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Villain:Side  作者: 昼の星
16/55

016,隷属少女 scene5


「う……」


 セレネの提案に渋っていたソルだったが、上目遣いでにじり寄ってくるフロラにたじろいだ様子を見せていた。意見を伝えるだけにしてはやけに二人の距離は近く、にわかに妙な雰囲気が漂い始める。


(なんだこれは)


 男は仮面の下で顔を引き攣らせていた。下手をすれば命をも失いかねない状況に人が追い込まれているというのに、目の前の少年少女は潤んだ瞳で互いに見つめ合っているのだ。

 わ、わかったよ。フロラがそう言うなら。

 そんな少年の台詞が幻聴として聴こえてきそうだ。


「待て、そもそも俺が了承していない」


 普通なら、呆気にとられるか雰囲気を慮って黙っているだろう状況だが、男は先んじて口を開くことにした。空気の読めない人間だと罵るのなら罵るがいい。そんなものにおもねって命を落とすなど馬鹿馬鹿しい。そんな気持ちだった。


「やはり、私のことが気に入らないか……。当然だな。ラットには酷いことを言った」


(そうだったか?)


 去り際に多少の言い合いをした覚えはあったが、酷いことを言われたりなどしていない。それが男の認識だ。言われて当然のことなど酷い言葉と思っていないのだ。男にしてみれば、逆にお前は何故そんなに俺のことを気に入っている感じなのか、と問い詰めたいくらいだった。

 セレネは沈痛な面持ちで頼りなげに立っている。これにはさきほどまで無駄に甘ったるい雰囲気を醸していた少年少女も揃って意外そうな表情を浮かべていた。

 二人にとってセレネは、自分たちを救ってくれた恩人で、さばさばとした姉御肌の先輩ハンターだった。綺麗でスタイルも良い女性ではあるが、どんな麗人に声をかけられてもまったく靡かず、色恋沙汰などには興味がないものだとばかり思っていたのだ。

 それが突然に珍しく浮かれた様子で誰かに声をかけたと思ったら、おそらくは共に行動しようと言う意図で協力を乞い、色好い返事が貰えそうにないと見るや、これまで一度として見たことのない悲痛な表情を見せたのだ。自分たちの漂わせていた甘ったるい空気のことなど完全にどこかへ吹き飛んでしまっていた。


「別にお前が気に入らないとかそういう話じゃない。俺にもその、色々と都合がある」


(まぁ、現在進行形で気に入らない印象が強まってはいるが)


「都合、か……」


 セレネの表情は晴れない。それを見たソルが意を決したように頭を下げる。


「俺からもお願いします!」



 まだまだ短い付き合いではあるものの、ソルのセレネに対する恩義の気持ちには並々ならぬものがあった。もし彼女が盗賊団の拠点に現れなければ、前後不覚となっていた自分は、追ってきたフロラさえ巻き添えにして自滅していたかもしれないという恐怖がその思いを強くさせている。



「あの! 私からもお願いします!」


 フロラまでがソルに並んで頭を下げだす始末。


「いや、まいったな……」


 男の本心だった。強硬に拒むことは簡単だ。恐れているのはその後のこと。なぜそうまでして拒むのだろう、という疑問を植えつけてしまったら……、そう思うとなかなか決心できない。何か体よく断る口実さえ見つかればと、仮面の下で冷や汗を流しながら考えを巡らせる。が……、


(思いつかない!)


