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ヤンデレ後輩と異世界ライフを!  作者: 月代麻夜
第三章 動乱の帝国//第零階層世界編
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第六十四話 動き出す夜Ⅰ

 ようやっと動き出します。



「あー……疲れた……」


 いつまでも慣れないふかふかのベッドで、(しの)(のめ)()(つき)は深く溜息を吐いた。

 帝国城で振る舞われた夕食は、第一皇女殿下(エミアリス)の客だとしても庶民である菜月達に出すには豪勢すぎるものであった。その後の湯浴みも豪奢な装飾が施された浴室に案内され、落ち着かないものを感じながらも乳白色の液体にどっぷりと浸かった。この世界に来て一番の贅沢だったが、半端なく緊張したので、堪能できたとは言いがたい。

 振り返ってみると、今日は色々とてんこ盛りな日だった。

 午前中は皇族やら帝国の重鎮やらが集う円卓会議に何故か参加させられ、その後やっと解放されたと思ったらシャルロッテの問題を突き付けられ、更に(ゆう)()と出かけに行ったら(かつ)()げ野郎と遭遇、そしてつい先ほどは騎士団長と宰相から嫌みをぶつけられる。濃い一日だった、の一言で済ませるにはあまりに面倒な出来事が多すぎだ。

 しかし当分、落ち着いた日など来ないだろう。『賢者の霊石』のこともあるが、なにか予感のようなものを菜月は感じていた。


「んー……でも、ま。今日はペンダントの件が進展したし、いっか」


 シャルロッテが攫われた日、(すなわ)ち初めて《終焉教》と戦ったあの夜に拾った、水色の宝石が()め込まれたペンダント。それを今日、喝上げ冒険者に絡まれる男の子・メイトを庇っていた茶髪ネコミミ少女・ミーフィルが、友人のものだと言ったので、菜月は渡しておいてくれと託した。

 あのペンダントは恐らく持ち主にとって大切なものであっただろうので、返せて本当に良かったと思っている。たとえ、その持ち主が《終焉教》の教徒だとしても――それでも、だ。


「…………」


 しかし――もし、もしだ。これから先、そのペンダントの持ち主と戦うような事態になった場合、菜月は躊躇無く魔法を放てるだろうか?


「……分かんねぇや」


 その時にならないと、答えは出せそうにない。

 ごろりとベッドの上で転がり、うつ伏せになる。お日様の匂いが香って、少しだけ落ち着いた。

 ――と、その時。お疲れモードに(ひた)っている菜月の耳に、不意に静かな夜には似合わない音が響いた。

 ガシャガシャと金属鎧を纏った人間が廊下を駆けずり回る音。そして、複数の人間の声。それは日常会話のような和やかなものではなく、怒気や焦燥が入り交じった緊迫した声調だ。夜だろうが昼だろうが、おおよそ平時の城で聞くような音でないことは菜月にも分かる。


「……なんだ?」


 扉を少し開け、顔だけ出して廊下を覗く。すると、騎士やらメイドやらが慌ただしく駆け回っている様子が目に映った。


「すみません、なにかあったんですか?」


 物々しい雰囲気に眉を(ひそ)め、菜月はちょうど目の前を通り過ぎようとした騎士に声を掛ける。すると呼び止められた騎士は、急いでいた足を一度止め、


「申し訳ないが、何かあったら呼ぶので、それまで部屋で待機していて欲しい」


 と、それだけ言い残し、足早に去って行ってしまった。


「……なんだ?」


 何か、部外者には言えないような事態でも起こったのだろうか。

 ともあれ、他の騎士やメイドにも声を掛けてみたが、皆一律に「部屋で待機してくれ」と言ってきたので、菜月は諦めておとなしく部屋にいることにする。

 けれども、どうにも落ち着かない。相変わらず廊下からは慌ただしく動き回る人間の音が聞こえてくるし、城全体を包む尋常ではない雰囲気がどうしようもなく心を掻き毟ってくる。


「……、じっとしているのって、こんなに大変なんだな」


 何か厄介な事態が起こった時、情報も何も得ずにただじっと待つというのは、想像以上にストレスを感じることだ。仲間は無事か、危険は無いのか、自分がやらなければならないことはないのか。そういった思いが無秩序に溢れ出してきて、けれども何一つ消化できずにただ理不尽な苛立ちと焦燥感へと昇華されていくのみ。

 ベッドに腰掛けて腕を組んでいると、だんだんと貧乏揺すりが激しくなっていることに気付く。自分はこれほど我慢のできない人間だったのか、と若干ショックを受けつつ、同じ体勢でじっと壁を見つめていても仕方がないので、立ち上がって窓から外を眺めることにした。


