不思議な力
目を開けても閉じても、見える景色は変わらなかった。
地面がひんやりと冷たく、ゴツゴツしていたため、ここは恐らく洞窟のような場所なのではないかとムサシは思った。
ムサシはまず上体を押し上げた。どうやら自分は仰向けに倒れていたようだった。
手を振り回すと、後ろに壁があったので、そこに体重を預けながら、ムサシは立ち上がった。
ここは一体どこなのだろうか。
「……ミカ」
ムサシは一人呟いた。その瞬間、言いようのない思いが胸を渦巻く。
何故こんな気持ちにさせられるのか、ムサシには理解出来なかった。
手を伸ばしたあの瞬間、ムサシは何を手にしたかったのだろう。
それも分からないまま、ムサシは取り敢えず壁伝いに歩いた。
それにしても真っ暗な場所だった。明かりも何もここには存在してないんじゃないかと思う程だった。
だが、やがて少しの光が漏れている場所が見えてきて、ムサシはホッとした。
ザッザッと歩く音がこの暗い場所で木霊する。ここは洞窟か洞穴で間違いは無さそうだ。
ムサシが光を求めて歩いていると、光の先から声が漏れた。
「いやぁ……! やめて……!」
泣き叫ぶような女性の声だった。ムサシは歩くスピードを速めた。
「くっくっく。こんな所で泣き叫んだって誰も助けは来ねぇよ」
「大人しくしときな」
続いて聞こえてきたのは男の無慈悲な言葉と、下卑た笑い声だった。
ムサシは無我夢中で光の場所へと走った。
そこは開けた場所だった。そして漏れていた光の正体は洞窟の壁にへばり付いている青い結晶だった。まるで発光しているように淡く光り輝いている。
その壁に、女性が一人鎖を繋がれて横たわっていた。そしてそれを血なまこで見つめる男が三人、囲むようにして立っていた。
男達は賊のような格好をしていた。頭にバンダナを巻き、腰に腹巻きを巻いて、そこに短剣を突き刺していた。
女性はというと、平たく言うと全裸だった。全裸と言っても、服がビリビリに引き裂けて、体が剥き出しの状態になってるという意味合いだ。決して素っ裸ではない。
服の裂け方からして、強引に破られたのだろう。
この瞬間、ムサシはハッキリ言って世界がひっくり返っても動じない程に動揺した。
何故なら、初めて女性の全裸__らしきもの___を生で見たからだ。
十六のムサシからしたら、それは体にいきなり電撃が迸るのと差異が無い。というのは言い過ぎかもしれないが、それほどまでに刺激が強いものだった。
因みに、性欲の扉で見た裸の女性は、見たという内に入らない。何故かと言われればリアルさが無かったからだ。
所詮は幻想の女性。生の人間とは違う。あくまであの部屋は性欲を満たすための部屋で、分かりやすく言えば三次元のAVみたいなものだ。
ムサシが色々な面で固まっていると、一人の男がムサシの存在に気付いて一気に顔をしかめた。
「てめぇこんな所で何してんだ?」
男は睨みを利かせて此方を見据える。恐らく体格や今の物言いからしてこの盗賊のリーダーに違いない。
ムサシは今度は色々な面で縮こまった。
「いや、俺は別に……たまたまここに迷い込んだんだ」
「迷い込んだだぁ? こんな辺鄙な洞窟に迷い込むなんてお前、どうかしてるぜ」
ムサシの正直な言葉なのだが、どうやらリーダーには信じて貰えないらしい。
「そ、そんな事より何してんだよ! その……あ、あ、青姦なんて辞めとけよな!」
するとリーダーは一瞬ポカンとした顔になり、一気に破顔した。
「あっはっは! 青二才が蒼い面して青姦だとよ! 傑作だな!」
リーダーは豪快に笑うと、ムサシの体を目で物色し始めた。
「何かこいつ怪しいな。おいてめぇら、こいつから先に剥げ」
どうやらリーダは野生の勘が鋭いらしく、ムサシの事を危険人物だと判断したようだ。
「任せて下さいよ兄貴。こんな奴俺達で倒しますよ。なぁ兄弟?」
「おうともさ兄弟。兄貴の手を煩わせるまでもありません」
リーダーの取り巻き二人組はへらへらと笑いながら少しずつとムサシに近づいて来る。
二人共かなりの悪人面をしており、深夜に徘徊していたら必ず職質を受けそうである。
