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Villain:Side  作者: 昼の星
40/55

040,死出の森 scene1

 見知らぬ森の闇にじっと耐え、夜明けを迎えて男は行動を開始した。今後の方針を考える時間だけはたっぷりとあったので、行動に淀みはない。

 まず、ブレナスたちのことは一旦、忘れることにする。仮に復讐を目的として合流を目指すという選択肢もないことはないと思うが、仮にそうして合流したとしても不意を突けたりするわけでもなし、容易く返り討ちにされるか、また従属させられるのが関の山だろうからだ。

 連中とて、囮から逃れてきた男の無事を無邪気に喜んで迎え入れるはずはなく、状況的に寝返りか、泳がされたかと疑うに決まっている。そんな状況でどうにかできるような相手じゃないことは明白だ。

 ついでに言えば行き先もよくわからない。十中八九、辺境伯領だとは思うが、案外と王都で何者かの庇護を求めている可能性というのも捨て切れない。どのみち、見つかって困るのは男の方だ。

 ではどうするかと言えば、とりあえず辺境伯領の町を目指そうと考えていた。

 東西南北、どこへ行こうと自由な身の上ではあるが、北は深い森の向こうに峻険な山と強大な魔物が闊歩する人類未踏の地があるのみで、足を向けるのは無謀に過ぎる。南も似たようなもので、こちらは山の向こうにも王国の領土が広がっているはずだが、わざわざ危険な山越えをしてまで目指したい目的地もない。

 そして東西。東は向かっていた辺境伯領で、西はやってきた王都である。

 別にどちらに向かっても構わないのは前述した通り。しかし王都と辺境伯領の町とでどちらが安全かと言えば、まだ辺境伯領の方ではないかと思うのだ。

 王と辺境伯は折り合いが悪く、王都に所属する者たちは辺境伯領では何かと行動しづらい、というようなことを、王都で襲撃に遭った屋敷でエアデールと護衛の男が話していたことを薄っすらと覚えていた。

 つまり、先日襲撃してきた王都の騎士たちをこそ恐れているのだ。連中の勢力圏内に戻るのは危険なのではと考えていた。

 騎士たち二人には直接素顔を見られていないが、敵はあの二人だけとは限らない。いや、間違いなく背後に何らかの集団……組織がついているはずだ。そしておそらく、それは王国の内部に繋がりのある者だろう。騎士の実力からして、高位の者である可能性もある。

 これは追っ手が騎士だったから、というだけではない。王都内の、それも貴族街に襲撃があったことも、ひとつの判断材料になるのではないか。

 結果的に被害はブレナスたちにしか及ばなかったものの、周りには無関係の貴族たちが何人もいたはずなのだ。警戒自体はそれぞれに行っていたとしても、状況を確認し、収集するような動きがなかったのは不自然ではないのか。

 そして何より、馬鹿が敵であったということ。さすがに、王都に着いてから何者かに接触され、敵に回ったとは考えにくい。旧知の仲らしい金髪などに唆された、なんて可能性も絶対にないとは言い切れないかもしれないが、もともと敵だったと考えるほうが自然だろう。道々、殺せる隙があれば殺す。それが難しければ勢力圏内で始末をつける。そんなところではないか。

 討ち漏らしたという情報は当然持ち帰られているだろうし、仮面を外していた姿が確認されていないとは言い切れない。襲撃の翌日、男は仮面を屋敷の庭に残したまま行動していたのだから。


(やはり王都へは戻れないな)


 消極的判断により、目的地は辺境伯領に決定していた。



 それから数日を要し、辺境伯領の町へ到着した。

 この町でもやはり、外壁の外にまで建物が進出している。とはいえ、王都に比べれば大人しいもので、頑強そうな壁が聳えているのは町の外からでもよく見えている。

 人通りは……それなりだろうか。けして少なくはないのだが、王都という大陸随一の町に続いているにしては……といったところ。

 しかし町に入ってからの印象は、これまでに巡ってきた町の中で、男にとってもっとも居心地の悪いものだった。

 行き交う人々は活気に溢れ、通りに並んだ店先からも頻繁に声が掛かる。男女や親子など、連れ立って歩いている者も多い。これらは王都ではほとんど見られなかった光景だ。いつも通り、陰になっている通りの隅へと避難するが、腹の底から込み上げてくる不快感は治まらない。

 ふと、小さな子どもを抱いた女性と、それを守るみたいに寄り添って歩く男性の姿が目に留まる。

 男の胸に寂静感がこみ上げた。その意味が、男には理解できなかった。源泉もわからない。直後には、どいつから殺してやろうかと順番を考えている自分がいた。どうしてそんなことを思考しているのかと自問する。その答えが嫉妬ではないのかと思ったとき、すべての感情は怒りへと転化した。

 こんな矮小な生物が他にあるか。

 他の命を喰らってまで生きる価値があるか。

 頭蓋の中で響く声が鮮明になる。

 男が思わず頭に手を伸ばすと、指先に硬い感触が返ってくる。仮面ごと頭を押さえつけ、男は目を閉じた。

 影に佇む男を気にかける人間などだれもいない。男は深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。自分自身へ向いた殺意が、ほんのわずかに和らいだ気がした。

