転章四 弱者よ、復讐に身を焦がせ
滅茶苦茶難産でした。書いては消してを繰り返しているうちに一週間も経ってしまっていて吃驚です。遅れてしまい、申し訳ありません。
それでは第三章開幕です。
◆ 今回は、かなり不快な描写があります。ご注意ください。
セルデセン帝国帝都リアード。その自国の領土内にも、ましてや他国の首都にも引けを取らない魔法技術をつぎ込まれた美しい外観の街の一角に、古ぼけた教会があった。
その教会は五芒星の飾りを象徴としている〝聖黄金教〟の建物だ。しかし捨て置かれて短くない為、かつての最高水準の建築技術で作られた焼き煉瓦の壁は罅割れ、雨風に晒されて大分色褪せてしまっている。それでも修理の手が入らないのは、帝都の中心区画に新しい教会を建ててしまって、こちらがもう用済みだからだ。
本来であれば国が率先して不必要になった教会の取り壊しを行わなければならないのだが、面倒なのか予算がないのか、こうしてもう何年も放置されている。帝国上層部に〝聖黄金教〟の信徒がいれば確実に騒がれていただろうが、生憎セルデセン帝国では宗教の手があまり伸びておらず、また例え苦言を呈したとしても上層部は握り潰すだけの力を持っているので、余計に見向きされなくなっているのだ。
しかし、そんな放棄された建物を有効活用する為に、買い取った物好きがいた。
そして彼はその広いだけの建物に身寄りのない子供達を集め、孤児院を設立。給金は高くないが人を雇い、世話をさせていた。
それがこの街で一番大きな孤児院。
生まれも種族も関係なく世話をし、独り立ちするまで育てる場所。
そんな場所が、誰からも求められていた訳など無かったというのに。
今だから分かる事だが、当時、彼女は世の闇を知らな過ぎた。
◆ ◆ ◆
「あ、ぁ、ぐ……」
視界に映るのは赤だった。
ゆらゆら煽るように揺らめく炎が建物全体を舐めまわし、飛び散った血潮が地面を狂気的に彩っている。暴力的な非日常の風景が世界を染め上げ、絶望を与える赤だけが場を支配していた。
「ぅう……い、たい……痛い……っ」
傷ついた内臓から込み上げてきた血を吐き出し、髪や肌に土が付くのを気にする余裕も無く蹲る茶髪の少女。返り血がべっとりと付着した猫耳は力なく垂れ、全身に走る痛みに反応した髪と同色の尻尾が必死に抗うようにうねっている。
彼女は無力だった。彼女は無知だった。
孤児院の先生が「良く出来たね」と優しく褒めてくれた事も今この場では何も役に立たないし、友達が「凄いね」と尊敬の眼差しを向けてくれた事も全く通用しない。いくら料理が上手くても、どれだけ本が読めるようになっても、孤児院という狭い箱の中で一番運動能力が高くても、所詮か弱い少女は、権力と暴力という絶対の力を前に、地面に這い蹲るしかないのだ。
「なん、で……」
ただ地面を這う事しか出来ないのか。
「なんで……」
反撃一つ出来ないのか。
「なんで……ッ!」
誰も彼も、『力』の前に蹂躙されなければならないのか。
「あ、ぁ、ああああ……ッ」
奈落の底から響くような呻きを溢れる血塊と共に口から吐き出し、少女は必死に睨み付ける。
許さない。絶対に、許さない――と。
どす黒い感情を体内で持て余し、抑え切れない殺意が脳を沸騰させる。
だが、身動ぎ一つで骨が軋む。息を吸うだけで肺が焼ける。瞬きすれば肌に針を刺すような痛みが走るのだ。ともすれば悶絶してしまいそうなこの状況では、指一本動かせない。
だから少女は、消える事のない怒りという熱が体中で暴れまわっている状態で、ただ目の前で繰り広げられる光景を射殺さんばかりに睨み付ける事しか出来なかった。
「いやぁぁぁあああ――ぐぁッ」
甲高い悲鳴と、鈍い呻き声。遅れて響く打撃音がやけに生々しい。
「おいおい、やりすぎんなよ。売り物が無くなっちまうから」
全く気持ちの籠っていない注意を促す言葉を発したのは、腰に長剣を差した鎧姿の男。兜を被っておらず、露出した顔はニタニタと嫌らしい笑みを浮かべている。
彼はどこぞの貴族の私兵なのだろう。チェストプレートの心臓部分に目立つ紋章が刻まれていた。
「へーい。つかお前も結構ヤッてんじゃねーかよ、人の事言えねーだろ」