「気を付けろよてめぇら。こいつ、嫌な匂いがする」
リーダーの野太い声が洞窟に響いた瞬間、二人は下卑た笑いを込めて一気に地を蹴った。
「任せて下さいよ兄貴! 軽く一捻りですわ!」
「そうっすよ! こんなひょろもやし相手になりませんよ!」
この取り巻き二人組はどうやらフラグを立てるのが上手いらしい。
「さてと……」
この時、ムサシはある種の高揚感と疑問で覆い尽くされていた。
それは、この異世界でムサシはどういう扱いになっているのか。最強なのか最弱なのか。はたまた凡人なのか。
そしてそれを試すかのように訪れた乱闘。何だかレールの上を歩かされてるみたいに思えた。
だがそれでも、ムサシの胸の高まりは抑え切れなかった。
「おらぁ!」
取り巻きの一人__以下取り巻きA__が掛け声と共にムサシの顔面目掛けて拳を打ち出す。その一連の流れがまるでスローモーションのようにゆっくりとムサシの目に映った。
なのでムサシは、ぐっと体を縮こませてその拳を避けるようにして懐に入った。
そしてムサシは下半身を踏ん張って、そのまま拳を腹に叩き込んだ。
「__かは!!」
取り巻きAは、声にならない呻き声を上げて、猛スピードで奥の壁に叩きつけられた。しかも取り巻きAの体は落ちることなく壁にめり込んでいる。
「う、嘘だろ……?」
もう一人の取り巻き__以下取り巻きB__が信じられないと言った表情でムサシを見た。
そしてその感情はムサシも同様だった。
確かに力を込めて殴りはしたが、まさか人があんなに簡単に吹き飛ぶなんて思いもしなかった。
ムサシはどうやらこの異世界で、"強さ"というものを手に入れてしまったらしい。
これはお決まりのパターンかもしれないが、これはこれで受け入れるべきだ。
そう考えるとムサシは気が楽になり、取り巻きBを挑発するように笑いかけた。
すると取り巻きBは予想通り憤った顔を見せた。
「クソがぁ! ぶっ殺してやる!」
取り巻きBは腰に挿していた短剣を引き抜くと、それを眼前に構えた。
「剣__!」
ムサシは鈍色に光る短剣を見て無意識に足を竦ませた。
確かにムサシの力は強く、きっとあの取り巻きBの短剣攻撃も難なく躱せるに違いない。
だが、そうは言っても怖い物は怖い。きっと万が一あの剣で斬られたらムサシは死ぬ。
「は! 剣にびびってんじゃねぇよ!」
取り巻きBは薄笑いを浮かべながら揚々とムサシに斬りかかった。もう怖いものは無い__そんな顔をしていた。
「うわ__!」
ムサシは反射的に両腕を頭の前でクロスさせて防御の体勢を取った。
避けるという選択もあったが、恐怖で体が動かなかった。
「馬鹿が! 腕で剣がガード出来る訳ねぇだろ!」
取り巻きBは大きく腕を振って剣を上から下に斬りつけた。
その瞬間、ガキンというまるで鉄と鉄を勢いよく打ち付けたような鈍い音が響き渡った。
そして取り巻きBの短剣の刃が、根元からポッキリと折れた。
「は……?」
取り巻きBが短剣を見つめた後、ムサシを恐る恐る見た。ムサシには傷一つ付いていない。
この瞬間、取り巻きBは得体の知れない恐怖に苛まれた。そして同時に思った。
この男は人間では無いと。
「ひいぃ!」
取り巻きBは折れた剣を投げ捨てると、腰を抜かしたのかぺたんと地べたに座り込んだ。
「何なんだてめぇは! いきなり割って入って来たかと思えば俺の兄弟を素手で倒しやがって! お前なんか人間じゃねぇ! 人間の皮を被った化物だ!」
取り巻きBはまるで捨てられた子犬のようにぶるぶる震えていた。
その時ムサシは自分の腕を凝視していた。
ムサシに外傷は無い。無傷と言っていい。
だが、こんな勝ち方嬉しくもなんともない。寧ろ__腹立たしい。
「この化物が! さっさとここから消え失せろ!」
「俺は__」
ムサシの中にどす黒い何かが沸き上がった。
「俺は化け物なんかじゃねぇ!」
ムサシは無意識に取り巻きBに拳を叩きこもうとした。
「うわぁぁ! お助けぇぇ!」
取り巻きBは半べそを掻きながらそう訴えるが、ムサシには聞こえていなかった。
ムサシは取り巻きB目掛けて思い切り腕を振り抜いた。
ぺちん。
