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Villain:Side  作者: 昼の星
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007,街道のハンター scene4

 盗賊連中とハンター連中との戦力差はどの程度のものか。男はそこかしこの木陰に視線を走らせながら思考する。

 盗賊連中は元々、戦闘に縁のない職に就いていた者がほとんどだ。とはいえ、肉体労働従事者も多く、団で戦闘訓練も行っていた盗賊たちは、もはやたんなる非戦闘民とは言えないだけの戦闘力を身につけている。最低限、根城にしている森に出没する魔物を相手にできなければ生きていくことすら困難なのだから、当然と言えば当然だろう。

 対してハンターたちの主力は銅級だ。

 銅級はそれなりの実績を積めていなければ付されないものだ。そこに到達しているからには、少なくとも魔物相手ならそれなり以上に戦える人間ということ。石級では、ハンター同士の諍いを除けば人間を殺し合いの相手にすることはほぼないので、その点での経験の有無は大きい。だが男が見ていたところ、人間と殺し合うということで戸惑っているような者は見られなかった。個々の純粋な実力は活動人数や歴の長さにもよるところだが、銅級であれば、たとえ普段は後衛に徹している者でも、盗賊と一対一で遅れを取ることは早々ないはずだ。

 盗賊の総勢は40かそこら。正確な数まで男は覚えていなかったが、自分が抜けて、鷲鼻に扇動された奴らを抜いてもそのくらいはいる。それだけの数の盗賊が始めから荷物も諦めて殺し尽くすつもりで布陣すれば、ハンターたちにも多少の被害は与えられるかもしれない。だが、そんなことはあり得ない。盗賊に、稼ぎを放棄してまで攻撃する利のある相手などいないからだ。連中は戦闘狂の集まりではない。日々の糧を他人から奪う生き方を選んだだけの人間だ。故に労力を割いて対価の得られない襲撃はしない。そしてもし、相手が自分たちを攻撃しに来た者たちだと分かっているのなら、選択すべきは闘争ではなく逃走だ。まして拠点が明らかでないのなら、わざわざ攻撃することはない。仮に首尾よく全滅させられたとしても、また敵が送り込まれるだけだ。それも以前よりも戦力を増したものが。


(そういうことが判断できずに仕掛けてくる可能性は……)


 鷲鼻が生きていればその辺りの判断ができた可能性はあった。しかし鷲鼻の体はすでに原形をとどめておらず、自我もない。他にそうした判断ができそうな奴がいたかどうか、男は覚えていなかった。



 総勢10人強のハンターたちが二つの荷台に分乗している。それぞれがいつでも戦いに出られるよう、すでに武装も済ませての待機状態だ。そんな中、荷台の隅で背をもたれ、薄布を引っ被って目を閉じている者がいた。セレネだ。

 彼女は一見してよく眠っているように見える。首元まで引き上げていた薄布が、馬車の振動でずり落ち、わずかに胸元が露になっている。

 同乗していた一人の銅級の男が、のそりと腰を上げた。立ち上がったわけではなく、膝をついて這うように、そっと移動する。

 車内は狭かったが、セレネの周りには彼女がソロで銀級ということも手伝い、自然と空間ができていた。銅級の男は、そろそろとその空間に侵入していく。


「おい、止めといたほうがいいぞ」


 スキンヘッドの仲間の小太りの男がやけに冷めた目で忠告した。銅級の男は上体だけで振り向き、良いところなんだから黙っててくれ、と忠告を手で払い落とした。

 喉仏を一度上下させ、首を伸ばして覗き込む。セレネの露になった胸元の位置が相対的に低くなっていくにつれ、肌色をした渓谷が眼下に現れた。しかしまだ距離が遠い。立ち上がって眺めてもいいが、それよりは距離を近づけたい。銅級の男はいったん首を引っ込め、ふたたびそろりそろりと近づく。手を伸ばして届くかどうか。そんな距離まで近づき、あらためて首を伸ばした。すると銅級の男が想像していた以上の深い谷間が露となる。青銀色の髪がひと房、胸に沿って垂れ落ち、セレネの胸部の膨らみを如実に現していた。

