017,隷属少女 scene6
そのとき、後ろに人の気配を感じた。そこにいたのは二人組みの男たちで、見たところハンターなどではなく、いかにもな町人だった。
二人は談笑しながら歩いていたようだが、路地を曲がったところで仮面を着けた不審者が小汚い格好の少女を壁に押し付けているのを見て、口を噤み、いぶかしむ様な視線を向けながら男の背後を通りすぎていった。
気がそがれた男は惰性で掴んでいた少女のワンピースから手を離した。背後からは男たちが何事かをひそひそと囁きあう声が聴こえていた。大方、自分のことをとやかく言っているのだろうと思いながら、男は居住まいを正した。
「勝手にしろ」
「んー? それってどういう意味さ。あのお姉さんに相談しに行ってこいってことぉ?」
男は少女の言葉には返事をせずに歩き、路地を曲がった。
やや遅れて少女が路地を曲がると、すぐそばに男が待ち構えていた。ぶつかる寸前で男の顔を見上げた少女が言う。
「あれ、いなくなってるかと思った」
「ついてくるんだろ? もう諦めた」
男はそう言うと、またさっき出てきたばかりの路地へと戻っていく。
「ちょ、なんなの?」
少女がその背を追いかけて再度、路地へと入ると、少し先で男が背を向けたまま顔だけで振り向いて、背後の様子を窺っていた。少女の姿を認めると、また歩き出す。
「はぁ……」
とぼとぼと追いかける少女。男はどんどんいかにも人気のなさそうな狭い路地へと入り込んでいく。
そうしていくらか歩いたところで、少女は薄暗い路地裏に引っ張り込まれた。
「……お姉ちゃんに相談しよっかなぁ」
しれっと言い放つ少女に、男は冷めた声で告げる。
「誰がお前みたいなガキ相手にするか。馬鹿にするな」
「な!?」
「いいから手ぇ出せ」
言うなり男は少女の手を掴み上げ、手枷を検分し始める。
「ちょ……何?」
「ついてくるってわかってる敵に、武器なんか持たせておけるか。俺は小心者なんだ」
「ふーん」
ギルドでやったみたいな奴隷の振りなんて、べつに手枷がなくても簡単にできるだろうなと思いながら、口にはしなかった少女である。外してもらう分には不都合などない。
男は懐からあれこれと道具を取り出して手枷の鍵穴へ差し込み、カチャカチャと音をさせている。
「ねえ、もっと簡単に魔術とか剣とかでなんとかできないわけ?」
男がしばらく枷と格闘していると、焦れてきたのか少女がそんなことを言い出す。
「うるせえクソガキ。俺はそんな器用じゃねんだよ」
どちらかといえば、何やら道具を持ち出して地道にやっているほうが器用そうなイメージだなとは思いながら、口にはしなかった少女である。
「あのさぁ、そのガキってのやめてくんない?」
「お前の名前なんか知らねえ」
「ラビって言ったじゃん」
「どうせ偽名だろうが」
「まぁそうだけど。思いつきにしてはセンス良くない?」
「知らん。っああああめんどくせええ!」
根をつめて枷に近づけていた顔を天に向け、男は吼えた。
「いきなり大声出さないでようるさいな!」
「……なぁ」
「なに?」
「手、切っていいか?」
「ちゃんと治せるの?」
「無理」
「ダメに決まってるでしょ!」
ラビは男の腹に拳を叩き込んだ。思いのほか威力はあったが、だからといってそこそこ実力のあるハンターが痛がるようなものじゃない。
「チッ」
ひとつ舌打ちをして、男は再度、枷との格闘に戻った。それからたっぷり時間をかけて、なんとか両腕の手枷を外すことに成功したときには、もう日が真上近くに昇っていた。
「朝一でギルド行ったのに、こんなくだらねえことだけでもう昼かよ」
ぐったりと座り込んだ男が愚痴愚痴いう傍らで、ラビは軽くなった両手をぶんぶんと振り回していた。
「ねー、お腹空いたんだけど」
「はぁ!? てめぇの腹の具合なんか知るか! だいたいなんでそれを俺に言うんだ。まさかたかってんじゃねえだろうな」
「えー? こういうときは男が食べさせてくれるもんでしょ?」
「どういうときの話だ。死ね」
「じゃあ殺して」
「勝手に死ね」
「ほんと頼りがいのない男だなぁ。しょうがない、自分で払うかぁ」
そう言うと、ラビは片手を男に向かって差し出した。手首の辺りは少し変色していて、まわりの肌と色が違っているのが痛々しい。が、男が注目したのはそこではない。
「おい、それ……」
男が摘み上げようとしたソレを、ラビはひょいと引っ込めて自身の頭上に掲げた。
訪れたばかりのときは密集した建物が影を作って薄暗かった路地裏も、いまは太陽がほとんど真上に存在しているために光が入ってきている。
「これっていくらくらいになるんだろうねー?」
少女が掲げているのは、日の光を受けて朝露に濡れた葉っぱのように煌く、深緑色の宝石だった。
男に見覚えはない。宝石商でも目利きでもない男は、件の麻袋に入った宝石をひとつひとつ詳細に検分していたわけではないからだ。
そんな状態で闇商人に持ち込もうとしていたのかと言えば、答えはYESだ。物の価値がわからなくても、交渉自体にはそれなりに経験がある。相手の反応を見てそこそこ引き出せれば十分だと思っていた。なにせあぶく銭なのだ。多少、相手がオイシイ思いをするくらいは仕方がない。
「お前それ、わざわざ拾ったのか?」