今度はそんな、乾いた可愛い音がした。
「……へ?」
取り巻きBは呆けながら殴られた顔面を触るが、特に傷ついた様子は無い。
これにはムサシも驚き目をぱちくりした。
今殴ったのは間違いなく全力だった。一切手加減はしていない。
ぶっちゃけあの取り巻きAより酷い事になる筈だった。だが、そうはならなかった。
これには何かしらの力が働いていると考えていい。だが、それが何なのかは今の所分からない。
「おい兄弟。ずらかるぞ」
「え、兄貴……良いんですか?」
突然呆けた二人の間にリーダーが割り込み、取り巻きBにそう言った。彼の肩には意識を失った取り巻きAが担がれている。
「あぁ。命に代えられる物は無いからな」
リーダーは暫し落ち着いた様子で取り巻きAに手を貸し、三人はムサシを振り返る事もせず、洞窟の奥へと引っ込んで行った。
それを黙って見送ったムサシは、改めてこの状況を呑み込もうとしたが、無理だった。脳が上手く働かない。いや、脳が正常に働いても無理かもしれない。
それ位謎を残した乱闘だった。
「あの……?」
その時、今にも消え入りそうな声がした。
ムサシがゆっくりと声の方向に顔を向けると、あの女性が未だに横たわってムサシを恥ずかしそうに見つめていた。
ムサシは何も考えずにボーッと彼女を見つめていた。それこそ食い入るように。
「そんなに……ジロジロ見ないで頂けますか?」
「!?」
彼女が頰を真っ赤に染め上げて、窮屈そうに体を縮こませた。
その時初めてムサシが在らぬ誤解を受けている事に気が付いた。
「あ、いや違う! 見てた訳じゃなくてただ眺めていた__いや違う! 舐め回すように眺めていたとかそういう意味合いじゃない! これには深い訳があるんだ!」
何だか彼は喋れば喋る程ボロが出ている気がするが、彼女はそのまま話を続けた。
「深い訳?」
「そうだ! これにはあのマリアナ海溝にも匹敵する程の深い深い訳があるんだ!」
「男のロマン的な?」
「そう君の体にはロマンが__ って違う! そういう話をしているんじゃない! というか今のは誘導尋問だ! ずるいぞ!」
何だか先程とは打って変わってコミカルな切り返しをしてくる彼に、彼女は思わず笑ってしまった。
「ずるいのは貴方です。私の裸をじっくりと見た罪は重いですよ?」
「いや俺は君を助けたんだぞ!?」
「それとこれとは話は別です。責任は取って貰いますからね」
そして彼女はこう言った。
「先ずはこの鎖、解いてはくれませんか?」
***
ムサシは今目隠しをしている。この目隠しはどこから出てきたのか。それは今問題にすべき事ではない。
それより問題なのは、この絵面である。
目隠しをしてそろそろと近づく十六歳男児と、鎖で腕と足を縛られ身動きの取れない年齢不明の美少女。こんな光景、シュール以外の何物でもない。
「変な所を触ろうとしないで下さいね変態さん」
「誰が変態だ!」
冒頭からこんな羞恥的なプレイを強いられるなんて思ってもみなかった。だがここは紳士的に事を進めていかなくてはならない。
ここで__
「きゃっ! どこ触ってるんですか! そこじゃありません!」
とかいう艶かしい演出なんて妄想で十分事足りる。
ムサシは頭の中であんな事やこんな事を妄想しながら、普通に手に巻かれている鎖に辿り着き、それを解いていった。
鎖は幾重にも腕を締め付けるようにして巻かれていたので、解くのには相当時間が掛かったが、無事に彼女は解放された。
その瞬間、彼女は即座に後ろを向いた。
身体を隠すためなのかもしれないが、変に背中を露出しているのも中々エロティシズムがあるというものだ。
「なんか嫌な視線を感じるので上着貸して下さい」
どうやら彼女には後ろにセンサーでも付いているらしい。ムサシは何も言わずに彼女に上着を差し出した。
「こんな事しても貴方の印象は上がりませんけどね」
彼女は上着を着終えるとムサシの方を向いた。彼女の顔に怒りマークが浮かび上がっているように見えた。
「凄い言われようだな……」
ムサシは苦笑すると、改めて彼女を見た。
少しカールした金色の髪は、纏わりつくように彼女の肩甲骨辺りまで伸びている。