 銅級の男は無意識に、もう一度唾を飲み込んだ。そして思わず手を浮かせた瞬間、


「何か用か?」


 銅級の男の喉に、ぴたりと鞘が押し当てられていた。それを手にして鋭い視線を向けているのは、眠っていたはずのセレネだ。

 それを見た小太りの男はそれ見たことかと冷めた表情をぶよぶよの顔に貼り付け、ほかのハンターたちもこんなときに何をやっているんだと呆れ顔を見せた。


「い、いやこれは」


 銅級の男が何かしら言い訳をしなければと口を開いた瞬間、外から馬がいななく声が聞こえ、馬車が停止した。

 馬の声で慌てて立ち上がりかけた銅級の男が、続く馬車の急停止で体勢を崩し、セレネに向かって倒れ掛かる。狙っての行動ではなく、完全に偶然の出来事。故に、男の意図や、体の動きから流れを読むことはできない。

 しかしセレネは素早く反応し、体勢を入れ替えるようにして銅級の男を床に叩きつけて足蹴にした。いくら不意を突かれたといっても、この程度のことに反応できない人間にハンターの、それも銀級のソロが勤まるはずもない。


「ついにお出ましか!」


 小太りの男を始め、ハンターたちは手に手に武器を持って荷台を降りて外へ出て行く。セレネは男を足蹴にしたまま、わずかに開かれた荷台の入り口に、冷ややかな鋭い視線を投げかけていた。



「ああ? 盗賊はどこだよ?」


 荷台から出てきた男どもがきょろきょろと周囲を見回している。


「おい! 賊が出たんじゃねえのか!?」


 Bランクの小太りが男に怒声を浴びせた。


「俺はそんなことを言った覚えはないが」

「んだと、ならさっきのはなんだってんだ!」

「誰か人が出てきたみたいだったが、ここからはよく見えなかったな」

「ああ? ちっ、これだから銅級の愚図は。おい行くぞ!」


 小太りは率先して馬車の前方にどたどたと駆けていった。


(よくそれで銀級を名乗っていられるよ)


 男が呆れながら見送っていると、荷台からゆっくりとセレネが姿を現した。


「どうなっている?」

「さあ」


 セレネの目が細められ、怒気が滲む。


「そう睨むなよ。ここからじゃ分からないんだ」

「ふん……存外律儀だったんだな」

「見張りもちゃんとやってただろうが。どこでいい加減なイメージを持ったんだ」

「確かにそうだな。なぜかな……」


 セレネは暢気に腕組みなんぞして考えこんだ。


「でもま、確かにここについてなくてもいいか」


 陽動か何かだとしたら、とっくに襲ってきているか、でなければハンターが大量に現れた時点で作戦は中止しているだろう。そもそも一斉に襲えばいいものを、わざわざ陽動などする意義はなく、可能性は低い。

 男はセレネと連れ立って前方に向かった。分乗していた荷台のハンターたちも出てきているようで、途中にあった荷台の幕は開かれている。

 御者台と馬のさらに先、街道にハンターたちが人垣を形成していた。事態の推移を見守っているようで、騒いではいない。


「どうなっている」


 セレネが輪の外側に立っていた馬子に声をかけた。まだ歳若い彼は顔を赤らめながら応じた。彼が言うことには、道を進んでいるとき、木陰から急に男が飛び出してきて、馬に飛びついたのだという。


「馬が驚いちまって……。で、いまはヘンリーさんがそいつに話を聞いているところです」


(ヘンリーって誰だ)


