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Villain:Side  作者: 昼の星
18/55

018,山を殺す scene1

 ラビが自分で選んだ服を、またしても男が代わりに支払いを済ませてようやく町を出た。期待していた金も手に入らず、さらに思わぬ出費がかさんだことで男の懐はかなり寂しいことになっていた。

 いかにも旅慣れた男と、到底、遠出に向いているとは思われない格好をした少女の二人が連れ立って町を出て行く。本来ならもっと人目を忍ぶべきだろうが、男の精神はもう限界であり、自暴自棄に陥っていた。

 遠目には旅暮らしの父親が娘に綺麗な服を買ってやったかのように見えるだろうか。しかし男は仮面を着けた怪しい風貌で、少女も近づいてみれば綺麗なのは服装だけ。いくらハンター連中に顔を隠しているものが少なくないとは言っても、やはり一般的には奇異に映るものだ。

 しかも、少女の服装が服装だけに、馬車にでも乗り込むのかと思いきや、そのまま街道をてくてくと歩いていくのだ。

 そうして周囲の訝しむような視線を集めながらも二人は街道を歩いていった。町から離れるにつれ、人の目は減っていき、男の気持ちも多少は落ち着いてきたが、反対にラビはぐちぐちと不満を零すようになっていった。

 やれ「疲れた」、やれ「お腹空いた」、やれ「喉が渇いた」と。

 ラビが喚きたてるたびに、男はどうしてこんなことになってしまったのかと頭を抱えたくなったが、なんだかんだと言いながら対応してやっていた。それはひとえに、つまらないプライドのためだ。もちろん保身のこともある。実際問題として、セレネを引き合いに出されるのは少しばかり恐ろしい。とはいえ、一応それなりに物理的な距離が離れたことで、過剰に気にする必要はないと思えるだけの余裕は生まれていた。

 だからいまだにラビの言うなりになっているのは、ラビの思いどおりにはしてやらない、という気持ちからだ。一見して、ラビは楽しんで好き勝手しているように見えるが、実際は、男を怒らせるために、あえてそのように振舞っている節がある。もしそれすらフェイクで、結局いいように使われているだけだとしたら、その場合はもはやお手上げだ。方向性こそ違うが、セレネに対して好き勝手にできないのと同じ理屈でどうしようもない。

 とはいえ、男にも限界はある。いい加減、負けでもいいから見捨てていこうかと迷いだした頃、ラビが街道にしゃがみ込んだ。男は投げやりに、ついてこないならもうそれでもいいかと思い、歩みを止めずにいた。しかし、ラビがセレネセレネと、男に言うことをきかせる魔術の呪文を叫びだしたとき、男はラビのところへ戻ってきて彼女を抱え上げた。負けてもいいかという気持ちと、セレネを恐れる気持ち。ひとつひとつは我慢できる濃度にまで薄まってきていたが、両方を同時に克服するのはまだ無理だった。

 それでも精一杯の嫌がらせにラビをぞんざいに担ぎ上げて歩く。分かってはいたが、少女の身体は見た目以上に軽い。身に着けているものがひらひらしているので表面の感触は柔らかいが、その下にあるのは女性らしい柔らかさとは無縁の、ごつごつとした硬い骨の感触だ。

 そうして歩いていると、やがて街道が二つに分かれていた。というよりも、わき道が伸びていた、というほうがより正確か。片方は広く平らかであるのに対し、わき道はいくぶん細く、荒れている。


「あ、ねぇちょっと」


 男の背中側しか見えない状態のラビが、広く綺麗な街道が遠ざかっていくのを見て声を上げるも、男は応じない。

 すでに町を出て数日、ラビが男に寄生するような形で二人は寝食をともにしてきたわけだが、まったくもって打ち解けあうことはなかった。ラビは妙に馴れ馴れしいが、それが作られた壁であることくらいは男にもわかっていたし、男は男で頑なに邪険に扱っていた。

 男がわき道にそれたのは、その先に村があるらしいと知ったからだ。

 街道の様子から推察したとかいう小難しい話ではなく、分かれ道のところにぼろぼろの看板が立てられていたのを見ただけのこと。

 やがて、道はゆるやかな上り坂になり、少しずつ山道の様相を呈してくる。それが鬱蒼としたものに変わるよりも前に、簡素な木製の柵を備えた村が見えてきた。


「こんにちはー!」


 まだかなり距離のある内から、柵の途切れ目である村の入り口に立っている男が声をかけてくる。男はとりあえず、軽く手を上げて応える。


「おい、何担いでんのかと思ったら、お前誘拐犯か何かかよ!?」


 入り口に近づいたところで衛兵らしい男が手にした槍を身構えた。


「違う。歩けないっていうから担いできただけだ」


 ラビを下ろそうとして、いっそ放り投げてやろうかと男は思ったが、それをするとまたあらぬ誤解を招いて面倒なことになりそうだったので、普通に下ろしてやることにする。下ろされたラビはといえば、妙にしおらしい様子で男の背後にさっと身を隠していた。


(なにやってんだこいつは)