そんな言葉を口にしながら地面に転がった女性の髪を掴んで乱暴に引き上げたのは、先ほどの兵士と似たような装備の男だ。彼も同じく貴族の私兵らしく、自慢するかのように胸元に紋章が刻まれている。
彼は先ほど投げた女性を引きずって移動させると、丁度段差になっているところに体を持っていき、何の躊躇いも無く女性の服を引き裂いた。
「やっ、いやぁッ!」
「ははは、こんなちんけな場所に住んでるにしては、結構良いモン持ってんじゃん」
外気に晒された女性の肌を見て、可笑しそうに笑う私兵の男。必死に抵抗を続ける女性を殴って黙らせると、おもむろにその柔らかで穢れの無い双丘を鷲掴みにした。
再び甲高い悲鳴が上がる。
今度は一度だけではなく、何度も何度も――男が動き、彼女の尊厳を踏み躙るごとに、絶望に泣き叫ぶ声が上がった。
そのたびに男は嗤い、鼻息を荒くして女性を嬲った。肉体を痛めつけ、精神を蹂躙し、貞操を軽々しく奪う。下卑た笑みが辺りに響き渡り、それに呼応するように男の仲間達も多くの女性を弄んだ。
血と体液が混ざった臭いが鼻に衝く。
その嗅ぎたくなかった臭いを煙と共に風が洗うように流すが、しかし男たちは行為をやめる事無くいつまでも繰り返して、不浄で不快な臭いを撒き散らしていた。
「助けて」と懇願する声が響く。
「やめて」と恐怖に歪んだ声が響く。
「死にたくない」と絶望に飲まれた声が響く。
けれども助けは来なくて。
中断する気など元より無くて。
生かす必要など考えるまでもなく皆無なのだから。
「ふざ、けるな……ふざけるなふざけるなふざけるな……ッ!」
さながら地獄の悪鬼の如く、茶髪の少女は呪詛を吐き出した。
何度も何度も助けを求める声が響いても、街を守る警備兵は来ない。何故なら彼らの『街を守る』という仕事の中には、亜人を守護する事は含まれていないのだから当たり前だ。
亜人という括りに含まれるのは、人間種以外の全ての種族と奴隷。孤児なんかも、貴族や王族にとっては同じなのだろう。茶髪の少女も猫人種という獣人種で更に孤児、完全に彼らの言う亜人の括りに含まれていた。
だからここに助けは現れない。
例え亜人に対しての差別意識の無い人間種の市民がいたとしても、きっとこの場からは目を背けるだろう。
何故なら、この場を支配しているのは貴族なのだから。
「おい、次の女をよこせ」
白濁色の体液塗れで白目を剥いている女性をゴミか何かのように投げ捨て、豪奢な服に身を包んだ男が近くに控えていた己の私兵に命じた。
絶対的支配者の振る舞い。救いようのない下種の思考。奴の行動基準はきっと、下半身に依存するのだろう。そんな悪態を吐こうとしても、少女は怨嗟の呻き声しか出せないのだが。
少女のような孤児が着る布切れと区別のつかない服もどきと違い、煌びやかでごてごての装飾がなされた一目で上質と分かる服に身を包む彼は、まごう事無き貴族だ。位は侯爵か伯爵だっただろうか。酷くどうでも良いが。
「はい、こいつをどうぞ」
「んん? 胸がちっと少ねえな……まぁ、穴はあるし良いか」
勝手に評価を下し、端から端まで穢れを知らない女性の体を視姦すると、貴族の男は渡された女性の体で行為を開始する。
人権など無い。慈悲も躊躇もましてや温情など欠片も無いのだから、ただただ女性達は貴族やその私兵の性処理道具として死ぬまで弄ばれるのだ。
拒否しようが無理やり犯され、抵抗は踏み潰された後により酷い行為を強いられ、自殺しようものなら命尽きてもなおその死体を冷たくなるまで嬲られ続ける。死後の冥福は無く、ただ尊厳を踏み躙られるだけ踏み躙られて、最後はゴミとして処分されるのだ。
男や幼すぎる少女は奴隷にする為に馬車に積まれ、十二を過ぎた女はたっぷり性処理に使われた後にやはり馬車に積まれる。死体はそこらに投げ捨てられ、手の空いた兵士が焼却炉に投げ入れるかのように、燃え上がる孤児院だった教会の中に放り込む。
そのまま売られるか、犯されて売られるか、犯されて死ぬか。どの措置を取られるにしても、それを決めるのは全て貴族と私兵なのだ。
地面に蹲って身を沈める事で兵士達に見つからずなんとか難を逃れ、ただ目の前の蹂躙劇を眺めている事しか出来ない茶髪の少女も、もうすぐこの惨劇に参加させられるだろう。
下卑た笑みを張り付けながら犯せる体を探す兵士が、少しずつ茶髪の少女に近づいてきている。
