第六十七話 牙を剥く皇龍Ⅱ
……。
よ、四ヶ月も空いてしまった……。
ほ、本当に申し訳ないです。でも今年は死ぬほど忙しいので、ペースは上げられないかもしれません。スミマセン。
……空きすぎて忘れられていると思うので、軽くあらすじを。
美咲「あらすじと言ったら私の出番!」
菜月「お前、番外編しか出てないだろ」
美咲「細かいことは気にしちゃやーよ、なっつん。
――『二月の魔女』イアミントとの激闘の末、辛くも勝利を収めるも気絶してしまった菜月は、帝国城の一室で目覚める。先輩魔道士でありセルデセン皇国の第一皇女でもあるエミアリスの計らいで宮廷医師達の治療を受けた菜月は見事に全快。それから重要参考人として帝国トップどもが集まる円卓会議に出席させられたり、母親の死を受け入れられず現実から目を背けるシャルロッテの現状を目の当たりにしたりで精神的に参った菜月は、同郷で後輩の少女・優莉と二人で街を散策することに。
デート中、優莉の目が離れたところで猫人種の少女・ミーフィルに浮気したり、以前拾ったペンダントの持ち主を知っていそうなミーフィルに渡したりと色々やっちゃった菜月だったが――平和な時間はそこまでだった。
唐突な第二王妃クラリーヌの訃報に第二皇子派がこれ幸いと便乗し、第一皇子派に強引に罪を被せて引っ捕らえようとする。第一皇子アースドルと彼の派閥に属するエミアリス、そして彼女の世話になったことで強制的に第一皇子派と見なされた菜月と優莉、テニーは、秘匿通路を利用して帝国城から脱出する。そして、外で合流したアースドルの知人らしき黒髪翠眼の青年と共に、隠れ家へと逃げ込む。
翌朝、優莉から二人っきりでの逃亡を提案された菜月だったが、エミアリスへの恩を返していないことと、帝国城にシャルロッテを残したままであることからそれを拒否。もう何度目かも分からない優莉からの愛の告白に曖昧な返事をするという実に最低なことを最低だと自覚しながらもやった菜月は、悩みながらも、現状維持を選択するのであった。……わー最低男だよ」
菜月「待て待て待て! 大体の流れは合ってるんだけど、浮気って何だよ? つか所々に悪意を感じるんだが!?」
美咲「デート中に他の女の子とカフェでお茶してたら、それ完全に浮気だよねー。他のところもまぁ、大体が事実だし。うん。つまり優柔不断は悪ってことなのだよ」
菜月「?」
一旦、優莉を部屋の外に出してから、着替えや持ち物チェックを済ませると、菜月は再び優莉と合流して一階にある居間へと向かった。
「ん、おはよ。ナツキ。ユーリも」
と、部屋に顔を見せて早々に声を掛けてきたのは、皇族の証である深紅の髪をゆったりと伸ばした絶世の美少女――エミアリスであった。相変わらず表情の読みにくい顔でこちらを見詰めている。優莉と並ぶほどの美貌も相まって、作り物めいた美しさすら感じられた。
「おう、おはよう」
「おはようございます」
「ん。朝ご飯、もうできてるから」
くいっと顎で示された先に視線を向けると、部屋中央のテーブルにはほかほかとした湯気が立つ作りたての朝食が並べられていた。バゲット、ベーコンエッグ、レタスとコーンとプチトマトのサラダ。現代でも見かける洋風メニューだ。
「(ここが異世界だって忘れそうになるな……)」
小さく呟き、苦笑する。思えば、今さらだ。この世界――というよりはこの街には、なぜか現代地球のものと似たような品がいくつも見られた。オクト焼き然り、デラックスジャンボパフェ然り。
もしかしたら、自分達以外にも転生者や転移者がいたのかもしれない。エミルフィアにいた頃に聞いた、醤油をこの世界に齎したシルフィアなる人物もいるようだし。
「できるだけ早く食べちゃって。現状の詳しい説明をしたいから」
と、ほかほかの朝食を眺めて考え事に浸っていた菜月の意識を引き戻したのは、エミアリスだった。彼女の視線はすでに菜月ではなく、腕の中の杖に向いている。――確か、帝都リアードへ向かう途中に彼女の師匠のところに取りに行った、強力な長杖だったはずだ。
エミアリスはその深紅の長杖をまるで宝石でも扱うかのような手つきで以て布で拭き、魔法補助器具として最も重要な役割――術式代理演算と魔力制御補助が主である――を果たす先端部の紅い宝玉を傷つけないよう絶妙な力加減で磨いている。魔道士にとって杖は生命線に等しい。だからこうして、真剣勝負にでも臨むかのような気迫で己の武器の手入れを行っているのだろう。
