015,隷属少女 scene4
この辺りはこれまでのものと比べてもかなり読みづらくなっていると思います。実のところ、この小説は何度も手を加えたり書き直したりを繰り返しておりまして、本当ならこの辺りは全部書き直さなければいけないんでしょうけど、気力が持ちませんでした。何卒、ご容赦くださいm(_ _)m
「ソル、ね……。よろしく」
男は手を差し出した。敵意などではない。握手をしようという、友好的な意思を表す所作だ。
「……!」
ソルは驚きも露に男を見つめ返し、そして……。
「はい……!」
男と握手を交わした。
ソルは己の中の疑惑を払拭することにしたようだ。仮面で素顔が確認できないことは不安だろうが、そもそも状況的には、もはや自分を害した因縁の相手はこの世にいない公算が高い。
件の盗賊団を襲撃した際のソルの記憶に、自分を殺した男……犯人の姿はなかった。暴走状態にあったといえ、自分が何をしたのか、まったく覚えていないわけじゃない。暴走していた自分を受け止めてくれたセレネのことも、自分を追って駆けつけてくれた藍色髪の少女……フロラのこともちゃんと覚えている。
ソルが攻め込んだのは、盗賊団の拠点の洞窟、その入り口付近までだった。内部にはほとんど踏み込んでいない。そこから先はセレネとの戦闘と、フロラがやってきた記憶があるのみで、以降はずっと気を失って介抱されていた。後でセレネに聞いたことだが、彼女もまた自分に掛かりきりで、拠点の洞窟の奥にまでは踏み込んでいないという話だった。
ソルの所感としては、セレネと犯人とではセレネのほうが強い。しかし戦っていれば印象に残るくらいの猛者ではあったはずだ。しかしセレネにそうした強者の盗賊に覚えはないという。
かなりの数の盗賊を蹴散らした感じからすると、あの犯人は盗賊団の中では一、二を争う実力者だったはず。そう考えれば洞窟の奥に控えていたという団の首領の守りについていた可能性は高そうに思える。セレネと同じ銀級のハンターが制圧したと言う話だったから、おそらくはそのハンターが打倒したのだろう。ソルはそう結論を得ていた。
しかしどうしても腑に落ちない思いはあった。直接その姿を見ていないせいで、どこかで生き延びているのではないか、そんな思いが胸中にこびりつき、なかなか離れてくれない。なまじ犯人に目立った特徴がないことが恐ろしかった。ふとした瞬間すれ違う男性ハンターが、たびたび犯人その人であるかのように錯覚するからだ。
だが、だからこそ、目の前の人をそんなにいちいち疑ってかかってはよくない、そんな考えがソルの頭の中に芽生えていたのだ。
「つっ……!」
「あ、すっ、すみませんっ!」
なにより、自分を救ってくれた恩人であるセレネの知り合いなのだ。好意には好意で応えたい。そんな感情が篭り、自然と男と握手したソルの手に力が入ってしまっていた。
◆
「いやいや、大丈夫だ。俺もまだまだ、鍛え方が足りないらしい」
仮面の内側で、また一筋、汗が伝うのを感じていた。男は内心、かなり怯えていた。
ソルという少年の現在の実力に関してはよく分からない。が、少なくとも一息に殺しきれるのかを疑問視するくらいの戦闘力があるのは確定的。不意をついて殺すことは可能だろうが、なぜか死なない能力を有しているはずなのだ。そして何よりも、厄介なのはセレネの存在だ。
いまはまだ自分のことをハンターのラットだとしか認識していないものの、彼女はソルから盗賊団に協力していたときの男の話を聞いているはずだった。そして、盗賊行為に及ぶ者らに対する苛烈な感情は男もよく知るところだ。
もし、男がソルを殺めた者と同一人物と知れれば、おそらく命はないだろう。セレネを相手にしたのでは、不意打ちもどこまで通用するか疑問である。故に今は、流れに身を任せてやり過ごす以外に手はない。
