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Villain:Side  作者: 昼の星
39/55

039,権力の棲まう場所 scene9

「おい、雑魚に構うな」


 男の位置からでは従者の馬車に遮られて見えない反対側から声が降ってきた。と、男に向かって歩き出していた騎士の足が止まり、男同士(距離が離れているのと鎧兜のせいで男装の麗人のようでもあるが)で見つめ合う格好となった。

 逃げ出したい。しかし動けば相手も動いてきそうな気配、というよりも、妄想に囚われて足が動かない。冷静に見れば、相手はまっすぐに立っていてとっさに動き出せるような体勢ではないのだ。だが騎士には男には持ち得ない、遠距離攻撃の手段が存在する。それも見たところ、ディーゼラルドに匹敵しかねないほどのものが。

 男が蛇に睨まれた蛙のごとく固まっていると、やがて騎士は唐突に踵を返して街道を進んでいた馬車を追いかけていった。その瞬間に男の身を包んでいた殺気が薄れ、新陳代謝までが押し留められていたかのように、服の内側で汗がどっと噴き出した。

 ふと街道を見ると、最後尾の護衛の片割れが、街道を大量の血と臓物で汚していた。


(追うか……?)


 王国の騎士が? という疑問は付き纏うものの、状況からして十中八九、刺客の襲撃と見ていいはず。任務に忠実なハンターであれば、考えるまでもなく追いかけるべきだろう。男の場合、ハンターの仕事でもあるが、ブレナスの配下としての側面もないことはない。その場合、忠義に厚い部下ならば追いかけるべき、などという表現が適切か。

 当然、男は忠実な部下などではない。しかしそう振舞わなければ、ディーゼラルドやブレナスにどのような仕打ちを受けるか分かったものではない。

 だが、もしもディーゼラルドらが殺されるとしたらどうだろう。王都で襲ってきた連中には期待できなかったが、さきほどの騎士相当の実力者がもう一人いるとすればあるいは……。

 男はどちらの事態にも対応できるように、ひとまず馬車を追って走り出し……かけて、すんでのところで思い止まった。


(……おかしい)


 この状況でディーゼラルドを始め、ブレナスの護衛の行動が遅すぎるのではないか。

 一行の前方で護衛についていたハンターはもちろん、先頭を行く馬車に詰めていたハンターたちも事態に気づいて外に出てきている。それどころか、最初に駆けつけてきた者など、騎士に斬りかかってすでに返り討ちに遭っている。

 馬を降りて、いったんは男の側に向かってこようとした騎士でさえそうなのだ。反対側ではすでにブレナスの乗っている馬車が攻撃されていてもおかしくないだろう。

 男がそう思うのとほぼ同時に馬車が勢いよく横転し、その下からは一見して岩のようにも見える土の塊が隆起していた。それは馬車をそのまま覆い隠して余りあるほどの大きさがあり、ハンターの襲撃を凌ぎつつこのわずかな時間で放った魔術だとすれば、かなりの使い手であることは明白だった。


(……やってくれたな)


 そう思った人間が、男を含めてこの場に何人いただろうか。襲撃してきた騎士二人はもちろん、王都から新しく護衛として参加した連中も思ったはずだ。


「ま、待て! 俺たちは嵌められたんだ!」


 騎士に斬られる直前のハンターが叫んだ。しかし騎士は意に介さず容赦なくハンターを切り捨てた。

 三台並んだうちの中央に位置するブレナス用の馬車が破壊されたことで、従者たち用の馬車も停止している。


(回り込むなり、降車して逃げるなりすれば良いものを……)


 状況が呑みこめていないのか。それとも怯えて身動きが取れないのか。横転したブレナス用の馬車からだれも出てこないところを見ていれば、従者たちの行動も違っていたのかもしれない。

 たしかに。思い返してみれば、王都を発って以来、ブレナスやディーゼラルドの姿を見かけたことは一度もなかった。もともとこれまでの道中でも野営のときに遠巻きに見かけることがあるかどうかだったために、それほど違和感を抱かなかった。ましてや何かと雑用で動き回る従者たちが、これまでと同様にしていたのだから。


(いや、おかしい)


 従者たちが用意するものの中には、当然ブレナスたちのためのものがいくらでもあったはずだ。であれば、それを利用するものが居るのか居ないのかはすぐにわかるはずだ。

 見ていると、隆起した土壁の向こうからもう一人の騎士が姿を現した。鎧兜のそこかしこにはおそらく返り血と思しき血液が付着しているが、他にこれといった汚れや損傷は見られない。似たような装備で見分けがつきづらいが、どちらかといえばこちらの騎士のほうが表情に人間味があり、若人ではないような気がした。

 彼は横転した馬車の中を検め、中から年嵩の従者を引っ張り出した。従者は頭部から流れた血が頬を伝い、腕や足もおかしな方向に捻じ曲がっていた。

 男は駆け出していた。体が勝手に動いたと言ってもいい。

 背後を振り返ることもなく、街道脇に広がる草原を、はっきりと姿を隠せるような地形を探して全力で走った。

 惨めさと怒りに胸が押し潰され、叫びだしたい衝動に駆られながら、ひたすらに走る。いや、逃げる。

 と、唐突に一瞬、視界が明滅したかと思った直後、ドンとでもいうような耳慣れない音と、空気の震えが男の全身を通り抜けた。背筋に怖気の走るのを感じながら振り返ると、従者たちが乗っていたはずの馬車がバラバラに破壊され、残骸のそこかしこに炎が燻っていた。距離が離れていることもあり、中身がどうなったのかまでは確認できないが、到底、無事に済んだとは考えられない。

 その事象を引き起こしたのは、始めに馬上から男に切りかかってきた若い騎士のようだった。馬車の残骸に向けた剣先が下ろされる瞬間、その刀身にはわずかに光が迸って見えた。


(のんきに見ている場合じゃない!)