今は少し汚れているが、洗えばまるで絹糸のように艶やかになるだろう。
第一印象は可愛いと言った見た目をしていて、少し細めで垂れた目はとても愛嬌がある。
きっと日本でこういう人を見掛けるとぶりっ子っぽいとか言われるかもしれない。
そして最後に上着から溢れ出ようとするその胸は、きっと綺麗な形をしているに違いない(現にそうだった)。
「ねぇ、貴方お名前は?」
「あぁ、えっと俺はムサシ……かな。そっちは?」
「そうですか変態さん。私はユメと言います」
「自己紹介ぶち壊しじゃねーか!」
「だって変態さん、やっぱり私をじろじろと見てくるので本当に変態なのかと思いまして」
「いや、それはただ観察というか仕方がないというか……ともかく俺は変態じゃない!」
確かに女性の体には興味がある年頃だが、変態ではない。というかそれだけで変態になったら世の中の男子高校生は皆変態になってしまう。
「信じられないわ」
「いやこれは本当なんだ! 信じてくれ!」
ムサシは取り敢えず土下座した。冒頭から何故こんなにも恥を晒さなければならないのか。踏んだり蹴ったりである。
「まあ、その事は置いておくとして」
「出来れば忘れて欲しい所だが」
「取り敢えず私はこの洞窟から外に出たいのです。どうか助けて貰えませんか?」
「はい喜んで!」
「……やっぱりムサシって変態ね」
「嘘!? 何で!?」
女性のお願いは即答がムサシのモットーなのだが(大噓)、どうやら引かれたようだ。
「も、もしかして引かれたと惹かれたのリアクションをうっかり間違えた訳じゃなくて?」
「そんなうっかりさんはこの世界にいません!」
「そうか……でもお前、俺が怖くないのか?」
ムサシはそれを不思議に思った。確かにムサシはユメを盗賊から助けた身ではあるが、だからと言って全面的に信じて良い人間でもない気がする。
何せユメから見たら見ず知らずの人間で、得体が知れないだろう。あの盗賊との乱闘を見たら余計にだ。
それなのに護衛を頼むというその女性らしからぬ度胸は認めるが、これでムサシが悪い人間だったらどうするのか。
「怖いですよ。色んな意味で」
「…………」
ムサシは信用されていなかった。
「ですが私を救って下さった恩人に背を向けるような事はしたくありませんし、もし悪人だったら鎖なんか解きませんよ」
「まぁ確かに、そう言われればそうだな」
そう言われると妙に納得してしまうのは、ムサシはまだ本当の悪人を見た事ないからかもしれない。
「それなら僭越ながらこのムサシが護衛を務めさせて頂くとしよう」
「何でそんな改まった言い方なのよ……」
「では参ろう」
そう言ってムサシはユメに手を差し出した。
ユメは一瞬戸惑ったが、観念したのかムサシの手を取って立ち上がった。
ユメの背丈はムサシより少し低い位だ。カップルにはお似合いの背丈である。
「あ、また何か変な妄想してません?」
「し、してないしてない!」
ムサシは腕をぶんぶん振って否定した。何て分かりやすい人なのだろうとユメは思った。
「まあいいわ。それより早く出発しましょう」
「……あーそれがさ」
ムサシは苦笑しながら頭を掻いた。
「道、分かんねぇや」
***
ムサシは今、か弱き女性に手を取られながらこの暗がりの洞窟を歩いている。
「ムサシって頼りないですね」
「い、いやはや面目ない……」
ムサシは縮こまりながら頭を下げる。
本当はここで格好良くリードしたい所だが、道が分からないのだから仕方がない。ムサシはそう自分に言い聞かせた。
「そういえばムサシは何でここに?」
すると突然、胸を突くような質問が飛びだしてきた。
「あ、えっと……それはだねぇ……」
ムサシはだらだらと冷や汗を浮かべながら、上手い言い訳を探す。
「答えられないんですか?」
その瞬間、まるで凍らせたような冷たい一言がユメの口を衝いた。
ドキリとムサシの心臓が跳ね上がった。
「き__」
「き?」
「記憶喪失なんだ! 俺!」
そして咄嗟に思いついたのがこの言葉である。
「記憶喪失……ですか?」