 男が心底冷めた瞳でラビを見下ろしていると、


「あぁ……まぁそれならいいけど、もうちょっと担ぎ方ってもんがあるだろ」


 と衛兵もどきが構えを解きながら安堵した様子でため息をついていた。


「見てのとおり、体力には自信がないんだ」


 男が軽く肩を竦めて見せると、衛兵は呆れていた。

 その後、何はともあれ村に一軒しかないという宿に部屋を取った。男にしてみれば、野宿に不便を感じているわけでもなく宿を取る必要性は薄いのだが、かといって村に訪れた余所者が宿にも泊まらずに金を落とさないとなれば、表立って悪い扱いを受けなくとも、あまり良くは思われないだろう。まして男はいまだに仮面を着けており、見た目の印象が良くないだろうことは明白なのだ。二度と訪れない可能性が高い場所での評判などどうでもいいと男は思っているが、面倒がないならわざわざ嫌われなくてもいいだろう、とも思っている。傲岸不遜さを尊ぶような思考は、翻って男が元来は小心者で怠惰な人間であることを表している。

 男はラビを宿に残し、村内の様子を見て回った。とはいえ、宿を取ったのと同じような理由であまり深入りもできない。観光地でもなければ、見知らぬ人々が行き交う街中とは違うのだ。そんな中、目に入った中では村内唯一の、雑貨屋に入ってみる。


「服は置いてないか」


 雑貨屋の店内に布はいくつか並べられていたものの、それを仕立てたものは見当たらない。


「どちらかといや、うちは仕入れる側だな」


 店主のおっさんが言う。

 並べられている品を眺めていると、外から来る人間に対して商売をしているというよりは、外部から調達したものを村人向けに販売している。もっといえば、売買を仲介しているようなものらしかった。

 男は身の回りの品をいくつか見繕って購入し、店を出た。見て回るような場所もなく、村人には怪しまれ、男はそうそうに宿に引き返した。

 これまで、いろいろな場所を旅してきた男だったが、こうまで歓迎されない空気はひざびさだった。男は体型も顔の造作も極めて凡庸であるが、それ故にどこかで見覚えのあるような親しみを感じさせるのだ。

 稀に排他的な集落などで同じように邪険にされ、そもそも村に立ち入ることすらできなかったことはあったが、この村は、立ち入りを禁じたりはしていない。入り口に立っていた男の対応からも、別段、来るものを拒んでいるとも思われない。だというのに、なんだあいつはという空気で扱われているというのならば、やはり原因は男個人にあるとみるべきだろう。男の外見でいつもと違う要素と言えば、やはり顔面全体を覆い隠している仮面ということになる。

 相手の表情が窺えないことの不気味さや不安というのは男にも理解できる。顔の表面がどうなっているかがまったくあてにならない人種もいることを男は知っているが、だからといって、不自然に隠されているものを怪しむなというのは無理な話だ。

 なんとなく気疲れしながら宿に戻ると、なぜかラビと人の良さそうな宿の女将が親しげに会話を交わしていた。


「おや、噂をすればなんとやら、かね」


(噂?)


「おにーさんっ!」


 男の姿を認めたラビが、女将の傍らから駆けてくる。男はそれを片手でラビの頭を抑えて制した。


「もーひどいよー。照れなくてもいいのにぃ」


 ラビはふりふりと身体を左右に揺らしながら頬を膨らませていた。


(だれだコイツ)


 男がラビの様子と、手のひらに感じたさらさらの髪の毛の感触に戸惑っていると、


「あはは、ラビちゃんの言うとおりだね」


 と女将が笑った。次いで、


「飯はまだだろ? 用意するから、そこらに座って待っといで」


 女将はそう言って奥に引っ込んでいく。


「……お前、何言ったんだよ?」


 言われたとおり椅子に腰掛けながら男が問う。


「んー? べつに嘘はついてないよ。命を助けてもらってー。いろいろ施してもらったーって、だ、け」


 ラビはまるで語尾にハートマークでも付いていそうな声音で言うが、表情はといえば、表面の形状がまるであてにならない類いの商人が、思いどおりに事を運んだのち、自室に一人きりになって見せるような邪悪な笑みを浮かべている。

 男が宿を出るまではぼさぼさの髪に遮られてよく見えなかった表情が、いまはよく見えるようになっていた。


「ま、そういうことだから」


 打って変わって軽い口調でそう言って、ラビは男の隣に腰掛けた。卓の対面にも椅子はあるし、もっと言えば狭いながらもまだ他にも卓はある。それに、男たちのほかに客は見当たらず、空席はいくらでもある。


「おい……」


 男が文句を言いかけたところで、奥から料理を手に宿の女将が戻ってきた。女将が「あらあら、ほんとにハンターさんのことが好きなのねぇ」などと笑みを深めれば、ラビも「えへへー」と、男には気色悪いとしか感じられないような声を上げながら男の腕にしがみついてくる。

 そうこうしているうちにも、女将はどんどん料理を運んでくる。食事付きの料金を払ってはいたが、それにしてもずいぶんと多いように思われ、男が尋ねてみると、


「なんてのほら、ちょっとしたオマケみたいなものよ。田舎料理で、ごちそうってわけにはいかないけど、せっかくだから、ね?」


 ね、と言われても男にはよくわからなかったのだが、女将がすっかりラビに騙されているらしいことだけは分かった。といっても、おそらくラビが逃亡奴隷であることは事実だし、それを連れ出して、現在、事実上保護していることも間違いではない。男の胸中は複雑だった。嘘はついていないのかもしれないが、自分に都合の良いように修飾している。

 当のラビはと言えば、男の用意する魔物や果実、野草をただ食べられるように加工しただけのような食事に辟易していたのか、地味ではあっても文明的な料理を無邪気な様子で口に運んでいた。

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