034,権力の棲まう場所 scene4
金髪のふとももから小剣を回収し、彼の服で血を拭ってから水魔術で洗浄して懐に収めた。ついでに金髪の持ち物を漁ってみる。特筆するようなものはなく、いくらか手持ちよりも質の良い片手剣と短剣、それと少々の金銭を頂戴した。
普通、野外であれば死体を放置しても動物なり魔物なりが処分してくれるものだが、王都周辺には極端に魔物が少ない。いたとしても小型のものばかりで、この環境では男の死体はいつまでも片付かないのではないか。別段、発見されて困るものでもないが、なんとなく気がかりではある。
こんなとき、金髪のように魔術で炎を扱えれば、あっという間に焼却処分できただろうに。まったくもって妬ましいものだ。
さてどうするか。男は考えこんだ。
真面目なハンターなら、すぐに町に戻ってディーゼラルドたちに合流、報告するところか。
(それも悪くない)
報告はともかく、合流……というよりも、ディーゼラルドたちが襲撃される場面に立ち会いたい。
戦闘に巻き込まれて殺されない限り、どう転んでも面白い場面だ。できれば実力で打倒したいという思いがないわけではないが、漁夫の利だろうがなんだろうが、ディーゼラルドを始末できる結果こそがもっとも望ましい。
ディーゼラルドが圧勝するとしても、なにかしら手札を覗き見られるかもしれない。
エアデールはどうしているだろうか。あの生意気な女のことを思い出すと、握り締めた男の手に自然と力がこもる。
やはり、何はともあれ町へ帰還したほうが良さそうだ。男は戦利品をしまい込み、可能な範囲で返り血の処理など、身支度を整えて町へ向かった。
ふと、相手はどこの人間だろうかと考える。気になるくらいなら金髪を生かしておいて尋問でも拷問でもすれば良かったのだろうが、そこまで知りたいというほどでもなく、走る以外にすることがないのでただ考えてみているだけだ。
真っ先に可能性として思い浮かぶのは、ディーゼラルドから聞かされていた連邦の人間の線。金髪の剣術が南方の人間に多いものだったことも連邦の可能性を裏付けているように思う。
それにしては王都で仕掛けてきたのが気にかかる。金髪もわざわざ王都までやってきたとかなんとか言っていたはずだ。王国の中でも比較的西北に位置する王都は、連邦の人間からすればかなりの遠方地にちがいない。道中で立ち寄ってきた町で仕掛けるほうがいくらか遠征せずに済む。王都に何か、道中の町にない利点がなければ、わざわざ遠く王都で襲撃をかける理由はないのではないか。
襲撃場所を選ぶ場合に第一に考えることは、その地が襲撃に適しているかどうか。もっと言えば、成功するか否か。襲撃するにあたって有利な場所を選ぶはず。王都にあって、道中の街道上や町にない利点があったのかもしれないが……。
現状と道中を比較したとき、まず状況の違いが大きい。現状、男は偶然に町の外にいたが、他のブレナス周辺の人間はみな街中にいるだろう。それはつまり、周りに多くの人間がいる可能性が高いということ。騒ぎを起こせば、王都の治安維持に携わっている者たちが干渉してくるはずで、これはかなり襲撃側にとって不利な条件ではないのか。街道上であれば、そうした横槍が入る可能性は限りなく低い。その代わり、接近するのは難しいか。男を含め、護衛の人間が自分たち以外の人間の接近には気を張っている。それでもあらかじめ馬車を用意するなどして、商隊がすれ違おうとしているだけだと偽装して急襲すれば先手は取れそうなものだが……。
やはり、普通に考えれば王都内で仕掛ける意味はよくわからない。野外が望ましくないにしても、道中のほかの町で仕掛ければ良いのではないのか。それとも王都でなければならない理由があるのか。そう例えば、
(王都に協力者がいる……?)
「ふふっ」
男は思わず笑った。
もとより、答えを導き出せるとも思っていないが、それにしてもずいぶんと的外れなことを考えているような気がしたからだ。
すでに日は落ちている。が、走る男の周りには建物も増えてきて、灯りもちらほらと点されている。視界の心配は必要なさそうに思われた。
通りに人の姿が増え、走るのに邪魔になってくる。とはいえ、路地へ入ればその分、曲がる回数も増えて距離も伸び、遠回りになるだろう。屋根の上へ登ることも考慮するが、足場に不安が残る。平らな屋上ばかりを選んで渡っていければいいが、見たところそうはいかなそうだ。しかし、通りに夜間営業の店が増えだすとそうも言っていられない。人が増え、しかも進行方向が判然としない人々を避けて走るのは困難を極めた。止むを得ず路地へ入り、適当な建物の出っ張りを足場に建造物群の上へ飛び出る。
何かの建物の屋根の上に着地すると一気に視界が開け、人工の光が夜空を照らしている光景が目の前に広がった。
足元に光があり、頭上に闇が広がる構図に、なぜか歪であると感じた。考えてみれば焚き火や何かを灯りにしているのも同じようなものかとも思ったが、なにせ何万もの人間が蠢く王都だ。規模が違う。
やはり、気持ちが悪い。
男は頭を振り、跳躍して屋根を渡った。
やがて目前に屋根よりもさらに一段高い壁が迫り、男は地面に降り立った。ひとまずの目的地として定めてきたギルドはこの壁の向こうだ。屋根の上から無理やり上っていくこともできなくはなさそうだったが、警備体制がどうなっているのかも不明瞭な現状、万に一つも投獄などされてはかなわない。
