020,山を殺す scene3
宿を出て村の男性についていくと、一軒の建物に案内された。外見からして、普段から人が住んでいるものではないようだ。何らかの共用施設なのかもしれない。中に入ると、若い者から年嵩のものまで屈強な肉体の男どもが集まっており、一様に険しい表情を浮かべていた。でかでかと置かれた卓についている者もいれば、太い腕を組んで立っている者もいる。
男が入室すると、室内の者たちから鋭い眼光が一斉に浴びせられる。しかし、男は動じない。冴えない容姿の男にとって、実力重視のハンター稼業の中で値踏みされるような目を向けられることなど日常茶飯事なのだ。それだけならまだしも、やたらと高圧的に接してくる者だって少なくない。いまは仮面を身に着けているせいでいくらかはマシに見えているのか、これでもまだ生温いと感じるくらいだった。それよりも男は、隣に並んでいるラビもまた、物怖じした様子がないことに注目していた。
「おい、なんだそいつは」
男を案内してきた男性に野太い声で質問が投げかけられる。
「あんた、昨日来た誘拐犯じゃん」
男性が応えるよりも先に、昨日は村の入り口で衛兵の真似事をやっていた青年が口を開いた。
「誘拐犯だぁ!?」
場に喧騒が広がり、村人たちの表情がいっそう険しくなる。中には立ち上がって、男に向かってこようとする者さえいた。
「おい、人聞きの悪い言い方はよせ。誤解されてるだろうが」
男が衛兵を指差して指摘すると、彼は村人たちに詫びて場を収めた。
「いやでも、あんたも悪いんだぜ。女の子を肩に担いで歩いてくるとか、どう見たって怪しいだろうよ」
「そうだな。あんたは立派な衛兵ぶりだったよ」
言いながら、男はいつのまにか案内してきた男性の後ろに身を隠して、覗き込むように自分を見上げてくるラビを仮面の奥から見下ろしていた。おそらくは男を誘拐犯に見立てての行動だろう。
(さっきいっしょに入ってきただろうが)
いまさら被害者のように振舞ったところで、そんな嘘が通るわけがない。第一、この場にさえ案内してきた男性という証人がいて、衛兵の青年とて本気で誘拐犯と言ったわけではない。ラビだって本気で男を誘拐犯に見せかけられると思ったわけでもないだろう。つまり、場をかき乱してやろうという悪戯だ。
「おい、で、結局そいつは何しに来たんだ」
再度、場から野太い声が上がる。
今度こそ案内してきた男性から、村人たちに説明がなされる。ハンターが滞在しているという話を聞きつけたんで、魔物の対処を頼んでみたのだ、と。
「おいおい、そんなひょろっちい兄ちゃんに魔物が倒せんのかぁ?」
そんな野次が飛ぶ。酒場などであれば、次の瞬間にはそこかしこから豪快な笑い声が上がりそうなものだが、この場では誰一人として笑う者はいない。発生している問題に、本当に対処できるのかどうか、真剣にそれが疑われているからだ。集まっている人間に山男が多くいて、パッと見の体格では男などよりもよほど強そうな者が多いこともまた、男の実力に対して疑念を抱かせる原因だろう。
「どうかな。だが……」
彼らにとって山は生活に密接した場所であり、日々足を踏み入れる場所だ。村人が自ら門兵として立つくらいなのだから、普段から山に現れる魔物にも自分たちで対処しているに違いない。それがこうして面つき合わせて話し合いのようなことをしているのだから、現れたという魔物は、相応に厄介な存在らしいと知れる。
「この場の誰よりも、魔物を殺してきたのは間違いない」
たんたんと事実を述べる。そうした様子の男を前に、集まった村人たちは押し黙った。男は少し意外な反応に驚いた。これまでの経験に照らせば、まだまだ軽んじられてもおかしくないはずだった。事態の深刻さ故なのかもしれないが、それにしては村人たちは威圧されているかのように見える。
(案外使えるかもな、仮面)
男がのん気にそんなことを考えていると、
「ときに、貴方のランクは?」
と、卓についている山男らしからぬ中年の男性が問いかけてきた。
「銅だ」
「銅ですか……」
周りの村人たちの視線も集まる中、中年の男性は考えこむように唸った。
銅ランクは値踏みの難しいランクだ。銀であれば実力に間違いなし。銅であってもランクが付されている時点で最低限の実力はあるはずだが、それがはたして銀に迫るものなのか、石ころに近しいものなのかで対処できる範囲にかなりの差がでる。銀級の審査の厳しさもそうした実力の幅を生む要因であり、そうした事情に通じていればこそ判断が難しくなる。
「待て、そもそも俺は魔物退治の依頼を受けたわけじゃない」
「はぁ~!?」
男の一言に、周囲から呆れたような声が上がる。
「じゃあいまのやり取りはなんだったんだよ」
「無駄に時間取らせやがって」
にわかに騒がしくなった室内で、中年の男性が立ち上がって手を挙げ、周りの村人らに静まるように促した。
「では、正式に依頼を受けてもらえますか?」
