033,権力の棲まう場所 scene3
その後、わざわざ町の外に出てきたが、王都の周辺には本当に魔物が存在しなかった。いたとしても、小さく弱く、戦闘訓練をしていない町人でもなにか武器があれば十分に駆逐できるだろう脆弱なもの。
どのみち町の周辺部に存在する魔物などたかが知れているのだが、それにしたって手応えがなさすぎた。訓練にならないどころか、憂さ晴らしにも物足りない。せっかく、いまや大陸の覇者と呼んで差し支えないだろう人間という種が、命を奪って褒めてくれる都合のいい生き物だというのに、これでは町の外まで足を伸ばした意味がない。
日が落ち始め、ひやりとした風が吹き抜ける。なにかしら食料が調達できるようなら町に戻らないことも考えていたが、これといったものは見つかっていなかった。
(そろそろ戻るか)
遠く連なる山々を眺めながら佇んでいると、
「ずいぶんと真面目なんだな。聞いていた通りだ」
と、そんな声が耳に届いた。
振り返ると、そこには武装した金髪の男が立っていた。見てくれはハンター……しかし、雰囲気には違和感がある。しいて言えば、エアデールに近い印象。
口振りから、男を特定しているらしいと知れる。こんな僻地まで捜してやってきたわけでもあるまいし、後をつけてきたのだろう。それに気づけないとは、間抜けと言われても否定できない。
「なんとか言えよ。つまんねえ奴だな。人生最後の会話だぞ?」
いきなり情報提供者の存在を明かしたのも、はじめから生かして帰すつもりがないからということか。
(ずいぶんと見くびられたものだな)
しかしこれは僥倖である。
男は仮面の奥で口角を吊り上げ、腰の剣をゆっくりと引き抜いた。言葉より、もっと別のもので語り合おうじゃないか。言ってみれば、それが男の返答だった。
「ま、その気ならいいか。わざわざシュリエッラくんだりまでやってきたんだ。さっさと終わらせて、遊ばせて貰うぜ」
金髪の男がもったいぶった様子で剣を手に取る。今日ばかりは、今だけは、その愚鈍さを許してやる気になる。なにせこの金髪クソ野郎は、男の気晴らしのために、神が遣わしてくれた天使なのだから。
(まぁ、神の存在なんて信じちゃいないんだが……)
男が呆けていると、金髪がのろのろと切り込んできた。男はほぼ無意識にそれを受け止める。踏み込みは浅く、太刀筋にも一切鋭さを感じない。大きく動いた割には腕の力だけで剣を振るっているために、まったく威力が乗っていない。あまりの剣の軽さに連撃を警戒するも、剣を受け止めた段階で金髪は動きを止めている。
あまりに愚鈍。
「へえ、よく止めたな。体術はそれなりにできるだろうと聞いていたが、それにしても」
「だまれ」
剣を弾いて距離を離す。金髪は体勢を崩し、立て直すのに一瞬の隙ができている。それも見逃してやる。
(よくないな)
思考で罵るほど、金髪は弱くない。少なくとも、体術においては男とそれほどの差はない。事前に得ていた情報から、それなりの人材をぶつけてきているのだろう。
それがこんなに弱く見えるのは、上ばかり見つめすぎたせいだ。身の程も知らずに。
「黙らせてみろよ!」
再度斬りかかってくる。一合、二合、切り結ぶ。連撃にしても軽い。それも致し方のないことではある。金髪は空いた手で魔力を操作している。意識がそちらに分散して、剣術がおざなりになっているのだ。
(型は南方の剣術に近い。魔術の混合は独自のものか?)
魔術を手先で扱うのは極めて一般的だ。人間の体でもっとも器用な手に魔力操作の感覚も重ねてしまうのが楽だからだ。
「くらえ!」
不意をついたつもりらしい金髪が、剣を握っていないほうの手に炎を湛えて突き出してくる。
眼前で勢いよく燃え広がった炎に、追い払われるように男は後方に飛び退った。予期していた攻撃ではあるが、この程度のものでさえ、男には剣のように相殺する手段がない。
(みじめだな……)
金髪が、ではない。
「思ったよりやるな、あんた」
「……こんなもんか?」
男の言葉に、金髪は眉間に皺を寄せて目を見開いた。
「防戦一方でどの口が言う!」
安い挑発に乗せられて斬りかかってくる。金髪は見た目どおりに若いようだ。下手をすればまだ十代ではないのか。
この程度の人材しか用意できない組織と見るべきか。はたまた、男にはこれで十分だという判断がされただけと見るべきか。正答はおそらく後者だろう。
男はギッと奥歯を噛み締めた。
「らぁ!」
金髪の突き出してくる腕を、噴き上がる炎を尻目に金髪の脇へ回り込むようにして避ける。体の動きこそついてきていないが、金髪も男の動き自体は追えているようで視線が交錯した。
金髪のわき腹に拳をめり込ませてやる。
「ぐう、うっ」
それほど力を込めて殴り飛ばしたわけでもないのに金髪の体が浮いて距離が離れたのは、咄嗟に飛び退いて逃れようとしていたためか。
金髪は口の端から唾液を垂らしながら男を睨みつける。さすがにこの程度の一撃で沈むほどやわではないようで、わき腹を手で押さえてはいるものの、すぐに動き出せる体勢は整えている。
