プロローグ
⒈
一人の赤ん坊が産声を上げた。
おぎゃあおぎゃあと泣きながら、出産後の後処理を終えて分娩室に運ばれる。
ふかふかのベッドに寝かされて、赤ん坊は静かになる。
そして、同時に思ったのだ。
この世界は僕が生まれたかった世界じゃない。
と。
言葉も何も知らない赤ん坊なのだから、そう思った訳じゃない。
感じ取ったのだ。この世界に生を受け、外に飛び出したその瞬間に。
気付いてしまったのだ。産声を上げ、まだ発達してない目で世界を見た時に。
赤ん坊はその後、すくすくと育った。
そして十六の春。彼は高校生になった。
華の高校生でもあり、多感な時期でもある年頃の彼は、正しく当たり障りのない人間へと成長していた。
きっと漫画や小説では、ごく普通の人間と書かれる事だろう。
ごく普通に幼少期を過ごし、ごく普通に地元の小学校、中学校を卒業し、またも地元の高等学校へと入学。
中学時代は友達に流され、さしたる興味もないスポーツも、これまた友達に流されながらも三年間やり切った。
彼女は中学時代は出来ていないが、ラブレターは何回か貰った。
まあ、平凡な少年は青年への階段を上りつつ、平和に暮らしていた。
けれど、心の中ではいつも思っていた。感じていた。
この世界に生きてる自分は違和感がある。
何故そう思うかは知らないし、知る気もないが、これが良くある主人公が持つ"他にないもの"なのだろう。
だから、高校生になった彼は自殺した。
ビルの屋上から、飛び降りた。人々に多大な迷惑を掛けて、彼はその生涯を閉じた。
空は曇天だった。
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2.
一人の赤ん坊が産声を上げた。
おぎゃあおぎゃあと泣きながら、出産後の後処理を終えて分娩室に運ばれる。
ふかふかのベッドに寝かされて、赤ん坊は静かになる。
そして、同時に思ったのだ。
この世界は僕が生まれたかった世界じゃない。
と。
言葉も何も知らない赤ん坊なのだから、そう思った訳じゃない。
感じ取ったのだ。この世界に生を受け、外に飛び出したその瞬間に。
気付いてしまったのだ。産声を上げ、まだ発達してない目で世界を見た時に。
赤ん坊はその後、すくすくと育った。
十六の春。彼は高校生になった。
華の高校生でもあり、多感な時期でもある年頃の彼は、正しく当たり障りのない人間へと成長していた。
きっと漫画や小説では、ごく普通の人間と書かれる事だろう。
ごく普通に幼少期を過ごし、ごく普通に地元の小学校、中学校を卒業し、またも地元の高等学校へと入学。
中学時代は友達に流され、さしたる興味もないスポーツも、これまた友達に流されながらも三年間やり切った。
彼女は中学時代は出来ていないが、ラブレターは何回か貰った。
まあ、平凡な少年は青年への階段を上りつつ、平和に暮らしていた。
けれど、心の中ではいつも思っていた。感じていた。
この世界に生きてる自分は違和感がある。
何故そう思うかは知らないし、知る気もないが、これが良くある主人公が持つ"他にないもの"なのだろう。
だから、高校生になった彼は自殺した。
ビルの屋上から、飛び降りた。人々に多大な迷惑を掛けて、彼はその生涯を閉じた。
空は曇天だった。
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3.
一人の赤ん坊が産声を上げた。
おぎゃあおぎゃあと泣きながら、出産後の後処理を終えて分娩室に運ばれる。
ふかふかのベッドに寝かされて、赤ん坊は静かになる。
そして、同時に思ったのだ。
この世界は僕が生まれたかった世界じゃない。
と。
言葉も何も知らない赤ん坊なのだから、そう思った訳じゃない。
感じ取ったのだ。この世界に生を受け、外に飛び出したその瞬間に。
気付いてしまったのだ。産声を上げ、まだ発達してない目で世界を見た時に。
赤ん坊はその後、すくすくと育った。
十六歳の春。彼は高校生になった。
華の高校生でもあり、多感な時期でもある年頃の彼は、正しく当たり障りのない人間へと成長していた。
きっと漫画や小説では、ごく普通の人間と書かれる事だろう。
ごく普通に幼少期を過ごし、ごく普通に地元の小学校、中学校を卒業し、またも地元の高等学校へと入学。
中学時代は友達に流され、さしたる興味もないスポーツも、これまた友達に流されながらも三年間やり切った。
彼女は中学時代は出来ていないが、ラブレターは何回か貰った。
まあ、平凡な少年は青年への階段を上りつつ、平和に暮らしていた。
けれど、心の中ではいつも思っていた。感じていた。
この世界に生きてる自分は違和感がある。
何故そう思うかは知らないし、知る気もないが、これが良くある主人公が持つ"他にないもの"なのだろう。
だから、高校生になった彼は自殺した。
ビルの屋上から、飛び降りた。人々に多大な迷惑を掛けて、彼はその生涯を閉じた。
空は曇天だった。
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971633.