それはまるで、これから死地にでも向かうかのような姿で――。
(……あぁ、そうか)
『まるで』ではなく、『まさに』だろう。
第二皇子派に城を追い出され、第一皇子派は味方も少ないままこうして帝都の片隅に潜んでいる。そして《終焉教》の影もチラつく中、帝都――いや、帝国全土の平和と活性を願う第一皇子派には、相次ぐ戦いで疲弊する前に電撃的解決するしか道はない。
それが分かっているからこそ、こうしてエミアリスはいつでも出られるように準備を整えているのだ。
「ふふふ、さすが初代女王様が鍛えた魔杖。いつ見ても美しい術式……素晴らしい素材……まさに至高……むふふふふふ」
……いや、ただ単に芸術品を愛でているだけかもしれない。
◆ ◆ ◆
皇族にも提供するからか、はたまたこの街の食材の質が良いのか。現代日本出身でそれなりに肥えた舌を持つ菜月も素直に美味しいと感じられる食事を終えると、居間には昨夜帝国城から脱出した時のメンツが揃っていた。
朝食の後片付けを完了し、汚れを拭き取った机の上に第一皇子アースドルが魔法大国セルデセン全土の地図を広げる。菜月達はそれが見えるようにテーブルへと集まるが、唯一名も知らぬ黒髪翠眼の青年は、皆から少し離れたところで壁に体重を預け、まるで睨むような目つきを地図へと向けていた。
「よし。それじゃ、現状確認といこうか」
「待って兄様、その前に自己紹介を挟んだ方が良いです」
話を始めようとしたアースドルを制したのは、エミアリス。妹の意見に、「ふむ」とアースドルは数秒だけ思考し、
「うん、そうだね。初対面の人もいるし、これから一丸となっていくためにも、きちんと話をしておいた方がいいか」
彼はそこで全員をゆっくりと見渡すと、「それじゃ、まずは僕からやるね」と切り出した。
「僕は、アースドル=ラフ=リアエリナ=セルデセン。セルデセン帝国第二十三代皇帝候補、皇位継承権第一位だ。……まぁ、たぶん今は弟の方が一位に入れ替わっていると思うけど」
千年続く歴史がある帝国なのだが、次期皇帝が二十三代目とはどういうことだろう、と首を捻る菜月。しかしこの状況で訊ねるのも憚られたので、疑問は心の奥にしまっておく。
と、菜月の心の中の疑問を感じ取ったわけでもないだろうが、アースドルは視線を菜月と優莉、そしてテニーの方へと向けた。
「……ともあれ。ナツキくんやユーリさん、テニーくんには巻き込んでしまって本当に申し訳ないと思っている。けれど、この国のために協力して欲しいんだ。勿論、強制ではないけれど」
強制ではない。が、この状況で菜月達は断れない。それが分かっていて問いかけているアースドルの表情は、とても申し訳なさそうな表情をしていた。
「(……皇族として生きにくそうな人ですね)」
ぼそりと呟かれた優莉の言葉に、菜月は心の中で同意を示す。
それから、菜月は表情に苦笑を滲ませて、
「協力しますよ。エミアリスには返していない恩もありますし、それに、まだ城にシャルちゃんも残していますしね」
「わたしも、菜月先輩が協力する限り、力を貸します」
「ぼ、僕も、ナツキさんのどれ……じゃなくて、ナツキさんには従わなきゃいけないので!」
「……そうか。ありがとう」
テニーが『奴隷』と言いかけたのには気付いているのかいないのか……いや恐らく気付いていないのだろう、アースドルの目尻に涙すら滲ませた笑顔は、「良い人に巡り会えた……!」と感極まったようなものが映っていた。根が良い人というか純粋というか、つくづく皇族として生きにくそうな人物である。
「んじゃ、次、わたし」
アースドルの話に決着がついたところを見計らって口を開いたのは、兄の傍に立つ皇女であった。
「わたしは、エミアリス=ウェン=ウィーゼルハイト=セルデセン。セルデセン帝国第二十三代皇帝候補、皇位継承権第四位。よろしく」
「……アリス。もうちょっと……こう、言うことない?」
必要最低限しか話さないエミアリスに、困ったような呆れたような、なんとも言えない視線を向けるアースドル。
「別に良いです、兄様。わたしはここにいる全員と面識がありますし」
