第五十五話 狂い嗤う司教
もの凄く遅れてしまいました。申し訳ありません。
他の作品に浮気したり、買った小説を読み耽ったり、突然のRPGやりたい病に苦しめられたり、今まで書いた作品の手直ししたりしていたのが原因です。言い訳のしようもないくらい私の所為ですね、本当にすみません。
今後も遅くなりそうですが、なるべく早く投稿できるよう心がけたいと思います。
話は、優莉が菜月に、菜月の意識が無い間に起こった出来事を語っている途中です。
エミアリスの指示で動いた騎士達の先導で、菜月とシャルロッテを帝国城内の医務室に運び込んだ。
けれどそれだけで終わりにはならない。重傷者二人に宮廷医師たちが付いている間、優莉とテニーにはやる事が有る。
一つは騎士達による事情聴取。帝都襲撃事件の首謀者であるイアミント――まだ推測の段階であるが、恐らく正しい――に接触した人間という事で、二人はかなり詳しく話を訊かれた。……まぁ実際、そこまで重要な情報は出せなかったので、どちらかというとシャルロッテが居た研究所に捕まっていた実験体予備軍の人たちの話の方が有益であったらしいが。
それはともかく、事情聴取が終了した後、優莉とテニーはエミアリスに連れられてとある場所に向かっていた。二つ目の用事である。
「まさか帝国城に入られる日が来るとは思っていませんでしたよ……」
状況に流されるように付いてきているテニーが、周辺の綺麗な白亜の壁やらつやつやの石柱やらをおっかなびっくりに眺めて言葉を零す。
その呟きに、彼の少し前を歩く優莉は至って落ち着いた態度のまま、
「やはり文明レベルは西欧の十二、三世紀辺りですか……完全に木造という訳ではなくなっているのは分かりますが、さて石壁の中はどうなのでしょう」
「…………なんでこんなに落ち着いているんでしょうねこの人。普通お城なんて入ったら、緊張してガッチガチになるか、物珍しさで目を輝かせるかぐらいじゃありませんかね?」
「見慣れているので何とも。構造自体に興味はありますが、別に歴女でもないので城に纏わる武将についてキャーキャー盛り上がったりはしませんよ」
「良く分かりませんけど、見慣れている時点で僕的に吃驚です」
因みに構造に興味があるのは、隠し部屋とか秘匿通路とか、そういう危険が潜む場所を無意識的に探る癖がついてしまい、そこから好意的に発展したからである。なので見た目に興奮したり歴史的な材質と建築方法に触れて発狂したりはしない。
異世界の城も地球の城も大して変わらないんですね、と考えつつ廊下を進む。少しして城の奥の方まで着くと、エミアリスの顔パスで地下の扉を開いてもらい、階段を下る。
「ひえぇ……城の地下って、特別な牢屋じゃないですか!」
「そりゃそうでしょう。というかそこが目的地なんですから、もう少し落ち着いたらどうです?」
「逆に落ち着いていられる貴女がおかしいんですよ! なんで皇女様に連れられて地下牢に向かうっていうのに、そんなに平然としているんです⁉」
「別にわたし達が牢に閉じ込められる訳でもないんですから。仮にやられそうになっても、先んじて殺せば問題無いですし」
「大問題じゃないですか⁉」
まぁ確かに菜月が城の医務室で治療されている間は迂闊なことは出来ないが、そうでないならば躊躇なく一国の王女でも殺すのが優莉クオリティ。その明らかな不敬な態度にテニーはビビりっぱなしだが、しかし当の皇女様は特に気にした様子も無く歩いているのでやはり無問題であった。
二人の雑談はともかく、城の地下――それも普通の罪人ではなく特別な犯罪者が入れられる牢屋に優莉達が赴いた理由は、そこに監禁されている人物に用があったからだ。
「……着いた。この牢の中に居る。気を付けて、ユーリ」
「問題ありません。いざとなれば四肢でも斬ってやれば良いんですから」
目的を終えるまでは殺す気は無い。が、必ずしも五体満足である必要はない。口と脳と心臓、まぁ最低限そこさえ残っていればこと足りるのだ。
