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この世界で生きる意味を僕に教えてください  作者: ヤマト〆
世界の行方
5/11

エモーション

薄い光がムサシの目に差し込んできて、ムサシはゆっくりと目を見開いた。


「あら、気が付きましたか?」


聞いた覚えのある女性の声だ。これはユメに違いない。


ぼやけている視界が徐々にはっきりしてくる。真っ白な天井が見えた。


「まだ体動かさないで下さいね」


ユメは動こうとしたムサシを制すと、何やら体のあちこちを眺め始めた。


「体の方は心配なさそうですね。打撲等はそこかしこに有りますけど、大きな怪我は無いので安心して下さい」


「ありがとな」


「いえいえ私は見ていただけなので」


「俺のありがとうを返してくれ!」


どうやらユメは、手当終わりのムサシの介護と見張りらしかった。


「え、まだ俺ってそんなに信用無いの?」


「当たり前です! 変態なんですから」


「百歩譲って変態を認めるにしても、もう少し信用してくれよ!」


「ごめんなさい」


「謝るな! 悲しくなってくる!」


どうやらムサシの信頼は地の底に落ちてしまったらしいく、もう拾いに行く事は出来ないだろう。


ムサシは溜息を吐いた。


「なぁ、それよりここどこなんだよ?」


ムサシは辺りを見渡した。ここはどこかの部屋の一室のようだった。


壁や天井は白く塗られており、床は板張りで、所々黒くなっている。体重を掛けたら踏み抜いてしまいそうだ。


家具は最低限揃っていて、ムサシはその家具の一つであるベッドで寝ている。その隣にはどこからか持ってきたような丸椅子があり、そこにユメは座っている。


「ここは私達エモーションのアジトです。そしてここが今日からムサシの住む場所になります」


「え? 何それ?」


ムサシが思わず聞き返した時、部屋の扉が開いた。


入って来たのは、体中傷だらけの筈なのに頬に白の湿布しか貼っていないユウキだった。因みにボロボロになった服は新しくなっていた。


「起きたのかいムサシ?」


ユウキは変わらない太陽のような笑顔でムサシに微笑みかけた。


「このど腐れ勇者がぁぁぁ!!」


「えぇぇぇ!?!?」


ユウキは、いきなりキレたムサシにたじろぐが、ムサシの怒りは収まらない。


「何で湿布だけなんだよ! しかも服も元通りだし!」


「僕、治癒力高めなんだよ。それとこの服は何着か持ってるんだ」


「治癒力高いにも程があるわ!」


何故それがムサシに適応されたいのか嘆き悲しみたいが、それよりも先程の続きである。


「なぁ、ここ俺の部屋になるって本当なのか?」


「もちろんさ。そういう約束だろ?」


「え、でもあの約束って確か……」


ムサシが勝負に勝ったら。そういう約束だった筈だ。


「まぁその事はどうだっていいだろ。取り敢えずムサシはこの部屋をゲットしたんだ」


「ふーん。じゃあ有難く」


まぁ、あの勝負の話をしていても仕方がない。ユウキが提供してくれるのだから、素直に乗っておくべきだ。


「んでここはどこなんだ? ユメがエモーションとかアジトとか言ってたけど」


「それで合ってるよ。ここは僕が組織するエモーションという組織なんだ。まだ人数は少ないんだけどね」


「エモーション?」


この時ムサシは不思議に思った。何せその言葉は感情を意味する英語だからだ。この国に英語という概念があるのだろうか。


「なぁ、その言葉に意味とか有ったりするのか?」


「もちろん。感情をぶつける。そんな意味合いでエモーションという言葉を選んだよ」


「……そうか」


ムサシはそれ以上深く聞くのを止めた。これ以上聞くのは何だか怖かった。


「そう言えばムサシお腹空いてないか? 良ければ何か持って来ようか?」


ムサシはそう言われて、確かにここ最近何も口にしていない事に気が付いた。そして気が付くと無性に腹が減ってきた。


「まぁ……頼むわ」


「でしたら私が持ってきますわ。お二人はここで待ってて貰えますか?」


「分かった。そうさせて貰うよ」


ユウキはまるでそれを狙っていたかのようにすんなりと引いた。それに気づく様子もなく、ユメは部屋を出て行った。


「やっと二人で話が出来るね。ムサシ」


「いやその言い方辞めてくんない!? 危険な香りがぷんぷんする!」


