006,街道のハンター scene3
翌日、男は顔を出したギルドで翌々日に盗賊討伐依頼が実行される旨を伝えられた。男が青年と飲んでいた昨日のうちに、必要と目されていただけの戦力が集まったという。
実行予定の日、男は早めにギルドに赴いた。職員に確認を取り、ギルド内の椅子に腰掛けて参加者が集まるのを待つ。規模の大きな町らしく、ギルドにはかなりの数のハンターが頻繁に出入りしていて、誰が盗賊討伐の参加者であるのか一目には判別がつかない。
「おい! 街道の盗賊団討伐に参加するものは外に出てくれ!」
さきほどまで受付でギルド職員と話をしていたスキンヘッドの男が大声を上げた。男が腰を上げるのと同時に、複数人の人間が同じように腰を浮かせるのが目に入る。瞬間、いくつもの視線が交わり、互いを窺うような雰囲気が流れる。
「詮索は後にしてくれよ。確認次第、すぐに出るぞ!」
スキンヘッドの男はそう言うなりさっさと外へ出て行く。呼びかけで立ち上がった人たちもそれに追従する。
「よし、リストと照合するぞ」
職員に促されて男も名前を書いていた用紙を手に、スキンヘッドはギルド前の大通りに集まったハンターたちに依頼の参加者かどうかを確認していく。
「ラットってのはいるか?」
「俺だ」
声を上げた男を、スキンヘッドを始め周りのハンターたちも値踏みするように眺める。
「その怪しげな面を外す気はないのか?」
「何のために仮面なんて着けてると思うんだ。察してくれ」
依頼を受けた当日に男が用意したものがこれだ。先日まで行動を共にしていた者たちの前に姿を現す予定なのだから、見た目ぐらいは誤魔化しておきたいところだ。仮面のほかにも身につけているマントなど目に付きそうな物は変えてある。
「そうかよ。まぁいい。実力には期待させてもらうぞ」
「好きにしろ」
ハンターは二人から五人程度、ときにはそれ以上の人数で、複数人で組んで活動している者も多い。ひとつの依頼で手に入る金額はその人数分割ることになるため、基本的に金銭効率は落ちる。だが得意分野の異なる者たちで組めば対応できる依頼は増えるし、なにより危険が減る。
ギルドがハンターの記録を保持していない関係上、ふだん複数人で依頼をこなしている者が単独で実力不相応の依頼を受けてしまう可能性もあるが、この問題に対してギルドは、個別に実力者を頼む依頼は銀級以上に限定するなどして対応している。
そんな環境であるため、ソロで活動している者は同一ランクの中でも実力者である可能性が高いということになる。もちろん、普段は複数人で活動している者が何らかの理由で単独行動していることも考えられるわけで、ハズレも混じっていることになるのだが。
「よし、あらかた揃ってるな。で、銀級は俺ら三人とそっちのセレネだな。まぁあちらさんはリーダーだのは面倒だろうから、俺らが纏め役ってことになる。異議のある奴がいるなら今のうちに申し出てくれ」
ここまで状況を主導している人間に、わざわざケチをつけるほど自己主張の強い者はいないらしい。銀級らしいセレネという女も黙って従っていた。
「んじゃま、そういうことで。せいぜい稼がせてもらおうぜ」
スキンヘッドの言葉で、一行は盗賊討伐に出発することと相成った。
相応の人数で移動することもあり、商隊を偽装して馬車で向かうという。銀級程度のハンターが複数の馬車を所有しているわけもなく、依頼者からの提供であるらしい。当然、破壊すれば賠償する必要がある。そんなことをスキンヘッドは説明した。それに伴って、御者を始め、商会の下っ端らしい馬子も同行することになった。
道中は特に何事もない。セレネという銀級の女に絡んだのが数人いたらしいが、どいつもまったく相手にされなかったなどという下らない話が漏れ聞こえてくる程度には暇な道程だった。
「よし、今日はここらで野営だ」
スキンヘッドの判断で、各々が野営の準備に動き出す。食料は依頼者から提供されているもののほか、周辺の動物や魔物をてきとうに狩ってきて調達していた。
「あれ、ラットさん食べないんですか?」
一行から離れようとした男に、銅級パーティの若い男が話しかけた。
「ああ」
そう短く返答し、男はその場から離れた。背後からは、あんなのに構うことねえよ、などという声が聞こえていた。
辺りは稜線すらも遠く霞む、木々も疎らな草原地帯だ。街道を外れて少し行けば、魔物の姿はちらほらと見つけることができる。その多くは食用にすることのできるものだ。男は適当なものを殺し、焼いて食した。
暗くなった頃に戻ると、待ち構えていたわけでもないだろうが、スキンヘッドが話しかけてきた。
「慎重なことだな」
「別にそういうわけじゃない。ここで食事をするなら、仮面を外さなきゃならないだろ」
「はっ、そんなに言われると、素顔が見てみたくなるぞ?」
口実に過ぎないと分かっているのだろう。スキンヘッドは軽い調子ながらも釘を刺してきた。
「役割は果たすさ」
「なら構わないがな」
スキンヘッドの主導で様々な役割がハンターたちには課せられていた。男の役目は深夜帯の見張り。寝ずの番というやつだ。街道付近での野営で危険な魔物に襲われる確率は極めて低く、事前情報の盗賊の活動範囲からもまだ距離がある。とはいえ、翌日には盗賊の襲撃報告のある地域に入るので、そういう意味では、盗賊との戦闘時にコンディションが悪くても構わない奴、として選ばれたと見ることもできる。
その日の深夜。与えられた役割どおりに男はパチパチと音を立てながら燃え続ける焚き火の近くに陣取り、番を務めた。馬車の外で寝ている者もいるが、それらも焚き火の近くからは多少離れている。辺りには虫の声が響くのみだ。
