第四話 贈り物は遅れて届きました
――時は遡る。
一条憂莉より吸血行為をされた東雲菜月は、その後ややあって上に乗っかっていた憂莉をどかすと、パタパタと制服に付いた草や土を払いながら立ち上がった。
血を吸われたことにより少し貧血気味で頭がクラッとするが、それも一時で治るので、軽く頭を振って忘れる事にする。若干の気だるさは抜けないが、いつまでもここでこうしているのは得策ではないと思い、少し鈍くなった思考を回転させた。
「……つか、まず町の近くに落としてくれないあの女神が悪いよな」
初心者に全く優しくない初期配置である。これで案内役の旅人とか精霊とかもいないんだから、ちょっとゲームを参考にして勉強しないとあの女神は今後やっていけないのではないだろうか。いや、別にあの女神がまた誰かを転生するとも限らないのだが。
なんて愚痴を言っても仕方ないので菜月は溜息一つでそれら全てを吐き捨てると、おもむろに空を仰いだ。
眩しく輝く三太陽は、ほぼ菜月の真上にある。つまり、元の世界の時間水準に照らせば現時刻は正午近くという事になる。この世界で目を覚ましてからほとんど時間が経っていないし、最初に見た時ともほぼ位置が変わっていないことから太陽の回り方が元の世界とこちらの世界でさほど変わらない、ということが推測される。正確な時間は分からないが、六十進法だといいなーと希望的な事を思いながら視線を前に戻した。
するといつの間にか目の前でにこにことしながら菜月を見つめ続けていた憂莉と眼が合うのだが、多分こいつはここから移動する事など特に考えていないのだろうと勝手に決めつけ――あながち間違ってもいないのだが――、もう一度溜息を零す。
「……とりあえず、状況確認するか」
状況を打開するにはまず現状を見よ、と昔誰かに言われた気がする。いや、どこかの本に書かれていたことだったか? まあ何でもいいのだが、有用な事なので菜月は可及的速やかに実行することにした。
服装はやはり高校の制服。このまま異世界民と遭遇すれば恐らく――というかほぼ確実に――好奇の視線を向けられることになるだろうが、現状これ以外の服は無いので諦めるしかないだろう。あまりに酷いようなら、街できちんと買い物できるようになってから着替えるつもりでいるが。
ちなみに靴は、菜月が黒を基調とした地味な運動靴、憂莉が茶のローファーだ。靴下は菜月は短い無地のもので、憂莉は白ニーソ。ついでに言えばスカートを校則を完全無視して短くし、風やちょっとの動作で艶やかな白の絶対領域が見え隠れするという、確実に菜月の好みを射た恰好だった。上も上手く着崩している。完全に風紀委員に喧嘩を売っているが、可愛いので文句を言い辛い。……それが、今まで憂莉の服装チェックをして直すことが他の風紀委員に出来なかった理由なのだが。
(そもそも、赤いリボンも校則違反なんだけどな)
そういえば、四月最初の服装点検でこいつをチェックした時もリボンだったっけ、と懐かしそうに苦笑する菜月。憂莉が怪訝そうに顔を覗き込んでくるが、無視して状況確認を再開する。
まず、金銭は無い。……といっても、元の世界のものがあっても意味が無いのだが。
そして食料もない。……この場合、目の前に広がる広大な森林に動物やら木の実やらがあれば大丈夫なのだが、それも行動し始めないことには意味無いだろう。
と、そこで菜月は思い出したように呟いた。
「……そういや、ウィンドウに所有物の欄があったっけか」
思い立ったが吉日、菜月はすぐにウィンドウを呼びだす。ここで気付いたのだが、ウィンドウは別に女神がやっていたように腕を振ったりしなくても、出したいと思えば呼び出せる便利方式らしい。
出現したウィンドウには能力情報と所有物の二つの項目が浮かぶ。菜月は迷わず所有物をタップすると、ピロンとお馴染みの交換音と共に縦長の空間映像に切り替わった。
「……ふむ?」
一通りタップしたりスライドしたりしてインベントリーの使用法を探る菜月。横長の小さな長方形が縦にスライドされるごとにカララララと小気味の良い音が鳴り、少し気分がよくなってついやり過ぎてしまうが、ふと「これ、VRMMO系の小説で見た事ある奴だ……」と思うと新鮮味が薄れて遠い眼をすることになる。まさか流用じゃないだろうな、女神様。
