表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この世界で生きる意味を僕に教えてください  作者: ヤマト〆
あちらとこちら
9/11

光と闇

羅生門はそこに、まるで彼等を待ち望んでいたかのように立っていた。


羅生門は真っ白だ。そこに幾重にも模様が彫られていてるが、それは絵とは表現し難い。言うならばその模様で迷路を描いているような、一貫性のないものだった。


その模様を見つめながら、ムサシは考えていた。


この門についてではない。自分の力の事だ。


ムサシには人ならざる力が存在していた。だが、それがどういう力なのかいまいち把握出来ていなかったが、分かった事もある。


この力は恐らく、ムサシの感情によって変化する代物だ。


悲しみや不安、驚き等の負の感情を持つとムサシの体は鋼のように硬くなり、逆に好奇心や喜び、勇気等の正の感情を持つと、ムサシの身体能力が一気に向上する。だがその際に防御力は上がらない。


これがムサシの考察によるムサシの力である。


この力の上限や、効果の持続時間は分からないが、ムサシはこの力を使って羅生門をこじ開けようと考えていた。


「どうにか出来そうかいムサシ?」


「こればっかりは、やってみなきゃ分からん」


ムサシは羅生門に手を突いた。ざらざらとした質感で、ひんやり冷たかった。


「本当に開けられんのかよムサシ」


「そうだぞムサシ」


キボウとゼツボウはムサシを信用していないようで、訝しげに見守っていた。


「黙って見とけ」


ムサシは力を込めた。”常人”の力ではピクリとも動かない。きっとこれでは三人になった所で結果は変わらないだろう。


ここでムサシは考えた。


ユメが盗賊に襲われていた時のこと。ユウキと決闘した時のこと。エモーションのメンバーを紹介された時のこと。フアンに神話の話を聞いた時のこと。神殿の中で泣いたこと。魔女と戦ったこと。


