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Villain:Side  作者: 昼の星
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037,権力の棲まう場所 scene7

 腸の煮えくり返る思い、とはこういうものを言うのだろう。全身が馬鹿の炎とも運動からくる暑さとも違う、異様な熱が全身に伝播していた。それは左腕から伝わる激痛の信号と脳内で混ざり合い、感情を単純なものだけに削ぎ落としていく。自然と、右手が顔の位置にまで持ち上がった。

 バチン! と、音が鳴り、芝生の上に仮面が落下する。


「はー……ふー……」


 息を長く吐くにつれ、胸の内でドクドクドクドクとうるさい心臓が少しだけ落ち着いたような気がした。


「はっ! お前そんな阿呆面してたんだなぁ。そりゃ隠したくもなるわけだ!」

「…………」


 罵りながらも馬鹿は魔力を増幅させている。男はあらためて金髪から回収してきた剣を抜いた。


(自分だ。いつも)


 馬鹿に向けて踏み込む。

 途端、左腕に激痛が走る。体勢を変えるだけで、自然と腕の置き場所を変えようとしていたためだ。かといって、ぶらぶらと振り回しているわけにもいかない。傷つけば傷つくだけ、身体能力は劇的に低下していく。


「死ね!」


 馬鹿の炎が迫る。さきほどのような密度は感じないものの、その分当てることを意識した範囲攻撃。無視して突破するのが得策とは思えない。

 歯を噛み締めて、ぎりぎりのところで側面に転がるようにして避ける。無意識に左腕を庇った不自然な着地。だが炎を避けることは叶った。

 もし、相手が万全の状態であれば、この隙を突かれて死んでいたのかもしれない。しかし男が顔を上げたとき、視線の先の馬鹿は胸の辺りを押さえて呼吸を荒げていた。

 男は無様に足をバタつかせながら、立ち上がることも待たずに突貫した。

 見え見えの袈裟斬り。大上段。二合三合と切り結ぶ。いや、そう表現することもおこがましい、ただの金属のぶつけ合い。頭ではわかっているが、思うとおりに動けもしない。

 剣から伝わる振動が、左腕にまで響く。


(左腕が使えれば……!)


 腕一本が使い物にならないだけで、選択肢がいかに狭まるか。右腕で剣を握っている限り、何らかの道具を持ち出すことさえできないのだ。


「ずい、ぶん! 痛そうだなぁっ!」


 馬鹿の腕が男の左上腕を掴んだ。


「んんんんんんんん!」


 砕けんばかりに噛み締めた歯の隙間から男の呻き声が漏れた。痛みの信号にあらゆる思考がかき消されていくなかで、かろうじて今が剣を押し込む好機だという思いがよぎるが、右腕も過剰に力が入って動かすことができない。

 痛みに明滅する視界の中で、男は馬鹿の狂気に満ちた笑顔を見た。その瞬間思ったことは、


(この顔を潰してやりたい)


 それだけだった。

 手段も何もかもどうでもいい。とにかくそれだけをなんとしても果たさねばならない。腕は塞がり、足も踏ん張るので精一杯。

 使命感にも似た思いに駆られた男は、痛みに噛み締めた歯もそのままに、思い切り頭を馬鹿の顔面にねじ込んだ。


「おぶっ!」


 馬鹿の手が離れ、剣も圧力を失う。


「ふん!」


 足踏みをして、土に魔力を伝播させる。大きく地面が隆起したりはしない。魔力の少ない男には、たとえ長い詠唱時間が与えられたとしてもそんな芸当は不可能だ。しかしほんのわずか、馬鹿の足元の地面に凹凸が発生する。

 本来なら、相手を誘い込むような瞬間に使う手段だ。なぜならば、離れた場所の地面をどうこうするのは、魔力の少ない男には不可能だからだ。

 男の頭突きによって、鼻血を流しながらよろけて後退する馬鹿の足元ぎりぎりのところに男の土魔術が間に合う。


「おうっがっ」


 度重なる負傷と疲労からか、馬鹿もろくに受身など取れないままに仰向けに倒れる。その顔面目掛けて、男は渾身の力を込めて剣を振り下ろした。型も何もない。ただ目一杯柄を握り締めて振り下ろすだけの剣。首や、心臓など、急所を狙うものでもない。破壊衝動のままに姿勢も崩れながら、倒れこむようにしてがむしゃらに叩きつける。


「まっ」


 金属の硬い感触と、刀身が芝生に埋まったらしい柔らかいとも、硬いともいえない妙な感触が残った。反発が強く、握り締めた手首に痛みが走った。

 男の剣は、馬鹿の顔面の半分近くまで埋まったあたりで芝生にめり込んで止まっている。受け止めようとして咄嗟に掲げたらしい馬鹿の剣は、勢いを止められずに反発し、馬鹿の首を半ばまで切り裂いていた。

 芝生にめり込んだ剣を引き抜きながら、男は立ち上がって周囲を見回した。

 屋敷に開いた大穴の中ではディーゼラルドが振り下ろした大剣を持ち上げる姿が目に入った。剣は血に濡れ、赤い雫が垂れ落ちる先には原型をとどめていない肉塊が遠目にも確認できる。刺客は二人残っていたはずだが、もうひとりの姿は見当たらない。ディーゼラルドの様子からして、すでに片付いてしまったらしい。

 庭の一画では傷だらけのエアデールがまだ戦っていた。三対一でじょじょに追い詰められ、傷ついた状態で二対一になった後は、どうやら戦況は拮抗したようである。

 ひとまず己の身に危険が降りかかることはなさそうだと判断した男は、とにかく左腕を治療しなければと治癒魔術を発動させた。起動ばかりは淀みがないが、治癒力はいまひとつ故に、とりあえず放っておいても支障がでなくなるくらいまで直すのにも時間はかかりそうだ。

 そのあいだに、まずは念のためにと足元の馬鹿の様子を観察した。馬鹿は自身の剣がめり込んだ首や、袈裟に切り裂かれた胸からダラダラと血を流しながら、緑の芝生を赤黒く汚していたが、どこかの赤いクソガキのようにその傷跡が塞がったりはしないようだ。


(なんだ?)