わざわざ騒ぎを鎮められたのだから、村人らの視線も集まっている。
「受けよう。成功報酬だけでいい。ただし、相手を確認してからだ」
「ありがとうございます」
中年の男性は頭を下げた。それを見た周りの者たちの中にも、ちらほらと頭を下げる者がいた。
「もうギルドへの使いは出したのか?」
「いえ、まだです。討伐を依頼すべきかどうかも議題でしたので」
「そうか……。まぁ、準備はしておいたほうがいいんじゃないか。俺は無理ならすぐに降りる」
「わかりました。ところで、そちらのお嬢さんも同行なさるので?」
どうもこの村の長らしい中年の男性はラビを見た。彼女はいつの間にか椅子に腰掛け、足をぷらぷらとさせて暇そうにしていた。
「いや、あれは俺の連れではあるが、戦力じゃない。置いていくが、放っておいてくれて構わない」
「やだー! おにーさんと離れたくない!」
そう言ってラビはひしっと男の腹にしがみついた。男はそんなラビの頭をがしっと掴んで押し退けようとする。
「離せクソガキ」
「そんなこと言わないでー」
急に弛緩した空気が流れ、白けた者、安堵したように息を吐く者、皆一様に二人の姿を眺めていた。
◇
「まだ掛かりそうか?」
山中の森を歩きながら男が問う。
「いや、もうすぐだ」
先を歩くのは、さきほど集まっていた山男のなかの一人だ。
あの後、可能な限り時間を掛けずに依頼を片付けたい男と、一刻も早く事態を収拾したい村側との思惑が一致していたことで、すぐに男は件の魔物を確認することになった。
依頼の報酬についても確認され、すぐに折り合った。それは銅級に依頼する額としては妥当なもので、ソロで片付けるのならそれなりの収入となる。
案内役の男性がひとりに、ギルドへ使いを出すかどうか、その判断を伝えるための男性がひとり同行し、計三人での入山だった。
「本当に手伝わなくてもいいのか?」
そんな声は村人たちから上がっていた。だが、
「俺ひとりで対処できないような魔物なら、この依頼は断らせてもらう」
男はそう言って協力の申し出を固辞していた。
村人たちにしても、日ごろから自分たちで対処してきた自負はあるのだろう。今回、事態を解決できていないことへの鬱憤もあいまって、お前たちは足手まといだと告げるに等しい男の言葉は、村人たち――とりわけ山男たち――の反発を招いていた。
「……そろそろ、ゆっくり進むことにしよう。あまり目立たないように」
「わかった」
山男の指示に従って、男も足取りを慎重なものへと切り替えた。この間まで森林地帯にたむろしていたこともそうだが、普段から野外にいることも多い男にしてみれば、山中を歩き回るのも慣れたものだ。むしろ、背後の伝令役のほうが肩で息をする有様で、もしかすると案内役の山男は、あえて険しいルートを進んでいたのかもしれなかった。
あくまで男の憶測に過ぎない。だが、もしそれが事実であるならば、馬鹿げた行為だ。自分たちの実力を貶されたと思ったのかもしれないが、それで魔物戦闘においては山男たちよりも専門だろう男を、無駄に疲労させる実利はない。だが、男の心中に苛立ちはなかった。
ときに、実利などよりも、無形の誇りが大事なことは往々にしてあることだ。たとえ大局が見えていないのではと自問していても、たとえ矮小な誇りだと内心では気づいていたとしても、それを優先してしまうことはある。男は先を行く山男の背を追いながら、そんな妄想を繰り広げている自分をも嘲笑っていた。
「なぁ……」
ふいに、前方から言葉が降ってきた。
「なんだ」
そっけない男の声。
「本当に、協力しなくていいのか」
山男は足を止めた。しかし振り返りはしない。
男はため息をついた。
「……必要ない。協力が必要になるような相手なら、俺は降りる。見ての通り、協調性に欠けるもんでな」
「そうかよ」
以降は会話もないまま、慎重に山道を進んだ。もっとも、山男ふたりの間にも緊張感が漂っていたので、男との関係性がどうであれ会話はなくなっていたことだろう。
と、山男が動きを止めた。男もすぐにその理由に気がつく。わずかにではあるが、異様な臭いが鼻腔を掠めたからだ。男が山男を見ると、彼もまた男を見返して頷いた。
風向きを確認しながら、慎重に臭いを辿る。やがて木々の向こうに、黒い巨体が蠢いているのを発見した。
「あれだ」
黙っていた山男が短く告げた。
「なるほどな」
男はごく普通に返事をした。それだけで、山男には意図が通じたらしい。
「……知ってるのか?」
「まぁな。殺したこともある。この距離なら風向きにさえ気をつけていれば、よほど派手に動き回ったり、騒ぎ立てたりしなければ気づかれることはない」
基本中の基本ではあるが、魔物によってはむしろ視覚や聴覚での感知に優れるものもいる。この手の、魔物の生態に関する知識はある程度ギルドを通して公開、共有されていて、その気になれば座学で詰め込むこともできなくはない。
「じゃあ依頼は受けてもらえるのか?」
「そう、だな……受けよう」