この世界に来てから時間は全然経っていないのに、思い出すことは沢山あった。しかも鮮明にだ。


それはムサシの力の糧となり、血肉となり、パワーとなる。


「うぉぉぉぉぉぉらぁぁぁぁぁ!!!!」


グッと体を押し込め、フルパワーで門を押し開ける。


だが、それでも門は動かない。


「くっそがぁぁぁ!!」


それでもムサシは門を押し続けた。例えこの腕が折れても、開けられさえすれば必ず何かが起こると、ムサシはそう確信していた。


けれど無情にも、やはり門は動こうとしない。この門は唯の見せかけなのではないかと頭を掠めるほど、それは開く事を拒んだ。


ムサシは負けそうな気持ちになった。気持ちが負けに向かうのは、要は感情がマイナス方向に移動するということだ。


そうなると力は弱まり、ただでさえ開かない門は、もう何をやっても開かなくなる。


それではダメだと思うも、心は正直なものだった。


よろける体をどうにか気力でカバーしようと足を踏ん張った時、小さな手が視界の端に映った。


「負けるなムサシ!」


「そうだぞムサシ」


小さな手は、キボウとゼツボウの手だった。


二人は、門に体当たりしたり押したり蹴ったり叩いたり、色んな方法で門を開けようとしていた。


「お前等……」


さっきまでとは大違いじゃんかよと呟き、ムサシは笑った。


「そうだよムサシ。君はこんな所で挫ける軟弱者だったのかい?」


ユウキは皮肉を混じらせて、ムサシの横に手を置いた。


「君は一人じゃないんだ。一人でこの門が開けられる訳ないだろ」


「……そうだな」


ムサシは小さく呟いた。確かに、一人で片づけられると思うのは虫が良すぎる話だ。


「じゃあせーので一気に押すぞ」


この時ムサシは思った。


例えこの身が朽ちようとも、この三人をイリーガルへと送ってやりたい。その為には力が必要だ。この門を開けるための強大な力が。


「せーの!!」


四人は一斉に力を込めた。


その瞬間、門が大地を揺るがすような音を響かせて、少しずつ開き始めた。


「開けぇぇぇぇぇぇ!!!!」


「「「うおぉぉぉぉぉ!!!!」」」


四人は目一杯叫びながら、門に力を加え続けた。


少しずつ、門が開けていく。四人がそう思った時、変化は起きた。


キュオオオオというまるで掃除機のような吸い込み音が聞こえ始め、四人は俯いていた顔を上げた。その時、妙な風をも感じた。


そして愕然とした。


開き始めた門の中心部から、まるで竜巻のような渦が発生しているのが見えたからだ。それは、門が開く事にどんどん大きくなっていく。


「な、なんだよあれ!」


キボウが恐怖を露わにしながら渦を指差すと、それにゼツボウは淡々と答えた。


「ダークホールだ」


「え、あの全てを呑み込むっていうあの!?」


「そうだぞ」


「やべぇじゃん! 逃げなきゃ!」


キボウはそう言うが、誰もそこを動こうとしない。


「無駄だぞキボウ。もう逃げられない」


開いていく門と、大きく膨らむダークホール。そして、どんどんと強くなっていく風。


まるでそれは地獄へ続く入り口だった。


「俺達どうなるのかな」


キボウがぽつりそう呟いた時、ムサシの手がぽんと頭に乗った。


「心配すんな。俺が絶対守ってやる」


そしてムサシはキボウの手を握った。


「なら僕はゼツボウを守ろうかな」


少し陽気な声で、ユウキはゼツボウの手を握った。


その瞬間、風の勢いが一気に増した。これ以上強くなった時が、この地に足を置ける最後だ。


「何が待ち受けてるか知らねぇが、全身洗って待っとけよヤマダ=タロウ」


そして門が開ききったその瞬間、風の勢いは一気に増した。


四人はその風に導かれるように、ダークホールへと呑み込まれていった。




***




気持ち悪さがムサシの全身を蝕んだ。まるでぐるぐる回したコーヒーカップから降りてきたみたいだった。


ムサシは呻き声を上げながら、ゆっくりと目を開けた。


視界に飛び込んで来たのは、草の生えていない干上がった剥き出しの大地。黄土色の空。赤茶けた空気。そして、何物も遮っていない地平線。


そこはまるで、干ばつした荒野の成れの果てのような世界だった。


「あ、起きたのかよ」