――嫌だ。こっちに来るな、あっちに行け。助けて、誰か、誰か、誰か――。
動けない。痛みが神経系を犯し尽くし、パルスは脳から伝えられる命令文をきちんと五体に届けてくれない。
魔の手が近づいて、近づいて、近づいて――あと少しで、その視界に入るところで。
「――大丈夫だよ」
茶髪の少女と並ぶようにして身を沈めていた灰髪の少女が、決意の声音で言った。
「私が、貴女を守るから」
彼女の体も傷だらけだ。体のいたるところから血が流れ出て、とてもではないが動けるものではないだろう。
だが灰髪の少女は、親友を助ける為に、その手を動かした。茶髪の少女の腹部に手を添えて――そして、唄うように呪文を唱える。
「――聖神の癒しあれ」
刹那――灰髪の少女の手から、淡く灯る翡翠の光が溢れ出した。
慈母の祈り、聖女の加護、女神の癒し――それらを彷彿させる優しく温かい光が茶髪の少女を包み込む。
それは【治癒法式】の魔法。灰髪の少女の持つ全魔力を注ぎ込んで発動した治癒の魔法は、緑色の光で以って傷口を舐めまわし、その傷を塞いでいく。
時間はかかった。けれども、兵士に見つかる事なくやり遂げた。
「……逃げて」
完璧にとは言えないが、茶髪の少女の体の傷が動くのに支障を来さないまでに塞がり、灰髪の少女の魔力が底をついて魔法が中断された時、灰髪の少女が気力を振り絞るようにしてそう言った。
その言葉を、すぐには理解出来なかった。
いや、理解したくなかった。
「どう、して……」
「逃げるの、ミーちゃん。……貴女だけでも、逃げ延びて」
灰髪の少女は、苦しそうにしながら茶髪の少女に単独での逃亡を促してくる。
先ほどよりも彼女の顔色が悪い。恐らく魔力が尽きて、体が悲鳴を上げているのだろう。このままでは魔力欠乏で死んでしまう。
そんな状態の親友を置いていく事など、茶髪の少女には出来なかった。
「ルーちゃんは……ルーちゃんは、どうするの? それに、今動いたって、どうせ見つかっちゃうよ」
灰髪の少女は、もう一歩も動けないだろう。茶髪の少女がおぶっていくにしても、兵士達に簡単に見つかってしまう。
だから――灰髪の少女は、親友の為に決断した。
「私が、囮になるから」
「――――」
「私があの男達に掴まって犯されているうちに、貴女は逃げて」
「そんな、こと……」
出来ない、したくない――そう言おうとした茶髪の少女を遮るように、灰髪の少女が柔らかく微笑んだ。痛々しい体で、気力で意識を保つのがやっとの顔色で、それでも親友を生き延びさせる為に、灰髪の少女は優しく親友の背中を押す。
「逃げて。生き残って……それで、私達の夢を、叶えて」
「――――」
否定の言葉は出なかった。
灰髪の少女の言葉に籠った意思が、この場に留まる事を許さなかったからだ。
だから茶髪の少女は、親友に背を向ける。これから尊厳を踏み躙られ、嬲られ、弄ばれ、死んでしまうかも知れない少女を置いて、足を動かした。
「――お、ここにも居た。汚い灰髪だしまだ胸もねえけど、ヤる分には問題ねえや」
背後から聞こえた声に耳を塞ぐ。
すぐ後に響いた悲鳴を意識から追い出す。
ただただ、その場から逃げ延びる為に――生き残る為だけに、茶髪の少女は全てを振り払って走った。
孤児院の仲間達が奴隷に落される事から目を逸らして。
世話をしてくれた孤児院の先生達が犯され続けているのを無視して。
そして――何より大切だった親友を犠牲にして。
代わりに得たモノは、己のちっぽけな命と、この煮え滾るどす黒い感情。
「……許さない」
どろりドロリ、と。不快で不吉で不浄で、救いようのない黒い感情が這いずりまわる。
肉体も精神も少女という存在を構成する全てのモノを支配する、ただ唯一の感情。
ただソレだけを胸に抱き、少女は拳を握り締めた。
「いつか必ず、私が――滅ぼしてやる」
それは決意。
復讐者となった獣人種の少女は、大切なものを踏み躙った者達への報復だけを原動力にして、生に縋るのだ。
どこら辺が書いてて辛かったかって、全体的に最悪でした。はい。
実は消す前の話の方がまだマイルドだったのですが、こちらの方が彼女の復讐心をより理解出来ると思いまして、こちらになりました。(まぁ文字数の問題もあったのですが)
次回も宜しくお願いします。




