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リギアレクト・ストーリー

恐怖の始まり

作者: 滝本しぶき

この時代、人間たちが地上を支配し、人間同士が国を作って争っていました。しかし、そんな時代の終わりを告げる事件が起こります。

 夜の闇の中、一匹のヘビが物影から静かにすべり出てきた。一瞬ぴたりと動きを止め、鎌首をもたげて探るように舌を出すと、大勢の人間がいることを確認して、そっちの方へ向かっていった。あくまでも静かに、人間達に気取られぬよう、地べたを這って進んで行く。

「今日の戦闘は楽でよかったぜ。」

「ああ、まったくだ。損害は出てねぇし、楽な戦だ。」

「いつもこの調子ならいいのになあ。」

 三人の男が火を囲んでいる。一人は大柄で肉付きが良く、大きな手で大きな剣を磨いている。もう一人は、背は高いがやせており、絶えず視線をめぐらして落ち着かなげにナイフをいじっている。さらにもう一人は、他の二人に比べて背が低く、しゃがみ込んで暖めたミルクを飲んでいる。

 彼らは新マハヨ王国に雇われて、南から攻めて来ているワイジス王国軍と戦っている。いわゆる傭兵だ。

 新マハヨ王国は、王政ではあるが国王よりも協議会が力を持っており、数年前にも権力を独占しようとした国王が斬首されたばかりだった。新国王は協議会によって選出されて就任したが、まもなくワイジス王国の侵攻がはじまり、敵のいる戦場と協議会の待つ王都との往復を幾度となく繰り返していた。

 軍事的強国であるワイジス王国は、十年程前に一度新マハヨ王国を占拠していた。当時のワイジス軍は無敵を誇り、数多の国をその手中に納めていたのだ。しかし、占拠から三年後には有力な将軍達の反乱もあり、いくつかの属国の独立を許してしまうこととなった。新マハヨ王国もそのときに独立を果たしたのだ。

「でもよぉ、今日の部隊に変なのが混ざってなかったか?」

 やせた男がナイフをいじる手を止めて、横目で大柄な男に話しかけた。

「ああ、やけにボロボロなヨロイを着てた連中だろ?」

 大柄な男も剣を磨く手を休めて答えた。

「なんかよぉ、ヨロイだけじゃなくて得物もバラバラだし、傭兵にしてもおかしすぎるよなぁ。」

「おれもいろんな国に雇われて戦ってきたが、あんな連中はじめてだな。」

 二人の会話を聞いていたもう一人の男がコップを見つめたまま口を開いた。

「オークだよ、あれは。」

「オーク?」

 大柄な男とやせた男は、同時に小さな男の方を見た。

「聞いた事がないか?ここしばらくワイジス王国軍から人間がいなくなってるって話。なんでも、ワイジスに近い所では怪物達に全滅させられた所もあるって話だぜ。」

 そう言うと、小さな男は持っていたコップの中身を一気に飲み干した。

「そういやぁ、思い出したぞ。どっかの国がオークの部隊と戦って、あっという間に全滅したって話。でもよぉ、オークってでけぇ図体してるって話じゃなかったか?」

「それは、ウルグルの噂だよ。」

 小さな男が空のコップを両手で持ち、下から見上げるようなしぐさをした。小さい男もやせた男も簡易的なイスに座っているのだが、それでもやせた男の顔が小さい男の頭の上にある。

「おれも聞いたことがあるぞ、戦場でひときわ目立つ巨体の戦士の話を。なんでも人の身長程もあるでっかい剣を振り回すらしいな。あいつ、オークだったのか?」

 戦場で名のある戦士に出会う事は、普通の兵士にとっては悪夢以外のなにものでもない。誰もが五体満足に家へ帰りたいのだ。強い奴を討ち負かす事よりも、弱い敵をやっつけてとっとと終わらせたいと願っている。しかし、傭兵のなかにはそう考えない者達も多い。名のある敵には高額の賞金がかかっていることが多いのだ。

「おれもこの剣でいつかは、と思っていたんだが、そんなにすごいのか?そいつ。」

「ウルグルだ。黒い崖族の族長で、普通の人間より頭一つ分以上大きい。黒い皮膚は矢を弾き、太い腕は兜を砕く。それに、やつの剣は、戦場で相手を殺して奪いとった物という話だ。確か殺されたのは、マッドベアとかいったと思う。」

