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Villain:Side  作者: 昼の星
31/55

031,権力の棲まう場所 scene1

 街道の先。稜線をも越えたその先に、ぼんやりと巨大な建造物が霞んでいる。


「おー、ようやく見えてきたな! な!」


 出発の日と同様、最後尾の警戒を任されたやかましい馬鹿が男に話しかけてくる。

 道中、いくつかの町を経由するうち、護衛にあたるハンターには入れ替わりがあったのだが、馬鹿とは結局、王国を巡る間、同道することになった。しかも運悪く、パーティで参加している連中の都合やら組み合わせの関係で、組んで行動する場合にはほとんど行動を共にするはめになっていた。


(うぜえ……)


 さすがに慣れてはきていた。しかしいくら慣れたとしても煩わしいものは煩わしい。男はいつかの若い行商人を思い出しながら、仮面の下で苦々しい表情を浮かべてハンターの馬鹿を無視した。

 結局、道中で懸念されていた、『連邦の刺客』のような、ブレナスを亡き者にしようと画策する勢力による襲撃はなかった。もとより可能性は低いとの話だったが、こうまで何もないのも退屈というものだ。

 襲撃がないことを多少なりとも残念に感じていたのは、おそらく男くらいのものだろう。従者たちもほとんどはギルド領の人間で、旅先で問題や騒ぎに巻き込まれるのはごめんだと思っているだろうし、雇われのハンター連中にしても、戦闘狂のような人物はいなかった。きっと楽に仕事が終えられてひと安心といったところだろう。もっとも、


「いやー、しっかし退屈だよなぁ」


 などとほざいているハンターの馬鹿は、出来事の良し悪しを除けば何もないことを残念がっている様子ではあったが。

 王城が見えてからそれなりの時間、王都に向かって進んだが、それでも日暮れまでに辿り着くことはできそうになかった。すでに検問を通過して王都の勢力圏には侵入しているのだが、呆れるほど広い穀倉地を横目に、街道脇で野宿することになった。

 それなりの日数をともに旅してきた仲ということもあって、いまでは野宿に伴う雑事の流れも円滑だ。はじめのうち、禍々しい仮面をつけた男に対して怯えていた従者の若い女性の使用人も、町を二つも越えた辺りからはは何ら臆することなく接してくるようになっていた。

 遠く、稜線の向こうに地上からの灯りが夜空を照らしているのを望む地での就寝となった。

 翌朝。

 内部の魔物はあらかた駆除されているという穀倉地で、道中でも一、二を争う退屈さだっただろう寝ずの番を果たした者たちをよそに、男はまだ暗いうちに起きだして一行から離れた。

 どこか適当な場所がないものかと歩いていると、案の定、ひとりの女と出くわした。

 茶髪の女。エアデールだ。

 ふだんの格好と比べると、各所の、主に金属板のような防具を身につけていない分、身軽に見える格好をしている。もちろん、武器は携帯している。


「…………」

「…………」


 互いに無言で睨み合い、進路を変更する。はじめのうちはどちらも譲らず、意地を張り合っていた。しかし、一行の許へ戻る際に偶然起きだしてきた馬鹿に、出発初日と同じように囃し立てられたのをきっかけにして場所だけは譲り合うようになっていた。馬鹿は軽く半殺しにしておいた。

 道中、早朝にエアデールと睨み合うことを除けば、ブレナスやその護衛にあたるディーゼラルドと関わることはほとんどなかった。町でハンターの人員交代があった際に、いくらか事務的な話をした程度。ブレナスにいたっては、野宿の際に遠目に姿を見ることがあるかどうか。

 男は馬鹿とともに当たり前のように最後尾につく。これはけして強いられていることではなく、利害の一致を見たがゆえのこと。

 それぞれソロで活動している男と馬鹿は、いまでは最後尾を定位置としてずっと歩いている。

 男にとっては、他人の目というものが一つしかなく、歩きながら魔術制御を鍛錬するのに向いているということ。馬鹿にとっては、ご執心の若い女性使用人の近くにいられるということ。これらを利点として、ほかのハンターたちが進んではやりたがらない役目を引き受けていた。

 馬鹿の動機について、馬車の内と外で近くにいる意味があるのかと思ったものだが、休憩に際してなど、近くにいればそれなりに触れ合う機会はあるようだった。もっとも、どうにも軽薄な印象の馬鹿はあまり歓迎されていないようではあったが。

 男にとっては、道中は訓練の時間だ。本当ならば、馬鹿にも見せたくはないものだが、移動に伴う長時間を無為に過ごすくらいならば、馬鹿一人に手の内が知られるのは仕方がないと割り切っていた。


(こいつに感謝するべきなのか……)


 馬鹿が色に惑わされてくれたおかげで、こうして複数人に知られることもなく、いつもどおりに修練ができるのだ。


(そんな気にはなれないな)


 馬車を挟んで反対側、一定距離をおいてにやけ面で馬車に視線を送っている馬鹿を見て、男はやはり感謝するのはやめておこうと思った。

 遠く霞み、小さく見えていた城の上部がその巨大さを鮮明にしてくるにつれ、穀倉地を管理しているらしい者らとすれ違うことも増えてきた。それに、王都を出発してどこかへ向かうらしい商人などとすれ違うことも。