「危険な香りがぷんぷんするのは君の方だ! 記憶喪失? 寝言は寝てから言うものだよムサシ」


「いや、危険な香りの意味履き違えてるから! シリアスなのにぶち壊しちゃってるから!」


「それでどうなんだい? 本当に君は記憶喪失なのか?」


「どうって言われても……」


ムサシは一体どう言えば分からなかった。


仮に、ここで違う世界から来たと言ってもユウキは信じないだろう。


かと言って他に上手い言い訳が思いつく訳ではない。それに、一度言った言葉を易々と曲げたくない。


「本当だよ。俺は本当に過去の記憶を失って洞窟の中で倒れてたんだ」


ユウキはその言葉に暫く黙考した後、顔を上げた。


「分かった。信じるよ」


ユウキはきっぱりとそう言ったが、こうも付け加えた。


「でも君が危険な人物だと判断した場合、僕は躊躇なく君を斬る」


「……木刀で?」


「あぁ。木刀でもね」


ユウキの目は本気だった。きっと彼は本当に木刀でムサシを斬り殺しに来るだろう。


「良いね。それ最高」


その時、タイミング良くユメが部屋に入って来た。


ユメはトレイを持っていて、その上にはこじんまりとしているが美味しそうな匂いを漂わせる料理がそれぞれ器に盛られていた。


「はいどうぞ。ムサシ」


ユメにトレイを差し出され、ムサシはそれを太ももの辺りに置いた。多少揺れるが食べれない程ではない。


それよりも気になったのは、その料理の品々だ。


その料理は、完全に日本の食卓に並ぶようなものだった。味噌汁に総菜、白いご飯に焼き魚。正しく定番のフルコースだ。


「どうしたムサシ? 食べないのか?」


「もしかして食べにくいですか? それとも嫌いなものでも有りましたか?」


料理に手を付けようとしないムサシを見て、二人は不思議そうに顔を見合わせていた。


「あ、いや! 美味そうだなと思ってな! いただきます!」


ムサシは取り敢えずその料理を食べ進める事にした。もしかすると味は違うかもしれないと思ったからだ。


けれど、味も全く一緒だった。まるで親の手料理でも食べてるみたいだった。


「一体どうなってんだ……?」


疑問はあるが、やはり日本食は美味しかった。ムサシはぺろりと完食した。


「ごちそうさまでした」


「お粗末さまでした。もう満足?」


「あぁ。ありがとう」


「そう。良かったわ」


ユメはそう言うと、トレイを持って部屋を出て行った。


「なぁユウキ。お前達の食事っていつもあんな感じなのか?」


「そうだけど、それがどうかしたのかい?」


質問の意図が読めないのか、ユウキは首を傾げた。


「いや……何でもない」


ムサシはここで少し考えてみた。


「もしかしてミカの仕業なのか……?」


もしかすると、ミカがムサシの為にこの世界の食事を日本風にし、言語もムサシが通じるように取り計らってくれたのかもしれない。


神様ならば出来るのかもしれないが、もう少し異世界というものに浸りたいという気持ちもある。


だが、そうなると食事はまだしも言語が厳しくなる。一から覚えなければならないからだ。


なのでここは、裁量してくれたミカに感謝すべきだろう。


「ミカ?」


「あぁいやこっちの話。それより、そのエモーションって組織は誰でも入れるのか?」


その瞬間、ユウキは驚いた顔をした。


「も、もちろんそうだけど、入るつもりなのかい?」


「まぁ、アジトの部屋も借りてることだしな」


それがムサシの表向きの理由であり、建前だ。


本音としては、このエモーションという組織がどういうものなのか調べてみたくなった。調べてみる価値はあるような気がした。


「それで、そのエモーションとかいうアジトの案内をしてくれないか?」


「良いけど……立てるのかい?」


「あぁ」


ムサシは、ゆっくりとベッドから床に足を降ろして立ち上がった。傷は痛むが動けない程ではない。


「じゃあ行こうか。と言っても、あんまり広くないから直ぐに案内は終わっちゃうけどね」


「このアジトはどうしたんだ?」


「譲って貰ったんだ。昔はここは宿屋だったんだ」


二人は話しながら部屋を出た。歩く度に床が軋んで音が鳴るので、ムサシは若干安全面が心配になったが、タダで部屋を借りてるのだから文句は言えない。


