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Villain:Side  作者: 昼の星
13/55

013,隷属少女 scene2

 屋根の上に出ると、遠く稜線に沈みかけた眩しいほどの夕日が世界を染め上げているのが一望できた。高い外壁に囲まれた町は、既に闇に沈んでいる場所も多く、影の中を往く人々は幽鬼のようにも見える。

 屋根の上には点々と血の跡が残されており、その先、屋根の縁にはくすんだ茶色のボロ布が蹲っていた。斜陽に照らされたそれは、まるで始めからその場にあった屋根の上のオブジェか何かのように見える。

 男は慎重に屋根の上を歩き、近づいた。


「観念したのかよ」


 ボロ布は蹲ったまま顔だけを横に向けて男を確認した後、ゆっくりと体ごと振り返った。


「……これじゃ逃げられない」


 そういって、ボロ布の隙間からスッと素足をのぞかせる。手で抑えていてはっきりと傷口は確認できないが、ふくらはぎの側面辺りに傷を負っているらしかった。


「もういいよ。さっさとして」

「何?」


 子供は上目で睨みつけるようにしていた瞳を伏せて、諦めたように俯いた。


「殺すんでしょ?」

「……」

「ナイフだって、始めからそのつもりだったでしょ」

「……うまくいかなかったけどな」


 子供の言うとおりだ。最初に投げたものも、壁を登っていくところに投げたものも、男の目的は始めから足止めではなかった。結果的にはそうなったようだったが。


「もういい。疲れた……」


 そういって顔を伏せた子供は、ボロ布の中で膝を丸めたのか、体積がより一層小さくなった。高い場所に立っているせいで遠くまで見渡せる景色の中で、それは圧倒的にちっぽけな存在に見える。


「……盗ったもん返せ」


 男の言葉に、子供は顔を伏せたまま、一向に応える素振りはない。


「おい、聞いてんのか」

「……返したらどうするの?」

「さあな」


 子供は顔を上げた。頭まですっぽりと被ったボロ布の下で、大きな青い瞳が夕日を受けて輝いていて、男は宝石のようだと思った。

 子供はボロ布の下から麻袋を取り出した。その手首には枷が嵌められ、両手が一定以上離せないよう戒められていた。子供は麻袋の中に手を入れ、宝石をひとつ摘み出す。それをゆっくりと持ち上げ、夕日に翳した。宝石はオレンジ色の光の中で、ワインのような深い赤紫色の輝きを放っている。


「綺麗」

「…………」


 男が怪訝そうな表情で見ていると、子供が不意に立ち上がった。

 男は始めからずっと油断なく身構えていて、子供の動きにはわずかに眉根を寄せただけだ。

 子供はボロ布の中から枷の嵌められた腕を伸ばした。宝石が詰まっているはずの麻袋。子供はそれを両手で持って、大きく上空に向けて振り回した。


「あっ! てめっ」


 男が焦った声を発しながら一歩、子供に歩み寄ったときには、空中に四散した大小さまざま、色とりどりの宝石が、今日と言う日の最後の命を燃やしつくさんとしている太陽の光を受けて煌いた。

 それを見て呆然と立ち尽くす子供をよそに、男は警戒も忘れて子供の脇へしゃがみこみ、はるか眼下、闇に沈んだ路地裏を見つめた。そこには光源などなく、宝石の輝きは見つけられなかった。


「この……! クソガキがぁ!」


 男が我を取り戻し、子供を見上げたとき、屋根の上を強い風が吹き抜けた。

 子供がふらりと体勢を崩し、背中から倒れこんでいくのが男の目に映る。

 男は半ば無意識に、目の前の鎖を掴んでいた。それは子供の両手に嵌められた、行動を戒めるためのもの。じゃらりと金属の擦れ合う音が鳴り、子供の体の傾きが止まる。

 ばさり、と、おそらくはそんな音が聴こえていたはずだ。風を孕んだボロ布が子供の体から剥がれ、くすんだ金色の髪が風と踊った。

 男はそのまま鎖を引っ張り、繋がれた人間を屋根に叩きつけるようにして引き倒した。


「てめぇ女だったのか」

「けほっ……だったらどうした」

「しかもそのナリ……逃亡奴隷か何かか?」


 スラムで生きる人間でないことは薄々分かっていた。なにせ逃げ道が理に適っていないのだ。もしこの町で生きている人間であれだけの身体能力があれば、男を撒けるルートなどいくらでもあっただろう。道中で物だけを仲間に渡すことだってできたはずだ。

