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Villain:Side  作者: 昼の星
49/55

049,死出の森 -Boy- scene2

「はぁ……」


 自然とため息が漏れた。もちろん、感嘆したわけじゃない。


「抜けよ」


 男がぞんざいに言い放つと、拳を構えて身を硬くしていた少年が意外そうに男を見つめ返した。

 少年の態度に思うことがないわけではなかったが、男はただ黙って待ち続けた。

 やがて少年は背負った大剣を両手で持って構えた。一応、様にはなっているような気がした。もっとも、男自身が大剣を試用したことがあるのはかなり前の話になるので、あくまで見た目の印象に限った話ではある。


「…………」


 まず正面から切り込む。とりあえずは水平に首を凪ぐ一撃。

 少年は大剣を立てるようにして受け止めた。少年にしてみれば小さめの動きで攻撃を防ぐことができる隙の少ない良い動き、ということになるだろうか。

 武器自体の重量が違いすぎる。男は剣を押しこんだりはせずにさっさと引いた。そして腕の返しだけで剣を取り回し、水平に近い袈裟斬りを仕掛ける。

 少年は大剣はほとんど動かさないまま自身がその影に隠れるように移動し、男の剣を受け止めた。

 男は剣を握った右腕を伸ばしたまま、手首だけを返して、自身に引き寄せるようにその場で回転した。上半身を傾けて角度を調節し、剣先で下草を斬り散らしながら斜め下から掬い上げるような斬撃で少年の防御の隙間を狙う。

 ヒュッ……と、今度は受け止められることなく、剣は空を切った。少年は後ろに飛びすさることで回避していた。

 腰を落とし気味に構えた少年の頭の位置は、まっすぐに立った男のそれよりいくらか低い。眉根を寄せて見上げてくる少年の瞳は一見、敵意にぎらついている。

 剣を握った腕もだらりと下げ、男は立ち尽くした。しばしの間、二人が互いに見つめあうような奇妙な時間が流れた。


「…………」


 じゅうぶん以上に間を置いて肉体的にはとっくに落ち着いているだろうに、少年はこめかみから汗を滴らせ、荒い息を吐いている。


(なんだこいつ)


 現状、少年は男に襲撃されていると言っていい状況だ。しかしそれにしても消極的に過ぎるのではないか。

 男は考える。無理もないことなのかもしれないと。少年にとって男は、誅すべき盗賊のひとりであるということを除けば、見ていた限りそこまで付き合いの長いわけでもない、同じ馬車に乗り合わせた者たちを殺されたくらいしか因縁はないのだ。

 仮に件のフロラとかいう少女を男が殺してでもいれば心境は違っていただろうが、現実はそうじゃない。自分を殺しかけた相手、というのも男にしてみれば十二分に復讐に値する出来事だと思えるが、どうもその件に関してはむしろ……。


(びびってんのか、こいつ)


 男が少年に向かって一歩踏み出す。凍りついていた森が溶け出して地面がぬかるみ、わずかに湿った足音がした。

 構えていた少年の体がびくりと反応する。しかしその反応は男の挙動を注視して攻撃の機を見つけ出そうというものではなく、出方を見極めて防御しようとする消極的なものだった。

 なぜか、男の胸中はざわついていた。怯えていようが何しようが、目障りであることは間違いないのだ。一思いに殺してしまえばいいではないか。そう思う一方、それを是としない感情の存在をも認めていた。

 当然、殺人に対する葛藤や忌避感などではあり得ない。そんな感情がもし男に備わっていれば、そもそも少年との縁は存在しなかったはずだ。少なくとも、憎しみ合うような縁は。

 もやもやとした感情のまま、男は少年に斬りかかった。どうにも力は乗らないが、それでも小手調べ、様子見に斬りつけたさきほどのやり取りよりは鋭い攻撃。

 少年は大剣を振り回すのではなく、任意に動かせる障害物のように用いて攻撃を防いでくる。手甲も用いた往なしの技術は一定の水準にあると言っていい。反応も悪くない。

 といっても、この場で散々、炎をばら撒いていった少女に比べれば、見劣りは免れない。

 男が突きを放つ。狙いはこめかみの辺り。

 少年は柄を上にした大剣で押し出すようにして突きの軌道を逸らす。金属同士がこすれあって、不快な音と火花が散る。

 軌道を逸らされるままに外へ流し、男は距離を取った。少年の目の前に翳されていた大剣が退けられると、その頬に赤い線が引かれているのが目に入った。

 距離を保ちながら、男は少年の頬に引かれた線の端で、小さな赤い雫が丸みを帯びるのを観察していた。


(治癒しないな)


 再び接近し、適当に切りつけながら男は思考する。

 ひとつの懸念事項だった超再生とでも言うべき少年の治癒能力。それが現在は発揮されていないらしいと知る。

 だが、たんにもっと死に近い損傷を負わなければ使わないというだけなのかもしれない。街道で致命傷を与えたときも、首を飛ばすより先に腹を割いたりしていたので、任意で発動するだけの余裕はあったはずだ。特定の状況を感知して発動する魔術という可能性もあるのかもしれないが、その線は条件が思い浮かばないため保留だ。案外、当人が死の危険を感じた瞬間に、勝手に発動したりするのかもしれないが。


