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この世界で生きる意味を僕に教えてください  作者: ヤマト〆
あちらとこちら
8/11

羅生門

先ず、ユウキとムサシはアジトに戻る事にした。


もしかすると、エモーションのメンバーが避難場所として待機しているかもしれないからだ。


あの時マダムはエモーションのメンバーの殆どがイリーガルの人間だと言っていた。それは、コレクトの人間も少なからずいるという事に他ならない。


だが、アジトに戻っても人の気配は無く、誰かが踏み荒らした形跡も無かった。


「おい! 誰かいないか!」


ユウキが周りを見渡しながら叫んだ。もしかすると隠れているのかもしれないと思ったからだ。


だが、返事も無ければ物音もしなかった。完全にこのアジトはもぬけの殻だった。


「くそ……せめて誰がこちら側なのか分かりさえすれば……」


ユウキは悔しそうに唇を噛みしめた。


ムサシは何も言えなかった。何年も一緒だった仲間が、国を滅ぼそうとする魔女だったなんて、そう簡単に割り切れるものではない。


その時、入り口の向こう側から誰かがドタドタ走って来る音が聞こえた。


「誰だ__?」


二人が緊張感に包まれる中、その扉は乱暴に開けられた。


「「うおぁぁぁ!!??」」


まるでホームベースに飛び込むような格好で滑り込んで来たのは、キボウとゼツボウだった。


「キボウ! ゼツボウ!」


「うおぉぉぉ!! やっと見つけたぜユウキ!! どこ行ってたんだよ!!」


キボウは二人を見るや否や大声を上げて喜んでいた。


一方ゼツボウはまるで彫刻のように固まったまま動かない。


「ど、どうしたんだよゼツボウ?」


ムサシが聞いたその瞬間、ゼツボウの目から一滴涙が零れた。


「ど、どうしたんだよゼツボウ! 泣くな泣くな!」


「……寂しかったんだぞ」


ゼツボウは無表情のまま涙を流していた。


よくよく見ると、いつも着ているダボダボの白衣は地面に擦れてボロボロになっていた。余程必死になって逃げていたのだろう。


そう思うと、ムサシは怒りと悲しみが混ざり合った複雑な心境になる。


ムサシは絶望に歩み寄ると、そっと頭を撫でた。


「ごめんな」


「……うん」


その一言には、様々な感情が込められていた。


「それより、大事な話があるぞ」


急に涙を拭いてケロッとしたゼツボウは、ダボダボの白衣を脱いだ。


「大事な話?」


ムサシが聞き返した時、それにキボウが反応した。


「そうだ! 大変なんだ! ユメが__ユメがさらわれた!」


「何__? それは本当かい?」


「本当なんだよ! 変なお面した奴らがユメを持ってたんだ!」


キボウは血相を変えて慌てた様子でそう捲し立てた。


「ゼツボウも見たのかい?」


するとゼツボウは黙って頷いた。


「どこに向かったか知ってるかい?」


「そこまでは分からないぞ。でも、どこかに向かって行った」


「恐らく国に帰ったのかもね。でも一体どうやって……」


ユウキは腕を組んで考え始めた。


ここでムサシが思ってた事を口にする。


「あそこからじゃないのか? あの羅生門とかいう扉」


「確かにその線もある。けど、あの門は何をやっても開かないんだ。何度も試したんだけどね」


「そうだったのか……」


ムサシはこの時、ある考えが頭に浮かんでいた。


「なぁ。もしかするとその扉、俺なら動かせるかもしれない」


ムサシはそっと自分の手を見つめた。


ムサシは、自分には不思議な力がある事に気が付いていた。


どういう条件なのか分からないが、ムサシの力は強くなったり弱くなったりするのだ。しかも何の攻撃も受け付けない鋼のような肉体を持つこともある。


これを上手く利用すれば、あの羅生門を開けるかもしれない。


ムサシはグッと開いた手を握り締めた。


「どうやら勝算がありそうだね」


「あぁ。だから俺に任せてくれ」


「分かった。なら急いであの羅生門へ行こう。そうしないとこの国は__」


ユウキはこのアジトの戻る途中のこの国の惨状を思い出した。


焼け落ちた家々に燃え盛る炎。戦死した人々や、焼死体と化した者。


平穏で、争いが無いこの国はもうそこには無い。


「大丈夫。まだ負けた訳じゃない」


「__うん。分かってるさ」


マダムから言われた一言を、頭の中で何度も反復する。ここで挫けてたら、変えられるものも変えられない。