「そうだけど……はぁ、まぁいいか」
これ以上長引かせる必要もないと考えたのだろうか。アースドルは諦観の溜息を吐き、それから菜月へと目を向けた。
視線を受けた菜月は、今さらだが皇族が二人もいる中での自己紹介に少々の緊張を感じつつ、口を開く。
「俺は、東雲菜月。東雲が名字で、菜月が名前です。冒険者で、職業は魔道士をやっています。……えーっと、まぁそれなりに魔法は使えるんで、よろしくお願いします」
緊張で、妙な敬語になっていた。
その拙い敬語から、菜月が敬語になれていないことを察したのか、アースドルは小さく笑みを零して、
「ふふ、無理に敬語を使わなくて良いよ、ナツキくん。ここは公的な場じゃないからね」
「い、いや、ですが……」
さすがに一国の皇子相手に敬語をやめる度胸は菜月にはない。そうとは知らなかったエミアリスは例外としても、皇位継承権第一位――すなわち順当に行けば次の皇帝となるはずの人間なのだ。そんな人物にタメ口など、小市民の菜月は後が恐くてできない。
「問題ないよ。キミは……キミ達は、これから第二皇子派や《終焉教》、そして現皇帝へと立ち向かう仲間なんだ。堅苦しいのはなしにしよう」
「し、しかし……」
なおも渋る菜月であったが、しかし――。
「ん、分かった。兄様のことはこれからアース兄って呼ぶ」
「分かりましたアースドル。これから宜しくお願いしますね。……あ、わたしは一条優莉です」
「エミアリスはともかく優莉はよく呼び捨てにできるな!?」
肝が据わりすぎだろ!? と驚愕する菜月に、優莉は「地球じゃわたしも一応上位階級ですからね」などと宣う。……確かに一条家は《天道三大家》の中でも最も権力を有し、世界経済に影響するほどの力を有しているが……さすがに次期皇帝と比べると見劣りするのではなかろうか。
「うん、ユーリさんだね。よろしく」
「皇子様、軽っ」
ほわっと笑顔を浮かべるアースドルに、菜月の突っ込みは刺さらず流されてしまう。
「はわわわわ不敬罪って首飛ぶんだよねばびゅーんぶしゃああああああああ……きゅう」
そしてあまりの優莉の不敬っぷりにテニーが目を回してしまった。……恐らく五分もすれば復活するので、彼の自己紹介は飛ばそうと決める菜月。信頼からの放置である。たぶん。
「ナツキくんも、できれば敬語は取って欲しいな。勿論、公の場ではそんなことはしないよ。でも……共に戦う仲間に遠慮されるのは、少し、寂しいかな」
「皇子、様……」
本当に寂しそうな顔をして言うのだから、なんというか、卑怯である。こう、彼の頭上にシュンと垂れた犬耳を幻視してしまうのだ。猫派の菜月にもダメージを与えてくるそれは非常に強力で、これを断るには相当非情にならねばならないだろう。生憎、菜月はそんなにも非情になれる人間ではない。
「……分かりました。いや、分かったよ、アースドル様」
「ほ、ホントかい!? ふふふ、良かったぁ」
子犬系皇子様の顔がぱっと明るくなり、菜月は苦笑する。心から嬉しそうにするのだから、まるで年下の兄弟に接しているような心持ちになってしまう。実際にはアースドルの方が五歳以上も年上なのだが。
「それじゃ、最後は――」
「俺、だな」
アースドルの言葉を継いだのは、一人、離れたところで壁に寄りかかっていた青年。
彼はその鋭利な双眸で以て皆をじろりと見回すと、冷たさを感じる低い声で告げた。
「俺の名はレービス。そこの皇子に協力している、ただの剣士だ」
しん……と、静まりかえる部屋。
「……それだけ?」
思わず呟いた菜月に、レービスと名乗った青年は「何か問題でもあるのか?」とでも言うように鋭い視線を向けてくる。その眼力はまるで万象を斬り裂く刃のようで、菜月の心へと鮮烈な恐怖を刻みつけた。
――これは、並の剣士が出せる迫力ではない。《終焉教》との戦いで何度も強烈な殺意に晒された菜月だが、これほど心魂を引き絞られるような緊迫感を味わったのは、対イアミント戦の時くらいではないか。
「もう、レービス。キミはもうちょっとフレンドリーにできないのかい?」
「皇子。俺は共闘戦を好まない剣舞闘師だ。んなもの望まれること自体間違っている」
「……キミは、昔っから変わらないね」
