042,死出の森 scene3
ハンターとして一般的なのは、どちらかと言えば各々が勝手にやる、という姿勢だ。かつての盗賊退治のときのように依頼の内容絡みで組むことはあっても、今回のようにある種の競争要素がある依頼において徒党を組むことは少ない。分け前で揉める可能性が高いし、兵士のように画一的な訓練をつんでいるわけでもないハンターが、即席でできる連帯など高が知れているからだ。
とはいえ、年若いハンターたちが「新入り」などと縄張り意識丸出しのハンターについていくのもそう悪い選択肢ではない。なにせ実力が足りていないのだから、それが伴うまでは多少の不利益は堪え、力が身についてからは好きにすればいいのだ。もちろん実力がなかろうと勝手をすることはできる。しかしその分危険が増すことにはなる。どちらを取るかという話で、普通は代えの利かない命を取るほうが賢いとされるだろう。
そうした選択において前者を取らずに、さりとて後者も取らずに、しかし未練がましく己を鍛えてきた男はハンターたちの集まりから外れた場所にある木陰に身を寄せた。
たとえば王都で男が左腕を焼かれた火魔術がぶつけられたとすれば、男は背後の樹もろとも焼かれるはめになるだろう。身を守るのにたいして役には立たないものなのだ。それでも背を預けたくなるのは、死角を少しでも減らしたい臆病さ故だろうか。
全方位を警戒するのならいっそ、もっと寄る辺のない場に立つべきなのかもしれない。そんなことを考えながら、男はハンターどもの天幕に明かりが点りだすのを眺めていた。
◇
さすがに男も、夜中に一人で魔物が異常発生しているという森へ入るほど無謀ではなかった。
早朝、まだ薄闇が世界を食んでいるなか、男は目を覚ました。何らの準備もせず、ただ地面の上で夜を明かしただけ。
体を起こしてみると、辺りには霧がわだかまっており、まとわりつく湿気に男は不機嫌そうに頭を振った。
件の森はまだ濃い闇を孕んでおり、霧はその闇の中から音もなく流れ、吐き出されているようだ。昨日は森の彼方に見えていた山脈はいまはうかがうことができない。
男は装備を確認する。王都で金髪から頂戴した剣を含めて片手剣が三本にやや短めの小剣が一本。短剣は主に投擲に使うものが十本。そのほか、様々な小道具を仕込んである上着や腰のベルト、道具入れも確認する。
(問題ないな)
思っていたよりも、気が逸っているのかもしれない。焦燥感にも似た体が浮つくような感覚を認め、立ち上がる。
(行っちまうか)
まだ視界に不安はある。日が昇れば概ね問題はないだろうが、もしかすると天候が優れない可能性もある。そうなれば、ろくに視界が回復せず、不利な戦闘を強いられるかもしれない。
(それで死ぬなら、結局その程度の人間ってことじゃないのか)
結局、行きたくて仕方がないのだ。ただもっともらしい理由を探しているだけ。
ふだんであれば訓練にあてている時間だ。実戦には違いないが、仮にも目的を定めた今であれば、これも訓練の一環と捉えることもできなくはないだろう。
馬鹿馬鹿しいへ理屈だと自嘲しながら、男は森へと足を向けた。
森の内部。入った辺りはもうかなり踏み均されているようで足場にも難はない。異常発生しているという魔物も、まだこの辺りにまでは侵攻してきていないらしい。
(そりゃそうだよな。でなきゃもっと警戒してるはずだ)
近場まで魔物が出張っているのなら、のん気に天幕など張って馬鹿騒ぎなどしていられるわけがない。
森の中は周辺よりもなお霧が濃く、木々のその奥は闇に呑まれて見通せない。魔物はもちろん、小動物や虫もそこらにいるはずなのに、まるで男以外に世界のすべての命が死滅したかのような静けさがある。
男はふと立ち止まり、胸に手をあててみる。すると胸の奥から、忌々しい脈動がことさらに存在を主張してくる。
「くく……」
思わず漏れた笑い声は、霧に溶けるように消えた。
(さっさと来い。この世でもっとも下らない命が、まだここで生きているぞ)
しばらく森を進んで霧もわずかに薄らいできたころ、辺りの木々には傷ついたものが増えてきた。剣を始めとした刃物で付けられたような鋭い傷のほか、力尽くでへし折られたようなもの、中には明らかに焼けたような跡まであるが、これはさすがにハンター側の仕業ではないだろう。だが魔物にしても妙なことだ。連中は基本的に人間以外の物を捕食しないと言われているが、それにしたって住処の森を焼くようなことは考えにくい。異常発生の影響と見るべきか……。
と、前方の霧の中から足音とかすかな唸り声が聴こえてくる。男は静かに、左腕で剣を引き抜いて腰を落とした。
静寂を破り、唸り声を上げながら左方から飛びかかってきた犬種らしき魔物を切り捨て、次いで正面から牙を向いた同種らしきものも切り捨てる。霧は悪条件ではあるが、完全に視界が失われたわけでもなく、何者かの蠢く影も、動きの流れもかろうじて追うことはできる。