その視界にぬるっと入って来たのは、いつも通りのキボウの姿だった。


その瞬間、ムサシはホッとした。人がいるただそれだけでこんなにも安堵したのは初めてだった。


ムサシは改めてこの世界を見渡した。生物は愚か植物すら生えていない滑稽な程に剥き出しな大地は、まるで時が止まってるみたいに見えた。


ムサシはゆっくりと立ち上がった。吐き気はあるが、歩けない程ではない。


二人は取り敢えず、この地を歩いてみることにした。何か発見があるかもしれないという期待を込めてのものだった。


だが、歩けど歩けど風景は変わらず、一陣の風も吹かず、何の気配も漂って来ない。砂漠ですら、もっと動きがある筈だ。


「なぁムサシ。この世界って、居て楽しいのかな?」


ふとキボウが呟いた。まるでこの世界を憂いてるようだった。


きっとキボウは今、子供ながらにこの世界を感じ取っているのかもしれない。


「どうだろうな。楽しくはなさそうだが」


ムサシは本心を言うと、愛想無くふーんと呟き、キボウは黙って歩き続けた。まるでそれは、何かを噛み締めているようだった。


時折、パリパリと大地が二人の重みでひび割れるだけで、この世界は止まったままだ。


「なぁ、ムサシは何でエモーションに入ったんだ?」


道中、キボウはそんな事をムサシに聞いてきた。


ムサシは返す言葉に困ったが、こう答えた。


「楽しそうだったからかな」


するとキボウはまた愛想無く頷いて、また黙りこくった。


一体何を聞きたかったのかムサシには分からなかったが、代わりにムサシはキボウに同じ質問をした。


すると彼はぶっきらぼうにこう答えた。


「無いよ。俺達は物心つく前にここに居たから、理由なんてない」


俺達はと言ったのは、ゼツボウも入っているからだろう。


「俺達には父親が居ない。だからおっ母は唯一のけつえんしゃだ」


「血縁者……ね」


ムサシはそう言って返す言葉を失った。適切な言葉が見つからなかったからだ。というより、この問いかけに正解があるのかすら分からない。


でもキボウは今、自分の境遇をムサシに話そうとしている事だけは分かった。


「おっ母は優しかった。でも怒ると鬼のように怖かった。そんでゼツボウは良く泣いてた」


懐かしさと悲しさが入り混じったような声だった。涙を必死に堪えているようにも聞こえた。


「俺は幸せだった。でもおっ母はどうだったのかな。この世界で生きてて幸せだったのかな」


キボウの心が瓦解していく音が聞こえた気がした。


「分かんないよ、俺。このまま生きてて良いのかな」


「良いに決まってんだろ。血の繋がりだけが全てじゃない。母親が不幸せだったからってお前も不幸せになる理由なんかない」


「でも、俺はあの魔女の血を引いてるんだ。故郷を壊したあの血が……」


「あいつらはただの人間だよ。魔女なんかじゃない。少し捻くれてるけどな」


ムサシはきっぱりと言った。キボウはすっと顔を上げてムサシを見た。


キボウの顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。


「何でそう言い切れるんだよ」


「だって俺があいつらを創ったんだからな」


「は? 何言ってんだよ?」


「俺は魔法使いなんだ。ま、魔法は今は使えないから結局俺もただの人だ。ちょっとばかし変な力は持ってるけどな」


ムサシは乾いた声でそう言った。キボウがこの話を信じてくれるかは分からないが、ムサシはただこれだけは言いたかった。


「死ねば報われる訳じゃない。死んだって何かが変わる訳じゃない。ただ、同じことを繰り返すだけだ」


これはある意味自分への戒めでもあった。けれどこの自分の戒めで誰かが救われるなら、この戒めも本望だろう。


「分かってるよ。だって俺、ゼツボウを残したまま死ぬなんて、死んでも死にきれない」


「そっか」


この時ふと、ムサシはミカの言葉を思い出した。


死んでも死にきれないというのは、不思議な言葉だと彼女は言っていた。人は何故死んでも後悔しようとするのか。


きっとそれは、死よりも大切なものを置き去りにしてしまったからなのだろう。これを簡潔に現すなら、心配しているのだ。その感情が、死をも凌駕して死んだ人間の魂に絡みつき、離さない。