 焦りがそうさせるのか、これといっていい案が思い浮かばない。ハンターにとって伝家の宝刀と言ってもいい、定番中の定番、依頼の件で、というのが状況的に封じられているのが心底呪わしかった。


(どうすればいい……)


 目の前で頭を下げている少年と少女。傍らには不安そうに瞳を揺らしている美人の女ハンター。周りにもちらほらと様子を窺っているハンターたちが現れ始めていた。


「あの……」


 そのとき口を開いたのは、セレネが出てきて以降ずっと口を噤んでいた金髪碧眼の少女だった。


「あっ……!」


 ソルとフロラは自分たちから声をかけていたはずなのに、いままで少女の存在を忘れてしまっていたかのように顔を見合わせた。


「ご、ごめん! 俺……」

「ソル、その娘は……?」


 セレネも気が逸れたようで、美人に特有のあまり感情の窺えない素の表情に戻っていた。


「あ、えっと、ギルドの前でずっと一人で立っていたから、どうしたのかなって、声かけたんです」

「そうだったのか、私が邪魔してしまったんだな。すまない」

「いえ! 私が悪いんです。自分から話かけたのに放っておくなんて。ごめんなさい」


 フロラは顔を赤くして俯いた。他人の色恋沙汰が娯楽になるような環境で育った影響で、ついつい首を突っ込んでしまった自分を恥じていた。


「ん……、何はともあれ、どうしたんだい?」


 セレネはクソガキに問いかけた。


「私、彼と待ち合わせしていたんです」


 そう言ってクソガキは男を指し示した。男は内心、何を言い出すのかと気が気ではなかった。もしセレネがまともな状態でいたのならば、例え仮面で覆っていても動揺を見抜かれていたかもしれないほど。


「え、じゃあ……」


 呆気にとられたような間抜けな表情を向けてくるソルに苛立ちを感じながらも、男は頷いた。


「ああ……、それで、ちょっとな……」


 あえて、こういう事情とは明かさなかった。はっきりと断言してしまえば、どこかでボロが出たときに辻褄を合わせるのが難しくなる。万が一の展開に備えるためでもある。


「そう、か……」

「え、どうしたんですか?」

「ッ……!」


 言葉を飲みこんだセレネと違いのんきに聞き返してきたソルに、男は思わず舌打ちしそうになったのをなんとか堪えた。


「ソル、ハンターにはそう軽々しく口に出せないこともある。あまり気安く詮索するものじゃない」

「そう、なのか。すまない」


 セレネはちらちらと男に視線を送りつつも、ハンターとしての心得をソルに言い聞かせていた。他人の事情を軽々しく吹聴する人間が信頼されないのは、何もハンター稼業に限ったことではない。

 とはいえ、だ。疑問を疑問のままに残して怪しまれるのも得策ではない。クソガキがどういうつもりなのかは知らないが、男は賭けに出ることにした。

 男はクソガキの後ろに回り、その手をとってセレネたちに見せてやった。万が一、何らかの手段で外している可能性もあるにはあったが、そこには昨日見たときのまま、鎖の切れた手枷が嵌められていた。


「これ……!」

「ああ。あまりの酷さに見ていられなくてな。とはいえ、違法行為には違いない。だから、お前たちを巻き込むわけにはいかない」


 セレネたちは神妙な顔で頷く。


「俺はこの娘を連れてこの町を出なければならない。力になれなくて悪いな」

「事情はわかった。私こそ、無理を言ってすまなかった」

「いや、気にするな。俺が迷っていたせいもある。だがあまり悠長にもしてられない。そろそろ行かなければ」


 凛としたハンターの顔に戻ったセレネは、力強く頷いた。自分の滑稽さに仮面の下で呆れながら、男も頷きを返す。


「じゃあな」

「ああ、その……また、な……」


 わずかに困ったような微笑を浮かべ、セレネは別れを告げた。男はクソガキの手を引いて歩き出す。我ながら怖気のする行為だが、場を切り抜けるには仕方がない。


「あ、あの!」


(まだ何かあるのか!)