部屋を出て先ず目に映ったのは、和風の様相を施した細長い廊下と、無数のドアである。所狭しと並ぶそのドアの数は、確かに宿屋らしい。


「ここには俺以外誰か住んでるのか?」


「僕とユメと、後はムサシの知らないエモーションのメンバーだね。全員じゃないけど、大概の人はここに住んでるよ。さ、一階に降りようか」


ユウキはドアが連なる廊下とは逆の道に進み始めた。その先には下に降りる階段がある。見るとそれは螺旋階段だった。


二人はくるくると円を描きながら下へ下へと降りていく。そしてそれに比例するようにして、段々とがやがやした喧噪が大きくなっていく。


「何だここ……」


ムサシは素直に驚いた。


先ずはその広さだ。ここはどこかの大広間なのかと思う程に広い造りになっており、そこかしこにテーブルと椅子が立ち並んでいる。


奥にはキッチンがあり、数名の人達が何やら忙しなく動き回っている。その中にユメの姿も有った。


因みにキッチンの奥の棚にはちらほらと美味しそうなお酒が見える。


この場所は例えるなら大衆酒場だ。少し煤けていて、至る所が老朽化してボロボロになっている。良く言うならば風情がある。


「ここはリビングだよ。と言っても、皆が呑み食いする場所になって、何だか酒場みたいになっちゃってるけど……」


「リビングって……どんなリビングだよ」


使い方は合ってるのかもしれないが、如何せん場違い感が半端ないのは確かだ。


「後は銭湯と、仮眠室がある。銭湯は後で入ってくるといいよ」


「銭湯……ね」


ムサシがそう呟くと、


「おうユウキ! 記憶喪失の奴は目を覚ましたのか? ってうん? 何だそこにいるじゃねぇか! がははは!」


リビングに居た一人の大柄な男が、これでもかという程大きな声を出して、此方に歩いてきた。


「やぁイカリ。今日も元気そうだね。それと、彼は記憶喪失の奴じゃない。ムサシって言うんだ。今日からこのエモーションに入るんだ」


「そうかそうか! 歓迎するぞムサシ! 俺はイカリだ。宜しくな」


イカリと名乗った彼は、ムサシが見上げる程に背が高く、恰幅があり、まるで熊のようだった。


だがそれよりも印象的なのが、頭に巻かれている赤いハチマキである。思わず応援団長かとツッコミを入れたくなったが、似合っているので何も言わなかった。


「あぁ。宜しく」


「よし。取り敢えず俺と一緒に酒を呑むぞムサシ。歓迎会だ」


「待てよイカリ! やるなら全員と挨拶を交わしてからだ!」


「何だよ硬い事言うなよムサシ。同じ夢見る同志じゃねぇか」


「それとこれとは話は別だ! 行くよムサシ」


「あ、あぁ……」


ムサシの本心では酒を呑みたかったが、ユウキに強引に連れて行かれてはどうしようもない。


「それよりユウキ。夢見る同志ってなんだよ?」


「あ、あぁ……まぁいずれ分かるよ」


ユウキは照れ臭そうに笑って話をはぐらかした。言い方からして悪い話ではなさそうだ。


「あー! あいつじゃねぇかゼツボウ! 新入りってのは!」


「うん。まぁでも落ち着くんだぞキボウ。そんなに急がなくてもあいつは俺達の後輩なんだ」


いきなり、まだ変声期を迎えていない二人の少年の声が、ムサシの耳に届いた。


「おおらぁぁぁぁぁ!!」


そして次の瞬間、ムサシは猛烈な体当たりを腹に喰らった。


「ぐほぉ!?」


ムサシは訳の分からぬまま床に崩れ落ちると、その上に誰かが身を乗り出した。


「よっしゃぁ! 後輩ゲットだぜ!」


うっひゃっひゃと声高らかにムサシの上で誰かが笑う。そんな彼の顔を、ムサシは両手で押し潰した。


「悪い子はいねがぁぁ?」


かっと目を見開き、ムサシはなまはげへと顔を変化させた(比喩的に)。


「ぎゃぁぁぁ!! お助けぇぇ!!」


すると彼は予想以上に怖がり、すたこらと逃げて行った。


そんな彼の髪の色は真っ赤だった。


「おいゼツボウ! こいつ怖いじゃねぇか! 悪魔だ!」


「そうだったのか。良い勉強になったぞ」


「っておいこら! 俺は実験台じゃねぇぞ!」


トマトのように真っ赤な髪の少年は、どうやらキボウと名付けられているようだ。短髪で、見たら一目で活発な子供なんだと分かる顔をしていた。


もう一方のゼツボウと呼ばれた少年は、鈍色の髪で片目を隠した少々変わり者の子供だった。しかもダボダボの白衣を子供服の上に着ている。いや、この場合着られていると称した方が正しい。