少しクサいな、とムサシはその思いを一蹴した。きっと、人それぞれ考え方は違うはずだ。これが正しい訳じゃない。


だからムサシは思った。必ずキボウを生かすと。


「なぁ__見ろよあれ!」


その瞬間、キボウが驚いたような声を上げて、ずっと真っすぐ先を指差した。


そこには家があった。遠くて良く見えないが、恐らく家で間違いない。


そしてそのシルエットには既視感があった。


ムサシは全身が震えあがり、気付けば全速力で駆けていた。キボウが慌ててついてくる音がしたが、もうどうでもよかった。


ムサシは吸い込まれるようにあの家へと導かれ、やがて__。


「おいおいちょっと待てよそこのお兄さん」


突然、キボウの声ではない、人を小馬鹿にするような男の声が背後から聞こえて来て、ムサシは考える間もなく振り向いた。


そこには、魔女がキボウを羽交い絞めにして立っていた。


キボウがじたばたと必死になって抜け出そうとしているのが、コミカルチックなのは今は置いておくべきだろう。


「また魔女か」


「ご名答。俺っちはイチノセだ。宜しくな」


いつものように純白の丈長のコートを着て、鉄仮面を被っているのだが、イチノセは鼻から下を剥き出しにしていた。


剥き出しの口からは異様に長い舌が飛び出しており、まるで興奮した犬の様だった。


「なんだよ。そんなに俺っちって格好いいか?」


「いや、口だけじゃ分かるわけねぇだろ」


「それな! 良いセンスしてるなぁおい」


イチノセの言葉は何もかもが軽い。まるで風船だ。ただただ宙に浮いてるだけで、その言葉に何も感じない。


「それよりキボウをどうするつもりだよ?」


「どうするって……んーどうしよっかな」


未だにじたばたしているキボウに視線をやった時、キボウの体が上に跳ね上がった。


そしてその反動で勢いが付き、キボウの足がイチノセの股下を潜り抜け、上に蹴り上がった。


正しくそれはジャストミートだった。


「うごほぉ!?」


イチノセは苦悶の表情で体をくの字に曲げると、その隙にキボウがするりとイチノセの手から離れた。


「このクソガキ!」


「うるせぇ! ヘンテコ仮面!」


キボウがアッカンベーとやると、イチノセは憤慨した。


「だ、誰がヘンテコ仮面だとこらぁ! 上等だ! お前っち等まとめてハチの巣にしてやるよ!」


イチノセはコートの裏側から何か黒い物体を二つ取り出し、手に持った。


「人間の一番怖い物って、案外これだったりするんじゃねぇか」


カチャンとセーフティーが外れる音が響き、銃口が二人に向けられた。


「くたばれへっぽこ人間!」


まるで子供のような言い草と共に、発砲音が乾いた大地に木霊する。


「__うん?」


イチノセは今改めて自分が撃った場所を見るが、そこに人の姿は無かった。


「どこだ?」


刹那、後方で足音が聞こえ、イチノセは振り向け様に乱射したが、またしてもそこに人の姿は無い。


イチノセはその瞬間、得体の知れない恐ろしさを感じた。もしかするとあの人間は普通ではないかもしれない。


イチノセは耳を澄まして、音を聞いた。四方から音が聞こえてくる。恐らく攪乱するためだ。


だからイチノセは待った。止まった瞬間を狙い撃つために。それはまるで獲物をひっそりと狙う狩人のようだった。


イチノセにとってこの瞬間が一番堪らない。喰うか喰われるかの勝負は、生きている感覚を呼び起こしてくれる。不老の人間にとってこの感覚は、何にも代えがたい至福の一時だ。


