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Villain:Side  作者: 昼の星
28/55

028,Hunters Guild scene6

(うかつだった)


 このような環境での食事など、ハンター生活の中にそうそうあるものじゃない。不慣れさと、小心者ゆえの波風を立てたくないという想いから、無意識に気をつけてしまっていた。

 男が息をつく暇もなく、今度はディーゼラルドが立ち上がり、「ではな」とだけ言うと早々に部屋から立ち去った。

 ひとり卓に残された男が呆然としていると、屋敷に入った直後にディーゼラルドと何事か話していた男性が姿を見せた。

 彼は男に新たな銀級ハンターとしての名前を求めた。「思いつかないようであればこちらで勝手にご用意いたしますが」との言葉も後に続いていたのだが、男は、


「……マウス」


 と名前を告げた。男性は「かしこまりました。では後日、ギルドにお出でいただきますようお願い致します」と、男に対しては不相応なほどに丁寧にお辞儀をすると退室していった。

 その後、のんきに食事を続ける気になれるはずもなく、男は早々に屋敷を出た。静かな空間に身を置きたくて、あえて大通りを避けて宿へと向かう。

 ふらふらと幽鬼のごとき足取りで歩いていると、角を曲がったところで見知らぬ男と衝突した。いかにも軽そうな男は臭い息を吐きかけながら何事かを喚いていたが、男はそのまま通りすぎようとした。無視しようと思ったのではなく、本当に相手にする気が起きなかったためだ。

 しかし相手は酒でも入って気が大きくなっていたのか、複数人の仲間がいるせいで引っ込みがつかなかったのか、男に掴みかかってきた。

 腕を掴まれ、行動を阻害された瞬間、男はその場に立っていた人間を残らず地面に這いつくばらせた。意識上では何も考えていない反射的な行動。男に状況を知覚させるだけの相手は混ざっていなかった

 剣を抜かなかったのはひとえにその手間が煩わしかったため。止めを刺さなかったのも同様。進路を妨害するものがなくなり、男は返り血も構わずにその場を立ち去った。



「あ、帰ってきた」


 宿に戻った男を出迎えたのは、ずいぶんと久しぶりに聞いた気のする、憎らしい相手ののんきな声だった。


「ちょ、なにしてたのそれ」


 ラビはほとんど下着姿に近い軽装で、ベッドの上で寛いででもいたらしい。男の姿を認めるなり歩み寄ってきたラビからは、ほのかに湿った暖気が感じられた。

 もし男に少しでも気力が残っていれば「寄るな」とでも言ってラビを遠ざけたのに違いない。探して見つけられずに戻ってきたという状況もあるのだから、それよりもっと冷たくあしらっていた可能性もあった。しかし、道中で無駄に暴れてきたこともあり、もうそんな気力は男に残されていなかった。

 男はラビをちらりと一瞥したのみで、とぼとぼとベッドへと向かう。


「ちょ、ちょっと」


 男の動きを視線で追いかけていたラビはベッドに腰を下ろした男に慌てたように駆け寄り、男のマントを引っ掴んで顔を始めとして付着した返り血を拭い去った。男のことを慮ったのではなく、ベッドを汚せば弁償させられるかもしれないと危惧してのことだろう。

 男にしてみれば、どうせまた自分が支払いを持つんだから放っておけというところだが、やはり思いは言葉という形を得なかった。

 ラビがひとしきり付着した血液を拭い終えると、男はさっさとシーツを引っかぶって丸くなってしまった。


「もう、ほんとなんなの? 調子狂うんだけど!」


 ラビがなにごとか喚いていたが、男は構わず眠りの世界へと現実逃避した。



 ぼんやりと意識が覚醒する。自分が何者であるかさえ曖昧な目覚めの一瞬、視覚が認知した見慣れない光景にふと、これは死後の世界なのではと思考がよぎる。しかし直後には自分という存在が追いかけてきて、肉体という檻もまた、お前はまだ囚われているのだと伝えてくる。

 いっそのこと死んでしまえば……。

 己の置かれた状況から逃避したいと考えたとき、男の胸中には安らぎなど生まれてはくれなかった。

 これまでずっとそうだ。

 逃げたい。

 だが、逃げたくない。

 なぜ自分が逃げなければならないのかという怒りが湧き上がってくる。

 何様なのだ、と自分でも思う。

 弱肉強食の世界で生きる以上、逃れ得ない理不尽に抗う術は自分が強くなるほかにない。

 そうした瞬間に直面したとき、どう感じるものが多いのだろう。はたして哀しむのか、己の不運を嘆くのか。


(俺は憤ってる!)