 男にはわからなかった。


「ハゲだよ」

「あ?」


 人の心を読む力を持った人間がいるらしい、と、話には聞いたことがあった。男がそんなことを考えていると、


「違うぞ、なんとなく分かってないんじゃないかと思っただけだ」


 セレネに冷ややかな目を向けられた。

 嘘ではないだろう。本当にそんな能力があるのなら、こんなところでひけらかすのは無意味どころか悪手でしかない。ただ、どうやら他人の機微に敏感ではあるらしい。男はそう理解した。


「ま、待ってくれ! 俺は盗賊なんかじゃ……。ああああああああ!」


 輪の中から男の喚く声が聞こえてきた。叫び声が収まった後にも、苦悶の呻きが漏れ聴こえている。


「え、な、なにを……」


 馬子の若者がオロオロと怯えだした。


「盗賊だったらしいな」

「だろうな……」


 セレネの言葉に同意しながら、しかし男には解せない気持ちもあった。なぜこんなところに一人で飛び出してきたりしたのか、ということだ。しかも馬に飛び付くほどの慌てようで、だ。

 薄情な男には、残念ながら怯えた声や悲鳴から団にいた人間かどうか判断はできなかった。おそらく顔を見ても判断できない可能性が高い。そして格好を見たところで判別できるはずもない。お揃いの盗賊衣装なんてものがあるわけじゃないのだから。

 ハゲの判断としては、こんなところに人間が一人でいるわけがない、といったところだろう。近くには盗賊団の拠点があるはずで、そこから出てきたと考えているはずだ。もしかしたら通行していた馬車などから何らかの理由ではぐれた者かもしれないが、それは身なりから判断したか、もしくはその可能性は無視しているんだろう。よほど高貴な者でもなければ、多少痛めつけたところで大事にはなるまい。治癒術のひとつでもかけてやればいいのだ。粗雑なハンターならそれすらしない可能性もある。


「やべ、やべへ! 話ずがら! もうあめへ!」


 じょじょに熱気を帯びつつあった人垣の向こうから、そんな懇願する声が聞こえてくる。


「あっけなかったな」

「盗賊なんてそんなもんだろ」


 頭目に忠誠を誓っているわけでも、仲間……らしきものたちと固い絆で結ばれているわけでもない。荷を奪われた他人がどうなろうと、自分の利があればそれでいいという連中なのだ。我が身可愛さに仲間を売ることに抵抗などあるはずもない。始めの内、回答を渋っていたのは自分が盗賊ではないと偽りたかったためだろう。

 人垣の中からハゲが飛び上がり、近くの御者台に飛び乗った。腐っても銀級といったところか、なかなかに鮮やかな身のこなしだった。その光り輝く頭頂部に、自然と人の目が集まった。


「これから盗賊団の拠点を襲撃する。ここには3人残す。人選はジュール、任せた」


 おう、と人並みの中で小太りが応じていた。


「ではいくぞ!」


 御者台から飛び立ったハゲが、縛り上げられたやはり見覚えのない男を伴って街道脇の森へ入っていく。

 男の記憶では、現在地に近いのは始めに拠点として活用し、最近は駐屯地のように使っていたボロ小屋のほうだ。男が抜けるそのときまで拠点としていた洞窟はさらに森の奥深くへと分け入ったところに存在する。

 ボロ小屋とは言っても、盗賊たちの手によって幾度となく補修、改修、さらには増築されていて、いまではそれなりの規模の建物になっている。

 捕らえた盗賊の案内でハンター一行は森を歩く。道筋は男の記憶とも合致したもので、別の場所に案内して罠に嵌める思惑はなさそうだ。


(ま、そんな準備もしてないだろうし、こいつもそんな機転は利きそうにないな)


 縛られた盗賊の男はさきほどまでの怯えた様子が嘘のように、何故か反抗的な態度になっていた。

 それからしばらく歩いたのち。


「なんだこりゃあ」


 ハンターのひとりが盗賊の拠点を見上げながらつぶやく。

 目の前の建造物は、いくら盗賊どもの拠点だといってもあまりにボロボロで、人の気配が感じられなかったからだ。

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