「二人共! 一体何やってるのよ!」


その時、ぱたぱたと一人の少女が此方に歩いてきた。


黒髪で眼鏡を掛けていて、髪を三つ編みに結んでいる。そしてそばかすが少々目立つ、学校でいじめられそうな女子を絵に描いたような少女だった(無粋だが)。


「うるせぇよシュウチ! だってこいつは後輩なんだぞ!」


「後輩でも年上でしょ! あっちに行ってジュースでも飲んでなさい!」


その言葉で、キボウとゼツボウの目の色が変わった。


「おお! ジュース! 行くぞゼツボウ!」


「全くキボウは子供だぞ」


二人はワイワイ言い争いながら、リビングの奥に引っ込んで行った。


「大丈夫ですか?」


シュウチは、心配そうに倒れているムサシに優しく手を差し伸べてくれた。それだけでシュウチの人柄が伺えた。


「ありがとう」


ムサシは腰を上げながら、次から次へとやって来た新たな登場人物の顔と名前を頭に浮かべた。まだ、顔と名前は一致する。


「いやいや困ったもんだねぇうちの子は」


すると、そこにもう一人の女性がやってきた。体格は小柄で、髪を全て後ろで一つ結びにしている。


そして今の物言いから察するに、恐らくあの二人の子供の母親なのだろう。


「もうカンシャさん! ちゃんと子供の面倒見てあげてくださいよ!」


「まぁ、自由に遊ばせてあげようよ。何たってまだ子供だからね」


カンシャは朗らかで、話していると眠くなりそうだった。


「もう! 相変わらずですねカンシャさんは!」


「いやぁそれほどでも」


「褒めてませんよ!」


するとそこに何やら異様な眠気を纏った男性が現れた。


がっちりとしたライダースを上手く着こなしている彼は、不機嫌そうにカンシャに言った。


「ったくよぉ。本当にあのガキどもはうるせぇよな。おちおち寝てらんねぇよ」


「ごめんねぇ」


カンシャは反省の色を見せず謝った。


「クウキョさん、今日は何時間寝たんですか?」


「ん? 十八時間くらい?」


「寝すぎですよ! ていうか逆に凄いですよ!」


「いやぁそれ程でも」


「だから褒めてませんよ!」


シュウチが全力でツッコミを入れた時、何やら騒がしい様子で誰かが此方に近づいてきた。


「このガキィィ! 私の酒返せやぁぁぁ!」


「うはははは! おいゼツボウ! 酒ってどんな味するんだろうな!」


「飲んでみるぞ」


「てめぇらにはまだ早いんだよぉ!」


先頭を走っているのはキボウとゼツボウで、それを般若のような顔つきで追い回しているのは、綺麗な女性だった。


小悪魔のような顔立ちをしていて、髪もそれに合わせたようにゆるふわである。キャバクラに入ればこういう女性は必ずいる筈だ。


「あ、シットさん!」


シュウチが名前を呼ぶと、彼女は此方を振り向いた。


そして新人であるムサシを見つけた途端、鷹のように鋭かった目つきが、猫のように愛らしい目に切り替わり、雰囲気すら変わった。


「あ、私はシットって言います。よろしくお願いしますね」


シットは早々とそう言うと、愛らしい顔を般若へと戻し、キボウとゼツボウを追い掛け回して奥へと引っ込んだ。


もうムサシは唖然と見ているしか無かった。


すると、突然ぬるりと一人の女性がムサシの前に現れた。


「けけ。私はサツキ。宜しく頼むよ」


異様な空気を放つ彼女は、尖った八重歯を見せるように笑い、まるで幻影だったかのように突然消えた。


ここでようやくユウキが声を出した。


「とまあ、他にも数名いるけど、今の人達がエモーションの活動メンバーだよ」


ユウキは苦笑していた。ムサシの気持ちを汲み取っても事だろう。


ムサシは叫んだ。心が叫びたがっているんだ。


「覚えられるかぁぁぁ!!!」




***




酒が並々注がれていく。黄金色の液体と白い泡が、グラスの中で飲まれるのを待ち構えているように見えた。