と、ふいに足音が近づき、焚き火の傍らに銀級ハンターだという、件のセレネという女が腰を下ろした。男を信用できないという思いからか、予定ではスキンヘッドに取り入ろうと必死だった銅級の男がいっしょになるはずだったが、そいつは一向に姿を現さない。
「……なぁ、あんた」
「ああ」
視線も向けない男の問いかけに、女は涼やかな声でごく普通に応じた。
「俺の番の相手は、銅級の男だったはずだが」
「代わってもらったんだ。私と組んで静かにしていてくれそうなのがお前くらいだったんでな」
「そりゃ……期待を裏切って悪かったな」
「いや、そんなことはないが?」
横目で女を見る。彼女は自身の長い髪を指先で弄んでいた。青銀色の長い髪が、月の光と焚き火の照り返しを受けて閃く白刃のようにも見えてくる。怜悧な美貌にはややそぐわない仕草だった。
「その目だよ。他の男どもとは違う。メスとしてじゃなく、獲物として値踏みするみたいな、ね」
「人を戦闘狂みたいに言ってくれるなよ」
「違うのか?」
視線が絡み合う。女の指先に絡まっていた髪が解れ、さらりと腕を伝い落ちた。
「俺は臆病なだけだ」
「生殺与奪を握られるのが怖いというわけか。当然の感覚だが、今は仲間だろう?」
「本気でそう思うか?」
「もちろん思わないよ。女が一人でハンターをやっていてそんなことを思えるとしたら、そいつはサキュバスだろうな」
女が浮かべた表情は、男が今日まで見てきた中で一番感情的なものだった。
「……そんなんでよくハンターなんてやってられるな」
「そうだな……、私は盗賊って奴が大嫌いなんだよ。だから目に付いたら潰さずにいられないんだ」
「そうかよ」
女の膨れ上がった害意が静まったのを感じ、知らず剣にかけていた手を下ろした。
男は口を噤んだ。他人の過去を詮索しない、などというハンターの馬鹿げた暗黙の了解を守ろうとしたのではない。どう考えたってそもそも女が話したがっている場面だ。無意識という可能性もないではないが、そんなものにいちいち付き合うのはごめんだと考えていた。
女も、男が引き下がったのが分かったのか、それ以上何を話すこともなかった。そして、夜明けも間近という時刻となり、男は事務的な会話だけをして見張りを交代した。
◇
夜が明け、昼前には盗賊の襲撃が記録されている地域に侵入した。事実、男の記憶でもそろそろ襲撃があってもおかしくない場所に差し掛かっていた。
街道の近くにまで森が迫っており、それまでの草原地帯から一転、かなり視界が狭くなる。
盗賊が襲う相手をよくよく見極めているのは分かりきったことなので、盗賊の斥候が見ていそうな地点からはすでに護衛の数は一般的な商隊規模のものに見せかけている。しかし実際は、盗賊たちにとって何らかの利益を齎すはずの荷車の中には、商いのための品ではなく、盗人どもの命を狙う狩人が息を潜めているのだ。
(さて、来るかどうか)
男は馬車の外に護衛として配置されていた。今回の討伐作戦はわざわざ商隊を偽装しての囮作戦だ。盗賊どもの根城が掴めていないために止む無く取った作戦と言え、当然、敵に初手を許すことになる。
そうなれば外で護衛をしているものなど真っ先に狙われるはずで、今朝の早朝近くまで見張りをさせてからの任務としてはいささか危険に過ぎる。ソロで参加した銅級として、完全に足元を見られているという構図だ。言いなりではあるが、盗賊どもの練度も手口も把握していて危険はないことが分かっているので、男は気にせずにいた。
(この辺りで仕掛けてくる可能性はあるか)
かつて自分が同行していた時のことを思い出し、推測する。木々の陰から見ていた場所を、今は自分が見つめていた奴ら側の視点で通りすぎる。
(こないか)
街道脇の、地形の起伏が激しく落石や投石、矢を射掛けたりするのに向いていた場所を何事もなく通り過ぎた。
(斥候もいなかったようだが)
相手は当然身を隠しているわけで、このあたりから見ているはずだというのが分かっていても、見落とした可能性はある。
盗賊に自分たちがどう見えているのか、それを思考する。この規模の商隊に襲撃を仕掛けるとしたら、自分ならどうしていたか。
男にすべての襲撃の決定権があったわけではない。しかし真っ先に奇襲を仕掛ける役割を担っていたこともあり、参加さえしていれば、いつどこで、どうやって仕掛けるかなど、かなり融通は利いていた。
始めの頃はすべての襲撃で男が指示を出していた。事情を知らないものから見れば、男こそが盗賊団の首領に見えたことだろう。それがいつの頃からだったか。規模の拡大した盗賊団は、男抜きでも平気で襲撃を仕掛けるようになった。それは首領であるチャールたちと同じように、土地を追われた者たちを仲間として受け入れたときからだったか。襲撃した商隊の馬子の命乞いを受け入れたときからだったか。
人が増えればそれだけできることは増える。しかし同時に、数を維持するためにそれまで以上に稼ぎを増やさなければならなくなる。襲われる者が増えれば、自然、警戒は強められる。
(沈む船からさっさと逃げ出した……俺が抜けたのはそういうタイミングだ。それが分かっていそうなのは、あいつくらいだったか)
男は、今頃は森の魔物どもの血肉として生きているだろう鷲鼻の男の顔を思い浮かべた。
血で塗り固められた泥舟の沈む日。
首領であるチャールも分かってはいるだろう。しかしそれは今、としてではなく、いつか必ず訪れるもの、という認識。
(その日がやってきたぞ、チャール)
男は流れていく木々の陰を見つめ続けていた。