 男はもう振り返らず、草原を全力で駆け抜けた。



 その後、男は林の中へと分け入り、それが森と呼べるくらいに深くまで入り込んでから地面の起伏へと身を潜ませた。途中からは潜伏も意識して、なるべく痕跡の残らないように足場や進行方向にも気を配った。

 現時点から襲撃を受けた街道まではどれくらいの距離があるだろうか。とにかくがむしゃらに逃げてきたせいで、あまり正確に時間や距離を把握できていない。だが、そう易々と追撃しようと思えない程度には離れられたはずだ。男をブレナスたちと繋がりの薄いただのハンターだと思うのならば、わざわざ追いかけてはこないかもしれない。


(希望的観測か……?)


 騎士たちがどの程度の命令でブレナスを襲撃したのかが不明なことと、目撃者や関係者の抹殺までが命令に含まれているかどうか……。

 わかっているのは、囮にされたのだということ。

 ブレナスかディーゼラルドか、どちらの判断かは知る由もなく、どこまで再度の襲撃があると読んでいたのかもわからない。だが馬車に唯一残っていたらしい年嵩の従者はブレナスに近しい存在だったはずで、その彼が同行していたことを思えば、念のため、程度のかく乱だったのかもしれない。

 だが結果として襲撃は起こり、おそらく一行は男を残して全滅した。

 わからないことはいくらでもある。ブレナスが襲撃される理由。騎士やその背後にいる連中の思惑。だがそんなことは男にとってどうでもいいことだ。重要なのは、捨て石にされたという事実。述懐した通り、間違いなく襲撃があると知っていたとは限らないが、囮として泳がせている間に自分たちだけは安全に行動していることは間違いないだろう。男を含めたハンターたちはまだしも、本拠地から連れてきたらしい従者たちまで犠牲にして遊んでいるわけでもあるまい。それとも年嵩の従者含め、彼らもまた、ブレナスにとってなんの思い入れもない、関係性の薄い者たちだったのだろうか。

 ブレナスという男が何をしているのか。何をしようとしているのか。男はせいぜい、その上っ面しか知らない。そしてそれ以上を知ろうとも思わなかった。

 しかしそれで納得できるはずがない。

 もしこのまま逃げおおせることが出来たのなら。いや、見逃してもらえたのなら、というほうが正しいかもしれないが、そうなれば、ブレナスやディーゼラルドの呪縛から逃れられるかもしれない。単純にどこかで逃走するよりも、自分たちで囮として使い捨てたと認識されていたほうが、どこかで連中の網に引っかかる可能性ははるかに低くなるだろう。そうした意味では、今回の一件は必ずしも男にとって悪い出来事とは言い切れない側面があるのかもしれない。

 だが……。


(んなこと関係あんのか)


 男は思わず、右手を地面に叩きつけた。落ち葉の積もった柔らかい土はとすっという音と共に硬く握り締めた拳を受け止めるだけ。男がしまったと思い身を竦ませれば、後に残ったのは虫の声と鳥の声。風が揺らす木の葉のすれる音。


(奴らを殺す)


 男は、枝葉の覆い隠す空を望みながら静かに決意した。その対象は当然、襲撃してきた騎士たちではない。

 もともと復讐の意図はあった。男にとって益もあったとはいえ、半ば無理やりに従属させられていたのだ。とはいえその道は果てなく遠く、旅に慣れてしまえば時と共に薄らいでいくものでもあった。

 正直に言えば、男は怯えていたし、人生そのものが、思いどおりになどならない、不条理なものだと流されてもいたのだ。

 いずれはそうしてやる。そんな決意が、これまでにどれだけ思いの通りに果たされたか。そんな経験から、諦観を抱いてしまいそうになる。

 剣の腕もそう。なまじ雑魚くらいなら相手にもなるからだらだらと続けて糧にもしているが、かといって己の道を切り拓くほどの実力はない。

 魔術などはもっと顕著に、明らかに才能がない。未練がましくあまり例を見ない使い方をしてはいるつもりだが、所詮は誤魔化しに過ぎない。例えば、男が敵に灯火をぶつけて隙を生み出し剣を振るう労力は、馬鹿にとっては炎で敵を焼き殺し、剣を鞘に収める動作と大差ないのだ。

 もし男自身が、男のような実力、才能を持った人間に、強さが欲しいのだと打ち明けられたとする。男は迷いなく「諦めろ愚図が」といって斬って捨てるだろう。

 だが己のこととなれば話は別だ。望み薄だからといって、いさぎよく見切りの付けられる人間がどれだけいるだろう。


(俺は馬鹿だ。馬鹿でいい。人生の価値も、意味も知らん。意味もなく死ぬ人間など、いつ、どんな世界にでもいる。俺もその一人だ)


 それから日暮れまでの数時間、男はその場にじっと横たわっていた。左腕の治癒も忘れ、右手の平に新たな傷を作る、愚かしい時間の使い方だった。

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