050,死出の森 -Boy- scene3
「そんなの……そんなっ……!」
「言いたいことがあんならはっきり言ってみろ」
どこか泣いてしまいそうにも見える表情の少年に向け、上下に斬りつけて意識を散らしたあと、少し力を込めて腹を蹴り飛ばした。
「ぅぐえっ!」
蛙が潰されるときのような声を出しながら、少年は吹き飛んだ。
男はゆっくりと倒れた少年に歩み寄り、足を振り上げた。地に伏す少年の頭を蹴り上げる軌道。
「ぅうあああ!」
少年はぎりぎりのところで男の蹴りを顔を引っ込めるようにして避け、その反動も使って回転し、掬い上げるように大剣を振り回してきた。
越えるには高く、屈むには低い。偶然かもしれないが、いい角度だ。片足を蹴り上げたばかりであまり制動が利かないのも少年に利している。
「チッ」
右手の剣を振り下ろし、向かってくる大剣にぶつける。故意か偶然か、越すには高い角度のついた横薙ぎだからこそ、真っ向からぶつかれば砕かれかねない大剣の軌道を誘導することができる。
剣で大剣を押しのけるようにして上方に逸らしながら、体ごと倒れるようにしてかろうじてその軌道の下を潜る。
ぎりぎりで倒れずに踏み止まりつつ目を向けると、少年は大剣を振り回した反動で男とは反対側の斜面に飛び出し、転がっていた。男がそれを追いかけて斜面を駆け下ると、少年は立ち上がり大剣を構えていた。
氷解した地面はところどころでぬかるんでおり、無様に転がった少年の体は泥で汚れている。そこに落ち葉やら何やらがくっついてなかなかに無様な有様だが、少年にそれを気にする余裕はないようだ。
「なんでっ!」
少年が叫んだ。
「あ?」
殺し合いの最中に言葉を交わすとすれば、それはどんな場合だろうか。時間稼ぎ。もしくは何かから意識を逸らすため? 戦闘で敵いそうにない場合であれば、戦闘以外に生き延びる方法を模索することもあるだろうか。
少年が話しかけてきたその意図はどうであるのか。
問答無用と切り捨ててもいいはずだが、男は自身でもそう疑問を抱きつつ少年の言葉を待った。
「アンタはなんで、人を殺すんだ!」
待った甲斐のない、下らない質問だった。といっても、じゃあ他に何か面白そうなものを想像していたかと言われるとそんなことはないのだが。
「なんで、と言われてもな。事情によるだろうそんなことは。盗賊時代のことを言うなら、大体は邪魔だったからじゃないか」
下らないと思いつつ、男は答えていた。今日はどうも、意に反して体が動く日だ。いや、理に反して体が動かない日、というべきか。
「邪魔? そんなことで、人を何人も殺したって?」
少年は心底理解できないというふうに目を見開いている。ずいぶんと滑稽な顔だ。
「そうさ。略奪するのに邪魔だったから殺した。それがどうした?」
「アンタは……人の命をなんだと思ってるんだ!」
そう叫びながら、少年が大剣を振りかぶった。なかなかに気合の乗ったいい一撃だと思いながら、しかし男は容易く回避する。
「おいおい、俺の命のことは何だと思ってるんだ。マトモに食らったら死んでたぞ」
「ふざっけるな!」
あたかも自暴自棄になったかのように少年は大剣を振り回す。これが一対一の殺し合いの場だとすれば、完全な自殺行為だ。じきに体力が尽きることは明白で、男はただ大振りで見え見えの攻撃を軽々と避けて自滅を待てばそれで事足りるのだから。
しかし男は待ちきれず、足を引っ掛けて少年を転ばせた。
「ぐっ!」
「ふざけてんのはどっちだよ。俺だって一人の人間だぞ。それともあれか、罪人は別ってことか。ま、そうだよなぁ。でなきゃ、盗賊を散々殺して回ったお前も、立派な人殺しってことになっちまうもん……なぁ!」
「うごぉっ!」
疲労のためか、転倒から即座に復帰できなかった少年の大剣を踏みつけた上で、男は少年の腹部につま先をめり込ませた。
さらに地面を転がることになった少年は、汚れた服もそのままに地面に横たわり、腹を抱えるようにして胃液を撒き散らしながら呻いた。
「いいじゃねえか、人殺しで。お前らみたいなのは難しく考えすぎなんだよ。人間を特別だと思うからそんな馬鹿げたことで悩むはめになる」
男は手にしていた剣を鞘に収め、地面に転がったままの少年の大剣の柄につま先を引っ掛けて跳ね起こした。
「俺は別に教会の肩を持つわけじゃないが……命を平等だっていう連中の理屈も少しはわかる気がすんだよ。だってそうだろ。動物や魔物にだって親も子もいるだろうに、あいや、魔物には子はいないんだったか? あー、ともかく、そいつらを散々殺しておいて、人間だけ殺してはいけません、なんて理屈は歪んでるだろ。そうは思わないか?」
手にした大剣を片手で、両手で振り回しながら、男はいつになく饒舌に語った。自分自身、どこか芝居がかっているなと自重しながら、それでも口が動いた。
「……だから人間も殺すっていうのか」
地面に手をついて体を起こしながら、少年が苦しげな声でそう口にした。
「そうさ。俺は動物も魔物も殺す。人間だけを特別視なんてしな……」
「そんなの!!」