「彼女はフロラだ。ソルを探しにきたのは見ていたよな?」
「ああ。あんな状態の彼に近づいていくなんて、よほどの関係だろうなと思ったが」
「い、いいいいえ! 私たちは、そんな……!」
フロラという少女は頬を朱に染めてわたわたと手を振り回し、少年との特別な関係を否定した。あまりの能天気な光景に、男は思わず頭を抱えたくなった。対照的にソルは唇を噛んでもいたのだが、男にそれを見て取る余裕はなかった。
「それにしても驚いた。この町へは何かの依頼で?」
セレネは別れ際のちょっとした諍いのことなどなかったかのように上機嫌で話しかけてくる。男にはそれがなぜかなど理解できるはずもなく、いまはとにかくこの場から逃れたい一心だった。
「あ、ああ……。まぁ、そうだな」
(クソ……何か口実を……。これから依頼が……いや、まさにギルドに向かってきたところだというのに不自然じゃないのか)
「そうか、それで次の依頼を、というところかな?」
「まぁ、そんなところだな……」
そんな男のいい加減な返答を聞いたセレネは表情を弾ませ、
「そうだ。良ければお前にも手伝ってもらえないだろうか」
そんなわけの分からないことを言い出した。それを聞いた傍らのソルは慌てたように、
「ちょ、ちょっとセレネさん!」
と会話に割って入った。その様子から、セレネがいま話そうとしたことが、何か個人的な事情に絡んでくる事柄だということが推察できた。
「いや、ラットなら大丈夫だ」
「で、でも」
無責任な信頼に腹立ちを覚えつつ、男はあいだに入る。
「いや待てよ。俺はそう軽々しく他人の事情に踏み込む気はないぞ」
「ほらな、こういう男だ。みだりに人の秘密を吹聴したりしないんだ。それに君の事情もある程度はすでに知られている。協力を願うのに丁度いいじゃないか。それに実力もなかなかのものだと思うぞ。ま、私には及ばないだろうがな」
そう言ってセレネは無意味と言いたくなるほどに脂肪を蓄えた胸を張り、得意気な表情を見せた。
(ふざけるなよコイツ! 何がこういう男だ! 知ったふうな口ききやがって!)
男が事情に踏み込みたくないといったのは何かに配慮してのことではない。本心から関わり合いになりたくない、ただそれだけだ。
それを半ば無理やりではないかと思うほど好意的に解釈しているセレネに対して男は怒りすら覚えていた。
(こんな能天気な奴だとは思わなかった!)
盗賊討伐の依頼で行動を共にしたのはごくごく僅かな期間だったが、そのあいだに男が抱いたセレネの印象といま現在の彼女の言動にはかなりの乖離があった。
◆
男がギルドの前でセレネとちょっとした言い争いをして去っていった後、彼女は少しの間その場に留まっていた。たったいま別れた男とのやり取りに対して落胆を覚えている自らの感情に、すぐには整理がつかなかったためだ。
すると、ギルドの中からまだ歳若いハンターたちが数人、外に出てきてセレネに目を留めた。
「あの、ラットさんがどこにいったか知らないですか?」
「……あんな男のことは知らん」
知らず刺々しくなってしまった言葉に、セレネは内省し、改めて目の前で萎縮させてしまったハンターに問いかけた。
「あいつが、どうかしたのか?」
「えっと……、俺たち、お礼を言ったほうがいいのかなって……」
セレネは眉根を寄せ、首を傾げた。
「えっと、もしラットさんがいなかったら、ああやって除け者にされてたのは、きっと俺たちだったから……」
若いハンターのその言葉を聞いたセレネは、一瞬気絶したのではないかと思えるほどに動きを止めて忘我した。そのため、若いハンターの口から続けて発されていた言葉は耳に入っていなかった。
「……まぁ、だから、むしろ謝るっていうか、悪かったなぁって。べつに庇ってもらったとかじゃないけど、なんかそんな感じになったし」