それはさておき。
長方形が縦並びに無限スクロールする右側にはアイテム。それを一つタップすれば左側のウィンドウに説明、そして取り出すか否かのボタンが出現する。説明には使用法や用途、ものによっては特殊効果などが記載されていた。
菜月のインベントリーにはいくつかのアイテムが入っていた。元の世界に居た時から使えたわけでは勿論ないので、恐らく女神が用意したものだろう。
そして、菜月のインベントリーに入っていたものは後記の通りである。
カ○リーメイト、一週間分(チョコレート味)。
ミネラルウォーター、十本(富士山の雪溶けのやつ)。
財布(牛革製)。中身は、白金貨一枚。金貨五枚。
包丁サイズの短剣、一本(銅製・両刃・錆あり)。
じゃ○りこ、二個(じゃがいも味)。
荒縄、一本(三メートル)。
綿棒、二百本入り一ケース(女神印)。
「…………」
菜月はしばらくの間、ウィンドウを開いたまま停止していた。
……まず、なぜ綿棒があるのか、と。
だがしかし、これを誰が仕込んだのかなど一瞬で理解できる。
「あんの馬鹿女神は何で綿棒入れてんだッ!?」
いや、別に綿棒が使えないとかそういうわけではない、だが、わざわざ異世界に持っていきたいかと言われたら、答えは否である。どうせこちらの世界にも耳かきくらいはあるだろうし、綿棒より優先すべきものがあるだろう。そもそも着替えが無いと困るのだから、そっちを用意すべきだろう。
「あいつ、あの世界でも綿棒勧めてたし、そんなに綿棒持たせたかったのか……?」
白尽くしの空間での女神との会話を思い出し、菜月は呆れて嘆息する。まあ別に捨てるのももったいないので持っておくが。
とりあえず、その他のカ○リーメイトとかミネラルウォーターとかは有り難い。財布の中の金貨や白金貨のレートは説明欄に書いてあったので感謝である。包丁サイズの短剣は、錆が付いているが実用可能なのでよし。じゃ○りこのじゃがいも味とか塩しか味が付いて無い気もするが、食料にはなるので置いておくとして。荒縄は……荒縄は……、
「あ、荒縄ですか!?」
「おう!? ど、どうした憂莉?」
何故か荒縄を選択した所で憂莉が反応する。それから赤い顔で菜月を見ながら体をくねくねさせ、
「先輩! わたしの手足を縛って下さい! それとも亀甲縛りですか!? 先輩はどんな縛り方が好、」
「ぐあああああそういうことか畜生ぉぉぉお!!」
はめやがったなあいつッ! と頭を抱えて絶叫する菜月。どこか違う次元から婚活の遅れたアラサー思考女神の爆笑する声が聞こえた気がして、癇癪を起したように菜月は頭をぶんぶん振った。
本人はすっかり忘れているが、菜月は憂莉に血を吸われたばかりで貧血状態である。そんな状態でへビメタのように頭を振れば、当然眩暈を起こしてしまう。案の定頭がくらくらしてきた菜月はその場に手をつくと、リバースまではいかないが口元に片手を当ててグロッキーな気分になった。
(…………なんか、まだここに転生して一時間も経ってないはずなのに、すげぇ疲れてきた……)
屋上から落下して死んで、真っ白な世界で目を覚ましてからずっと、菜月は――主に憂莉に――ツッコんでばかりだった。しかも今までにないほどにテンション高くツッコミを入れていた。
(まあ、あっちでも馬鹿やったりはしてたけど、こんな変な奴……危ない奴と会話する機会なんてなかったからな)
それに加え、異世界転生。自然と菜月のテンションは高くなっていたのだろう。
「大丈夫ですか先輩!?」と言って憂莉が菜月の背中をさすってくれる。その手は優しく、本当に心配していることが伝わってきた。
そんな憂莉を視線だけ動かして菜月は見る。肩から垂れる紫苑色の髪が菜月の頬をくすぐって甘い香りを振り撒き、菜月は経験のなさからか僅かに頬が上気するが、少し深呼吸して気分を落ち着かせた。
(美少女と一緒にってのは良いんだけど、こいつがこんな奴だとは思わなかったぜ……)
そんなことを考えていると、ふっと菜月の口元が笑みを作った。どうやら、現状況は自分が思っていた以上に楽しいと感じていたらしい。