 再び周囲に視線を向けると、エアデールがまだ戦っているのはともかく、それを傍観しているディーゼラルドの姿が目に留まった。


(なぜ加勢しない?)


 見たところ、ディーゼラルドの姿にこれといった損傷は見当たらず、まず間違いなく無傷で戦闘を終えたらしいと知れる。本命を任された刺客たちの実力が、外にいた馬鹿たちを凌駕するものであろうことは疑いようがないと思うが、それを三人相手にして難なくねじ伏せて見せたということ。

 であれば、さっさとエアデールと交戦している雑魚のひとりも片付けてやれば良いではないか。それが普通の、協力関係にあるハンターの発想というものだろう。

 男が不可解な思いで見ていると、屋敷の奥からもうひとりの護衛の男性が歩いてきた。男性は相変わらずどこぞの令嬢の護衛でも勤めていそうな小洒落た雰囲気を纏っていたが、よくよく見ると外見には戦闘の痕がうかがえた。

 ディーゼラルドは傍らに立った男性からの報告を、相変わらずエアデールの戦闘を眺めながら背中で聞いていた。やがて男性がひとしきり話し終えたかと思うと、ディーゼラルドは男性とともに屋敷の奥へと歩いていった。


(おいおい、いいのかよ)


 両者の関係性を考慮すると、信じて任せるという雰囲気ではない。見たところエアデールが優勢ではあるが、けして圧倒しているわけではない。何かのきっかけがあれば、一転して敗戦、殺される可能性もありそうに思える。

 たとえエアデールが殺されたとしても、問題がないという考えだろうか。おそらく実情はそうなのだろう。ディーゼラルドの強さをみれば得心がいく。今後の従者たちまで含めた護衛を考えれば人手は必要にも思えるが……。

 左腕を治癒しながらエアデールの戦闘を眺める。男の治癒術は効果が低い。左腕の治癒が完了するまでにはまだまだ時間がかかる。

 エアデールの戦いぶりはここへやってきたときに見たものとさしたる違いはない。自分の戦い方を押し付けるのではなく、相手に応じて対処する性質のようだから、実際に剣を交えていればいろいろと違いは見えるだろうが。


(どうしたもんかな……)


 結果的に三対一を見かねて参戦はしたものの、あらためて助太刀に入るのは躊躇われた。

 男が迷っていると、エアデールの剣が二人組の刺客のうち、前衛を務めていたものを捉えた。三人で組んでいたときは二人で担当していたのだから、ここまでよく保ったと言うべきか……思っていたよりも呆気ない。ディーゼラルドはこれを見越していたのか? と疑問に思ってしまうほど。

 前衛が斬られたと見るや、魔術で援護していた後衛の刺客が駆け出した。刺客はすぐさま追いすがろうとしたエアデールに残していた火球を放ち、逃走を図る。それを見ていた男の体は自然と動き、刺客の動きを先回りして剣を振り上げていた。


「チッ」


 男とその剣を小剣で受け止めた敵、どちらのものとも知れない舌打ちの音が鳴る。と、一泊遅れて敵の頭に水の塊が命中し、飛沫が飛び散った。

 水弾の威力に首の伸びきった敵の胸に、すかさず男は刃を突きたてた。背中側まで貫通した剣を乱雑に引き抜くと、刺客の体は引っ張られるようにして前のめりに芝生に倒れこんだ。


「おい! なぜ殺した!」

「む……」


 強い口調でエアデールに咎められて気づく。今の刺客が最後の一人で、ほかはすでに全員死んでいたことに。背後関係を探るためには、一人くらい生かしておいたほうが何かと都合がよかったのに違いない。


「悪い。つい」

「つい、だと! お前は……っ!」


 歩み寄ってきていたエアデールがふいに言葉を途切れさせてしゃがみ込む。致命傷になりそうな大きな傷こそ見られないが、全身ぼろぼろといっていい有様からして、敵がいなくなって気が抜けたのだろう。


「そのことなら心配ありませんよ」

「あ?」


 落ち着いた男性の声が聞かれ、男は屋敷のほうを振り返った。するとそこにはさきほどディーゼラルドに何事か話をしていたもうひとりの護衛の男性が立っていた。


「こちらでもっと高位の者を確保してありますので。殺してしまって問題ありません」


 護衛の男性は庭にまで出てきて、辺りに転がるいくつもの死体を眺めながらそう口にした。


「そう、か……」


 エアデールは苦しそうに肩を上下させながら男性を見上げた。それから男に視線を向けて、


「すまない……」


 と口にし、俯いてしまった。


「いや……」


 エアデールの言い分は正しく、謝罪をされる謂れはない。と思うのだが、そんなことをいちいち説明するのも煩わしく、男もまたエアデールから視線を外した。

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