朝になればわかりやすいところに落ちていたものが発見され、そうなれば付近一帯が隈なく捜索されたことだろう。つまり翌日の午前中には、路地にばら撒かれた宝石はあらかた回収されてしまっているはずで、朝にギルドで男に付き纏っていたラビが宝石を手にすることができたとしたら、宝石をばら撒いた直後から翌朝までの夜中の時間のみ。ということは、おそらく屋根の上でひと悶着あった直後に路地裏に降り、暗い中を薄汚い地面に這いつくばって宝石を探してきたということ。
それとも、全部投げ捨てたように見せて、実は懐に忍ばせていたか。どちらにせよ、翌日に自分を殺せと詰め寄ってくる人間の行動とは思えない。
「なんのことかしらー?」
少女は上機嫌そうにふらふらしながら宝石を眺めている。
そもそも、小汚いワンピース一枚きりの風体で、いったいどこに隠し持っていたというのか。男は疑問に思いはしたが、もうこいつのことで頭を悩ませるのはごめんだと頭を振った。
「あ、お前それ売るなよ」
「は? わたしの物をどうしようがわたしの勝手でしょ? それともなに? 買い取ってくれるわけ?」
男のこめかみに青筋が浮かぶ。
「そいつを路銀にどっかに消えるってんなら好きにしろ。けど、俺に付きまとうってんならそれはまだ売るな」
男の様子に、少女も怪訝そうな表情になる。
「なに? これってなんかヤバイものなの?」
少女に問われ、男は思案した。実際問題どの程度、危険な物なのか。なぜならば、考えてみれば、遠方の盗品よりも、目の前の逃亡者らしき者が付いて回るほうがはるかに危険なのでは? という疑問がよぎったからだ。
「そういえばお前って……」
「ラビ」
「お前って、結局なんなわけ?」
「どう見たって奴隷でしょうよラビ」
「んなこたわあってんだよ。それより前だの色々あんだろが。だいたいよくもまぁ平気な面してギルド前に立ってやがったなお前」
「ふーん……」
少女……ラビは上半身を男に向かって突き出し、半目の上目遣いでニヤニヤと男を見る。男は取り立てて長身でもないが、ラビが小さいために身長差はそれなりだ。
「そんなにわたしのことが知りたいんだ?」
仮面の下の男の目つきも半目になる。しかし表情はラビと異なり渋いものだ。男は特別頭の切れる人間ではないし、他人の心の機微に敏くもない。その上、意図的に無視しようとする傾向がある。しかしそんな男にも、今のラビがただ自分を挑発しているわけでないことはわかっていた。
「だまれ、クソガキ」
「…………」
男はそれだけを言って元きた道を歩き出した。それを見たラビも、後を追ってぴょんぴょんと歩き出す。それから路地を抜けるまで、二人の視線が交わることはなく、言葉が交わされることもなかった。
◇
「つーかーれーたー」
スカートの裾をふわりと膨らませてラビが街道にしゃがみ込んだ。前方にいる男はそれを意に介すことなく歩き続ける。
膝に埋めていた顔を少しだけ持ち上げて男の様子を確認したラビは、顔を上げて喚き始める
「セレネセレネセレネセレネセレネー!」
チッ!
舌打ちの音がかすかにだがラビの耳にまで届く。しゃがんだままで休んでいると、じきに何かが傍らに立って、太陽が遮られる。見上げるとそれは、一見して無表情な、仮面を着けた男だった。
「…………」
無言で立つ男。いくら短い付き合いとはいえ、仮面の下でどんな表情をしているのかはラビにもわかっている。男は無言でラビを抱え上げた。
ただし、肩に。
その姿はさながら建材を担いで歩く大工のようだ。
「ちょ、ちょっと!」
男の肩の上でラビが声を上げる。男はガタイのいい大男ではない。はっきり言って肩の上は狭く、頼りがいのある感じはしない。
「歩くか?」
男のたった一言で、珍しくラビは口を噤んだ。
あれから、路地裏から出た二人はまずてきとうな出店で食事を取った。さすがに宝石での支払いは面倒なことになりそうでもあったし、そもそも支払われる側が対応できないだろうということで、その場は男が支払いを持った。問題はその後に赴いた場所にあった。
町を出るにあたって、さすがに薄汚く薄っぺらいワンピース一枚の格好をさせておくわけにもいかない。男はラビの旅装を整えさせるべく、店を回ろうとした。
「えー」
実用性を重視した衣服を前に、ラビは不満そうに頬を膨らませていた。男はそれを片手で挟むように潰した。
「ぶー」
わざとらしく声をあげるラビに男は心底冷めた表情をしていたのだが、仮面をしているばっかりに周囲の人間には男がふざけてじゃれているラビに構ってやっているようにしか見えない。もっとも、格好が格好なので、微笑ましい光景とも受け取られてはいないだろうが。
「わたしもっと可愛い服が良いんだけど。ここにあるのってどれも似たような感じだし、あんたとお揃いみたいで気持ち悪い」
男は決して我慢強い人間ではない。しかし諦めることには多少は慣れているという自負があった。現状、このラビという少女に好き勝手されることについてはすでに諦めがついている。とはいえ、諦めているからといって腹が立たないわけでもない。
「なら勝手にしろ」
そう言って男は衣服の買い物についてラビに放任した。その結果が、まったくもって旅には向かない町娘の間でも若干、流行遅れだという、無駄にひらひらとした派手な服装だった。