少し気分が楽になると、菜月は笑みを浮かべたまま立ち上がる。「もう大丈夫だ」と憂莉に微笑みかけると、一度空気を大きく吸って頭をスッキリさせた。
「……さて」
貧血気味だった頭も一度落ち着かせたことにより楽になり、調子の戻った菜月はそう切り出した。
「とりあえず食料はある。水もある。じゃ○りこはともかく、金があるのは有り難いな。短剣は武器としては心もとないけど色々使えるだろうし、荒縄は、」
「わたしを縛りますか!?」
「違う。高い所から降りる時とか、何かを固定する時にとかきちんとした使い道があるだろ」
目をキラキラさせる憂莉の言葉をバッサリ切り捨てると、菜月は軽く手を振ってウィンドウを消滅させる。どうやらこちらも念じるだけで消去できるようだが、なんとなく動作を起こして消したくなるのはゲームのやり過ぎだろうか。出す時もたまに「スタートボタンどこだっけ」とか思ってしまうし。
ちなみに綿棒はスルーである。多分、インベントリーから取り出すこともないだろう。女神印とか見たくないし。
「そんじゃ、次は憂莉のインベントリーを見せてくれ」
菜月が促すと、憂莉は縛ってくれないことに残念そうな表情を浮かべながらも言われた通りウィンドウを出現させ、所有物をタップし切り替える。
菜月と同じデザインの透明な空間映像が憂莉の手前に現れると、菜月は横から覗きこむようにして目を通す。ウィンドウは出現させた本人にしか操作できないようになっているようで菜月には動かせないが、スライドさせてアイテムを確認するほど入っているわけではなかった。
ちなみに現時点で菜月達は知らないが、他者のウィンドウは出現させた本人が見せてもいいと思った人にしか見えないようにできているのだ。既に二人は見せ合っているため、菜月も憂莉も互いに見せてもいいと思っているということになるのだが……菜月はそれにまだ気づいていない。
「うーむ……俺と似たり寄ったり、か?」
憂莉のインベントリーに入っていたアイテムは、綿棒も含めてほとんど菜月と同じものだった。ただ、憂莉の方には荒縄と短剣は無く、代わりにシャンプーやトリートメント、洗顔用品、爪切り等々、何故か手入れ系アイテムが揃っていたのだが。妙なところの配慮があるなあの女神。
「しっかし、地図が無いのはキツイな」
憂莉がウィンドウを消すと、菜月は僅かに顔を顰めて呟いた。
「コンパスもありませんしね。そもそもこの世界の方位がわたしたちの世界と同じとは限りませんけど」
「まあ、星自体も公転ってなさそうだしな。地球みたいな磁力が有るとは限らねぇし……とりあえず太陽の方角が南ってことにしとくか」
おもむろに空を仰ぐ菜月。太陽は先ほど見た時とほとんど変わらず真上で輝いていた。しかしよく観察すればきっちり真上、というわけではなく、微妙に中央からずれた場所で煌めいていた。そちらを南ということに仮決めし、菜月は眩しくて痛くなってきた目を一度閉じて北(仮)を向く。
「……この場合、どの太陽を基準にするかが問題だが……まあ、三つともほぼ纏まってるからいいや」
ますます一つで良い気がしてくる三太陽だが、文句を言っても始まらない。菜月は再び目を開くと、ぐるりと周囲に視線を巡らせた。目覚めてすぐの時にも確認したが、やはりどこを見ても木々や花、草などしか目に入らない。一本だけ伸びる獣道のようなものは、片方が太陽に向かって伸びているため、南北にできているようだ。ただ、どこで途切れるか分からない以上迂闊に進むのは愚行だが、何も行動せずここでインベントリーの備蓄を消費する方がまずいだろう。
「北か……南か……。正直、どっちでもいいな」
東西で聞かれたら西と選択する気でいたが、残念ながら今回は南北である。ちなみになぜ西かというと、単純に異世界もので「東の果ての島国から来ました!」と言いたかったからである。別にどちらに行こうと、東の果ての島国こと我らが日本はこの世界に存在しないのだが。
「賽で決めます? 偶数は北、奇数は南、整数はここで二人の愛の巣を築くとか」
「オイ待て偶数も奇数も結局整数だろ!? というかサイコロは整数しか出ねぇから!」
「えへへへっ。運は常にわたしと先輩が結ばれるように働くんですよ?」
「絶対出るのに運もひったくれもねぇよ!」