 適温に保たれていたシーツの中に急激に熱が篭ってきたように全身が熱くなる。

 男は寝床を出て、窓から外へと飛び出した。とても悠長に、扉を開けて階段を降りて……という手順を踏む気にはなれなかった。

 時刻はまだ早朝といったところで、山間の朝ほどではないが、夜のうちに冷えた空気に体が震えた。

 小一時間ほどで今度はちゃんと宿の入り口に戻ってくると、ラビが食事をしていた。

 もくもくと口を動かすラビと目が合う。

 声をかけようとすれば少し声を張り上げなければいけない距離。ラビのほかにも客がいるが、そんなことは関係なしに男はラビを無視して部屋に戻った。

 睡眠とは偉大だ。寝て起きれば、それなりに気持ちは平常化する。不安がないと言えば嘘になるし、考えるほどに動作は鈍っていく。だがまだどんな状況になるかは不明瞭な点も多い。夜も眠れないほどに日々追い詰められているような人間に比べればましな状況と言える。

 やはり、死を選ぶにはまだ早い。

 男は身支度を済ませ、宿の一階へと降りた。宿では食事せずに、どこか他の店で適当に済ませることにしてすぐに外に出る。

 ギルド周辺の店を探し、新たな仮面を調達した。ハンターや旅人の出立直前の需要を見込んでいる店がけっこうあるのだ。

 今度の仮面は以前のものに比べてかなり禍々しい見た目のものだ。心情を反映したと取るか、こうありたいという願望の現われと見るかは判断が難しい。魔物を退治した村での仮面効果に味を占め、その効能が増しそうなものを選んだというのが実情かもしれない。

 仮面を身に着けると、不思議と心中のざわつきが落ち着くような気がした。顔を覆うだけのものなのに、世界と自分との間に一枚の壁を隔てたような感覚になる。

 ギルドの前で一息つき、建物に入る。午前中のうちから依頼に出るための需要が落ち着き、人の数はそれなりだ。

 テキトーに空いた受付に出向き、「マウス」であると告げた。若い男の職員は一瞬、呆気に取られたように男を見つめ返したあと、はっとしたように「少々お待ちください」と言って奥へ引っ込んでいく。

 どうやら昨日のことは夢ではなかったらしい。もしかして、という淡い希望は、実にあっさりと打ち砕かれた。

 間もなく戻ってきた職員は、「お待たせしました。こちらへどうぞ」と男を奥へと案内した。

 少しばかり疑念がよぎる。以前どこかで、受付でカードを渡していたような気がしたからだ。とはいえ、ギルドの手続き云々など知る由もなく、唯々諾々と職員に案内されるがままにギルドの奥へとついていく。

 職員が「失礼します」と言って開いた扉の奥には、件の大男、ディーゼラルドがいた。

 室内は卓を挟んでソファが向かい合う配置になっていて、ディーゼラルドの向かいにはもうひとり、男性の姿があった。


「では、私はこれで」


 軽装ではあるが腰に剣を提げた男性は、ディーゼラルドに軽く頭を下げると男たちとすれ違って退室していった。なんとなくだが、その立ち居振る舞いから騎士ではないかと予想する。


「来たか。まぁ座れ」


 ディーゼラルドに促され、向かいの席に座る。

 職員はすぐに退室していった。卓上には先客に出されたと思しき茶が残されていたが、案内してくれたのとはまた別の職員がやってきてすぐに新しいものと交換していった。


「まずはこれだな」


 そんな言葉とともに差し出されたのは銀級ハンターの証である一枚のカードだった。銅級のそれと比較すると、一回り以上小さい。作りはしっかりとして見え、幾分厚みがある。


「マウスって名前には何か意味が?」

「いや、特には……」


 たんなる思いつきで告げた名前である。これといって深い意味づけなどは何もない。これは男が他に名乗ってきたものに関しても同様だ。何らかの意図を持たせたり、意味を込めた命名はひとつもない。さいきん名乗ったもので言えば街道で盗賊をやっていたときのバンディと、それなりに長く常用しているラットのふたつだが、他にも行きずりの町でなにかの文字の組み合わせを名前として口にした記憶はある。しかしその組み合わせ自体はすでに男の記憶にはない。後々必要になりそうなものは覚えておいたほうが良いだろうとは思うのだが、なかなかうまくいかない。ラットはまだしも、バンディはもう忘れてしまっていてもおかしくなかった。


「で、俺はどうすればいい」


 男は問うた。

 逃走することも考えた。銅級でやっていくぶんには目の前の大男やギルドの人間だというブレナスに見つかることなんて早々ないはずだ。だいたい、もし見つかったとしてどうなるというのか。多少、ギルドの暗部めいた話は聞かされたが、あの程度のことを男が吹聴したとしても、鼻で笑われるのがオチに決まっている。それは信じてもらえないという意味ではなく、その程度のことはどこでだってあることだろうとして問題視されないということ。つまり、ああして話を聞かされた今となっても、連中には男を積極的に害する理由など、自分が気に入らないだとか、そんな個人的なことでしか発生しないはずなのだ。

 だから逃げてしまえばいい。

 度々、命を懸けざるを得ないハンター稼業において、逃走は恥ですらない。引き際を見極められず、無駄に命を落とすほうがよほど愚かしいという世界だ。

 昨日はそんなことさえ見えなくなるほどに目の前の脅威に怯えていた。だが今は違う。

 怯えて逃走するのではない。言われるがままに従うのでもない。


(己の意思でこいつらに従う……)


 そしていつか、噛み殺してやる。

 男は仮面を外し、震えだしそうな足を押さえつけながら、目の前の大男を睨みつけた。

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