「…………」


 木板の窓を開けると、吹き込んでくる夜風が心地よく頬を撫でる。(あお)い月光は柔らかく世界を包み込み、眼下の中庭を神秘的に彩っていた。

 菜月に与えられた客室から見える中庭は、この城で生まれ育ったエミアリスによると、皇族と、皇族に認められた一握りの人間しか立ち入ることのできない特別な場所らしい。建国当時――(すなわ)ち、まだこの国がセルデセン王国と呼ばれていた頃から存在するという。

 そんな、侵しがたい神聖なる庭園(ガーデン)に。

 翡翠に輝く若葉色の髪を持つ天使が、悠然と立っていた。


「――――」


 一目見て、言葉を失った。

 菜月の知る中でも常識外れに美しい優莉やエミアリスと並ぶレベル。いや、彼女たちとはややベクトルが違うか。優莉が可憐さの中に抗いがたい魔性を秘め、エミアリスが高貴さと美麗さにおいてこの世のものと思えぬほどのものを持つというのなら、この翡翠の少女は霊格に差があるとすら錯覚するほどの圧倒的な神秘さを宿している。

 高次元の存在。妖精か、精霊か、はたまた天使か――そう思ってしまうほどに、彼女は神秘的であった。

 いや――けれども、少女は、妖精でも精霊でも天使でもない。

 腰まで届く若葉の髪を三つ編みに()った彼女の耳元、そこには明確な種族的特徴が出ている。

 人間種(ヒューマ)より長く、妖精種(エルフ)より短い、尖った耳。


(ハーフ)……妖精種(エルフ)……?」


 頭に浮かんだのは、母を失い、現実を受け止められず夢を見続ける少女。

 幻想的な月下の庭園に(たたず)む翡翠の少女と、幼き半妖精種(ハーフエルフ)の少女の姿が――重なる。


「シャルちゃん……なの、か?」


 呟くと同時、しかし菜月はその言葉を否定した。

 確かに翡翠の少女が持つ特徴は、シャルロッテにそっくりだ。けれど、その背格好は別物である。

 シャルロッテを成長させ、十七、八歳程度の姿にしたのならば、翡翠の少女のシルエットとピタリと重なるであろうか。

 ――と、その時。


「――――」


「――――」


 二人の視線が、重なった。

 少女の持つ翡翠と菜月の漆黒、どちらも離れず、まるで吸い付けられたかのように見つめ合う。

 ドクン、と心臓が鳴る。血管が沸き立つ。

 まるで、魂を(あば)かれたかのような感覚があった。

 心を無理矢理こじ開けられ、奥底まで覗き込まれる、不快感。けれど抗えない、圧倒的なまでの力を相手は有している。故に菜月は無抵抗で、ただただ全てを(さら)け出すしかないのだ。

 ――やがて。

 永遠にも思える、けれども実質的には一分にも満たない時が過ぎ。

 先に、少女の方が視線を外した。


「――っ」


 途端、菜月は詰めていた息を吐き出す。

 実際にはそれほど呼吸を止めていた訳でもないのに、まるで長距離走を終えた後のような息の切れよう。びっしょりと背中に浮かぶ汗が気持ち悪い。涼しげな夜風だけが、跳ね上がった体温を冷ましてくれる。

 けれど、外とは違い、芯は冷え切っていた。

 恐怖、圧倒、不快、そして痛烈なまでの敗北感。

 何か勝負をしていた訳でもないのに、自然と『負けた』と感じていた。


「なん、だったんだ……いったい……?」


 シャルロッテによく似た、翡翠の少女。目を離し、菜月が呼吸を整えている僅かな間隙に、彼女は庭園から消え去っていた。

 誰もいなくなった神聖な中庭を、呆然と菜月は見つめ続ける。

 けれど、いくら待とうとも、翡翠の少女は戻ってこない。

 ――代わりに。

 ドンッ! と乱暴な音を立てて、背後の扉が蹴破られた。


「な――ッ!?」


 反射的に振り向く菜月。その双眸が映したのは、本来城に住む人々を守る騎士が、力任せに倒した扉を踏みつけ、部屋へ侵入している光景だった。


「ナツキ=シノノメだな? 主命により、貴様を拘束する」


「は……?」


 訳が分からない、と間抜けな声を漏らす菜月。けれど騎士は待ってくれない。


「抵抗すれば剣を抜く。おとなしくしていろ」


 ガシャ、ガシャ、と金属鎧を鳴らして、こちらへ一歩一歩近づいてくる騎士。その腰に下げる長剣が飾りではなく対人用の『本物』であることは、現実逃避をしたがる菜月であっても素直に認識できた。


「ちょ、なっ、なんでだよ!?」


「答える義務はない」


 じりっ、と後退しようとする菜月。けれど彼に下がる場所などない。なにせすぐ後ろは、月光が差し込む窓なのだから。


(なんだ、どうなってるんだ? なんで俺が捕まりそうになっている!?)