何度も通った大きな通りへと戻り、壁を通過する。人通りの減った道を走り、ギルドへ到達する。いまのところ、これといった異常は発見できていない。
王都にやってきたとき、男にあてがわれた宿はギルドの近くだったが、ブレナスたちの滞在場所はもっと別の場所……の、はずだ。これまでの町と同様、従者ともどもギルド側の所有する邸宅にいるはず。泊まるというより、場所を提供させて短期間居住するような状態。
「チッ」
(どこにいるのか、聞いておけばよかった)
ブレナスたちがどこでどう過ごすかなど興味のなかった男はその場所を知らなかったし、知ろうともしなかった。
わからないものはどうしようもない。とにかく探してみる他にないと結論し、駆け出す。目指すのは、貴族街。もしくは高級住宅街。
ふたたび建物の屋根に上り、辺りを見渡す。壁の外のごみごみとした様子と違い、ひとつひとつの建造物が大きく、離れている。さすがに跳躍して渡っていくことは不可能。しかし目的は移動のためではなく、街の様子から目的地を見つけ出すこと。アタリをつけた後は街路へ降り立ち、走り始める。貴族や金持ち連中が馬車で行き交うことを想定されているのだろう。道は大通り並みに広く、綺麗に整っている。月明かりは頼りないが、ぽつぽつと設置されている街灯のおかげで足元の不安はない。
やがて広い庭を備えた巨大な邸宅が並ぶ一角に到達する。さきほど壁の外で見た町の様子を思い返す。想像すらできないような膨大な数の人間が住み暮らしている町の一画に、おそらく十数人程度が暮らしているだけの屋敷が、これだけの空間を占有しているという現実。しかし、男には別段、なんの感慨もない。
一軒一軒の邸宅に目を走らせながら駆け抜けていくと、彼方から戦闘の気配が漂ってきた。それはかすかに届く音だったり、夜空に閃く光だったりした。それらを目印に走り続け、やがて通りと邸内を隔てる細い柵の向こうに見たものは、三人を相手に戦っているエアデールの姿だった。
さて、どうするべきか。
男は物陰に身を隠し、ひとまず様子をうかがった。
今のところ、エアデールと三人組の双方にそれほどの損耗は見られない。が、庭に複数の人間がたおれているのも確認できるので、すでにエアデールは何人かの刺客を返り討ちにしているのかもしれない。
エアデールは片手に剣、もう片方に手盾を持ち、自らの周囲に水の帯を纏わせながら戦っている。おそらくは本気で戦う彼女の姿を、男は初めて目にした。
三人組はと言えば、うち二人は剣を持ち、直接エアデールと切り結んでいる。もう一人は同じく剣を手にしているが、やや離れて自身の周囲にいくつもの火球を浮かべ、隙を見てそれを放っている。一人ひとりの技量はエアデールに及ばないと見るが、うまく互いに補い合ってエアデールを押さえ込んでいる印象だ。
(これはあいつのほうが不利だな)
月明かりと、屋敷の窓から漏れる光で照らされた邸宅の庭は、これといった障害物もなく開けている。おそらくこれまでにブレナスが宿泊してきた邸宅と同じように、普段はだれも住んでいないものなのだろう。隣近所の人間に見栄を張るための美しい庭などは必要とされておらず、庭木やなんかも最低限しか存在しないのだ。
空間を広く取って戦える場所なら、複数人で囲んで叩くことも容易となる。現に三人組はエアデールが一人に集中できないように立ち回っている。
見ていると、エアデールが状況を嫌って場所を変えたがっている動きも見えてくるが、逃げ道を塞がれてうまくいっていない。頭数を減らそうと一人に攻勢を仕掛けても、狙われた一人が守勢に回って凌ぎつつ他の二人が攻勢を強めるなど、三人組の連携は徹底していた。
(いや、そもそもあの女はここを離れられないか)
刺客にしてみれば、ブレナスこそが標的なのだろうからして、エアデールが離れてくれるなら狙いを変えるだけの話だろう。
拳大の火球がいくつもエアデールに向かって殺到する。彼女は手を向けて水の帯を操作して盾のように展開。火球を相殺したが、散ってしまった水の帯を再構成する間もなく、刺客のひとりが彼女に剣で袈裟懸けに斬りかかる。その一太刀をうまく剣で流し、返す刀で水平に切り払うも敵は後退し、剣先は空を切った。それに追いすがろうと地を踏む足に力を込めたとき、背後からまた別の敵が剣を振り上げて上空からエアデールに迫る。
金属と金属がぶつかり合う激しい音が響く。エアデールは大上段から振り下ろされた剣をなんとか手盾で受け止めていたが、敵に追いすがろうとしていた足は完全に止められてしまっていた。盾の上から剣で押さえつけられながら、エアデールは手にした剣を突き出した。切っ先は敵を捉えることはできなかったが、下がらせることには成功する。
だが、エアデールが息をつく暇はなく、今度は人間の頭大の火球が飛んでくる。咄嗟に残った水の帯を操作して盾にするが、相殺するには足りない。水の盾を消し飛ばしなお迫る火球を、エアデールは手盾で強引に振り払った。
火球が弾けて薄闇の中に火花が咲き、一瞬辺りが明るく照らされる。間近で目にしたエアデールならば目が眩んでいてもおかしくないはずだ。それを示すように、エアデールは顔をしかめて足を止めている。そこへ敵の一人が剣を振り上げて迫った。エアデールはかろうじて自身の剣を両手で支えて受け止め、さらに押し返して見せた。だが、さらに背後から切りつけられ、彼女は地面を転がった。