「はぁ……」


 男の口から、またしても不意にため息が漏れた。

 なぜだろうか。やることはやっている。出方を伺い、能力を測り、殺すための算段をつけているはずだ。

 だというのに、何か釈然としない。わだかまりが体の動きを鈍らせる。

 戦闘に直接関係のない思考を繰り広げながら剣で斬りつけていると、段々と稽古でもつけてやっているような感覚に囚われてくる。もっとも、男はだれかに何かを教えたことなど一度も無いので、あくまで想像上の感覚でしかないが。


「くっ!」


 そんな緊張感の無い男とは対照的に、少年は必死の形相で防御に徹している。

 あまりに消極的な様子から、始めは救援でも待っているのかと疑いもしたが、どうもそんなことに頭が回っている様子ではない。見るからに動きが硬く、緊張で調子を崩しているのが、少年の戦いを見るのが都合三度目の男の目にも明らかだった。

 正直に言えば、気持ちよさはあった。

 何せ、気に食わない相手が自分のことを恐れ、実力を発揮できずにいるのだから。

 対応できるかできないかの境界線を探るようにじわじわと甚振りながら、しかし釈然としない思いは強まるばかり。

 やがて男は、少年の大剣を握った腕を引き寄せ、無防備な腹に膝を突き込みつつ手甲を剣でしたたかに打ち据えた。

 大剣を取り落とした少年が慌てて引き抜こうとした腰の剣を片手で鞘に押し戻しつつ、持っていた剣を手放したもう片方の手で男は少年の首を鷲掴むようにして押し、突き飛ばした。


「ぅげほっ! げほっ!」


 倒れ、咳き込む少年を尻目に、男は悠々と手放した剣を回収して鞘に収めた。さらに転がった大剣を拾い上げる。重量はなかなかのもので、取り回しには慣れが必要そうだ。おそらくだが、少年が大剣を用いているのは魔物を相手にすることを想定してのものなのではないか。小手先の技術が煩わしい人間相手には向かない武器のように思う。それこそ、片手で軽々と振り回すような化け物でもない限りは。


「ひっ」


 男が倒れたままの少年に向かい一歩踏みだす。と、少年は地面に座り込んだままの状態で男を見上げながら、じりじりと後ずさった。

 気が動転しているのか、少年は腰の剣を抜くことさえできずにいる。

 はたしてこれが、死ぬほど傷つけられても向かってきたあの少年と同一人物なのだろうか。男の脳裏に疑問がよぎる。


「おい、魔術くらい使って見せろ」


 これといって深い考えがあったわけじゃない。なんとなく、まだ使っていない力があるだろうと思ってのことだ。

 すると少年は周囲に視線を走らせながら、


「でも、森の中じゃあ……」


 とつぶやいた。火の扱いが得意なのは承知していたが、どうやらそれ以外は少なくとも戦闘での使用に耐えるものはないらしい。

 馬鹿げている。と、思う。

 追い詰められた状況で、いったい何を考えているというのか。確かに、森が燃えれば多少は騒ぎにもなるだろう。だが、少年がここにやってきたように、他のハンター連中が事態を収めもするだろう。いや、そんなことがわからなくとも、自分が死ぬかもしれないという事態に際し、何を配慮などしているのか。

 男はかつて、盗賊の拠点で見た暴走状態だった少年の放った魔力の波動を思い出していた。遠く離れた樹上から見ていても、頬がひりつくような熱が駆け抜けたあの波動を。


(あれだけの力がありながら……)


 その瞬間、男はずっと身の内でわだかまっていた釈然としない感情の正体が見えた気がした。

 それはただ一つの言葉では言い表せない、様々な感情の絡み合ったものだ。奇しくもこの森で遭遇した異様な魔物の姿が脳裏に思い起こされる。無数の黒く醜い蛇が身を貪りあうように蠢く姿。

 ドチャ。

 と、湿った地面がわずかに粘着質な音を立てた。それは少年のすぐ脇に放られた大剣が立てた音だ。


「拾えよ」


 酷薄な瞳で見下ろす男の言葉に、少年は戸惑いながらも大剣に手を伸ばした。


「もう殺すよ。おまえを」


 男の言葉に、少年がさらに身を硬くした。


「おまえを殺して、フロラとかいう女も探し出して殺すよ。それで俺が盗賊やってたことを知ってる人間は全員いなくなるだろ」


 細かいことを言えば盗賊が本当に全員死んだかなんて確認は取れていないし、鷲鼻に使われていた戦闘奴隷らしき二人組みはどこかで生きているかもしれない。だがまぁ、そんなことはどうでもいいだろう。


「だめだ……そんなこと……!」


 少年は立ち上がり、大剣を構えて男を睨みつけてきた。しかしその瞳は、山中で出会う鹿のものよりよほど臆病そうに見えた。


「何がだめなものかよ。俺がだれを殺そうが俺の自由だろうが」


 言いながら、死なない程度に適当に斬りつけてやる。

 ぺちゃくちゃと喋りながら剣を振るっている時点でとても本気で殺そうとしているとは思えないだろうが、必死の形相で防御している少年にそれを把握する余裕はないのかもしれない。

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