ユウキがそう決意を固めた時だった。


「なぁ、俺達も連れてってくれよ!」


「俺も行きたいぞ」


キボウとゼツボウが、真剣な表情でそう言った。


「え……あ、いや君達は……」


ユウキはこの時判断に困った。


ここに置いておく訳にもいかないし、かといって連れて行く訳にもいかないと思ったからだ。


どうすればいいかと困惑していた時、


「あ、生存者発見」


不敵な笑い声がした。


「誰だ!」


ユウキは一気に顔を顰め、キボウとゼツボウの一歩前に出ると、声のした入り口の方に体を向けた。


「うちはヨツバ。宜しくねぇ」


ヨツバは両手に大きな爪を装備していた。俗にいう鉤爪だ。


彼女もまた鉄仮面をしていた。分厚い仮面からでは表情は窺えないが、笑っているように見えた。


「お前も魔女か?」


「……何だ。私達の正体を知ってるのかぁ?」


「あぁ。一人ぶっ潰して来たからな」


「へぇ。あんた強いんだねぇ」


独特の舌を巻くような喋り方は、何だか馬鹿にされているような感じがしてならなかった。


それよりもムサシがムカついたのは、仲間が倒されたというのに何も動じなかった事だ。


嫌な女だと、ムサシは思った。


「なぁ……お前」


その時、恐る恐るキボウが前に出てきた事に気が付いた。そして彼の顔は蒼白だった。


まるで信じられないものでも見ているかのようだった。


「危ねぇから後ろに__!」


「母ちゃんなのか?」


その一言が、ムサシとユウキ、そしてヨツバの動きをも止めた。


「何を言ってるのかなぁ? 違うよぉ? うちの名前はヨツバ」


「嘘つけ! 口調変えたってバレバレなんだ!」


「どう思おうと勝手だが、”知らない”人間に親だと思われるなんて心外だねぇ」


ミツバの口調が一気に棘のあるものに変わったと思った瞬間__彼女は消えた。


「え__?」


そして次の瞬間には、ヨツバはキボウの前に立っていた。きらりと光る鉤爪を頭上に掲げながら。


「目障りだ」


何の躊躇いも無く、ヨツバはその腕を振るった。キボウはそれに抗う事もなく、ただその迫る死に立ち尽くしたままだった。


そして響く金属音。


「……何だよぉ。邪魔やなぁ」


「それが親のする事かい?」


キボウとヨツバの間に立ちはだかったのは、真剣を持ったユウキだった。剣と鉤爪が、嫌な音を立てながら競り合っている。


「おいキボウ! 逃げろ!」


「……嫌だ。嫌だ! 俺は逃げたくない!」


キボウは全身を震わせながら、その場から動かなかった。そしてその目は、決してヨツバから離さない。


「あぁそうかお前。死にたいのかぁ」


まるでおもちゃでも見つけた時の子供の様に、ヨツバの声は愉し気だった。


「うぅ……!」


キボウは思わず泣きそうになった。少しずつ、ちゃんとこの状況を把握し始めたからだ。


無意識に、キボウは後ずさっていた。本気の殺気は、人の心をも死へと追い込むのだ。


「大丈夫だぞキボウ」


そんなキボウの手を、同じくらいに小さい手が優しく握りしめた。


その瞬間、キボウの震えは止まった。


「キボウは何も間違ってないぞ」


「何だよ。ゼツボウの手、震えてんじゃん」


「半泣きの奴に言われたくないぞ」


二人が口元を緩めたその時、ヨツバがむず痒そうに絶叫した。


「うちの目の前で馴れ合うなぁ!」


その瞬間、拮抗していた鍔迫り合いがどんどんユウキの方に押し込まれていく。


「なぁ、二人共。聞きたい事があるんだ」


少しずつ体を後ろに逸らしながら、ユウキはこんな事を言った。


「こいつ、倒しちゃってもいいかな?」


「「__うん!!」」


二人の声がぴったり重なったその瞬間、一気に事が動いた。


「うおぉぉぉぉぉぉ!!」


ユウキは雄叫びを上げながら、抑え込むようになっていた鉤爪を下から突き上げた。


「く__!」


ヨツバは万歳をした体勢になったが、直ぐに鉤爪を交差し防御の体制を取った。


「無駄だよ。こうなった僕は負けた試しがない」


皮肉交じりの一言を乗せて、剣の軌道が十字を描いた。


「君は親失格だよカンシャ」


それは一瞬の出来事だった。血飛沫が舞い、鉤爪は根元から砕け散った。


「一緒にやって来た仲間の慈悲として、仮面は割らないであげるよ」


剣を鞘に納め、振り向いたその瞬間、ヨツバは崩れ落ちた。