わざとらしく剣を振り上げてやる。釣られたように剣を掲げた金髪の足を払い、地面に転がした。ちょうどいい高さになった顔に蹴りを見舞ってやると、金髪は吹き飛び、鼻と口から血を流して仰向けに倒れた。四肢は脱力して伸びきり、視点が定まっていない。
男はひとつため息をついた後、悠然と金髪に歩み寄った。そして傍らにしゃがみ込み、血と唾液にまみれた顔を鷲掴みにする。その手の隙間から、わずかに燐光が漏れた。
男が立ち上がって距離をとると、金髪がハッとしたように身を起こし、取り落としていた剣を拾い上げて立ち上がった。濡れた感触で気がついたのか、口元を腕で拭いながら男をにらみつけてくる。
「油断した、とでも思ってるか?」
男の言葉に、金髪は眉間の皺をいっそう深くした。
金髪は、男に蹴られてほんの一瞬、意識が飛んでいたとでも思っているのだろう。無理もない。一対一で敵を前にして意識をうしなうなど、よほどの状況でない限りは死んだも同然だ。自分が生きている時点で、致命的な隙はなかったと判断するのはおかしなことではない。
もはや言葉は発さずに金髪は向かってきた。治癒が効いたらしく、動きはそれほど精彩を欠いてはいない。しかし、実戦経験の差なのかなんなのか、攻撃が単調で読みやすいため、対応するのは難しくない。
(思ったより退屈だな)
男は弱者を甚振るのが嫌いではなかった。自分が強くなったように錯覚できるからだ。だが金髪を相手にしていても、気分はなかなか持ち直してこない。
「死ね!」
金髪の手のひらから炎が迸る。近接戦闘をこなしながら練り上げる魔術としてはなかなかの威力と精度。きっと、これで魔物も人間も打ち倒してきたのだろう。それを連発するというのは、精神的に追い詰められているということだろうか。これまでうまく運んでいた行動をなぞりたいのではないか。今度こそはうまく行くのではないか。そんな思いがあるのかもしれない。
後退しながら、突っこんでくる金髪の目の高さに少量の水を用意してやる。懐などから出したものではなく、魔術で発生させたもの。勢いよく噴き出したり、たとえば接触した瞬間に爆発したりするようなことはないし、触れると装備や肌が溶かされたり、体内に取り込まれたときに毒性を発揮するような特別なものでもない。雲から落ちてきてその場にあると偽っても何らの違和を生じないただの水だ。
こんな手段は早々使えない。ふつうは相手の魔力が邪魔になって発動できないからだ。だがいま向き合っている金髪は、自身の魔術を操作するのに夢中になり過ぎている。
「ぬあっ」
金髪は自ら、落下し始めていた水に顔を突っ込ませ、反射的に目蓋を閉じた。男はその一瞬に反転し、金髪の腹に拳をねじ込んだ。
「うげええええ」
金髪にとって、突然の事態での予期せぬ一撃になったらしい。衝撃に備えて身を固めることさえできていなかった腹に拳は深々とめり込み、金髪は呻きながら体をくの字に曲げて数歩後ずさった。
男は小剣を抜き放ち、金髪のふとももに突き立てた。
「がああああ!」
よろめいて地面にへたり込んだ金髪は、口元を血で汚していた。どうやら呻いていたときに吐き出していたらしい。それにしても見上げた闘志だ。金髪はいまだに剣を手放してはいない。だから、目元が濡れているのはさきほど浴びせた水のためだろう。
掬い上げるような軌道で剣を振り上げ、金髪の腕を切断した。上半身を支えていた梃子が外され、金髪は地面に横たわる。
どうしたものか。男は迷っていた。もう飽きてしまったのだ。
取るべき行動はいくつか思い当たる。いや、取ったほうが良さそうな、がせいぜいか。
(属している組織と情報提供者について聞いてみるか……)
個人的に恨みを買っている覚えはいくらかあるが、マウスとして行動している現在、男個人を追えている人間がいるとは思えない。そんな微小な可能性を考慮するよりも、もっと自然で妥当な線がある。金髪が姿を現したときの、男の情報を聞いてはいるが、自分が知っているわけではない、ような発言からしても、今回の件はまず間違いなくブレナス一行に対する襲撃の一端。
実際はブレナスの下っ端にあたるのかもしれないが、表向きは外様の男にまで刺客を差し向ける理由はよくわからない。もしかすると、連中と遭遇した町からずっと護衛についているために一応潰しておけという話にでもなったのかもしれない。
「あー、あいつ、なんてったっけな……」
仮面に手を当てて男は記憶を探ってみる。名乗られた、ような気はするがやはり記憶に残していないような気がする。いや、一応は依頼をともにする仲間として記憶していたような気もする。が、結局口にすることなく忘れてしまったのか。
「だめだ、思い出せん」
(ま、どうでもいいか)
ディーゼラルドやエアデールをも襲撃することを考えれば、目の前の金髪などかなりの下っ端にちがいない。どうせ大した情報など持っていないはず。そういうことにしておく。
「恨んでくれていいぞ」
「まっへ! あっべっ!」
男は這いずって逃げようとしていた金髪の頭と胴体を切り離した。
「確かに、最後の会話になったな」
転がった金髪の頭を見下ろし、男は言った。
この天使を遣わしたのは神ではなく、馬鹿の間違いだった。