イチノセは気付けば笑っていて、気付けば心臓が昂っていた。


そして時は来た。


「死ね!」


パンと勢いよく飛び出した弾丸は、ムサシがそこに足を着けたその瞬間だった。狙い通りだと、イチノセは舌なめずりした。


人間では間に合わないスピードで、弾丸はムサシの眉間に飛んでいく。


イチノセが勝利を確信したその瞬間、ムサシが動いた。


彼は弾丸のスピードを目で追いながら避けていた。まるでそこだけスローモーションのような錯覚に陥る程、衝撃的な光景だった。


しかも、ムサシはそれを希望を脇に抱えたままそれをやってのけたのだ。イチノセは声すら出なかった。


「お前、人間か?」


「俺はただの魔法使いだよ」


ムサシは気付けばイチノセの目の前に立っていた。そして、言った。


「なぁ。お前はクウキョなのか?」


「違う。俺っちはイチノセだ」


「そっか」


ムサシは思う。これはキボウの為だと。キボウを守るためにこの拳を使うのだと。


「じゃあな」


ムサシは拳をイチノセの体に叩き込んだ。イチノセは、エビ反りに体を目一杯曲げた後、その場に崩れ落ちた。


それを見届けてから、ムサシは脇に抱えていたキボウを地面に下ろした。


「おい、お前」


その時、イチノセが振り絞りながらそう言った。


「お前は本当に創造主なのか?」


「……あぁ」


「なら一つ聞かせてくれ。何で俺っち達に寿命をくれなかった。その所為で俺っち達は死ぬにも死ねなかった」


「……多分、忘れてたんだ。というか、人間は勝手に百前後で死ぬのかと思ってた」


あの時ムサシはただ人間を創っただけで、そこに何かしら制限を付けた訳では無かった。その所為でこんな事になるとは思ってもみなかった。


「なるほど。それが不老の答えか。何て滑稽な話だ」


イチノセは思わず笑ってしまった。長年の鬱屈が、ただ忘れただけなのだから仕方ない。


「あの家に向かうのか?」


「あぁ」


「なら、早くした方が良い」


イチノセの声音が変わり、彼は言った。


「もうじきこの世界は崩壊する」




***




ユウキはまるで二日酔いのような眩暈と吐き気に苛まれていた。


「う……」


ユウキは少しずつ目を開けた。視界がぐるぐると周り、世界が何度も反転する。


それでもユウキは気力を振り絞り、取り敢えず体を起こすことに成功した。


すると、何かがユウキの体を押している感覚に気付き、はっきりしない視界で下を向くと、そこにはゼツボウが蹲っていた。


どうやらいつの間にかユウキがゼツボウを抱き締めていたらしいが、とにかくユウキはホッとした。


「おいゼツボウ」


「うぅ……後五分」


どうやらゼツボウは無事のようだった。


それにまた安堵して、ユウキは辺りを見渡した。


そこはまるで荒廃した世界の行きつく果てのような場所で、見るも無残と言っていい程の惨状だった。


こんな世界にあの魔女達が住んでいたのを考えると、少し胸が痛んだ。


「凄い所だな」


いつの間にか起き上っていたゼツボウがポツリと呟いた。


「取り敢えず歩いてみようか」


「行く当てはあるのか?」


「無いよ。でも、歩いてれば何かあるかもしれない」


何とも考えの無い答えだが、ここで立ち止まってるよりかは良い。それを分かっての事か、ゼツボウも同意し、二人は道なき道を歩き始めた。


歩けど歩けど景色は微塵も変わらない。まるでランニングマシンに乗っているようだった。


「ユメはどっちだと思う?」


ゼツボウが歩きながらそんな事を聞いた。色々と抜けた言葉だった。


正しくは、ユメは魔女か人間どっち、の筈だ。


それはユウキが気になっていた事案の一つでもあったので、ユウキの答えはもう頭の中にあった。


「どっちでもいいさ。どちらにしろ、僕は助けに来たからね」


「ユウキは魔女でも助けるのか?」


「……うん。助けるべき時が来たらきっと、僕は人間でも魔女でも助けるかな」


「ユウキは難儀な奴だな。でも、俺には無い性質だぞ」


「ゼツボウは助けないのかい?」


するとゼツボウは黙った。その表情は少し寂しそうだった。


「助けないぞ。俺はそういう冷たい人間だ」


「どうしてそう決めつけるんだ?」


「俺はユメの事を魔女だと思ってるし、きっとユメはここに誘いこむために誘拐される演技をしたんだと思ってる。だから俺は冷たいんだ」


ゼツボウの頭のキレをユウキは理解しているが、その心情までは慮る事は出来ない。


きっとゼツボウは頭が回りすぎて、一番合理的な判断を下す事が出来てしまうのだろう。