「……ごめんな、二人共」


ユウキは未だ手を繋ぎ、動こうとしない二人に歩み寄った。彼等は目尻に涙を溜めながらも、泣いてはいなかった。


「もう、泣いたっていいよ」


「泣くもんか! 俺は強いんだ! なぁゼツボウ!」


「え?」


キボウが涙を堪えながらゼツボウを見ると、ゼツボウは普通にぽろぽろと涙を流して泣いていた。


「な、何泣いてんだ! この裏切者が! ゼツボウだけ……ずりぃよ」


二人はそのまま子供の様に泣き喚いた。部屋一杯にその声が反響する。


ふと、ムサシがユウキの横にやって来た。


「なぁユウキ__」


「分かってるよムサシ。この二人は強い。きっと僕等の力になる。だから連れて行くよ」


「おう」


二人はまるで父親のように二人を見つめていた。この少年二人はきっと立派な大人になる。ムサシはそんな気がした。


そして、ちゃんと大人にさせる為に二人を守らなければならない。それがムサシとユウキの役目だ。


「……気は済んだかい?」


ユウキは徐々に弱まっていく二人の泣き声の頃合いを見つけてそう優しく声を掛けた。


「余裕!」


「うん」


そして二人は元通りになった。


「じゃあ行こうか」


ユウキが歩き始めようとした時、ふとキボウは言った。


「なぁ、このままでいいのか?」


ユウキはキボウの言葉を直ぐに理解した。きっとヨツバの事を指しているのだろう。


「別に死んだ訳じゃないからね。いつか目を覚ますよ」


「でも__」


キボウは煮え切らない様子だった。そして辺りをキョロキョロと探し始めた。


そしてお目当ての物を発見したのか、矢継ぎ早にそこに向かった。


「あ、おい!」


ユウキは軽く引き止めたが、キボウは止まらなかった。


何をするつもりなのかと様子を伺っていると、キボウはキッチンに飾ってあった花を一輪持ってきて、そっとヨツバの目の前に置いた。


「これでよし!」


満足したのか、キボウは晴れた表情で戻って来た。


「どうしてあの花にしたんだ?」


「うーん。綺麗だったし、あの花って有名じゃん! チクチクしたけど」


「そっか。良いチョイスだね」


「何でだ?」


「きっと大人になれば分かるよ」


こうして四人はアジトを後にした。


その時、そよ風が吹いて一輪の真っ赤な花を揺らした。


その花はこう言った。


あなたしかいない。


なんて。




***




アジトの外は変わらず地獄絵図だった。


そんな光景に顔を歪ませながらも、四人は羅生門へと足を急がせる。


先ずはエレベーターで一階に降りて、そこからは一直線に走れば出口。そして草原を抜ければ辿り着く。


四人は無言で走り続けた。


エレベーターを降り、そこから止まることなく出口へとたどり着いた。後はこの草原を抜けるだけだった。


なのにその行く手を阻むようにして、その二人の人物は立っていた。


鉄仮面を被り、白い丈長のコートを着た言わずもがな魔女である。


「こんにちは。ってここずっと朝なんだっけ」


一人の魔女がそう言って一人で笑っていた。何とも空気の読めない魔女だった。


「あ、私の名前知りたい? なら教えてあげる。私の名前はゴミ。こっちはロクロ。宜しくね」


頼んでもいないのに勝手に自己紹介を始めたゴミは、見ていて少し痛いものがあった。


「ごめんね。ロクロは無口なの。あ、ロクロは無口って言葉四角多いね。何だか面白くない?」


どうやらゴミはかなりのお喋りのようで、まだゴミ以外誰も話していない。


「私一人で喋って馬鹿みたい。どうして何も話さないの? あ、もしかして女子に緊張してるのかな? そうなのかな? ピュアだよねぇ今時の男の子。草食系男子って言うんだっけ? なのに焼き肉が好きなんでしょ? 面白いよねぇ。ベジタリアンになれって話。ねぇロクロ?」


「…………」


「あ、以心伝心ごっこ? 何々? 最近はロールキャベツ系男子が流行っている? そうなの? え、ロールキャベツってキャベツ一枚じゃない? そんなに草食の部分薄っぺらいの? しかも開くとひき肉が出て来る? 何それ? 開くのは女の股だけで充分じゃない」


「…………」


「あらら? 今反応したよね君達? 可愛いわねぇ。あ、最近の君達の世代ってセックスもろくにした事がないんだっけ? しかもある年齢にたどり着けばまるで聖者扱い。生きてて楽しいのかな? 楽しくないわよね。だってそれ、娯楽の無い世界で生きていくのと同じだもの」