少年が叫んだ。
「そんなの! ごまかし……まやかし! うう……詭弁だ!!」
手についた泥を服で拭い、少年は腰に差した剣を抜き放った。
「アンタは、自分が間違ってないって、正しいって言いたいだけ! 言い訳したいだけだ!」
男は少年の言葉を、仮面を着けているかのような冷めた表情で聞いていた。肩を上下させながら叫ぶ少年の姿をじっと見つめながら。
「動物や何かは殺してるのにってのは、そうかもなって、思う。けどそれは、人間を殺す理由じゃない! アンタが! 身勝手な理由で人を殺してることを……うう……アンタが許される理由にはならない!」
少年の言葉に、大剣を杖のようにして立っていた男は、ふっと笑い出した。それは含み笑いとなり、次第に大きな哄笑へと変化した。
「ああ、お前の言うとおりだよ。俺は俺の考えが正しいと思ってる。当たり前だ。だれが自分は間違っているなんて思いながら生きようと思うんだ。そんなもん、死んでんのと変わんねーだろ!」
「どうして人殺しが正しいだなんて思えるんだ! そんなのおかしいじゃないか!」
おかしい。男は自分の頭がどうにかしてしまったのかもしれないと思う。いますぐに大剣を全力で叩きつけてやりたい衝動に駆られているのに、それを実行に移そうとは思わない。面白くもないのに笑いが止まらないのだ。
「正しいなんて思っちゃいない! 強いて言えば、全部が間違ってんだ。何かを殺さなきゃ、だれかを食い物にしなきゃ生きていけないこの世界が! あれもこれも殺しておいて、自分たちが殺されることだけが特別だなんて選民思想こそ、俺は軽蔑してやる! 心底な!」
男は大剣をあたかも引き摺るように構えて駆け出した。
勢いのまま、睨みつける少年に向けて思い切り大剣を振り上げる。と、かんたんに後退を許して避けられる。どう攻撃するのか教えているようなものなのだから当然だ。大剣はおとり。そうして少年が後退したところに、すかさず短剣を投擲しつつ剣で追い撃ちをかける。もういい。もう殺す。
だが……。
ガガン! と金属同士が激しく衝突する音が響いた。それは男にとっては想定外の、鳴るはずのない音だ。
「ぐっ、ぬううぅ……」
避けられるはずの初手。おとりの大剣による切り上げを、少年は避けずに真っ向から受け止めてきたのだ。
いくらおとりの一撃とはいえ、いやむしろだからこそ、勢いは生半なものではない。想定ではそのままの勢いで放り出すつもりだったのだから。だが相手を、少年を切断するという意識がなかったためか、結果として大剣は受け止められてしまった。
とはいえ少年とて無傷というわけではない。大剣にぶつけた手甲はどちらも破損し、特に損傷の酷い左腕のものからは血が噴き出して見える。
だが止まった。止められた。正面から。
「ぬあああああああ!」
少年の雄たけびと共に、大剣が押し退けられ、弾かれる。
(大剣を手放す。一度後退していやすぐに剣を抜いて)
思考している男のすぐ目の前に、拳が迫っていた。それはゆっくりと動いているようで、避けなければとわかっているのに、どうにもならない。視界の端で、少年の瞳が紅い。
「うごあっ!」
男の顔面に少年の拳が振り抜かれ、砕けた少年の手甲の破片とともに男は吹き飛んで、無様に地面に転がった。
「アンタがっ! 人を殺すんなら、俺はそれを止める! そんなの! あれこれ考えなくたってよくないことに決まってるだろ!」
意気軒昂に剣を抜き放つ少年の言葉を、男は地面に横たわったままぼんやりと聞いていた。だが少年の言葉が脳に染み渡るにつれて堪えきれなくなり、
「ぶぁはははははは!」
と笑い出した。
「お前はそう思ってろ。俺には関係ねぇ」
鼻血を啜り、口の端から垂れた血を腕で拭いながら、男は身を起こして立ち上がる。
感覚に異常は認めない。短剣を投擲し、剣を抜く。
「ふっ!」
油断なく身構えていた少年は、短剣をたやすく弾いた。そこへ踏み込み、斬り上げる。
「ぐぅっ!」
ぎりぎりと、少年の手にした剣と剣を軋ませあう。
あえて力を抜いて弾かせ、反対方向から蹴りを見舞う。少年はわずかに後ずさったものの、その気勢は失われていない。すぐに立て直し、向かってくる。
二度三度と切り結ぶ。少年の動きからは硬さが取れ、その剣筋は素直すぎるきらいはあるものの、なかなかに鋭い。
(所詮はこの程度)
だが男にしてみれば、命の奪い合いをするには少年の剣技はまだ稚拙に過ぎる。
もし少年が、これから先、弛まぬ努力を続ければ、現在の男の実力に到達できる日はいつか訪れるだろう。だがその差は、気合や認識、戦いに望む意識だけで、月日も費やさずに埋まるものではない。
「ぬぐっ!」
少年の体に、少しずつ傷が増えていく。致命傷になりそうな攻撃こそかろうじて防げてはいるが、戦闘の趨勢はすでに明らかだった。
剣を握った左腕、かろうじて手甲が機能していた右腕をほぼ同時に打ち据える。男の眼前に少年の胴体が曝け出される。この一瞬に、あとは斬るなり突くなりすれば、件の超再生でも使われない限り、それで終わる。