一人の赤ん坊が産声を上げた。
おぎゃあおぎゃあと泣きながら、出産後の後処理を終えて分娩室に運ばれる。
ふかふかのベッドに寝かされて、赤ん坊は静かになる。
そして、同時に思ったのだ。
この世界は僕が生まれたかった世界じゃない。
と。
言葉も何も知らない赤ん坊なのだから、そう思った訳じゃない。
感じ取ったのだ。この世界に生を受け、外に飛び出したその瞬間に。
気付いてしまったのだ。産声を上げ、まだ発達してない目で世界を見た時に。
赤ん坊はその後、すくすくと育った。
十六歳の春。彼は高校生になった。
華の高校生でもあり、多感な時期でもある年頃の彼は、正しく当たり障りのない人間へと成長していた。
きっと漫画や小説では、ごく普通の人間と書かれる事だろう。
ごく普通に幼少期を過ごし、ごく普通に地元の小学校、中学校を卒業し、またも地元の高等学校へと入学。
中学時代は友達に流され、さしたる興味もないスポーツも、これまた友達に流されながらも三年間やり切った。
彼女は中学時代は出来ていないが、ラブレターは何回か貰った。
まあ、平凡な少年は青年への階段を上りつつ、平和に暮らしていた。
けれど、心の中ではいつも思っていた。感じていた。
この世界に生きてる自分は違和感がある。
何故そう思うかは知らないし、知る気もないが、これが良くある主人公が持つ"他にないもの"なのだろう。
「…………」
彼はビルの屋上から空を見ていた。今日は月が出ていた。朝方からずっと快晴だったのだろう。
上は星空、下は街灯りに照らされても、彼の陰鬱な気持ちは微塵も晴れない。
願わくば、生まれ変わった自分は、生きてる事に違和感を持つことが無いように。
そう願いを込めて、手すりから手を離した。
「……?」
だが、浮遊感を感じない。落ちる感覚も無い。何も感じない。
彼はグッと閉じた目を少しずつ見開いた。
「____!!」
そして驚いた。
見開いた先には、街があった。眩い明かりに照らされながら、彼は上から街を覗いていた。
そして恐る恐る後ろを振り向いた。
後ろは空だった。満天の星空が輝いている。
そして足元を見る。
靴底がビルの窓にくっ付いていた。
彼は今、重力に逆らってビルの側面の窓に足を付けて立っているのだ。
「……は?」
訳の分からない法則の歪みに、彼は言葉が出ない。
その時、除夜の鐘のようなゴーンゴーンという、胸を突くような音が聞こえてくる。
そして、丸い月のあたりに黒い影が浮かび上がった。
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン!」
それは一気に色付き、ポンという音と共に金髪美少女へと変貌した。いや、少女というよりは幼女に近いかもしれない。
まだ子供っぽさが抜けていないあどけない表情で、金髪幼女はぼんやりと彼を見やった。
「どうかな?」
「どうって……?」
「私、可愛い?」
彼女は小首を傾げた。だがしかし、彼にはそういう性癖が無かったため、曖昧な返事しか出来なかった。
「……まぁ」
「そっか! ありがとう!」
そんな曖昧な返事でも嬉しかったのか、彼女はフワフワと円を描くようにして飛び回った。
羽もないのに何故飛べるのか。彼はそんな事が気になった。
「あの……?」
「うん?」
「君は一体……?」
何者なのか、そう言う前に意図を汲んだのか幼女は答えた。
「私の名前は……そうだなぁ……カミじゃつまらないから、ミカ!」
幼女はそう言ってまたくるくると回った。
「ミカはもしかしてカミなのか?」
「うん! ミカはカミ! 上から読んでも下から読んでもミカはカミだよ!」
幼女改めミカはまた楽しそうに笑った。本当に小さな子供みたいだ。
「ミカはその、俺を助けてくれたのか?」
「そうだよ。君の死に巡りは見てられないからね」
やれやれと言わんばかりにミカはそう言った。一々オーバーリアクションな所も子供のようだった。
「死に巡り?」
「そう。貴方はもう971633回死んで生まれ変わってるの。だからもういい加減辞めてって言いに来たの。生まれ変わらせるのだって大変なんだよ?」
ミカは今度は怒った顔に変化した。表情がコロコロと変わるのは見ていて面白かった。
「971633……俺はそんなに死んだのか?」
その途方もない数字に彼は驚いた。当たり前だが、そんなに死んだ覚えは無い。
「うん。もう目が当てられない位永遠と、16年刻みで君は死んでいくの。このままだと100万再生回数突破しちゃうからここで食い止めないと」
「そっか。なら、広告でも付けておけば良かったかな?」
「そうだね。16分刻みで広告何回も挟めば大儲けだよ」
「そんなに長かったのか俺のストーリーは」
「味気なくて平凡だけどね」
「幼女にそう言われるとへこむな」
確かにこの人生を動画にするならば、恐らく開始一分程で飽きられてしまう自負はある。だが、他人から言われるとグサリとくる。そういう事ってあるだろう。
「でも、大丈夫。私はね、カミでミカだからね。君の願いを叶えてあげるよ」