 やがて街道脇をはじめとして、ちらほらと建物が増えてくる。ほかの町でも外壁の外に建造物が立てられていることはあったが、王都周辺ほど、町とその外との境が曖昧な町というものを男は知らなかった。

 そうして王都に入ったのかどうかも曖昧になりながら進んでいると、いつのまにか人通りも増え、すっかり街中といった景色に変わっていた。

 こうなればむしろ、町の外にいるよりも警戒を強めなければならないか。面倒に感じながら、男は馬車との距離を詰めた。

 景色がすっかり町中じみてからもしばらく進み続け、じきに日も傾いてくるだろうかというころ、古めかしくも頑強そうな巨大な外壁が現れた。いや、この町に限ってはただの壁というべきか。はたまた街壁とでもいうべきか。

 門を越えてさらに進むと、これまで訪れてきたなかでもっとも巨大なギルドと思しき建物に行き着いた。建物前の開けた空間で馬車が止まり、中央の馬車からブレナス付きの職員が出てギルドへ入っていく。


「はー、だる。お前疲れねーの?」


 傍らの馬鹿が腰を折って膝に手をあてながら言った。


「いや、疲れてるに決まってるだろ」

「そうは見えねーんだけど」

「疲れるのが嫌なら交代してもらえばいいだろ」


 たかだが女ひとりのためによくやるものだ、と呆れながら、男は周囲を振り返った。

 やってきた方角には、広く整えられた道の先に件の壁が見えている。その先にはさらに道が伸び、じょじょに茜色に染まりだした道を、無数の人々や馬車が長い影を引きずって行き交っていた。その反対側では、道はいくらか行ったところで折れているらしく、どこまでも見通すことはできない。しかしその突き当たりになる建物のそのずっと奥には、空ではなく巨大な城が、夕日を浴びて全身に影を湛えて聳えていた。

 その後、王都までの護衛を勤めていたハンターは解散。今後も護衛として同道する者たちにはギルド側から宿があてがわれた。これまでの町でもそうだったが、ふだんならば早々泊まることはないだろう高級宿だ。道中の宿も豪勢なものだったが、王都だけあって外観からして格が違うと感じさせられるものだった。

 正直、男はこれまでの高級宿にもうんざりしていたので、案内してくれた従者の人間に断り、ギルドの近くに安宿を探そうとした。

 しかしどうしたわけか。ギルドの周辺にはあてがわれたものほどではないにしろ、やはりふだんなら泊まらないだろう宿ばかりが目に付いた。

 不思議に思いながら宿を探して歩いていると、よほど男の姿が不審に見えたのか、そこそこ腕の立ちそうな剣士の男が話しかけてきた。安宿を探しているのだと事情を話してみれば、それならば新市街のほうのギルド周辺を当たると良いと教えてくれた。


(王都にも、お節介な人間ってのはいるもんなんだな)


 すでに日が落ち、そこらに人工の灯りが点る中を歩く。道がわからないので、とりあえず町に入ってきたときの大通りを戻っていく。そこらに屋台や飲み屋も多く出店されていて、いまだに人通りは絶えていない。男も適当な店で串焼きなどを買い、食いながら歩いた。

 行きの道中で気づかなかったからには、新市街のギルドとやらはこの通りにはないのだろう。人に聞いてしまえば早いのだろうが、それは面倒だった。ギルドを見つけられずに彷徨い歩くのと比べてどちらが面倒かと言えば、人に話しかけるほうが面倒だ。来られる分には構わないが自分からというのは気が進まない。馬鹿げているとも思うが、性分なので仕方がない。

 結局、ギルドを探すことは諦め、通り沿いにそれなりの宿を見つけた。王都だけあって水準が高いのか、値段はそれなり以上であると感じた。通り沿いという立地の良さが影響しているのかもしれない。

 仮面を外し、綺麗に整えられたベッドに横になって考える。町を訪れた際には多かれ少なかれ感じることだが、あまりにも人間が多すぎる。

 多すぎるから口減らしをしてやろうだとか、そんな物騒な話ではない。男にとっては人間もその創作物も、すべては自然の範疇のものだ。

 ただの感想である。

 ここまでの道中で聞かされた話を思い出す。

 ギルドというものがなぜ生まれたのかの話だ。

 正直に言えば、詳細は記憶していなかった。だが大雑把な話としては、魔物の脅威から人々を救おうと立ち上がった者たちが、活動していく中で仲間を増やし、それがやがてギルドとハンターに分かれていったという話だった。

 つまり、かつて人間はいまよりもずっと魔物の脅威に晒されていて、数もずっと少なかったはずなのだ。

 それがこの王都では、生息圏の外側を壁で囲うことすらしていない。まるでこの地の支配者を気取っているかのようではないか。いや、気取るというよりも、実際にそういうつもりなのだろう。これだけの巨大な町と、これまで巡ってきたいくつかの町も、すべてが自分の物であると主張している人間が、この地には住んでいるのだ。

 全身に影を湛えた巨大な化け物のごとき城の姿を思い出す。あの場所に、暗愚と呼ばれる王がいる。


(くだらないな)


 自分にはおよそ関係のない話だ。

 男は思考を打ち切り、まどろみに任せて眠りについた。

055話まで、毎日18時に次話を公開いたします。

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