「し、信じてくれないかもしれないけど本当なんだ! 俺、気付いたらあそこの近くで倒れてたんだ! それで光を求めて彷徨ってたら……」
「偶然出くわしたと?」
「まあ、そういう事」
余りにもこの話は出来すぎているとムサシは思った。こんな話、幼稚園児にも信じて貰えないだろう。
だが、どうやらユメは天性のアホらしかった。
「そう……だったんですね。ごめんなさい私色んな事を聞いちゃって……」
シュンとなり黙り込むユメ。予想外の反応にムサシは逆に混乱した。
「し、信じるのかこの話?」
「え? 嘘なんですか?」
「いや、本当だ! 本当なんだけど……信じてくれるなんて思わなくて……」
するとユメは体を反転させて、ムサシと向き合った。
「ムサシは変態だけど嘘つきじゃないと思うわ」
「なるほど。さっきまで裸で泣いてた女性の言う言葉じゃないな」
「あ、やっぱり見たのね私の裸。ていうか私泣いてないわよ」
「し、しまった! 墓穴を掘った!」
ムサシは口元に手を置いて、わざとらしく驚いた。
「ま、その借りはいつか返して貰うわ」
「そ、そうか。それよりユメは何であんな洞窟にいたんだ?」
ムサシは偶然あの場所にいたが、ユメは違う。何らかの理由があってあの洞窟に居た筈だ。
「あぁそれはね」
ユメは口元に人差し指を押し当てて、可愛くウインクした。
「ないしょ」
そう言ってユメはこの話は終わりだとばかりに前を向いた。
なのでムサシもここで必要以上にユメに切り込むとブーメランが飛んで来そうな気がしたので、この話はここで終わった。
そこから数分道なき道を歩き続けると、洞窟の終わりを告げる光が二人の顔に差し込んだ。
そして二人の眼前には出迎えるように石造りの階段が出口に向かって連なっていた。
「何だかあっという間に着いちゃったわね。さ、行きましょうムサシ」
「おう」
ユメが駆け足で登っていくので、それに釣られるようにしてムサシも早足になる。
この出口を抜けた先には、何が待っているのだろう。見たこともない景色が広がっているのだろうか。
もしかすると見たこともない草花が生えているのかもしれない。もしかするとあのどこにでも出て来る魔物がいきなり登場するのかもしれない。
それを想像するだけで、どんどん好奇心が高まり、走るスピードが速くなる。いや、速くなり過ぎていく。
「きゃ!?」
ムサシはいつの間にか先に走っていたユメを追い抜いていた。そしてユメの前を先行する形になる。
ムサシは俄然やる気が出た。そして走るスピードをどんどん上げていく。今なら無限に速度を上げられそうだ。
すると次第にユメの足ではムサシに追いつかなくなってくる。
「ちょっとムサシ! きゃあ!?」
突然ユメは浮遊感を覚え、恐る恐る下を向いた。
「えぇぇぇぇ!?!?」
ユメは浮いていた。ムサシに手を引かれ、まるで鯉のぼりのようにひらひらと宙に舞っていた。
「うん? ってうあぁぁ!?」
ムサシはユメの今の現状に気付いていなかったのか、驚いた表情を浮かべた。
そしてその瞬間__ムサシは階段に躓いた。
「「うわぁぁぁぁぁ!!!!!」」
二人は一気に揉みくちゃになりながら、まるで吐き出されるようにコミカルに、洞窟から飛び出して行った。
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ある時こんな事を言われた。
もっと器用に生きなさい。
彼は不器用だった。
ここで一つ思う事がある。
器用に生きなさいと言われて器用に生きれるなら、そいつは器用な人間だ。
器用に生きようとして生きれないからこそ不器用なのだ。そして不器用だからこそ要領が悪いのだ。
彼はそういう人間だった。
そして彼はそこに付け加えてとにかく面倒臭がりだった。そして頑張るのが苦手だった。
頑張ろうとすると思う事がある。頑張ってどうするのかと。
頑張れば必ず報われるなんて事は無いこの世界で、どう頑張ればいいのか分からなかった。
そして彼は少しずつ遅れていく。取り残されていく。
彼はそれをしょうがないと思った。頑張れる人間は本当に凄いと思った。けれど羨ましくは無かった。
彼の人生は空虚だった。