第六十五話 動き出す夜Ⅱ
エミアリス視点から始まります。
――話は遡ること三十分ほど前。
第一王妃亡き今、唯一の王妃である第二王妃クラリーヌ=ベルシー=トルニスタ=セルデセンが私室で死亡していたという情報が、夜の帝国城を震撼させた。
帝国騎士達はすぐさま現場を検証。騎士は別に警察でも検事でもないので死体を曝いたところで正確な犯人捜しなどできないが、この国では騎士達が犯罪関係の取り締まりを請け負っているのだ。そしてその騎士達が調査した結果、クラリーヌは火属性攻撃魔法による即死だと判断された。
「――あれは明らかに他殺だ! 自らに魔法を撃ち込むような事態はあり得ないのだからなッ!」
激しく円卓を叩いて立ち上がり、声を張り上げたのは、帝国騎士団団長アルバン=カカファト。彼の怒声は広い会議室をビリビリと震わせる。
「落ち着くノダ、給料泥棒。陛下の御前だぞ」
円卓の向かいで耳に指を突っ込み、五月蠅いとばかりにアルバンを睨むドウェンド。麗しの宰相様による騎士団の無能さの揶揄にアルバンは額に血管を浮かべたが、しかし皇帝の前だと思い出し、不満を隠さぬまま腰を下ろす。
ここは、昼にも使ったばかりの円卓会議室。帝国の重鎮が集まり、重要な議題に向かい合う場だ。そして此度の議題は第二王妃暗殺という酷く物騒かつ国の将来に関わるもの。無駄口など叩いている暇はない。
いつもの如く無表情(本人は真剣な顔のつもり)で、エミアリスは視線を自身の父親――即ち現皇帝レオポルトへと向けた。
妻が殺されたというのに、彼の表情に影は落ちていない。ただ威厳のある為政者の顔で、円卓に集う者どもを睥睨している。
それを為政者として頼もしく思うか、それとも薄情な人間だと失望するか――第一皇女という立場でありながら逃げ回っているエミアリスには、判断できなかった。
ふと、エミアリスが視線を向けていることに気付いたのだろう。レオポルトは娘の方へ視線を向け――しかし何か言うでもなく、じっと数秒見つめただけで逸らしてしまう。
(……お父様が、わたしを見た……?)
今まで視線を合わせた数など、それこそ数えたほどしかない。顔色を変えず内心だけで驚愕するエミアリスだったが、けれど思考はすぐに会議の内容へと引き戻される。
「他殺……ね。まぁ確かに、魔法を自分に向けて撃ったから死んだ、って片付けるのは無理があるかな」
思案顔で呟く第一皇子アースドル。それに反応したのは、円卓の上に足を乗せ、椅子にだらっと腰掛けた第二皇子ガディアスだ。態度は問題だらけだが、その目は激しい感情で燃え滾っている。
「死因なんざどぉーでも良い。どこのどいつが殺りやがった?」
「……まだ、分かっておりません」
「私の方でも探っていますが、芳しくありません」
帝国騎士団を指揮するアルバンと、宮廷魔道士団を動かすアルテミシアが応じる。彼らの返事に、ガディアスは「ふんっ! 使えねぇ愚図どもが」と悪態を返し、続けた。
「早く見つけ出せ。俺が八つ裂きにしてやるッ!」
彼がここまで殺意を前面に押し出しているのは、死んだ第二王妃が母親だからだろう。血縁関係以上に彼はクラリーヌから愛情を注がれていたようで、暗殺者に対し相当怒りを抱いているようだ。
反対に、エミアリスやアースドルはそこまで感情が動いていない。どちらも血の繋がりがなかった上、彼女に対しあまり良い印象を持っていなかったからだろう。人死にだというのに薄情だな、とエミアリスは自嘲するが、だからといって恐怖以外に感情が動きそうになかった。
そう――この、防御に優れた帝国城に侵入して、誰にも気付かれず第二王妃を殺して見せた暗殺者が、まだ城の中に潜んでいるかもしれない。或いは城内に残っていなくても、また皇族を狙って来るかもしれない。そんな恐怖が、エミアリスだけでなく、この場にいる皆にあった。
「もしや、貴方様の派閥ではないでしょうな、アースドル殿下?」
「なっ……何を言っているんだい、アルバン騎士団長? 私達がそのようなことをする理由が分からないよ」
ギロリ、と皇子に向けるものではない鋭い眼光でアースドルを刺すアルバン。いきなり疑われたアースドルは驚き、一瞬慌てるも、すぐに冷静に尋ねる。しかしアルバンは眉を顰め、
「殿下の派閥にとって、クラリーヌ様が快い存在ではなかったことなど、我だけでなく皆が承知していることです。であれば、貴方様に疑いが向くことも避けられませぬ」