 背中に浴びせられたフロラの声に、男は怒りを押し殺しながら振り向いた。


「あの、これ」


 フロラは急いで薄手の外套を脱ぎ、金髪の少女に羽織らせた。


「……いいのか?」


 とりあえずそれっぽいことを言っておいて見る男。


「はい。あ、えっと、名前、聞いてもいい?」


 名を問われた金髪の少女は視線を彷徨わせ、道往くハンターの腰元で揺れていた兎の足を模した幸運のお守りに目を留めた。


「……ラビ」

「ラビちゃんか。元気出してね。きっと良いことあるから」


 フロラはそう言って金髪の少女の汚れた頬に手を添えた。


「……ありがとう」


 少女は瞳だけを動かし、上目遣いにフロラを見つめ返す。視線は交わっているが、二人に見えているものはまったく異なっている。当たり前のことだが。


「行くぞ」


 ようやくこの状況から抜け出せる。そんな思いから、男は先導するかのようにさっさと通りを歩き出す。その後を金髪少女が追従する。



 フロラはラビへと小さく手を振り、セレネは遠のいていく男の背中を見つめ、ソルはそんなセレネの横顔を横目に見ていた。


「……行っちゃいましたね」

「だな」

「ああ……。そういえば、悪かったな。相談もなく話を持ちかけてしまって」


 男たちが去って冷静さを取り戻したのか、セレネはいつも通りの硬い表情の顔をわずかに赤らめながら言った。


「いえ、いいんです。セレネさんが頼る気持ちも分かりましたから。ところで依頼の話ってどうなりました?」

「ああ、そのことについては宿で話そう」

「わかりました」


 セレネとソルが連れ立って歩き出す。やや歩き、フロラがついてきていないことに気がついてソルが振り返る。フロラはぼんやりと自身の手のひらを見下ろしていた。


「どうかした?」

「ん? ううん、なんでもない」


 フロラは男たちが去っていったほうを一度だけ振り返ったあと、セレネとソルを追いかけて小走りに駆け出した。



「何のつもりだ、とお前に問うのももう何度目なんだろうな」


 しばらくギルドから続く通りを歩き、ソルたちの視線も切れただろう辺りで人通りのない路地へと入り、男は金髪の少女を見下ろしていた。


「三度目だったかしらね」


 少女の言葉に、男のこめかみに血管の浮き出る感触が走った。もっとも、仮面は着けたままでいるので、少女がそれを視覚的に確認できるはずはない。


「怒った? 殺す気になった? ねぇ、殺しちゃう? 殺しちゃう?」


 声を弾ませてぴょんぴょんと少女は跳ね回る。


「殺さん、ふざけんなクソガキ」

「あはは、言うと思ったよ、ゴ、シュ、ジ、ン、サ、マ!」

「ああ!? まだ言ってんのか」

「ふふ、ご主人サマも頑なだよねぇ。ねぇ、わたしも言ったでしょ? ずっと付き纏ってやるってさ」


 男の足元でわずかに砂利の擦れる音がする。が、男の足が地面を蹴るよりも、次いで少女の声帯が振るわせた音の波が男の鼓膜に届くほうが早かった。


「あ、もしご主人サマとはぐれちゃったら、さっきのお姉さんに相談しに行こっかなあ。たしか……セレネさん、だっけ? 綺麗な人だったよね。腕も立ちそうだし、人に聞いて回ったら、けっこうすぐに見つけ出せそうかな?」


 男は少女の胸倉を掴み上げ、壁に押し付けた。仮面の奥から睨みつけるが、言葉が出てこない。目の前のクソガキを殺してしまうのは簡単だ。撲殺でも、絞殺でも、斬殺でも、刺殺でも、なんならクソガキの嫌いそうな状況を選ぶ余裕すらある。だがそれをしてしまったら負けなのだ。クソガキが本気で死を願っていることはわかっている。望みを叶えてやること自体我慢ならないが、クソガキに負けることはそれに輪をかけて我慢がならない。

 かといって物理的に逃げればセレネを頼るという。どんな間柄かまではわかっていないにしても、ひどいことをされたなどと喚きたてれば、簡単には信用されなくとも真相を確かめようと男を探しに来るかもしれない。遠く離れてしまえば見つからずに済む公算は大きいが、そんな懸念事項を抱えて生きることはごめんだった。


「クソが……」


 仮面の奥から漏れたつぶやきとともに、少女の胸倉を掴み上げた男の手が緩む。それを見た少女はにやりと口角を吊り上げた。

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