だがエミアリスは首を振って、
「そうじゃない。アイツ、話にならない」
「……それは、どういう」
「会えば分かる」
ガチャン、と金具が打ち鳴る。全部で三つあった錠が外され、金属質の重厚な扉が徐々に開いていく。
「中は狭いから暴れないで。ユーリだと、周り三部屋くらい吹っ飛ばされそう」
「流石に目的外に被害は出しませんよ。多分ですが」
微妙に心配な事を言い残し、優莉は牢の中へと足を踏み入れた。
「テニーはいかないの?」
「む、無理ですよ僕には!」
ビビりのテニーには刺激が強すぎるので待機である。もっとも、ついて行ったところで何かできる訳でもないので、もとより入る必要もないのだが。
◆ ◆ ◆
牢の中は、エミアリスが言った通り狭かった。
具体的には四畳程度。そこに藁のベッドと排便用の木桶が置かれただけ。
囚人を繋ぐ鎖の錆と糞尿の臭気が鼻に衝き、優莉はその可憐な顔を僅かに顰める。
そんな劣悪な環境の牢に閉じ込められていたのは、一人の男だった。
年齢は顔の傷や人体改造の跡から判断し辛いが、恐らく四十代。茶髪に白髪が目立ち、更に砂埃が付着して服も擦り切れ、みすぼらしく感じる。
〝終焉教〟に所属する司教――今回の襲撃事件において、イアミントの次に階級が高かった、言わば指揮官の一人である。
壁と四肢を鎖で繋がれ、体育座りの姿勢のまま俯く司教に、優莉は綺麗なお辞儀を見せる。
「ご機嫌いかがでしょうか」
挨拶は礼儀正しく、けれど次の行動は苛烈に。
「それでは、お話願えますかね?」
言葉と同時、優莉は蹴りを繰り出していた。
ただの蹴りではない。吸血鬼の力を引き出した、牢屋の壁を砕くほどの膂力で放たれる脚撃である。
しかし人体には当てず、相手の顔に掠るか掠らないかギリギリの所を打ち砕く。ズドッ! とおおよそ蹴り一つで鳴るとは思えない音が狭い牢屋に響き、司教の体を余波で震わせた。
いきなりの脅し。別に痛めつけたい訳ではなく、相手に恐怖を与える為の行動だ。拷問、尋問については色々な方法を地球に居た頃に家から習っているが、優莉にとってはこの方法が面倒臭くなくて良く使っていた。
しかし今回はどうやら、あまり効果的では無かったようだ。
「とりあえず、頭を砕かれたくなかったらイアミントについて話してください」
「……、く」
「……?」
反応が薄い。脅しに屈しない強靭な精神だとでも言うつもりだろうか? いや、それにしては様子がおかしい。
訝しがる優莉――けれど、司教は顔を俯かせたまま、断片的に声を漏らしている。
「け、ケ……こ、あは、ふへへへっへ……ぐひゃ、くきゃききゃきゃ」
「……何ですかこいつ」
気味が悪い。ゾワリと背筋に悪寒が伝う。嫌な雰囲気を感じ取り、優莉は男から一歩離れた。
しかし相手の様子がおかしくとも、話を聞かない訳にはいかない。菜月を傷つけたイアミント、そして菜月に害を及ぼすかも知れない危険な集団について、情報を得なければならないのだから。
爪で傷つけた手首から血を零し、血器術で剣を形成する。紅い刃を男の首に突きつけ、優莉は一段低い、冷たい声色で問い掛ける。
「まず、今回の襲撃の目的は何なんですか?」
「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ」
答えは甲高い哂い。
「〝終焉教〟は全部で何人所属しているのですか?」
「くへ、くはひゃうひひひひひっ」
答えは上擦った嗤い。
「研究所に居た人たちはどうやって攫ってきたのですか?」
「けふへへ、うひゃっひゃひゃっ」
答えは狂乱の笑い。
訊いて、笑って。問うて、笑って。訊ねて、笑って。何を質問しようと、返ってくるのは不気味な笑いだけ。
試しに首にブスリと刃を食い込ませても、反応は変わらない。眼を剥き、涎を零し、血が流れているのを気にせず笑い狂う。
「……話にならないって、こういう事ですか」
エミアリスの言っていた意味が良く分かった。確かにこれは、まともな会話など成立しないだろう。気が狂っているから脅しなど意味が無く、優秀な城勤めの拷問官もお手上げ状態だ。