「…………」


「喋るなって? それは私に死ねって言ってるのと同義だわ」


「…………」


「あらそう言ったのね。確かに、もう”この私”は死んだ方が良いわね。でも恥ずかしいから一緒にロクロも死んで」


「…………」


そんな一方通行の会話を、四人は立ち尽くしたまま呆然と聞いていた。


「さようなら。そして__」


ゴミはそっと鉄仮面を外した。それにロクロも続く。


「久しぶり……でもないよね」


「けけ」


笑ったような困ったような悲しんだような、”フアン”はそんな顔をした。


そして”サツキ”は奇妙な笑い声で鋭く尖った八重歯を見せた。


「フアン……サツキ……君達も魔女だったんだね」


「うん。ごめん。今まで……騙して」


フアンは、先程の饒舌が嘘のようにぼそぼそと喋った。


あの鉄仮面は、もしかしたら人の性格を変える力が有るのではないかと、四人は本気で思った。


「別にいいよ。もう受け入れたから。それより二人は、僕達と戦うつもりなのかい?」


ユウキにとってそれが気掛かりだった。早くイリーガルへ行きたいのに、ここで二人に足止めを喰らうのは痛い。


だが、そんな懸念は必要無かった。


「ううん。戦わない。私達はもう……そういう事する気は……無いの」


「する気がない? 一体どういう意味だ?」


「こいつは魔女の癖に人間に興味を持ってしまった、可哀想な女だ。そして、人間を殺す事も出来ない哀れな魔女だ。挙句の果てに、人間に恋した醜い豚だ。救えねぇ下種だ。けけ」


それに答えたのはサツキだった。サツキは淡々とフアンを貶めるような言葉を連ねた後、こう告げた。


「フアンは人間を知り過ぎた。いや、心が人間になったと言っても過言じゃないね。けけ」


「ならどうしてこの争いを止めてくれなかった! それが出来れば多くの人々が助かった筈だ!」


「知ってる。でも……どうして助けるの?」


フアンは首を傾げていた。


「だってあれは……人間じゃない。人間の皮を被った……生物だよ」


「な、何を言ってるんだ……?」


ユウキはわなわなと唇を震わせていた。この時ユウキはようやく気付き始めた。


魔女と人間は分かり合えないということに。


「何もしない。何も出来ない。ただ……生きてるだけ。そんなの……人間じゃない。人間はもっと……地べたを這って……上を向く生き物。弱いのに……弱いながらも……足掻く生き物。それをしない人間は……人間とは……呼べない」


「それでも人間は人間だ! 人間に上下は無い!」


「本当?」


フアンはユウキを見つめた。その瞳の奥にユウキが映りこむ。


彼はおぞましいものでも見ているような顔をしていた。


「本当に人間は……平等?」


「うるさい! それ以上言うなフアン!」


気付けばユウキは鞘から剣を引き抜き、フアンに向かって斬りかかっていた。


「大丈夫。ユウキは__」


「あぁぁぁぁぁぁ!!!!」


それ以上の言葉を聞きたく無かった。


ユウキは泣きながらその剣を振るった。


「人間じゃないよ」


ピタリと、その剣がフアンの首筋で止まった。フアンは顔色一つ変えていなかった。


まるでそれが分かっていたかのように。


「どうして避けない……」


「ユウキに人は……殺せない」


その瞬間、ユウキは零れた涙を拭いて剣を鞘に納めた。


「行こう、皆」


そしてユウキはそのまま走り去ってしまった。


「おいユウキ!」


「待って」


三人が慌てて後を追い掛けようとした時、ふとフアンがムサシに声を掛けた。


「ねぇ……貴方は人間? それとも……何?」


不思議な問いかけだった。こんな問い、普通の人間にはしない筈だ。


ムサシは少し考えた。


「俺は人間だよ。どこにでもいる普通の人間。それ以上でも無ければそれ以下でもない」


「そう。ねぇ……ムサシ? おばあちゃんからこの争いの結果……聞いたんだけど……知りたい?」


「え? そうなのか? それは知りたいけど……」


ムサシは悩んだ末、片手を上げて立ち去っていく姿を取った。


「この争いに勝ったら教えてくれよ! つーか俺急いでるから!」


こうしてムサシは三人の後を追う形で草原を走る。


フアンはその様子をぼんやりと見つめていた。


「良いのかい? 想いを伝えなくて?」


「うん。だって私魔女だし……だからね__」


フアンは頬を朱色に染めて言った。


「生まれ変わったらしようかな」


「けけ。お前の頭は本当にファンシーだね」


「だから行こ。私達の……お墓」


「あぁ。これでようやく死ねる」


二人は逆の方向に歩き始めた。


もうこれから先、彼等が会う事は無い。

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