027,Hunters Guild scene5
大男について辿り着いたのは、高級住宅街とでも呼ぶべき地域。街に住まうものの中でも、名士や大商人らが邸宅を構える一画だ。
太陽が死に、夜が世界を覆いつくさんとするころ、大男はひとつの邸宅の前で歩みを止めた。
「ここだ」
大きな門扉を抜けて、大男は邸内へと歩いていく。
「……どうした?」
ついてこない男を振り返り、大男が問う。男は「いや」とだけ口にすると、また大男の後について歩き出した。
大男は出迎えた執事らしき者と二言三言、言葉を交わすと、「ついてこい」と男に告げた。
屋敷の中は外観に違わず広く、巨大だったが、どこか寂しいものだった。
(この手の屋敷にしちゃあ調度品がない……)
ちらちらと周囲に視線を走らせながら大男についていく。やがてとある一室に入ると、そこには大きなテーブルが置かれてあり、一人の男性が食事を摂っていた。
「ただいま戻りました」
「うむ」
頭を下げた大男に、男性は視線も向けずにグラスを傾けた。
威厳に満ちた態度だが、服装は貴族というよりも執務にあたる人間のようだ。館の主と言われれば納得するが、従者の長と言われても違和感は覚えない。とかく人間を戦闘力で見る男の目には、さほどの強者とは映らなかった。
大男は勝手知ったるといった様子で席につき、男にも着席を求めた。位置としては、館の主と思しき男性と男との間に大男が座る形。
「それは?」
並べられた料理と向き合いながらの男性の言葉。相変わらず、大男や男に対して視線が向けられることはない。
「ハンターの……、そういえば、名前はなんと言ったか」
「くくく……実にお前らしいな」
大男が間抜けなことを言い、館の主が静かに笑っているうち、給仕の人間が部屋に入ってくる。
「……ラットだ」
「だ、そうです」
大男は、自身の前に置かれたグラスを手にとった。男の前にも料理や酒の注がれたグラスが並べられていく。
「私の前に直接連れてくるほど気に入ったのだろう? 名前ぐらい覚えてやれ。お前も長として、隊を率いて指示を出すこともあるだろう」
「気は進みませんがね……」
男の知らないところで話が進行していた。ここまでの道中でも、屋敷に入った後も、男は何も聞かされていない。あたかも自分が大男の部下であるかのような会話がなされていることはわかるが、いつどうしてそんなことになったのかはまったくわからない。
(もしかしてスカウトのつもりだったのか?)
悪いようにはしない。大男はそう言っていた。それが自分の部下として登用してやる、という意味だったとでも言うのか。
隣の大男はといえば、さっさと並べられた料理に手をつけていた。
「ふむ……、ラットとやらは不満そうだぞ。まさか、説明もしていないのではないだろうな?」
「はて、どうでしたかね」
大男は欠片も動じない。その様子に館の主はまた静かに笑う。一方で男は、内心で動揺していた。
館の主の言うとおり、男は不満を抱いていた。しかしそれを表に出したつもりはない。所詮は本能的に振舞うものばかりが集まるハンターの端くれ。腹芸が得意だなどと自認したこともないが、かといってまったく観察するような様子も見せなかった館の主に心情を言い当てられたのは不気味だった。
「まったく、ディーにも困ったものだ。その様子では、私のことも何もわかっていないのではないかね」
館の主ははじめて男を見た。これといって特別なことはない。威厳を湛えた佇まいではあるが、ただの初老にさしかかろうかという男性の瞳だ。だというのに、男は全身に怖気の走る感覚を覚えていた。
「私はブレナス・グロリー。ギルド領のギルド職員を務めている」
「ギルド長では?」
食事をしていた大男が口を挟む。
「それはまだだ。……が、君もディーと同様、ギルドの役員階層になど興味はなさそうだな」
「そう……だな。そういうのは、よくわからない」
「ならばギルドの上の方の人間とだけ覚えておけばいい。ところで、何も手をつけていないようだが、遠慮することはない。自由にやってくれ」
促され、食事に手をつける。毒を警戒する意味はないと考える。大男がよほど怠惰でもない限り、そんなまどろっこしいことをする必要はない。
「で、そこのがディーゼラルド。ギルドの専属ハンターの一人だ。ここへは私の護衛ということでついてきてもらっている」
「ディーでいい。長ったらしいのは嫌いだ」
大男……もといディーゼラルドはグラスの中身を飲み干した。飲み足りないらしく、背後に控えている給仕に代わりを要求していた。
「……呼ぶ機会があればな」
「くく……なるほど、ディーが好むわけだ。しかし、私は目新しさから不遜な人間を許す鷹揚な貴族なんかが嫌いでね。一介のハンターにまであれこれと求めるつもりはなかったが……君を見ていて気が変わったよ。礼を失する者には相応の沙汰を下さねばな」