「マッドベアだって!」

 大柄な男が突然大きな声をあげて立ち上がった。

「マッドベアとは何年か前に一緒の部隊で戦ってたぜ。」

「あぁ?あの岩斬りのマッドベアかぁ。城攻めんとき、城門を剣でぶった斬っちまったってぇあの。」

「そんときおれもいたけどよ、丸太でガンガンぶっ叩いたんだけど扉が頑丈でなかなか開かなかったんだ。それであいつが『めんどくせー』とかいって剣を一振りしたら、何と扉がふっ飛んじまったんだ。あんときゃおれもたまげたぜ。」

 やせた男は情けない表情で夜空を仰ぎ、音を立てて額を叩いた。

「そんな奴から剣を奪ったのかよぉ。」

 大柄な男も力が抜けたように座り込んだ。彼もこの傭兵隊の中では腕がたつ方だ。大きな手柄をいくつも立てている。その彼でさえ敵わない男を倒した奴だ。並み大抵の強さではあるまい。

「今日の戦によぉ、オークがいたってことはよぉ、もしかして・・・。」

「出てくるかもしれないな。」

 小さな男は目だけでやせた男を見た。こころなしか口元がうすく笑っているように見える。

 三人の脇をヘビが通り過ぎていく、他の二人は気付かなかったようだが、小さな男だけは気がついていた。ヘビは小さい男の方を見て舌を出した後、すばやくそこを通り過ぎていった。


 しばらくしてどこからか騒ぎ声が聞こえてきた。

 やせた男は立ち上がり、辺りを見渡すと小走りに走り去った。小さな男はテントへ武器を取りに行き、大柄な男は抱えていた剣の柄を両手で握りしめた。やがて、周りで同じようにくつろいでいた連中も騒ぎ始め、どこかで敵襲との声が上がった。

 それぞれ防具を着け剣を帯びた頃、やせた男が戻ってきて辺りに向かって叫んだ。

「夜襲だ!敵が攻めてきたぞ!」

 大柄な男は立ち上がり、大声をあげて気合を入れると走り出した。やせた男と小さな男も遅れないよう走った。本陣の辺りに火の手が見える。ほどなく、味方が逃げ惑う姿が目に入った。

 敵はみすぼらしいヨロイをつけ、前屈みで頭が大きく、大きな耳がキャップ型のヘルメットからはみ出ている。昼間戦場でみかけた奴と同じ姿、間違いなくオークだろう。

 奴等は野犬の群れのごとく、数匹で一人を追い、しとめていく。本陣の辺りは正規兵が固めていたはずだが、それがバラバラになっているということは、恐らく将軍は殺されてしまったのだろう。

 この軍を率いていたのはパーム・スプリング将軍だ。忠実というより己の信ずる道を進むタイプの男なのだが、国王や協議会からの信頼は厚く、軍務のほとんどが彼に任されていた。彼は小細工をするよりも真正面からぶつかる戦い方を好み、その真直な性格から兵達にも人気があった。

「この分だと、この戦負けだなぁ。」

 傭兵を続けていくには、引き際を見極める能力に長けていなければならない。負け戦は金にならないのだ。

「あの将軍、おれ結構気に入ってたんだぜ。」

 大柄な男は将軍のテントへ向かって走った。途中、敵が横から飛び出してきたが、足を止める事なく斬り倒していく。やせた男と小さな男もそれについて行った。

 将軍のテントは既に火に包まれていた。周りには駆けつける者と逃げ惑う者、それを迎え打つ奴と追いかける奴で騒然としていた。

「どうするよぉ、これ。」

 大柄な男はやせた男の言葉を無視し、近くで戦っている兵士へ向かって怒鳴った。

「おいっ、そこのやつ!将軍様はどこだ!!」

 兵士は移動しながら攻撃をかわしていたが、遂に五匹の敵に囲まれてしまった。前の奴の攻撃をかわしつつ、その横の敵を刺し貫いたのだが、それが隙となり、後ろの三匹に攻撃のチャンスを与えてしまった。三匹の持っている剣が同時に兵士の背中を狙う。しかし、その切っ先が兵士に届く事はなかった。大柄な男の剣がひと振りで二匹の敵を斬り倒し、もう一匹はやせた男がすばやくナイフで喉を斬り裂いていたからだ。