 お縄に掛かる心当たりはない。けれど状況的に考えて、城が慌ただしくなったのとなにか関係があるのだろう。


(反撃するか――いや、それは駄目だ。確実に厄介なことになる)


 今以上に厄介な状況が一体どんなものなのか。一番想像が容易なのは、目の前の騎士に斬り殺される未来か。絶対に嫌だ。

 あと四歩で手が届く。縄を掛けられ、どこかへ連れて行かれるのか。もしかすると、城の地下にあるという牢屋にでも突っ込まれるのだろうか。

 そんな未来は断固として拒否したい。けれど、現状を打破する的確な手段が思いつかない。

 そして、ついに手が届く――その、寸前で。

 菜月に向かって伸ばされた騎士の右腕が、()()()()()()()()


「――は?」


 その声は、騎士のものだったか、菜月のものだったか。

 そして二人が現象を理解すると同時、猛烈な勢いで噴出した鮮血が部屋を染め上げる。


「う、腕がぁッ!?」


「――無事ですか、先輩っ!」


 (うわ)()った声で悲鳴を上げる騎士を遮って菜月の前に現れたのは、紫苑の髪を持つ少女。自らの血液で形成された長剣を騎士に突き付け、(いち)(じょう)優莉は菜月に心配を多分に含んだ声を掛ける。

 対して菜月は「あ、あぁ」と情けない声を返すことしかできなかったが、彼女はほっとした表情を浮かべると、腕の切断面を必死に押さえる騎士の方へ向き直る。


「――邪魔です」


 菜月の手前、優莉は騎士を殺さず、剣の腹で頭部を殴打して吹き飛ばす。勢い余って騎士が壁に激突した瞬間ゴッと鈍い音がしたが、意識を失うだけで済んだようだ。

 内心ほっとしつつ、菜月は優莉にどうしてここに――と問いかけようとして、しかし吸血鬼の少女は先んじて声を発した。


「先輩、すぐに荷物を持って下さい。ここを出ます」


「は、はぁ!? 出るってどういうことだよ!?」


「そのままの意味です。――時間がありません。状況は走りながら説明します」


 武器や貴重品などはインベントリーに収納しているので、脱いでベッドの傍に放っていた上着を持つだけだ。忘れ物チェックを長々とする暇もなく、部屋を飛び出した優莉を追いかける。

 血の臭いが充満した部屋から廊下に出ると、清涼な空気が押し寄せてくる。しかしそれに乗って城内の喧噪が伝わり、菜月の耳朶を立て続けに打った。

 罵声、怒声、悲鳴――そして、金属が衝突する音、魔法が爆発する音、備品が破砕する音。圧倒的な混乱が渦巻いていた。


「なんだ、何なんだよ!? 戦闘……っ!?」


「派手に聞こえますが、実際そこまで死傷者は出ていないみたいですよ。わたしが見かけたところでは、の話ですが」


 逃げ惑うメイドを避け、襲い来る騎士を打ち払い、二人は廊下を駆ける。と、複雑に入り組む何度目かの曲がり角を曲がったところで、


「こっち、早く来て!」


 前方、長く使われていないのかボロい木の扉――その前に、赤髪(きん)(どう)の少女が菜月達を手招きしている。


「エミアリス?」


「無事で良かった、ナツキ。さ、ユーリも早くっ!」


 困惑する菜月を部屋の中へ押し込むエミアリス。優莉も続いて入ると、エミアリスは扉を閉じ、何事か呪文を唱える。すると、木の扉を覆い隠すように壁が出現した。左右の壁の材質と差異がなく、近づいてじっくり調べなければここに扉があると分からないだろう。


「向こう側も同じ感じ。これで、多少は時間が稼げるはず」


 室内はどことなく(ほこり)っぽい。けれどここで長話をする気は皇女様には無いらしく、エミアリスはすぐさま反対側の壁へ近づくと、再び何事か呪文を口ずさんだ。先ほどの現象とは逆に、エミアリスの目の前の壁が崩れ、扉が(あら)わになる。


「ここは、隠し通路。外に繋がっている。わたし達第一皇子派しか知らないはずだから、きっと見つからない」


「隠し通路……? 第一皇子派……!? おい、マジでどうなってるんだよっ!?」


 目まぐるしく動く状況と絶え間なく降り(そそ)ぐ新情報に、(おぼ)れてしまいそうだ。一度ゆっくり整理したい――のだが、エミアリスは待ってくれない。

 土を掘り、多少周りを固めただけのような隠し通路に足を踏み入れると、エミアリスが先ほどと同じように扉を魔法で偽装する。それから彼女は菜月を追い抜いて、そのまま先頭を歩き出した。


「おい……そろそろ、どうしてこうなったのか教えてくれないか?」


 いい加減痺れを切らし、若干の苛立ちを含めて問いかける菜月。するとエミアリスは、歩みを止めぬままに、こう答えた。



「――第二皇妃、クラリーヌが殺害された」



 次回も宜しくお願いします。

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