「さぁ、では新たなるエモーションのメンバーを祝って乾杯だぁ!!」


仕切り好きのイカリがグラスを上に掲げた。それに続き、周りの皆もコップを上に掲げる。


「「「かんぱーい!!!」」」


総勢十名分のグラスが甲高い音を響かせて、グラスをぶつける。


「おうおうムサシ! お前さん記憶喪失なんだってな!」


イカリが小馬鹿にしたような顔で、ムサシの背中をバンバン叩いた。


「えぇまぁ……」


ムサシはどう対応していいのやら困っていると、シットが口を開いた。


「良いじゃないか。謎多き男なんてミステリアスチックで面白いよ」


「は! 年食ったばあさんが何を言ってるやら」


「失礼な! 私はまだまだぴちぴちのアラサーだよ!」


「アラサーの時点でどこがぴちぴちなんだよ」


「何だよ! あんただってもう腑抜けたおじさんだろ?」


「なに!? 俺はまだ腑抜けてなんかねぇぞ!」


二人はムサシの事など忘れて、いきなり喧嘩を始めた。


それを黙って眺めていると、ユメが隣にやって来た。


「どう? 名前は覚えられそう?」


「んまぁ何とか……」


「私もまだ名前覚えてない人居るから大丈夫よ?」


「ちょっと待ってユメ! 君はここに何年居るんだよ!」


「四年くらいかしら。私忘れっぽいのよ」


「六年だよ! 忘れっぽいにも程がある!」


「あら。そうだったかしら」


ユメはのほほんとしながらお酒を嗜んでいる。天然ここに極まれりだ。


「おいムサシ! お前酒は好きか!」


「え、まぁ……好きだけど」


するとイカリは、酒の匂いをプンプンさせながら、にやにやと笑った。


「ならば飲み比べだ! だが、一気に飲みすぎると体を壊しちまうからな。ゆっくりと早く飲めよ」


「凄い矛盾してるけど、言いたい事は伝わったよ」


ムサシは少し残っていたビールを呑み干し、新たにお酒を注いで貰った。


「大丈夫かいムサシ? イカリは結構お酒に強いんだけど……」


「任せとけって」


「なんだよ面白そうな事してんな! 私も混ぜろよ」


そこにシットが加わった。


「あ、なら私もやります!」


するとぼんやり眺めていたユメが楽しそうに手を挙げた。


だがその瞬間、シットとイカリがオロオロし始めた。


「い、いやぁユメはやめた方が良いんじゃないか? なぁイカリ?」


「そうだな。い、命に関わる事もあるし……」


「いいじゃないの。皆だけ楽しんでずるいわ!」


ぷんぷんと膨れっ面になり、ユメはやる気満々とばかりにコップにお酒を注いだ。


「分かった。僕が審判をするよ。危なくなったら止める。それでいいね?」


「えぇ」


こうして飲み比べの戦いが幕を開けた。


四人はそれぞれ対面するように座り、グラスを持った。


「それじゃあ始め!」


四人は一杯目のグラスに口を付けた。


ペースが速いのはイカリとシット。二人はぐびぐびとどんどんジョッキを空にしていく。


一方ユメとムサシはペースが遅く、イカリとシットが三杯目になった時、二人は二杯目に差し掛かったくらいだ。


だが、ここで変化が起きた。


「ムサシ! あんた飲むのが遅いわ! 男ならもっとぐびっと行きなさいよ!」


ユメがお酒を飲むのをやめて、ムサシにやっかみ始めた。


「俺には俺のペースが……」


「何を言ってるの! そんなんじゃ真の飲みマスターになれないわ!」


ユメは顔を真っ赤にさせて、もうお酒を口に運ぶ様子すら無い。


「あのユメさん……?」


「ユメじゃないわ! ユメ様よ! 舐めないで頂戴!」


「えぇ……」


ムサシは口元にお酒を運びながら、思考した。


どうやら、ユメはお酒を飲むと面倒臭くなるようだ。現に他の人達は関わろうとしていない。