「将軍はどうした!」

「分からん。突然敵が現れたかと思うと・・・テントは燃え出すし・・・分からん、何が起きたのか、どうなっているんだ。」

 良く見ると、兵士は防具をつけておらず、手にしている武器も錆て刃こぼれしている汚い剣だ。恐らく敵から奪ったものなのだろう。武器も取りに行けないほど急な襲来だったということになる。

「あぁー、敵の数とか、どの方面から来たのかとか、わかんねぇのか?」

 やせた男は群がる敵の攻撃を器用にかわしながら一匹ずつ片付けていく。数は多いが、彼ほどの手練にとっては単なる鵜合の集にすぎないのだ。しかし、大勢での負けは見えているので、既に逃げる算段を立てている。

「分からん。気付いたらそこにいたんだ。」

 兵士は持っていた武器を捨てると、近くの死体から剣を借り受けた。その死体も防具はつけていなかった。

「とにかく私は将軍閣下を捜す。助けてくれて感謝する。」

「感謝なんかいいから、役に立つ情報が欲しいぜぇ。」

 兵士がその場を動こうとした時、急に前方の敵が引き、道ができた。異様な雰囲気に全員その方向を向いて構え、これから発生する事態に備えた。

 長い棒を持った影が炎を背に踊っている。ひとつ、ふたつ、みっつ。ずんぐりした体に大きな顔、反対に胴から生える手足は細く、木で作った操り人形のようだ。手にしている棒の先には丸い飾りが付けられている。ちょうど人の頭ぐらいの大きさだろうか。

「隊長!それに・・・将軍閣下。」

 兵士の声は、最初は叫び、終わりはうめきに近いものだった。

「おい、ありゃ傭兵隊長の首じゃぁねぇか?」

 やせた男は誰に問うでもなく、言葉をもらした。

 三つの首を掲げた三つの影が、踊りながら二手に別れ、その後ろから大きな影が、ゆっくりと前に出てくる。他の影のように踊ったりはしていない。手にしているのも槍ではなく大きな剣だ。その影は大きく、さっきの踊っていた奴の倍以上はある。さらにゆっくり近づいて来て、顔が見える所まで近づき、止まった。

 大きい。その場の誰もが、押し潰されんばかりの威圧感を感じている。屈強な体の大柄な男も、死線を何度も潜りぬけてきたやせた男も、手足のしびれるような感覚と、総毛立つような緊張を味わっている。一番近くで見上げる兵士は、血の気の引いた顔で目をむき、手にした剣が音を立てて震えている。

 突然、巨大な剣が振り下ろされた。剣は兵士の眉間からまっすぐに入り、まるで薪でも割るかのごとくその体を真二つにした。

「ウルグルだ。」

 小さな男が確信を込めて言った。

「こいつが、ウルグル。」

 大柄な男は乾いた唇を舌で湿した。まさか本当に遭遇することになろうとは思ってもいなかった。あまりにもタイミングが良すぎる。

 ウルグルは大柄な男の方を向くと、一気に間合いを詰めた。大柄な男は反射的に両手で剣を持ち、頭上に構えて防御の体勢をとる。

 ガキッ!

 大柄な男の体が横にはね飛ばされた。両手でしっかりと握っている剣は途中から折れ、その先はヨロイの肩当てに喰い込んだ状態で地面に落ちている。肩当てが外れていなければ肩そのものに喰い込んでいただろう。

 ウルグルはなお攻撃を加えようと近づいてくる。今度はゆっくりと、恐怖をあおるように動いている。大柄な男はもう使えなくなってしまった剣を捨て、相手の動きをしっかりと見つめた。もう逃げるしか手はない、しかし逃げる隙など与えてくれる相手ではないことは今までの動きから明らかだ。

 ウルグルが巨大な剣を片手で振り上げた。これを避けることができれば、逃げる隙を見つけられるかもしれない。相手の動きに集中する。その時、ウルグルの顔めがけてナイフが飛んできた。やせた男が投げたのだ。ナイフはまっすぐウルグルの目を狙っていた。しかし、ウルグルは避けずに、ただ目を閉じただけでナイフを弾いてしまった。