男は食事の手を止めてブレナスを睨んだ。精一杯の虚勢。殺気を醸すことさえ叶わない。それをしてしまった瞬間、隣でひとり我関せずとばかりに食事を続けるディーゼラルドが黙っていないだろうからだ。
最近こんなことばかりだ。心底嫌になる。男は卓の下でぎりぎりと拳を握り締めた。
「知らないようだから説明してやろう。ギルドには戦力の保有に制限がある。そこかしこに支部が置かれる関係で、各国がギルドに独自戦力を好き勝手に動かされたくないと考えるのは当然だな。しかし各地の連携のためにも職員が動かないわけにはいかない。職員の安全は、一般人のそれより重視される。これは優遇ではなく、各地のギルド運営を円滑にすることは、当該地の魔物害を減らし、人々の暮らしを守ることに繋がるためだ。各国では当該地の領主に護衛を委任することでこれに対処しているわけだが……。ここで問題になるのが、領主のいないギルド領の職員の扱いだ」
べらべらとよく回る口を、ブレナスは酒で潤した。
「領内の魔物害が少ないからといって、中枢の人間の守りを疎かにできるはずもない。そこでギルドにもごく少数の独自戦力の保有が認められたわけだ。そこのディーも、そのギルド専属のハンターのひとりだ」
ということは、おそらくギルドで遭遇した件の茶髪の女も同じく専属のハンターとやらなのだろう。ハンターといえば良い意味でも悪い意味でも自由人どもの集まりで、茶髪の女はどこかそぐわない雰囲気を纏っていると思っていたが、ギルドに属していると思えば腑に落ちた。
「だが、はっきり言って専属のハンターはまったく足りていない。しかし各国との調整も難しく、なかなか増員もできない状況なのだ。ギルドマスター……すべての職員の長にあたる者だが、これもあまり良い顔をしないのでな」
ブレナスは再度、酒を呷った。
「そこで、だ。私は私兵を持つことにしたのだ。いや、いくら私的なものと言い張ったところで、ギルド職員が兵を雇い入れることは到底認められない。しかしそんなものは、雇っている、などと公にしなければ済む話だ。知り合いのハンターたちが、自主的に手伝ってくれている、と言ってもいい。なにせ、ギルドの仕事は人類全体に貢献するものだからね」
ブレナスは、自らの条約違反についてなんら悪びれる様子もなく語っている。食事など喉を通るはずもなく、男はただ沈黙して、ブレナスの低く、それでいて自信に満ち溢れた声に耳を傾けていた。
「それに、職員とはいえ、現地のハンターを雇うことまでは禁じられていない。そこでラット君。君にお願いしたいわけだよ」
お願い、などという言葉を口にしてはいるが、そんなものは上っ面に過ぎない。要は命令である。対価は己の命。逆らえば、役に立たない道具として処分され、彼らはまた新しい道具を探すだけなのだ。
「なに、ずっと私に付いて働けというわけじゃない。どこへ行こうとも君の好きにすればいい。ただ、私の指名依頼があった場合、優先的にそれを受けてくれればいいだけの話だ」
男は冷や汗をかきながら口を開いた。
「それは……できない」
「ほう……」
言った途端、室内の温度が急激に下がった気がした。山で野宿していたときにも、これほどの急な冷え込みは経験がない。
「待って、くれ。俺は銅級なんだ。指名依頼は受けられない。そういう意味だ」
「銅級……?」
ブレナスの訝しげな視線がディーゼラルドへ向けられる。
「実力はありますよ。銅級なんてレベルじゃない」
「ふむ……。ならばラット君には銀級に昇格してもらおう。今後は銀級として活動してもらう」
目の前で、ギルドの上にいるという人間が平気で不正を働こうとしている。私兵のことは正直よくわからないが、銀級への昇格がこんなにかんたんに決まっていいわけがない。銀級といえば、ギルドに存在を把握されて複雑な依頼も任されるようになるのと同時に、各地の戦争への不介入が課されるランクだ。
戦争への不介入とは、現地の為政者に徴兵されないと同時に、傭兵として戦に参加することも禁じられるということ。力を持ったハンターが各地の領主に私兵のごとく扱われることを防ぐ仕組みで、どうやらブレナスの言っていた各国との条約に絡むものらしいが、男はそこまで詳しくは把握していない。
「それは……待ってもらえないか。銅級はなにかと都合がいいんだ」
「力のある者がそれを偽ってハンターとして活動することはあまり望ましくないのだが……まぁいいだろう。好きにしたまえ。自由が利くというのは素晴らしいことだ。だが、やはり銀級の身分は必要だ。こちらとしても協力者の存在は把握しておきたいからね」
そう言うと、ブレナスは男に、新たに銀級の身分を用意すると告げた。
「さて、私はそろそろ休ませてもらうよ。後のことは任せる」
ブレナスが席を立つ。彼の向かう先では従者がすでに戸を開いて待ち構えていた。しかし部屋を出る直前、ブレナスは足を止めると男を振り返った。
「そうだラット君。もしも身分を隠したいと思うのであれば、マナーにはもう少し気を配ったほうがいいな」
そう言うと、今度こそ部屋を出て行った。