「そういう皇子こそ、昔から甘さが抜けないようだ」
レービスの指摘にアースドルは一瞬、むっと顔を歪ませたが、すぐに表情を戻すと、溜息を一つ吐いて、
「はぁ……協調性のないキミをフォローするのがいつも僕の役目だったね。……皇子に心労をかける男爵って、なんだかなぁ……」
「フォローは貴様の勝手だ。俺は望んでいない」
「はいはい。……っと、彼はレービス=アルフォギア。帝国の男爵位ではあるけど……キミ達冒険者には『一月の剣帝』って言った方が分かりやすいかな?」
あれ、その二つ名って確か……と記憶を掘り返し始めた菜月の思考を、がばっと起き上がったテニーが吹き飛ばした。
「い、『一月の剣帝』っ!? そ、それってまさか、『暦月の守人』の中でも一、二を争う圧倒的な強さを持ち、伝説の鍛冶職人・クニキダが鍛えた聖剣でかつて帝国を滅ぼしかけた人類認識内最強種を斬り倒したと云われる、最強の剣士……!?」
――そうだ。『二月の魔女』であるイアミントと同等の威圧を感じるとすれば、それは同程度の強さを有する『暦月の守人』以外あり得ない。
視線を向けられただけで感じたレービスの強さに納得がいった菜月は「なるほど」と小さく呟き、それから「そういえば剣舞闘師って優莉と同じ職業だな」と思い出す。視線を隣の後輩の少女へと向けると、彼女は僅かに細めた目でレービスを見ていた。その表情は乏しく、横顔から感情を読み取ることは叶わない。
「最強の剣士、か」
一部では英雄とすらされる人物を前にして興奮するテニーの口から出てくる評価に、レービスは苦虫を噛み潰したような顔をして、腰の美麗な長剣の柄を軽く叩く。その仕草はどこか荒く、やり場のない苛立ちをぶつけているようであった。
「その称号は、俺には相応しくない」
「な、何でですか? だって『一月の剣帝』の称号は、最強の剣士に与えられるって……」
『二月の魔女』が今代最強の魔道士から選ばれるように、『一月の剣帝』は剣術において頂点に立つ者が指名される。だからその称号を冠したということは、女神から世界最強を認められたことと同義なのだ。
けれど他称・世界最強は、その評価を否定する。
「違う。俺よりも剣で強い奴はいる。――『狂鬼覇塵』や『翠聖の妖精王』なんか、本職じゃないってのに勝てなかったんだからな」
聞き慣れない二つ名がずらずら出てきて疑問符を頭上に浮かべる菜月。助けを求めて優莉に視線を向けるも、彼女も首を捻っていて理解できていないようだった。
しかし冒険者として菜月達よりも長く活動していたテニーは知っているようで、
「『狂鬼覇塵』って伝説の狂戦士ですか? そりゃ、神魔大戦期の英雄は強いと思いますけど……というか、実際にどっちが強いかなんて確かめようがなくないですか? 千年前の人ですよ?」
「ふん。小僧。貴様の認識は間違っている」
「? ……あ、僕、テニーです」
小僧呼ばわりされたテニーが最短の自己紹介を挟む。寡黙(そうに見えたが、実際今一番喋っている)なレービスよりも短かったが、話の途中なのでアースドルも口を挟まなかった。
「テニー。神魔大戦期の英雄達……その中心にいた奴らは、今も生きている。元々長命種である上に、女神の加護を得ているらしく、その寿命はほぼ無限らしい」
「む、無限……? ふ、不老不死ってことですか!?」
「不死は知らん。不老なのは間違いないがな」
レービスは一つ息を吐いてから、
「……その話はもう良いだろう。それよりも、今は帝国のことだ」
「……っ! そ、そうでした……」
英雄クラスの人間と話して熱くなっていたテニーは、現在の状況を思い出して体を縮める。テニーは英雄に対してかなりの憧憬を抱いているのか、いざ本物を前にすると周りが見えなくなるらしい。……いや、或いはこの世界の人間なら、『暦月の守人』を前にすれば皆似たような反応をするのかもしれない。彼らはそれほどまでに有名で、相応の実績を挙げているのだから。
テニーが口を噤んで部屋に静寂が落ちると、話の終わりを待っていたアースドルが改めて口を開く。
「さて。それじゃ、現状確認に戻ろうか」
レービスの名前は、実は第十四話に登場しています。
次回も……いつになるか分かりませんが、早く投稿できるよう頑張りますので、どうか宜しくお願いします。