 見下ろす男の視線に、薄汚れた白いワンピース一枚を身につけた少女は、身を捩じらせて縮こまった。


「それがどうしたっての! どうせ辱めるつもりなんでしょ!? 男なんて皆そうだ!」


 子供の声だと思っていたものも、一度女性のものと認識してしまえばそう聴こえてくる。


「うるせぇ黙れクソガキ」


 男は呟き、拳を固めて少女の顔面を殴りつけた。


「あぐっ!」


 殴られた少女は屋根の上に身を投げ出し、這い蹲るような格好になりながらも男を睨み返した。


「女の顔を殴るなんて、最低のゲス野郎だ!」

「お前、女として扱って欲しいのかそうじゃないのか、どっちなんだ」


 冷たく見下ろす男の視線に、少女は押し黙って唇を噛んだ。男はそんな少女を無視して屋根の縁に歩み寄り、路地裏の闇を見下ろしてため息をついた。


「…………さいよ」

「あ?」


 かすかに聞こえた少女の声に、男が振り返る。


「さっさと殺しなさいよ」


 今度ははっきりと、少女の声が男の耳に届いた。

 男は少女に歩み寄り、見下ろす。男の冷めた視線と、妙にギラついた少女の視線が交わる。

 男はそっと屈み込み、少女の足に手を伸ばした。


「さ、さわるなっ」

「黙れ」


 男はもう片方の手で少女の首を掴んだ。そして足に触れていた手を今度は少女の薄汚れた頬にそっと当てた。その手のひらが少女の頬から離れたとき、男の拳によって赤くなっていたものが、綺麗に引いてなくなっていた。


「な、なに?」


 少女が自身の足を確認してみれば、そこにあったはずの切り傷も、跡形もなく消え去っていた。


「誰がお前の自殺なんか手伝ってやるか。死にたいのなら勝手に死ね」


 男はそう言って立ち上がり、屋根の縁に立った。そのままひょいと空中に飛び出し、しばし落下し、着地する。さすがに多少は足に響くが、怪我をするほどのことはない。もっとも、ロクに鍛えていない人間であれば、普通に大怪我をするか、打ち所が悪ければ死んでもおかしくない高さではあるのだが。

 宝石を惜しむ気持ちは勿論あった。だが路地裏に這いつくばってまでそれらをひとつひとつ探し出そうという気にはなれなかった。

 じっとりとした視線を暗闇の向こうに向けた後、男は踵を返した。



「……なんのつもりだ」


 げんなりとした表情で男が言う。


「べつに?」


 一方で、男の背後に佇んだ少女はどこ吹く風といった様子。

 適当に宿をとった翌日、男がとりあえずの精神でギルドに顔を出すと、どこで様子を見ていたのか背後に昨日の少女がくっついてきた。


「お前、ギルドを張ってたのか」

「だってアンタ、ハンターでしょ?」

「だったら何だってんだ」

「べつに?」


 男は振り返り、少女の胸倉を掴んで顔を寄せた。


「おい、ふざけるなよ。お前、奴隷だろ? ご主人様のとこにでも帰れよ」

「お前こそふざけるな。わたしは奴隷なんかじゃない……!」


 ギラついた目でにらみ返してくる少女の容姿は昨日と何も変わっていない。くすんだ茶色のボロ布を引っかぶるようにして身に纏っている。いくら荒くれものの集うギルドにあってもそうした格好の人間を連れて歩く者はそうそうおらず、耳目を集めていた。

