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Villain:Side  作者: 昼の星
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014,隷属少女 scene3

 無抵抗の少女を担いだまま、男は町を囲んでいる外壁の上までやってきた。町の内部にも高い建物はいくらか存在しているが、一般庶民が容易く立ち入れる施設は少ない。本来ならば外壁の上も衛兵が詰めたり、見回りをしているべきなのだろうが、国の情勢も荒れておらず、町の周辺で強大な魔物が見られなくなった昨今では、警戒の必要性は薄れている。時々の点検を除いては、無人であることも珍しくなくなっていた。

 正規のルートはさすがに衛兵が管理していて具合が悪い。適当に屋根を伝って少しずつ高さを稼ぎ、届きそうなところから一気に飛び移った。小柄な少女だからそれほどの難はなかったが、これが立派な体格の成人男性などであれば厳しかったかもしれない。

 外壁から見る景色は、先日、少女と出逢った屋根の上から見るのとでは印象が違っていた。それはそのはずで、あのときとは違ってまだ日は高く、ちらほらと雲は流れているが、空は晴れ渡っている。外壁まで登ってくる間にわずかに浮いた汗が風でさらわれ、実に心地よい日和だった。

 しかし、そうした環境と男の心境は不似合いに異なっている。少女にしてやられた苛立ちはいまだに治まることがなく、腹の底から煮えたぎるように体に熱を発生させ続けていた。

 男は少女を外壁の縁に立たせた。人が歩き回ることを想定してあるので、そこは男の腹の辺りまで高さのあるちょっとした壁だ。その上に立たされた少女は、頭二つ分くらい、男よりも身長が高くなったかのようだ。

 そしていま、少女を挟んで男の反対側には何もない。強いて抽象的に言えば、死があると言えなくもないが、それだけだ。


「…………」


 少女はただ虚ろな目で男を見下ろしていた。運ばれている間にひとまず咳は治まっていて、自分の力で立つことはできている。しかし腹部にはまだじわじわとした痛みがわだかまっており、気を抜けばそのまま倒れてしまいそうだった。

 下から少女の顔を見上げている男の位置からは、ボロ布に覆われていない少女の顔がよく見えた。あえて布の中に隠しているのであろう金色の髪も、虚ろに輝きを失っている青色の瞳も。かさかさにひび割れた唇は、口の中を切って出血していたのか、不健康な肌に不釣合いに赤く血で濡れていた。


「死にたいか?」

「殺せ」


 男の短い問いかけに、少女もまたひどく短く返答した。


「わかった」


 男は言い、少女の鎖骨のあいだ、その少し下辺りを軽く押した。ボロ布一枚を挟んで、硬い骨の感触がした。

 少女の体が傾いて、空中に投げ出されていく。

 頭を覆ったボロ布の中に、日の光が差し込んでくる。

 眩しい。

 虚ろな瞳を照らし出した太陽の光の中に、少女は……何も見ていなかった。ただ、白い。

 宙に投げ出された体は重力からも解き放たれたかのようで、一瞬、ふわりと浮いた感覚の中、少女は開放感と安らぎを覚えていた。

 そんな少女の世界に、じゃらり、と重たい金属音が無粋に入り込んでくる。途端、安らぎに満ちていた少女の世界は破壊され、手首に痛みが走った。


「あうっ!」


 両手を戒めている鎖を男に掴まれて、少女は両腕を挙げた宙吊りの状態で外壁に叩き付けられていた。落ちていくのは少女が纏っていたボロ布だけ。足元には何もなく、男が鎖を掴んでいなければ、少女は地面に叩きつけられて、この苦難に満ち溢れた世界に別れを告げることができていたはずだった。


「うっ……うう……」


 ずるずると壁を擦りあげるようにして壁の上に引き上げられた少女は、壁に叩き付けられたときに顔をぶつけて鼻血を流していた。それほど重くないとはいえ、体重の負荷が掛かった手首も枷が擦れて赤くなっている。

 外壁の上に放り出された少女は仰向けに転がった。そのままの状態で、虚ろな目をして浅い呼吸を繰り返している。

 男は少女の傍らにしゃがみこんだ。太陽が遮られ、少女の顔は影に飲まれた。


「殺してなんかやらねーよ」


 瞳孔の調節が進み、男の表情が見えてくる。


「死にたいのなら、勝手に死ね」


 男は静かにそう言って、少女の顔に手を伸ばした。わずかな発光を伴ったそれが少女の顔を撫で、次いで手首に触れる。

 先日と同じように、男の手のひらが通りすぎたあと、少女の体は治癒されていた。しかし少女は虚ろな表情を浮かべたままで動かない。男は少女の手首を掴み、頭上に伸ばさせると、足で踏みつけた。剣を引き抜き、両手を戒める鎖へと思い切り突き立てる。

 金属のぶつかり合う音が響く。

 魔力を帯びさせた剣は鎖を断ち、石で組み上げられている外壁の床にまで突き刺さった。

 鎖を断ち切っておいて枷を外さなかったのは、男にとって面倒なシロモノだったからだ。細かな魔力制御は男の得意とするところではあるが、剣を用いて破壊すれば手首を損傷する可能性がある。ある程度は治癒できるが、枷を一息に破壊するだけの威力で傷つければ、とっさに治癒できないだけの傷を負わせてしまう可能性もある。あとは時間をかけて錠を開けるくらいしか手がないのだが、そこまでするのは厭わしかった。