「聞いてるのムサシ! ぼんやりしないで!」


「は、はい!」


「……その顔、私にいやらしい事をしようとしている顔だわ」


「い、いやしてません!」


「とぼけないで! 私の裸を見た癖に!」


瞬間、場の空気が急速に凍りついた。


「私の生まれたままの姿を見た感想を、ここで言いなさい」


凍り付いた空気の中、ユメはいきなり怒りに燃え始めた。机に片足を乗せて、今にも人を殺しそうな目でムサシを見つめる。


「さぁ言いなさい。言えないのならもう一度見る? 私のこの純情な身体を」


「言い方が生々しいよ! 分かった素晴らしいよ! これで良いだろ!」


「あらそう。なら__脱ぐわ」


そう言って本当に脱ぎ始めたユメは、シュウチが引き取り、奥の仮眠室へと連れて行かれた。


「だからユメには飲ませたくなかったんだ……」


ユウキがやれやれと首を振って、ムサシに視線を移した。


「ユメって酔うと訳分かんない事言うんだ。ごめんなムサシ」


「え!? あ、あぁ……俺は気にしてないから!」


ムサシは直感的にそう返した。


真実を言ったら殺されると、第六感がそう判断したからだ。


「取り敢えず気を取り直してもう一度始めようか」


こうして飲み比べはイカリ、シット、ムサシの三人で行われた。


この勝負の結果を先に伝えると、ムサシの勝ちとなった。


イカリ、シットの二人は十五杯を超えた辺りでペースが急激に遅くなり、二十杯を超えた辺りでギブアップ寸前だった。


だがムサシは、ペースは遅いがそれを維持し続けて、二十五杯という記録を打ち立てた。


「くっそぉこんなガキに負けるとはぁ!」


「もっと若けりゃねぇ……」


イカリとシットはそんな負け惜しみを吐いて、その場に突っ伏して眠り込んでしまった。


「お酒に強いんだね、ムサシは」


するとユウキが、驚いた様子でムサシの横に腰かけた。


「まぁな。ユウキはどうなんだよ?」


「僕は弱いんだ。すぐ気持ち悪くなっちゃって……」


「まぁ、ユメみたいになるよりかはマシだろ」


「確かに。本当に裸見てないんだよね?」


「み、見てねぇよ!」


どうやらユウキは少しムサシを疑っているようだ。


「なら良いけど。それで、これからどうする? もう寝るかい?」


「寝るよ。流石に飲みすぎて気持ち悪い」


「なら僕もそうしようかな」


こうして二人は部屋に戻って行った。


因みに、シュウチやカンシャやクウキョ、そしてキボウとゼツボウは、もう既に切り上げて寝ているとの事だった。


そして部屋に戻ったムサシは、ある事に気が付いた。


「そういやここ銭湯あるって言ってたな」


ムサシはそれを思い出し、軽くシャワーでも浴びることにした。


脱衣所で服を脱ぎ、酔いの所為なのか鼻歌混じりに横開きのドアを開ける。カラカラと音を立てて開かれるドアは、昔の古民家のようだった。


銭湯には誰も居なかった。


まるで貸し切りじゃないかと浮かれていた時、視界の端に何かが映った。


「うん?」


奇妙な感覚が体を巡り、ムサシは思わず振り返った。


そして戦慄した。


「……嘘だろ?」


その光景は酔いすらも醒めさせるような、信じ難いものだった。


「なんで……ここに富士山の絵があんだよ」


それは”日本の”銭湯によくありそうな絵だった。


富士山の頂上に白い雲が浮かび、そこから顔を出すように真っ赤な太陽が上半分を覗かせている。


「一体何がどうなってんだ……?」


ムサシはシャワーを浴びることを忘れ、呆然とそれを眺めていた。


ムサシがこの後何をしたか、それはムサシ自身でも覚えていない。


彼は気付いたらベットに寝ていた。





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