もしかしたらゼツボウはその事に悩み、苦しんでいるのかもしれない。贅沢な悩みなのかもしれないが、才能とは時に自分を傷つけるものだ。


「それに、ユメを誘拐しても魔女にメリットなんか無いぞ。人質にしてる訳でもないし。だからあれは罠にしか思えないんだ」


「そしたら僕達は、餌にまんまとおびき寄せられてやって来た馬鹿な獲物だね」


ユウキは笑ったが、ゼツボウの顔は晴れなかった。


「でもそうと分かってても逃げずにゼツボウはここにいる。それが君の良い所で、僕には無いものだ」


「ユウキは何から逃げてるんだ?」


「……過去だよ。僕の昔々の記憶さ」


ユウキは苦々しく笑ったが、ゼツボウにはいまいちその言葉がピンと来なかった。


ユウキが普通の人間だったならば、昔々なんて言葉は使わない。なら何故今そんな言葉を用いたのか。


分かるようで分かりたくなくて、ゼツボウはその想像を掻き消した。


「おーやおーや。ちっちゃいのとおっきいのがいるね。侵入者なのかな?」


その時、眼前から女性の声が聞こえてゼツボウは驚きながら我に返った。


そこには、毎回馴染みの純白の丈が長いコートを着た魔女が片手に真っ黒な鞭を持ちながら立っていた。


彼女は、鉄仮面を被ってはいなかった。その代わりにレースで作られたヴェールで顔を覆い隠している。


全体的に見たらその格好は白も相まってちゃちなウエディングドレスのように見えた。


「こんばんは。私ニノマイって言うの。宜しくね」


手に持っている真っ黒い鞭をしならせながら、ニノマイはそう挨拶した。少しゼツボウには刺激が強い相手だった。


「あれが武器なのか? 痛そうだな」


「も、もしかすると彼女はサドかもしれない」


「ふふ。出来れば女の子が良かったわ。私、女の子いじめるの大好きなの」


ニノマイはぺろりと真っ黒い鞭の先を舐めた。ヴェールから覗かせたピンク色の舌は、何故か少しいかがわしかった。


「あんまり見ちゃダメだよゼツボウ」


「どういう意味だ? 彼女はただ鞭を舐めただけだぞ」


「いや、そうなんだけど……」


「でも安心してね。私、どっちでもイケちゃうから。ふふ」


ニノマイは妖艶に笑うと、可憐に跳び上がった。


「さぁ、イってよ!」


ニノマイは鞭をしならせ、飛びかかるようにジャンプすると、ユウキ目掛けて鞭を打った。


ユウキは慌てて鞘に収まっていた剣を抜くと、それを叩き斬るように斜め下から斬り上げた。


だが、その鞭は弾力性が強く、斬れる前に弾き返されてしまった。


「あらあらそんな物騒な物なんて持ってたの? それで一体私のどこを刺すのかしら。ふふ」


ニノマイは興奮した様子で鞭を打つが、ユウキがそれをことごとく弾き返していく。


「もっとスピードあげちゃおうかしら。目じゃ追いつかないから体で感じてね。ふふ」


ニノマイはそう言うと、本当に目では追えないスピードで鞭を打つ。


四方八方から飛んでくる無慈悲な鞭は、とてもじゃないが剣一本では受け切れず、ユウキは一気にズタボロになる。


「おいユウキ!」


「ゼツボウ! 君は下がって目を瞑って! 後、出来れば耳も塞いでおいて!」


「え……分かった」


ユウキのまたとない険しい表情に押され、ゼツボウは大人しく後方へと下がる。そこでちゃんと目と耳を覆っている辺り、可愛い子供である。


「そして君は子供に不埒な言葉を覚えさせる天才かぁ!」


ゼツボウが言う通りにしているのを見届けて、ユウキはニノマイにそう一喝した。


するとニノマイはきゅっと体を縮こませて__。


「もっと詰って」


「それだよ! 懲りないのか君は!」


「えぇ。だって私、快感を得ないと生きている心地がしないんだもの」


「……どうしてそんな体になってしまったんだい?」


「不老だからよ。自殺か他殺されない限り、永遠と終わらないこの命って案外退屈なのよ」


「ならここで終わらてあげるよ。それが君の為だ」


「そう。なら最後に絶頂を感じさせて頂戴!」


鞭がしなり、高速でユウキの身に降り注いでいく。


ユウキはそれでも一歩一歩踏みしめ、ニノマイに向かって行った。


そこで彼は思うのだった。


一体自分は何者なのだろうか。自分には、生まれた時からの記憶がある。だがそれは、”植え付けられた記憶”に思えてならなかった。


それを感じさせたのが、ムサシという存在だった。彼は恐らくただの人間では無い。何か不思議な力を持っている。