 ナイフは致命傷を与えることはできなかったが、隙を作ってくれた。チャンスと見た大柄な男は一気に走り出した。すでにやせた男は前を走っている。

 大柄な男は全速力で走った。重い剣は既に捨ててしまったので比較的身軽になっている。やせた男には追いつけないが、離されることもない。

 ふと、風を切るような音に気がついて後ろを振り返った。目前にさっきの兵士の顔が見えたかと思うと、体がぶつかってきた。半分になった兵士の死体をウルグルが投げつけてきたのだ。大柄な男は地面を転がってから仰向けになった。しばらく何が起こったのか理解できず、そのままでいたが、はっとして周りを見回した。右前方にこちらへ向かうやせた男の姿が見え、左後方にはものすごい勢いで走るウルグルの姿が見える。大柄な男は跳ね起きるとやせた男の方へ走った。

 やせた男は立ち止まり、ナイフを三本用意した。左手に二本、右手に一本持ち、右手のナイフを投げる。大柄な男は頭を下げ、前方に回転してそれを避けた。しゃがんだ姿勢でナイフの行方を追う。既に一投目は弾かれ、二投目と三投目のナイフも手で払われてしまった。歯が立たないとはこのことだ。

 やせた男は腰の大きなナイフの他に、六本の投げるためのナイフを身に付けている。残り三本を手にしたが、普通に投げたのではダメージを与えることができない。

 ウルグルは大柄な男に追いついてしまった。ウルグルの蹴りが大柄な男を襲う。両腕で防御するが、それでも衝撃で体ごと後ろへ跳ね飛ばされた。倒れている所へ巨大な剣が振り下ろされる。右へ避けた所へ巨大な腕が降ってきた。一瞬世界が歪む、痛さなど感じないほどすさまじい一撃だった。

 大柄な男は動かない。もしや死んでしまったのではないか、そんな思いを抱きながらもナイフを構える。あの巨大な剣を振り下ろされたら今度こそ大柄な男が助かる見込みはない。構えたナイフを勢いをつけて投げた。

 今度は剣を持つ腕の脇の下を狙った。いくら皮膚が固いといってもここならば刺さるかもしれない。しかし、ナイフはあっさりと弾かれてしまった。それどころかウルグルは薄笑いを浮かべて、もっと投げてみろと言わんばかりに胸を張り舌を出して見せた。

「ちっきしょー!」

 やせた男は力一杯ナイフを投げた。今度はニヤけた顔の真ん中を狙った。ナイフは狙い通り鼻へ当たったが、やはり弾き返されてしまった。手元に残ったナイフは一本。やけになって投げようとしたが、大柄な男が動くのが見えて手を止めた。即座にやろうとしていることを理解して、再び構え直して投げる。ナイフはウルグルの左胸、心臓を狙っていた。

 ウルグルは、そのナイフが最後であることを知っていた。しかし、たかが投げナイフなどでこの体に傷をつけられるわけがない。これを弾き返せば絶望するにちがいない。ウルグルは人間の絶望する姿が好きなのだ。絶望し、恐怖し、怯え、逃げ惑い、絶叫し、苦痛にのたうつ人間を見たくてたまらないのだ。人間の苦しみこそウルグルの楽しみ、人間を殺すことほど愉快なことはない。人間は弱い。

 ナイフは飛んだ。ウルグルはぐっと胸を張りそれを待つ。ふと、倒れていたはずの男が立ち上がっているのに気付き、まだ楽しめるという思いに笑いが込み上げてきた。だが、次の瞬間、その笑いが驚きに変わった。

 大柄な男は立ち上がると蹴りを放った。ちょうどナイフが胸に当たるのにタイミングを合わせ、それを蹴り込む。手応えはあった。ナイフはウルグルの左胸に突き立っている。

 やった!

