!』
それはつまり、この何も無い世界に自然すらも加えろということなんだろうか。
もし自然すらも作れと言うのなら、それはもう、それこそ神様の領域の話だ。
そんなことを、こんな、平々凡々な奴に任せちゃ駄目だと思う。
試されてるのか、馬鹿にされてるのか……。
それでも、こんな何も世界でも、遥か上空から見下ろすこの世界の景色は圧巻だった。
「やれる事をやるか……」
この世界は、ある意味俺の世界みたいな物だ。
俺しか人間が居なくて、そんな俺を頂点だと慕ってくれてる奴等しか居ない世界だ。
そして俺には、この何も無い世界に自然すらも付け加える事の出来る、ダンジョンの力が有る。
それなら、やることをやれるだけやろう。
それが例え神様のような事だろうと、それだけの事がやれるならやろう。
「でも、今はこの景色を楽しもうかな」
高速で移り変わる代わり映えの無い景色を目にしながら、今後どうするか考える。
俺はドラゴンさんの掌の上で立ち尽くした。
ドラゴンさんの見た目は、某ハンティングゲームに出てくる白い祖龍のような体を思い浮かべてください。
その大きさが、1歩日本1.5個分~2個分ぐらいの大きさだと考えてください。
この世界(惑星)の大きさは木星と太陽の間ぐらいの大きさである<プロキシマ・ケンタウリ(196,200km)>ぐらいで、だいたい地球の15倍の大きさです。
参考までに、
地球(12,742km)、木星(139,822km)、太陽(1,392.000km)です。