そんな彼に当てられて、ユウキも自分自身について考えていた。自分はただの人間なのだろうかと。だが、考えても考えても答えは出て来なかった。


けれど分かる事もある。それは、このままムサシと共に居れば、何かが掴めるかもしれないという事だった。


だからユウキは、ムサシを求める。それを邪魔する者は狩るしかない。


「な、何なのよあんた! もっと喘ぎなさいよ!」


ニノマイが悔しそうにキィキィ言いながら、鞭を振り回し続ける。


「効かないよ。僕は鋼の肉体だからね」


「そ、それは見てみたいわ!」


ニノマイがユウキの事をうっとりと見つめている気がした。


「比喩表現だよ。言葉の綾。君はそんな事も分からないのかい?」


「何よ! 夢見たって良いじゃない!」


「君達に夢なんか見せるつもりはない。勝つのは僕達だからね」


「勝つ? 一体何を言ってるのかしら?」


ニノマイは不思議そうに首を傾げた。その仕草が、ユウキをイラつかせた。


「勝つのは僕達だと言ったんだ。聞こえなかったのかな?」


すると、ニノマイが何かを納得したように何度か頷いた後、ケラケラと笑った。


「可哀想ねぇ! あぁ可哀想! まだ勝つ事を信じてるなんて本当に__救えないわね」


「何が言いたい!」


腹が立ち、ユウキの口調は荒くなるが、ニノマイは平然と言った。


「ねぇ、羅生門って知ってるわよね?」


「あぁ。僕達が開けて入って来たんだからな」


「そうよね知ってるわ。それで、その羅生門って開けた時、ダークホールが現れたでしょ?」


「……あぁ」


「それ、今どうなってると思う?」


「どうなってるって……」


ユウキはそんな事考えてすらいなかったので答えに詰まった。


「どんどん肥大化していくのよ」


「な__!! 肥大化して、どうなるんだ……?」


「決まってるじゃない。呑み込むのよ、この世界丸ごと」


ニノマイの茶目っ気たっぷりの言葉で、ユウキの思考回路は完全に停止し、頭が真っ白になった。


「だから、この勝負に勝ち負けなんてないの。だって全員死んじゃうんだから」


「そ、そんな……」


ユウキは身体から全ての力が抜けていくのを感じた。気付けばユウキは地面に顔を向けていた。


「い、一体どうしたら……」


「諦めるしかないわね。あの羅生門、開いたら最後閉まらないもの。ていうか、開けたくても開けられない開かずの門だったのによく開けられたわね。拍手したいくらいよ?」


「……黙れ。黙れ黙れ黙れ__!!」


ユウキがニノマイを睨みつけたその眼前に、黒い穴が一つ見えた。


「人間の簡単な殺し方の一つ。銃殺。イかないのは残念だけど、逝くのを見るのも嫌いじゃないわ。後、その屈服した顔を見るのもね」


その姿はまるで花に水でもやるかのように自然で、且つ無慈悲だった。


ここで逃げるべきか死ぬべきか、ユウキは一瞬考えた。だが、結論を出す暇は無かった。


「というか、見苦しいからさっさと死んで」


銃声が、閑静な世界に響き渡った。


「うぅ……」


「あら。勇敢な坊やね」


咄嗟の出来事だった。


銃が発砲される直前、ゼツボウが割って入るように飛び込み、銃口を逸らしたのだ。


ユウキの頬に、一直線の血の筋が刻まれる。


「どうやら死にたいのは坊やみたいね」


ニノマイは特に動揺する事無く、今度は標準をゼツボウに変えた。


ゼツボウの脇腹辺りから血が溢れていた。恐らく、銃と揉みくちゃになった際に当たったのだろう。


だが、彼の瞳は死んでいなかった。


銃には目もくれず、ゼツボウはユウキの方を向いた。


「ユウキ。逃げても意味ないぞ」


ゼツボウは言うのだった。


「逃げても見えるのは絶望だけだぞ」


彼はそう言って笑った。初めて見る笑顔だった。


「健気なね」


ニノマイはまるで花を愛でるように薄く笑うと、躊躇なくレバーを引いた。


二度目の銃声が、虚空を切り裂いた。


「__あら?」


ニノマイが銃口を向けた先にあるのは、弾痕で抉れた地面があるだけで、ゼツボウの姿は無い。


「一体どこに__?」


気付けばユウキも居なくなっている事に気が付き、ニノマイはキョロキョロと辺りを見回す。だが、音も気配も感じられない。


刹那__殺気を感じた。


けれどそう思った時にはもう、胸の辺りから剣が芽吹いた花のように咲いていた。


真っ赤に染まった剣の刃は、まるで宝石のようだと、ニノマイは思った。彼女は徐にその刃に手を添えた。


「美しい」


特に死に対して恐怖があった訳ではない為、怖くは無かった。不思議と痛みは感じなかった。