 そう思った頭を、岩のような拳が襲った。大柄な男は、がっくりと膝をついてから地面に伏してしまった。

 ウルグルの胸にナイフは突き刺さっている。しかし、その分厚い皮を突き通しただけで、心臓にまでは達していなかったのだ。ウルグルは、胸のナイフを引き抜いて投げ捨てると、今度は両手で剣を持ち、頭の上にかざしてから振り下ろした。

 やせた男は、叫びながら走り出していた。すでに何もできない、だが大きな男を置いては行けない。その前に、風のような早さで割り込む者がいた。

 やせた男は信じられない光景を目にして立ち止まった。

 小さい男が大きな男をかばい、その小柄な剣でウルグルの巨大な剣を受け止めているのだ。

 ウルグルは、その剣ごと小さい男を切り裂こうと、剣を握る手に力を込めた。

「早くこの男を!」

 小さい男の声に答えて、やせた男は迅速に大きな男をウルグルの剣の下から助け出し、できる限り急いでその場を離れた。


 大柄な男は自分を呼ぶ声で意識を取り戻した。目の前にはやせた男が心配そうな顔で覗き込んでいる。

「てめぇ、今日は何回死んだと思ってんだ。」

 その通り、あいつに出会ってから何度やばいと思ったことか・・・。

「あいつはどうした?」

 振り返ると、ウルグルの巨大な剣を小さな男の剣が受け止めている姿が見えた。

「どういうことだ?」

「わからねぇ、突然あいつが現れてウルグルの動きを止めちまったんだ。」

 ウルグルも小さな男も、時が止まったように微動だにしない。

「わかんねぇが、とにかく逃げろ。歩けるんなら自分の足で歩いてくれ。」

 その時、ウルグルが剣を引き、大声で笑い始めた。

「逃げろ!」

 小さい男は、すばやくその場を離れ、二人に声をかけると、そのまま走り去って行った。大きな男は、やせた男の肩を借りながら戦場を後にした。

 ウルグルは何も言わず、きびすを返して戦場の方へ向かった。戦場にはまだ人間が残っている。思う存分虐殺を楽しむことができるのだ。


 大柄な男とやせた男は、戦場から遠ざかるため東へ向かった。幸いやせた男が二人分の金を持ち出していたため、街にたどりつければしばらく休息がとれる。大柄な男は剣を新調しなければならないし、やせた男は使いきってしまったナイフの補給をしなければならない。

 前方から朝日が昇ってきた。徐々に明るくなってきて、周りが見えるようになってくる。振り返ると既に戦場も煙も見えなくなっていた。夜を徹して歩いたのだから相当離れることができたはずだ。ウルグルも他のオーク達も追ってくる気配はない。

「それにしても助かったぜ、お前のナイフがなかったらやばいところだった。」

「ああ、おまえさんも良く頑張ったよ。素手であんなやつとわたり合ったんだからなぁ。良く生きのびれたもんだ。」

 二人とも疲れきった表情をしている。人間相手の闘いなら何度も経験しているが、化け物を相手にしたのは始めてだ。

「まったくだ、あいつのおかげだな。」

「ああ、そうだな。」

そう言って、やせた男は、あの小さな男の名前すら聞いていないことに気が付いた。

「おい、あいつの名前、聞いたか?」

大きな男は、首を振って答えた。

「いや、お前の知り会いだと思ってたからよ、違ったのか?」

やせた男も首を横に振った。

「そぉいやぁ、全然気にしてなかったなぁ。」

「あいつ、無事に逃げていれば良いが。」

そう言いながらも、あの巨大な剣を受け止めるほどのやつだ。お互い心配はしていなかった。

 突然、前を歩いていたやせた男が、くるりと振り向いて言った。

「お前、あのでかいのにもう一度挑戦するかい?」

顔にはからかうような表情が浮かんでいる。

「とんでもない。あんな奴とやり合うのは、ごめんこうむる!」

 やせた男は、大柄な男の肩を軽くたたき、また先に立って歩き出した。

前方の森を抜けると街へたどり着けるのだが、まだしばらく歩き続けなければならない。


 二人が立ち去った後、一匹のヘビが草むらから出てきた。鎌首をもたげて森の方を向き舌を出す。既に二人は森の中へと姿を消してしまっている。ヘビは向きを変えるとそのまま走り去っていった。小柄な主人を目指して。


暗黒の500年、後に地上を取り戻した人間はそう名付けました。その始まりの物語です。

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