臭いで位置を特定できるほど男の鼻は優れていないが、耳はそれなりに働くし、もっとも警戒すべき魔力の強いものはその分気配も強い。
(やれるな)
辺りに血の臭気が漂い出す。周囲から魔物の気配が複数にじり寄ってくるのを感知した男は、仮面の下で口の端を吊り上げて剣の柄を握りなおした。
◇
どれくらいの魔物を殺しただろうか。仮にすべてを持ち帰るなら、砦周辺に集まっているハンターどもの一日分の食料くらいにはなるかもしれない。余裕があれば爪なり牙なり皮なりを回収すれば装備品の素材として売却することができるはずだが、採取も持ち帰るのも手間で邪魔になるから死体は放置することにする。魔物退治の依頼と考えると、追加を呼びそうな行いは慎むべきなのだろうが、どうせ付近の魔物は掃討する手筈なのだから大した問題にはなるまい。それどころか、労せずして収穫を得られると喜ぶ奴が出てくる可能性すらある。
とはいえ、討伐を証明する為の魔石くらいは回収しておくことにする。大型のものでもせいぜい拳大になるかどうかの軽石だ。他の素材と回収の手間と持ち運びの容易さを比較すれば、さすがに魔石まで放棄するのは気が引ける。最近は魔道具の核としての需要が一般にまで及んでいるため、価格も高騰気味なのだ。
魔石は魔物一体に付き一つ。体内の主に心臓周辺部に存在している。そのため急所として心臓の破壊を狙うと破損してしまうこともあり、少々気を遣うところもある。最近は魔石による収入に気を遣うあまり、一思いに止めを刺さない者が増えているらしく、怪我を負う未熟なハンターが増加傾向にあるとか、ここまで同道した若いハンターたちが話し合っていた。
男が一通りの作業を済ませて一息ついていると、遠くから人の話している気配が近づいてきた。霧もすっかり薄らいで視界もかなり広くなったおかげで、木々の向こうに小さく複数人の人影を認める。
(面倒だな)
そそくさと立ち上がった男は、気づかれないうちにと森の奥へと移動した。少し離れるとまた魔物の姿がちらほら目に入るようになったが、全部を殺していては死骸が道しるべになってしまいそうだったので、いくらかは身を潜ませてやり過ごす。多くはこれまで王国内の山林で見慣れたものだったが、中にはあまり見たことのない魔物も混ざっており、異常発生という情報に偽りなしという感触を得ていた。
(なんだ?)
と、更に山の方へ向かって移動し、地面の起伏に一方的な斜面が多くなりだした頃、男はまた見覚えのない魔物の姿を見かけた。
すべての魔物は、もともとは何らかの動物である。例外もあるが、基本的には原形から遠い姿かたちをしているものはそれだけ進化しているということなのか、元来の動物とはかけ離れた能力を有していることが多い。
そして今、男が目にしているのは見て即座に原形が推測できないほど姿かたちが変容した魔物だ。遠目で見ていると、この辺りまで入り込んだ人間が少ないためか、払われていない枝葉も多くて対象は確認しづらい。そのうえ視覚化された魔力が濃いために、全体が紫色と黒色の塊のようにも見えて輪郭が掴めない。
蛇が何十何百と、もぞもぞと絡まりあったかのようなその魔物はゆっくりと砦の方角に向かって南下しているようだった。
(あれはやばい)
どう見ても直接的に殴ったり蹴ったりという戦いをする類いの魔物には見えない。下手に近づけば、無数の蛇が人間を数千から数万人殺せるだけの毒を滴らせた牙をつき立てようと一斉に飛びかかってくる様が目に浮かぶようだ。足が速いようにも見えないし、それを補う手段として魔術を多用してくるにちがいない。
(めんどくさすぎるな)
仮に戦わざるを得なくなったときの対処方法を考慮しながらも、一目でやり過ごすことを決めた男は息をひそめて魔物の動向を見守った。さっさと離れるべきなのかもしれなかったが、目を離すのもそれはそれで不安があり、森の浅い部分へ向かっていく魔物の姿が茂みの向こうに消えて行くまで、その場で気配を殺してじっとしていた。
「ふぅ……」
魔物をやり過ごした男が、安堵から自然と息を吐いた後にいつも通り自己嫌悪に陥っていると、ふとどこからか、甲高い女の声が聴こえたような気がした。
怪訝に思った男は弛緩させていた体を再び硬くして、忙しなく目を動かしながら周囲の様子をうかがった。
すると、山のほうから多数の生物……おそらくは魔物が向かってきているのを感知した。茂みや枝葉、木々に遮られて視認はできないが、連中は足音を始めとして気配を隠していないため捕捉は容易だった。
男はその場から飛び上がった。木の幹を蹴り枝に捕まりを経て、大木の枝の上に移動する。視点こそ高くなったものの、枝葉の量が増えたせいでそれほど視界は広がらない。
樹上で様子を見ていると、一見して山羊あたりが原形らしき四足の魔物が、鳴き声を上げながら十頭かそこら走り抜けていく。
(聞き間違えたのか? さっきのはもっと……)
女の笑うような声。脳裏に思い浮かべたそれが、今度ははっきりと山側から聴こえた。