「ねぇ。私が死ぬまで剣は抜かないでくれる?」


「……あぁ」


「ありがとう。優しいのね」


ニノマイは震えた声でそう言った。彼女の目に、いつの間にか涙が零れていた。


「最後に願いが叶うなら、私は創造主に会いたかった」


「それは叶わないよ。でも__」


言ってユウキはそこで口を止めた。彼女が死んでいる事に気付いたからだ。


「さようなら世界。また……どこかでね」


剣を引き抜いた時、そんな言葉が聞こえた気がした。


ユウキはそっと彼女を地面に倒すと、ゼツボウに駆け寄った。


ゼツボウは脇腹を抑えながら苦しそうにもがいていた。


「だ、大丈夫かゼツボウ!」


「あ、あんまり……」


ゼツボウの脇からは少しずつ血が溢れ、このままでは出血多量で死に追いやってしまう可能性がある。


だが、ユウキにはこれを治したり手当てするような道具や知識もない。辛うじてあるのは常備している包帯くらいだ。


だがそれも、殆どちゃんと巻いた事が無いユウキにとっては意味の無いものだ。


「くそ……俺はどうしたら__!」


悲しみに打ちひしがれ、いつの間にか涙が止めどなく溢れて来る。ゼツボウでさえこの状況で泣いてないのになんてざまだとユウキは自嘲する。


その時、ゼツボウに黒い影が浮かび上がった。


「泣いてたって何も変わらないわよ」


「__ユメ?」


声だけで直ぐに分かり、名前を呼びながら振り向いた。そこには変わらぬユメの姿があった。


唯一違うのは、彼女の服装だ。魔女の制服だと思われる白いコートを羽織って、彼女はそこに立っていた。


「ユメ……僕は一体どうしたら……」


するとユメは短く溜め息を吐くと、ゼツボウの近くに移動して膝を突き、ゼツボウの脇腹に手を当てた。


「私は貴方を助ける訳じゃない。死にそうになっている子供に手を差し伸べてるだけよ」


前口上を述べた後、ふんわりとユメの手が淡く光り輝いた。まるで蛍の光のようなその輝きは、少しずつゼツボウの傷を癒していく。


「な__! 君って魔法が使えたのかい!?」


「魔法じゃないわ。ちょっと不思議な力よ。そんな大層なものでもないし、貴方も持ってるわよ」


「え、えぇ!? そんな馬鹿な!」


「貴方のちょっと不思議な力はね。恐らく逆境を跳ね返す力。不利になればなるほど、貴方はどんどん強くなっていくの。さっきの戦いを見てたら分かるわ」


ユメにそう言われれば、確かに納得する部分は多い。ムサシと最初に決闘した時も、ボロボロになってから逆転勝ちをした気がする。


「それが貴方の力。そして私は人の体の傷を塞ぐ力。便利でしょ」


「うん……知らなかったよ。あんなに長く一緒に居たのに」


「当然よ。だってあっちで一度もこの力を使った事は無いのだから」


そう言い終えた時、ゆっくりと光が萎むように小さくなり、蠟燭の火を息で吹き消した時のように儚く消えた。


「これでよし」


ユメは立ち上がると、くるりと背を向けた。もう何も話すことは無いと、背中で語られているような気がした。


「君は魔女なのかい?」


「……私はね、魔女に魂を売った哀れな人間なの」


「な、何を言って__」


「私は不老を手に入れたかった」


それは、縋るような言葉だった。


「だから私は魔女になろうとした。けど……なれなかった」


ユウキは言葉が出て来なかった。まるでそこだけ時が止まったみたいだった。


「でも__チャンスが訪れた。知ってる? ここに今、創造主が来ているのよ」


「創造主……? 一体それは誰なんだい?」


「貴方もよく知ってる。彼の名前はムサシ。本名はクナイ=ムサシ。これが、私達を創った創造主の名前よ」


「____!!」


その瞬間、ユウキの中で何かがカチンと音を立てて収まった。


「そうか。そういう事か」


「どうしたの?」


「やっと分かったんだ。僕の正体が」


「貴方の……正体?」


ユメはそれが何なのか分からず、ふと後ろを振り返った。


その瞬間、物言わぬ早さでユウキがすぐ横をゼツボウを抱いて駆けてくのが見えた。


その横顔に、迷いは無かった。


「ちょっと! 待ちなさいよ!」


ユメが慌てて追いかけていくその背後__。


バキバキと音を立てて割れていく地面。そして浮かび上がる端くれ。


それは吸い込まれるように空に吸い込まれていく。


空は__真っ黒だった。











評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