彼らは盗賊を制圧した日の夜、馬車で待機させられていたハンターたちだった。セレネが持ってきた差し入れが、男を介してのものだったことを律儀なセレネ自身の口から語られて知っていた。それが後ろめたさを生み、こんな行動に出ていた。
若いハンターの曖昧な言い回しと、まだ擦り切れていない妙な律儀さが、セレネの中に誤解を生んでいた。
男は、歳若いハンターたちを庇い、それを自分にも告げずにひとり黙って去っていたのだと。
誤解が、誤解を呼んでいた。
男がソルを殺そうとしたことを、セレネは助太刀しようとしてくれたのだと誤解していた。生来の、物事を好い方向に見出そうとする善性の精神が、ハンターとして生きてきた経験よりも先に立った結果だった。ほかのハンターたちがただ傍観に徹していたことが無意識の範囲では関係していたのかもしれない。もっとも、任せろと言ったのは他ならぬセレネ自身であり、実際にほかのハンターが助けに入ろうとしていれば邪魔になっていただけだろうが、そうした実情はときに感情と相容れないものだ。
そして男を善性の人間だと思いこんでしまったが故に、以降の誤解は容易いものとなってしまっていた。
セレネは男に会って詫びなければと思った。もしこれが成されていれば、これほどまでにセレネの中で男の存在が好い者として大きくなることはなかっただろう。しかし間の悪いことに、男はさっさと別の町へとくすねた宝石を売り払うために移動していたのだ。
そうして男との一件はセレネの中で解決を見ないまま、頭と心の中に居座ることになってしまった。時間にしてみればひと月も経過していないのだが、特定の町を拠点に据えていないハンターが再会することは稀である。それを知っているセレネは、思わぬ再会につい、心が弾んでしまっていたのだ。
そんなことになっているとは夢にも思わない男にしてみれば、セレネの態度に違和感を覚えるのも無理からぬことだった。
◆
(チッ……どうする)
何やら自分たちの事情に男を巻き込もうとしているらしいセレネに、男はどうしたものかと考えあぐねていた。すべて無視して立ち去るのもいいか、とは思う。しかしソルという少年の存在、そしてセレネという力で敵わない存在が行動を躊躇わせていた。
「いや、でも……」
セレネの提案に、しかしソルは戸惑いを見せていた。疑うことは止めようと思いはしたものの、自分の事情を話して協力してもらうとなると、やはり気が進まないのだ。だが……、
「ねぇ、私もセレネさんに賛成、かな……?」
ここに来て、フロラがセレネに味方した。
◆
これもまた、男の行動が裏目に出たものだ。盗賊団の拠点から町へと帰還するあいだ、男は疑いを持たれないように黙々と役割をこなしていた。それが楽に仕事を終えて浮かれているハンター連中の中にあってはあたかも寡黙で実直な人間であるかのように映ったのだ。さらに男が身につけていた仮面。これも男にとって悪い方向に働いていた。
ハンターに仮面を身に着けている者は一定数存在している。治癒術が広く浸透したとは言っても、怪我の発生する場に必ず使い手がいるわけではないし、怪我の種類、そして程度に、治癒する人間の腕の問題も合わさって、怪我をすることの多いハンターたちはいまでも体に傷跡が残っているのが不思議ではないためだ。
男は依頼の間中、ずっと仮面を身に着けていた。それはそうだろう。盗賊に見られる可能性が潰えた代わりに、もっと素顔を見られてはまずい人間と同道することになったのだから。
心根の優しいフロラは、盗賊に襲われて傷心だったソルを助けてくれたセレネが現れたことで変に感傷的になっていたこともあり、顔をすべて覆い隠すほど酷い傷を負っているらしい謹厳なハンターに好感を抱いていたのだ。