「……もう良いです」
失望の溜息混じりに呟き、優莉は司教の首に食い込ませていた剣を消す。凶器が無くなっても傷が消えた訳ではないので血液は零れ続けているが、しかし司教は憑りつかれたように笑ったままだ。
話にならないならば用は無い。強制的に聞き出すような魔術を使う手も有るが、どうやらそちらの対策はなされているようだ。恐らく、イアミントの魔法だろう。
基本的に、その性質上魔法は魔術に敵わない。――が、全てが全てそういう訳でもない。術者の技能然り、込められた魔力量然り、使われた霊装或いは魔道具然り、魔法側が高位で魔術側が低位であれば、魔法が優位になる場合もある。
優莉は基本的に戦闘に役立つ魔術しか詰め込まれていないので、こういった情報戦に関する魔術は積極的に会得していない。裏方専門の一之瀬や魔術特化の一柳ならともかく、一条には重視されない魔術だったので。だから、魔法に関してはほぼ最高位に居るイアミント相手に優莉がこの系統の魔術で挑むのは分が悪かった。
踵を返し、不快な牢屋から出ようとする優莉。重い金属扉に手をかけ、開こうとした――刹那、異変が起きる。
「あひゃひゃひゃ――ぐ、ひぐぇっ⁉ あがぁぁああああアアアアアアアッ⁉」
「――っ⁉」
狂気の笑いが苦痛の咆哮へと変わった。
反射的に振り向く優莉。彼女の眼が写した光景は、菜月に纏わること意外の殆どに対し冷淡な彼女でさえ目を見張る状況だった。
苦しみ喘ぎのた打ち回る司教の体表に無数の紋様が浮かび上がり、どす黒い赤光を放っている。心臓の鼓動に共鳴するように明滅し、更に赤いものが混じった涎を撒き散らす司教の口から黒い靄のようなものが噴出し始めていた。
「体表の紋章は魔式文字と魔法陣。使われた魔法は……いや、これは呪詛ですか!」
黒魔術か呪術か、その体系に組する呪法だろう。遠隔での殺害を容易とする、一般的に忌み嫌われる業――呪殺だ。
舌打ちを一つ零し、優莉は倒れ込んだ司教に駆け寄る。この男が死ぬのは別に良いと思っているが、相手が思っていたよりも高度な技術を持っていたことに苛立っているのだ。それともう一つ、この術を利用して相手まで辿ることが出来るのではと思ったのである。
素早く魔法陣を解析し、魔法式、或いは魔術式を読み解いていく。効果が殺害なのは一発で見抜いた。後は何が条件か、どこから魔力が供給されているか――。
「……やはり、無理でしたか」
――分かっていた事である。
基本的に呪い系は、発動時に術者が魔力を注いだ後は、魔法陣や呪物が勝手に周囲の魔力を吸い取って呪いを維持する。だから、そこから術者を辿るのは不可能なのだ。
魔術より魔法の方が普及しているこの世界であれば或いは、と思ったのだが……無駄だったようである。
「……しかし」
おかしな話だ。
この男は捕まった後、騎士たちによって念入りにボディチェックをされている。勿論、敵側の魔道士のことも警戒して宮廷魔道士たちもそれに協力したのだし、幾ら『二月の魔女』が仕込んだ術だったとしても、気付いた筈なのだ。
技能が足りなくて解除ができない場合もあるだろう。けれどそれでも、とれる対策は有る。
しかし実際、呪いは掛けられたままで、何の対策も施されていなかった。
単なる見落としか、呪いなど放っておく気だったのか、或いは――。
「帝国側に、内通者が居るか……ですね」
小さく呟き、優莉はついに息絶えた司教から離れる。
想定通りと言えば想定通りの危険度。けれども〝終焉教〟――何よりイアミントに対し、警戒を強める必要があるだろう。
「菜月先輩に何かあったら、大問題ですからね」
優莉にとっては死と同等、いやそれ以上の問題だ。
事情を話しさえすれば、死体はエミアリスが人に片づけさせるなりして何とかするだろう。少女はたった一人の愛すべき人を想いながら、再び踵を返して牢屋を出て行った。
次回も宜しくお願いします。