「ふざけっ……いや、あり得ないよ。たとえ派閥間の問題があったとしても、すぐに疑いが向くような時勢で暗殺なんて強硬手段を取る訳がないじゃないか」
「貴方様にその意思がなかろうと、臣下はどうですかな? 彼らが王妃様暗殺に走らないと、断言できるのですか?」
「それは……っ」
できる、と言い切れないのが、この兄の弱点だ。エミアリスも、そして彼の派閥につく者達も皆知っている。それでもついて行こうと、支えていこうと思えたのは、第二皇子への不信もあるだろうが、それ以上に彼が好い人柄だと知っているからだ。
しかしこの状況で、彼の弱気は裏目にしか出ない。アルバンを調子づかせるだけだ。
けれどこの円卓会議に参加するメンバーで、アースドルに表立って味方できるのはエミアリスだけ。他は中立か、敵か、なのだ。……ちなみにアルテミシアはエミアリスの絶対的味方だが、アースドルのためには動かないので、カウントできない。
エミアリスは覚悟を決めると、短く息を吸い、口を開く。
「騎士団長。アースドル兄様の派閥が第二王妃様を殺害したという決定的な証拠でもない限り、そのような疑いを向けるべきじゃない」
「……第一皇女様。もはや悠長に構えている場合ではないのです。神聖なる帝国城に第二王妃様を手に掛けた不届き者がいるやもれしれないこの状況で、不穏分子たる派閥に属す者がいるのならば、一度拘束した方が良いでしょう。もし皇帝陛下や次期皇帝になられるお方に危険がありでもしたら大問題なのですからッ!」
その、守らなければならない人間の中に、アースドルやエミアリスがいないことは明らかだ。不敬どころか皇族への侮辱として引っ捕らえても問題ない発言だが――しかし被せるように発言する第二皇子が、彼の罪を隠してしまう。
「そうだ。そうだぞアルバン! 兄貴は俺やお父様にとって危険かもしれねぇ。なら一度軟禁しておくべきだなぁ!」
「な、なんでそうなる!? 私の派閥がやったという証拠はないんだ! 早まらないでくれ!」
第一皇子派を捕縛すべき、などという方向に進み始め、強い危機感を覚えたアースドルは立ち上がって否定する。けれどガディアスとアルバン――いや、第二皇子派の勢いは止まらない。全力で、突き進むのだ。――多少強引だとしても、政敵を排除するために。
「陛下! もはや悠長に構えている場合ではありませんぞ。《終焉教》に加えて第一皇子派まで強硬手段を取り始めた疑いが出てきました! このまま奴らを放置しておけば、事態は悪化の一途を辿るでしょう! なればッ! アースドル殿下には苦い思いをさせてしまいますが、『賢者の霊石』奪還へ注力するため! 一度疑わしき派閥の者どもを勾留すべきですぞッ!!」
もはや怒鳴るような強さと勢いでまくし立てるアルバン。彼がここまで強気になるのは、第二皇子派の有する力が大きく、そしてこの場にアースドルの味方が少ないからだろう。
「滅多なことを言うな騎士団長っ!『賢者の霊石』や《終焉教》の問題へ注力するのは賛成だけど、だからといって味方の力を殺ぐようなことをしては……っ!」
「味方? 味方と仰いましたか、アースドル殿下。しかし味方であるならば、なおさらほとぼりが冷めるまで勾留して頂き、後にゆっくりと蟠りを解消すべきです!」
「それじゃあ戦力が足りなくなる!《終焉教》は万全じゃない戦力で対応できるほど、柔な組織じゃないだろう!?」
「ですが仲間内で啀み合っているような状態で相手にできるようなものでもありませぬ! ならば内部での衝突を避けるため、貴方方を拘束すべきだッ!」
激しく白熱する会議。ほぼ派閥間の争いでしかないが。
そんな、もはや第二王妃の死など隅へ追いやられているところへ、不意に支配者の声が響いた。
「――黙れ。今、命を下す」
しんと静まりかえる円卓会議場。特にアースドルとアルバンが強くレオポルトを注視する中、皇帝陛下はおもむろに告げた。
「第一皇子派に属する者を捕らえよ。ただし、殺すな」
勝った、とガディアスが呟いたのが、エミアリスの耳に届いた気がした。
そして次の瞬間、勝鬨の如く、アルバンが声を張り上げた。
「第一皇子派の裏切り者どもを引っ捕らえよッ! 第一皇女もだッ!!」
「くっ!? なぜですか父上!?」
アースドルの叫びに、しかしレオポルトは答えない。口を固く閉ざし、ただその黄金の瞳で、じっと――エミアリスを見つめていた。
(なに……? いったいなにを、お父様は望んでいる……?)