 男は掴んでいた手を離し、移動する。するとその後を一見して、まさに従順な奴隷然とした様子で少女がついてくる。

 苦々しい表情で振り返る男を、少女は喜色満面で見つめ返した。


「ついてくるな」

「わたしがどこにいようとわたしの自由だ」

「いい加減にしろよ……」


 男は低い声で言う。なるべく周囲には覚られないようにと抑えつつも、いよいよ殺気も露に少女を睨みつける。

 反射的なものだろう。少女はわずかに後ずさった。だが負けじと男を睨み返しながら、


「殺すならさっさとしなさいって、昨日から言ってるでしょ……!」


 と対向した。

 しばしお互い無言でにらみ合う。ギルドの中なので、時折、人がやってくるのだが、ただならぬ空気に気圧されて、声をかけることもなく離れていった。


「ぜってぇえ殺さん」


 と男が言えば、


「ならずうぅと付き纏ってやるから」


 と少女が返す。


「てめええええ……!」


 声の大きさだけはどうにか抑えつつも、叫び声のトーンで言いながら男は少女に手を伸ばした。しかし少女はそれをひょいと身軽に避けると、


「そ、そんな、ご主人様! こんなところで、そんな恥ずかしいこと、わたし……わたし……!」


 と、これまでに聞いたことのない無駄に可愛らしい声で大声をあげながら、身を縮こまらせた。


「なっ!?」


 驚愕に目を見開いた男の周囲で、にわかにざわめきが広がっていく。もともと注目されていたせいで、騒ぎが波及していくのはあっという間だった。

 ひそひそと囁きあう者。今にも男に食って掛かってきそうな様子を滲ませた者。遠巻きに好奇心丸出しで瞳を爛々と光らせている者。様々な視線が男と少女に注がれた。

 中でもやはり、女性たちの視線は厳しい。 魔術が広まって以降、ハンターには女性も多い。市井の女性諸氏に比べれば野卑な男どもに慣れているとはいえ、公衆の面前で女の子を辱めようという輩は早々いるものではない。彼女らは一様に、男に対して虫けら……いや、都会に暮らすハンターならば誰もが駆除依頼を拒む肥溜めに発生したスライムを見るような目で睨みつけていた。


「ちょ、ちょっとアンタ!」


 人波を掻き分けて、ギルドの職員が二人三人と連れ立ってやってくる。その矛先は当然、男に向けられている。


「チッ!」


 男は舌打ちをひとつ残し、ギルドの出口に向かって歩き出した。


「ちょっと!」


 まだ歳若い男のハンターが男の腕を掴んで止めようとするが、男はそれを振り払い、構わずギルドの外に出た。


「お、お待ちになってくださいご主人様ぁ!」


 周りのハンターといっしょになって去っていく男の背中を見ていた少女は、慌てたように言って後を追いかけた。その場に残された男性たちは概ね呆然とし、女性たちは憮然としていた。

 ギルドの外に出た男は、予告どおりに背後をついてくる少女に構わず、空気を裂くようにスタスタ歩き続けた。すれ違う人々は始め、男の形相に慄き、次いでそのあとについて歩く粗末な格好の小さな人影に眉をひそめた。

 次第に人通りの少ない薄暗い路地へと二人は入りこむ。そして人の姿が完全に見えなくなったとき、唐突に振り返った男は少女に蹴りを放った。

 今度は避けさせるつもりはない。そう聞こえてきそうな鋭い蹴りが、少女の体をくの字に折り曲げて弾き飛ばし、壁に叩きつけた。

 地面に倒れ咳き込んでいる少女のもとに歩み寄り、頭を覆っているボロ布ごと髪の毛を引っ掴んで少女に顔を上げさせる。


「もう一度だけ聞くぞ。何のつもりだ?」

「嫌がらせ」


 少女はまっすぐに男の目を見ながら掠れた声で言い放った。


「……分かった」


 男はそう言うと、少女の小柄な体を肩に担ぎ上げた。

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