 路地裏へ向かうのも一つの手かと、通りかかった路地へ視線を向ける。表の通りに面しているためか、さほどの変化は見られない。町によっては道を一つ折れただけでも途端にかび臭さが漂うような町もそれはそれで希少なものだが、それにしても相性が悪い。

 男は棲みよい路地を探すことは諦め、慣れ親しんだ空気を求めて行き交う人の波の中にハンターの姿を探した。



 やっとの思いで辿り着いたギルドだったが。


(冗談だろ……)


 ギルド内も街中と同じように、妙に陽気な雰囲気に満ちている。たんに人が多くて騒がしいというのなら他所のギルドにも同じようなところはあったが、それらとはどうも空気が違っている。内装などはたいして変わらないのに対し、集まっているハンター連中に剣呑な雰囲気があまり見られないのだ。

 とはいえ、街中の大通りなどに比べれば見知ったような連中がたむろしているだけ随分とましである。

 ハンターに荒くれ者が多いのは言うまでもないことだが、そうでなくてもハンター同士は仕事を取り合う競合相手という側面がある。どうしたって、いがみ合ってしまうところも出てくるというものだ。

 エアデールのような意識を持ったハンターであれば、本来は対魔物で一致団結すべきと考えるのだろうが、そうしたハンターは少数派になっているのが実情だろう。

 だというのに、だ。このギルドに満ちている雰囲気はいったいどうしたことなのか……男は訝しく思いながら、なるべく干渉されないように人を避けて隅を歩くことにした。

 ざっと目を通した感じ、張り出されている依頼に特別な傾向などは見られない。近隣の魔物退治の需要は少ないようだが、それは大きな町のギルドに共通する傾向だ。強いて言えば妙に内装が小奇麗なのが気に入らないが、それは依頼の傾向などとはまた別の話だろう。

 そんな中、依頼に関して目に付くものがないわけではない。ただ嫌でも目に付く場所に大きく掲示されたものなので、周囲に人が多くて近づき難く、後回しにしていたのだ。

 周りの依頼を眺める振りをしつつ、それとなく人が少なくなるのを窺う。確認しなければいけない義務も義理もないのだが、確認せずに帰るのもなんとなく嫌な気がしていた。

 いかにも流れで確認しているように順路と進行速度を調整し、幾分か人が少なくなったところを見計らって掲示された依頼を確認した。


(これは……辺境伯の出した依頼か)


「あんたは、どこから来たんだい?」


 不意に恰幅のいい男に話しかけられ、男は内心で舌打ちをした。現実でそうしなかったのは、とにかく目立ちたくない一心からだった。目の前の男はいかにも常連の地元のハンターだったのだ。


「……王都から、逃げてきた」


 目の前にいることと、恰幅のいい男もまた男の様子を窺おうとしているため、その表情の変化はよく見える。王都、と口にした瞬間の渋面と、そこから逃げてきたと口にした後の表情の緩みの落差は何かと分かりやすかった。


「そうかいそうかい、まぁそんな風じゃ、王都のすかした連中相手はさぞやりづらかっただろうな」


 恰幅のいい男は馴れ馴れしく男の肩を叩きながら言う。嫌悪感から振り払ってしまいそうになるのを堪えながら、男も軽口を返す。

 こういう手合いはどこにでもいる。要は、自分たちの領域を荒らされないように、情報収集と同時に脅しをかけに来ているのだ。たとえば王都まで同道していた馬鹿のような奴であれば、こうした手合いに容易く取り入って、逆に自分の都合のいい環境を作り出せたりもするのだろうが、そんなことが無愛想な男にできるはずもない。普段であれば無視していたところだが、さすがに今は目立ちたくない。仮面の恩寵に預かりながら、なんとか返事をするのが精一杯だった。

 とはいえ、恰幅のいい男との遭遇は悪いことばかりでもなかった。目の前の依頼の内実について、労せずに知ることができたからだ。

 聞きもしないのにべらべらと喋った恰幅のいい男の語るところによると、でかでかと掲示されたこの辺境伯からの依頼は、町より東にある、帝国との国境を守っている砦のその北にある森の魔物を駆逐するためのものだそうだ。

 依頼を見た限りでは単なる魔物の討伐依頼だが、実態は領主軍の後顧の憂いを断つといった意味合いが強いのだとか。

 どうも昨今、帝国側の動きが活発化しているとのことで、砦の防備を固めているそうなのだが、その北に広がる森林で魔物の異常発生が確認されているらしい。

 恰幅のいい男は、


「ま、カタベルナに来たからには、お前もフロマロイズ様のために尽力しろよ」


 と、男の肩を叩いて人波に紛れていった。その背を眺めつつ、男は自身の肩をさりげなく払った。

055話まで書き終えた後に何かの手違いで消えていたものを後から書き直したので、作者的にはどこか不自然な感じがする040話でした。

稀にあることなんですけど、一瞬、頭真っ白になりますよね。ちなみに、使用してるエディタには当然のようにバックアップ機能が付属していますが、そちらもまっさらでした。だからきっとどこかの時点でまっさらにして保存していたのでしょうね。

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