分からない。しかし、考えている暇はない。
「っ、アースドル兄様ッ! 逃げます!」
「でもそれじゃあ罪を認めたようなものじゃないか!」
「もとより奴らはそのつもりですッ!」
アルバンの息が掛かっているのだろう、皇族にも遠慮なく手を伸ばしてくる騎士達をエミアリスは得意の火属性魔法で薙ぎ払い、アースドルを連れて会議場を出る。扉を守る騎士もいたが、背後の大扉ごと魔法で吹き飛ばし、大きく抉れた出入り口から外へ出た。
廊下にも、既に多数の騎士達が控えていた。やはり最初からアルバンはアースドルを嵌めるつもりだったのだ。思わず舌打ちをしそうになる。
兄と自分だけでは戦力が心許ない。すぐにでも戦力を補充せねば、捕まってしまう。
「アルテミ――」
自身の絶対的味方の名を呼びかけて、しかしその口は塞がれる。犯人はアースドルだ。
「待って。彼女は残そう」
「なぜです!?」
悲鳴のような叫びで問いかけるエミアリスに、しかしアースドルは先ほどまでの動揺を押し殺したような調子で語る。
「……正直、この事態は想定していた。可能性は低いと思ってたんだけどね」
「…………」
「で、いざこうなったなら、城にいくらか戦力を残した方が良いと思うんだ。幸いアルテミシアは表向き中立派だし、あと一人擬態しているのもいる。だから、私達でもう一度ここを落とす時のために、彼女は残すべきだ」
「……分かり、ました」
エミアリスが第一皇子派である以上、アルテミシアは第一皇子派だと判断されかねないが、彼女は一応中立だと宣言しているので、堂々と勾留する訳にはいかないだろう。さらに彼女は帝国一の魔法の使い手だ。非合法な手段に訴えたとしても、そう簡単に捕まりはしない。――そう信じて、エミアリスは頷いた。
◆ ◆ ◆
その後、アースドルは先に隠れ通路を通って外へ出て、エミアリスは菜月と優莉を回収したのだという。しかしあまりにも急だったため、すぐに動くことができず戦力としても期待できないリリアーナとシャルロッテは置いてくるしかなかったらしい。
エミアリスの話を聞き終えた菜月は、「なるほど」と呟き、
「……つまり、派閥争いに巻き込まれたってことか?」
「ん。まぁそういうこと。……ごめん」
「いや……まぁ世話になったからな。それは良いんだが……」
本当は良くないのだが、事態が動き出してしまった以上、うだうだ言っても仕方がない。そんな諦めのような言い分で己を納得させると、「ところで」と菜月は問いかける。
「この道、結局どこに繋がってるんだ?」
「城の外。もうちょっとで着く」
頻繁に使用する訳ではないだろうが、それでも緊急時のために整備されていた足場を踏み締め、三人は疾駆する。スキルを使って肉体と身体能力を強化をしているため、ぼんやりとした光源がもの凄い速度で後ろへ過ぎていくのがなかなかに新鮮だ。
やがて、五分ほど駆け抜けただろうか。
目の前に木の扉が現れ、それに掛けられた魔法をエミアリスが解いて開けると、久方ぶりの冷たい外気と月光が菜月達を迎えた。
そして――。
「無事で良かった、アリス! ナツキくんもユーリさんも、良く来てくれた!」
一番に第一皇子アースドルが気付き、心からの笑みを向けてくれる。菜月や優莉とは直接会話をしたことはなかったはずだが、それでも彼は心から心配してくれていたのだと、彼が浮かべる安堵の表情から良く伝わってきた。優しい性格をしているのだろう。皇族としては生きづらそうだ。
「ナツキさん、ユーリさん! 合流できてなによりです!」
次に声を掛けてきたのは、なぜか菜月達と一緒に重要参考人として登城していた、赤茶髪の少年だった。
「おおっ……テニーもちゃんと来てたんだな」
「どういう意味ですかその反応!? 皇子様に途中で運良く拾って貰ったんですよ!」
まさかテニーまで脱出していたとは思わず、心の中を声に出してしまう菜月。意外だというニュアンスで言われたテニーは突っ込みを入れるも、安堵の表情を浮かべていた。
と、そこまでは見知った人物だったが、最後に声を掛けてきたのは初対面の男だった。
「来たか。ならとっとと行くぞ」
ぶっきらぼうに言い放ったのは、黒髪翠眼の青年。見た目は二十代で、切れ味のあるその容姿は見た者に恐怖を与えるが、しかし日本刀のような危ない魅力を秘める美人であった。その腰に二本の長剣を挿しているので、冒険者であれば職業は恐らく優莉と同じ剣舞闘師だろう。或いは特殊な騎士だろうか。
「彼の紹介は後で。さ、隠れ家へ急ぐよ」
走り出した黒髪の青年に続き、アースドルも魔法かスキルか、どちらかの方法で肉体と身体能力を強化して走り出した。再び隠し通路に続く木の扉に魔法を掛け直したエミアリスとテニーも続く。
「行きましょう、先輩。多分、今はそれが一番安全です」
「……そうだな」
菜月と優莉は頷き合い、彼らの背中を追いかける。
――話を聞いた時に思ったより、仲間が少ない。いや、これから向かう隠れ家とやらに集まっているのだろうか? 不安は拭い切れないが、今は流れに乗るしかない。
蒼い月光の下、帝国の裏切り者となった少年少女は、ただ前を走る皇子と皇女を信じるしかなかった。
次回も宜しくお願いします。