「な……んで……」


 少女の口からかすかに音が漏れた。耳聡く聞き取った男は少女を見下ろし、言った。


「俺は他人の思いどおりになるのが嫌いなんだ。死にたきゃ自分で死ね」


 男は踵を返し、外壁から飛び立った。建物の屋根を飛び移り、町の中へと消えていく。

 あとには、そよ風の吹く外壁の上に、たった一人の少女の姿だけが残された。



 翌日、男は意識的に服装を変え、仮面も被って宿を出た。べつにお洒落をして街へ繰り出そうというのではない。目的地は色気も何もないギルドだ。昨日の少女の嫌がらせによって、よからぬ嫌疑をかけられる可能性を恐れただけだ。

 すると、今度は少女がギルドの入り口付近に一人佇んでいた。ボロ布すら手に入らなかったのか、薄いワンピース一枚きりの姿だ。相変わらず全身は薄汚れ、長い金髪もくすんでいるが、きょろきょろと辺りを窺う目つきだけはギラギラと輝いていた。

 ギルドに出入りする人間は多いが、両手を後ろに回して手首の枷を隠している少女は一見してたんなるスラムの住人であり、積極的に関わろうとする者はいないようだった。

 遠巻きに少女の姿を認めた男は、ギルドへ近づくのに躊躇した。しかしその一瞬のちには、なぜ自分があのクソガキのために行動を曲げねばならないのかと苛立ち、舌打ちとともに足を踏み出した。

 忙しなく動く少女の青い瞳と、男の仮面の下の凡庸な濃褐色の瞳が交わった瞬間、ひとつに重なった視線を遮るようにして人影が現れた。


「どうかしたんですか?」


 ひどく柔らかい声で少女に語りかけたのは、藍色の髪をした少女だった。男にしてみればどちらも小さな女という意味に変わりないが、どちらかと言えば話しかけているほうが年上には見える。具体的には十代後半くらいか。クソガキは十代前半。もともとそう思っていたのではなく、両者を比較した際の印象である。


「いえ、別に……」


 クソガキは俯いて顔を伏せた。二人の声は離れている男にまでは届いていない。

 そのとき、二人の様子を見ていた男の心臓が大きく跳ねた。二人に歩み寄る男の姿を見たために。


「どうしたのフロラ」


 その少年は燃えるような赤い髪をしていた。そして、一瞬ではあるが、確かに見えた瞳の色もまた、燃えるような赤。それを見た瞬間、男の胸中に真っ黒な墨が垂れ落ちた。

 そんな視線の先の光景に気をとられていたためだろうか。男は気がつかなかった。赤い髪の少年が顔を上げてギルドの入り口付近に目線を向けるまで。

 ギルドから出てきたところらしい、セレネの驚愕に大きく見開かれた瞳と、男の仮面の内で同じように見開かれている瞳とで、視線はしっかりと交錯していた。

 面倒なことになりそうだ。

 そんな予感で男は半ば無意識に踵を返していた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ」


 しかし背中にそんな言葉を浴びせられ、男は仕方なくといったふうに振り向いた。もちろん、無視することも選択肢にはあったし、それでも構わないと思っていた。しかし、少女の存在が男の足を止めさせていた。

 あの少女はおそらく、またしても自分に嫌がらせをするために待ち伏せていたのだろう。とすれば、それを前に引き返すことは、まるで少女の嫌がらせに対して逃げたようではないか。

 世の中には逃げるが勝ちという言葉があり、ハンター稼業で生きてきた男にしてみれば逃げるということそれ自体には慣れがある。だが決して好きな行為ではない。男は強者に挑むよりも弱者を嬲るほうが遥かに好ましいという精神性の持ち主だ。


「お前、ラットだろう?」


 そんなあれやこれやのために足を止めてしまった男の肩に、セレネが手を置いた。男はそれを払いながら振り向いた。


「まぁ、な……」


 去るべきか留まるべきか、判断の迷いがそのまま歯切れの悪さとして露呈した。


「……奇遇だな。まさかこの町に来ていたとは」


 ほんの一瞬。もしかすると本人に自覚すらないかもしれない刹那、セレネは悲しげな表情を見せたが、男は意図して見ないフリをした。


「あ、あの、セレネさん……」


 セレネの後ろから、赤い髪の少年が近づいてきて声をかけた。いつぞやの印象とは程遠い、見知らぬ町で一人きり、放り出された子犬のような有様だった。

 そんな少年の背後には、少女二人も追従している。少年の連れらしき藍色の髪をした少女は、盗賊の拠点に現れた際の村娘然とした格好から、男が盗賊団といっしょになって馬車を襲撃した際に身につけていた修道服のような服装に戻っている。もうひとりは言わずもがな。薄汚れた薄っぺらいワンピース一枚の薄っぺらい体躯をした金髪碧眼のクソガキだ。


「ああ、ソル。君は覚えていないか。彼はラット。盗賊討伐の依頼で一緒だったんだ」

「……ラットだ」


 セレネの視線に耐えかね、男はしぶしぶといったふうに名乗った。特に声色を変えたりはしていない。


「ラット。彼はソルだ。さすがに覚えているだろう?」

「ああ……」


 男は曖昧な返事をした。男とソルが互いに視線を交し合うと、沈黙が流れた。


「ソル、どうかしたのか?」

「え、あ、いえ……ソルです。よろしく」


 ソルが男に向ける視線には、始めから懐疑的な光が宿っていた。服装が多少違っているとはいえ、背格好や全体の雰囲気などが、因縁の相手に近似しているのだ。そして何より、仮面で顔が確認できないことが訝しむ気持ちを助長していた。

 様子のおかしなソルを見て、セレネと藍色の髪の少女は困惑した表情を浮かべていた。その背後の金髪の少女は、ただじっと男を見つめていた。

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