ミカは平然とそんな言葉を口走った。
その意味を彼はゆっくりと咀嚼した後、
「なら、この違和感を取り払ってくれ」
と言った。
だが、その願いはいとも簡単に消し飛ばされた。
「それは出来ないよ」
「は……? 何でだよ……?」
彼はてっきり願い事なら何でも叶えてくれるものだと思っていた。裏切られた気分だ。
だが、ミカの答えは彼の想像を超えていた。
「だって__無いものを取り払う事なんて出来ないよ」
そんな言葉を返されるとは思っていなかった。
神であるミカに、自分がこの十六年生きてきてずっと抱えてきた問題を、そもそも問題ですらないと一蹴されてしまったのだから、二の句が出ない。
「そんな……ことある訳無いだろ! 俺は、ずっとそれを考えて生きてきた! 俺はこの世界の人間じゃない!」
「君はこの世界の人間だよ」
「嘘つくな! なら、この違和感は何なんだよ! こんなしこりをずっと抱えて生きていくなんてごめんだ!」
この十六年、ただそれだけを考えて生きてきた彼にとって、それを無かった事だと言われるのは今まで生きてきた全てを否定されるのと同義だ。
そんな簡単にはいそうですかと頷けるものじゃない。
「君はね、この世界を受け入れる事が出来ないだけ。認めてないって言うべきなのかな?」
「そんなの……あんまりだ」
彼は絶望した。要はこの世界をちゃんと見ようとしていなかっただけの事。それがこのしこりの真実だったなんて。
「でもね、君は凄いんだよ」
「え? それは一体どういうこと?」
「だって、普通の人間は、この世界を自分の世界だと思い込んで日々を生きてるのに、君は971633回拒み続けた。これって凄い事だと思わない?」
そういう見方も出来るのかと彼は思った。だがそれは971633回この世界に駄々をこねてるのと同じだ。
そんなの__赤ん坊のする事だ。
「でも、それを凄いと言えるのは、神であるミカにしか見えない。それはとても悲しいことだね」
「だからミカは俺に会いに来たのか?」
「そうだよ。健気に世界を拒み続けた君を救うために、ミカは遠路はるばるここにやって来たの」
遠路はるばると言うが、さっきポンとかいう乾いた効果音と共にいきなり現れたが、それはどう説明するのか。
聞きたかったが話が歪曲しそうなのでやめた。
「なら、俺をこの世界から連れ出してくれるのか?」
「うん。しかも君の望む世界に連れて行ってあげる。しかも君には何の対価も払わなくていいの。はかくだよはかく! うふふ!」
破格の何が面白いのか疑問だが、これは願ってもないチャンスだ。
彼はずっと胸に抱いていた言葉を口に出した。
「俺はもっと自由な世界に行きたい」
「自由な世界? それってどんな感じなのかな?」
「何にも縛られなくて、好きな物がいつでも食べれて、好きな事がいつでも出来る__そんな世界に俺は行きたい」
これが俺が望んだ世界だ。
義務教育で何年も学校に行く必要が無い世界。馬鹿みたいに授業料が高い大学とかいう、年の半分が休暇の馬鹿げた学校が無い世界。
そして、誰しもが直面する社会人とかいう働きアリも顔負けの労働を強いられる事が無い世界。
夢も希望もない誰かが掘り進めたレールに乗らなければいけないつまらなくて吐き気がする事が無いような世界。
そして金というものに縛られ、自由を求める事が出来ないような世界。
こんな世界から抜け出したい。逃げ出したい。消え去りたい。
こんな世界なんて要らない。
「自由ってそういうものなんだね。じゃあ君にぴったりの場所に連れて行ってあげるよ」
強欲な願いに対して、返事は思わず拍子抜けしてしまいそうな程簡単なものだった。
「出来るのか?」
「出来るよ。だってミカはカミだもん」
自信満々に、余り無さそうな胸を張った。
「本当に対価は無いのか?」
「無いってば。神に誓ってね。ふふ。私を赤目のウサギさんと一緒にしないで」
「良かった。てっきり宇宙の法則でも捻じ曲げるものかと」
「そんな事しないよ」
その時、ふとミカが悲しそうな顔をした。本当にミカの表情のバリエーションは豊富だ。
「だってこれは償いだもん」
「償い?」
「うん。これは971633回も君の命を殺してしまったささやかな償いなんだよ」
「本人に自覚は無いけどな」
何だか自覚が無さすぎて償いと言われても全く実感が湧かない。
「いずれ君も分かる時が来るよ」
「え? それはどういう意味__」
「じゃあそろそろ行こっか。君の姿を誰かに見られたら大騒ぎだしね」
ミカにそう言われて、彼は未だにビルの側面に立っていた事に気付く。
彼は未だ明かりで賑わう夜の街を眺めた。きっとこの景色も971633階見ているのだろう。
そう思うと不思議な気持ちだった。
「さぁ、手を合わせて」
ミカのまだ成熟してきってない柔らかい手は、この夜空に良く映えた。
彼はその手を取った。カミなのに、ミカには体温があった事に密かに驚いた。
「行くよ」
その言葉と共にふわりと蛍火のような光が二人を包んだ__かと思うと、この世界から彼とミカは消えていた。
今日は晴天だった。