声を荒げツッコむ菜月。まずこの場にサイコロが無い事をツッコむべきなのだが。
話を戻すため菜月は一度咳払いを挟むと、視線を獣道へ戻す。
「……そうだな。賽で決めるかはともかく、問題はどっちに町がありそうか……なんだが」
「そもそもきちんとした街道でない以上、町や村に繋がっている可能性は低いと思いますけど?」
確かに憂莉の言う通りなのだが、何も無い方角に向かうよりは何か目印があった方が精神的にもいいだろう。それが途切れていたら大変だが。
――と、菜月が思考し始めたところで、不意にピロリンと電子音が響いた。次いで自動的に菜月のウィンドウが開く。そこには能力情報と所有物のほかに、見慣れないプレゼントボックス付きの手紙のマークが出現していた。
「なんじゃこりゃ? MMOのメッセージ機能?」
「どう○つの森のアイテム入れた時の手紙のマークに近いですね」
「……お前、どう○つの森やったことあったのか。てっきり名門一条家様はゲーム禁止とかルールがあるのかと思ってたんだが」
意外だと菜月が驚き顔で言うと、憂莉は少し困った顔を浮かべてかぶりを振った。
「やったことは、無いですね。……『トモダチ』がやっている所を見たことがあるだけですよ」
――その『友達』の部分を声に出した瞬間、僅かに憂莉の表情に陰りが差したが、一瞬で元の笑顔に戻してしまったため、菜月が気づくことはなかった。
「ふぅん。……まぁいいや。とにかく、開いてみないことには始まらねぇよな」
名門家のお嬢様は大変なんだな、と他人事のように考える菜月。無意識のうちに憂莉の陰りを察したのか、さしてそこから先は掘り下げようとせず、話しの対象をウィンドウの手紙マークに戻した。
所有物を開く時と同じようにタップすると、ピロロンと少し変わった交換音と共にウィンドウが消滅、切り替わる。縦長長方形の空間映像にリストが浮かび、その一番上段に『発信人:女神 件名:女神様の有り難い贈り物 11時46分受信』と威厳のある明朝体で書かれたメッセージが、Newマークを端に添えつつ鎮座していた。
「「……発信人、『女神』?」」
あんまり良い予感がしねぇ、と苦笑いする菜月と、彼氏の浮気相手からメールが届いた所を見てしまった彼女のように瞳の光を消す憂莉がハモる。次いで菜月は一瞬で体の芯まで凍りつくような視線を受け、身震いしながら女神からの爆弾を開いた。
『発信人:女神
件名:女神様の有り難い贈り物
本文
はろはろ元気にしてるー? みんなのアイドル女神んだよー☆
さてさて、インベントリーに入れておいた私からのプレゼントは気に入ってくれたかな? え? 嬉しすぎて涙が出そう? 感謝し崇め奉る? いやー、やっぱそう思うよね~。流石は私だ!
私の個人的なオススメは綿棒だよー☆ やっぱり君も嬉しいよねっ♪
はてさて、それでは最後の贈り物を送っちゃうよー!! これで君も大満足で心臓破裂しちゃうね☆★☆
え? 破裂はしない? またまた照れちゃってー♪
贈り物はこのメッセージの一番下のプレゼントマークをクリックしてね☆
追伸
べ、別に、最初に入れ忘れて後で気付いたとか、そういう訳じゃないんだからね!!』
……と、メッセージに書かれていたのは以上である。
そこから少し下までスクロールすると、前記されていた通りにプレゼントマークがぴこぴこと『For You♪』の文字を躍らせながら貼られていた。
読み終わってもなお継続する憂莉の絶対零度の視線に菜月は鳥肌が立つが、その視線で呪い殺したいのは女神であり菜月ではないため、憂莉は無理矢理殺意を抑え込んで一度その視線を霧散させる。その心中では、「いつかあの女神の顔を拝む日が来たら、わたしと先輩の中を邪魔するような事をした今日という日を死ぬほど後悔させてやる」と密かに誓っていた。
他方、菜月は改めて「憂莉は絶対怒らせないようにしよう」と思っていた。憂莉が菜月に怒りを向けることは現状皆無なのだが、いまいち憂莉の事を掴み切れていない菜月にはそう断ずることが出来なかった。……まあ、掴み切れるようになる頃には大分菜月は憂莉に毒された事になるのだが。
とりあえず菜月は、一瞬で消えた憂莉の極寒視線と女神のウザメールにぎこちない笑みを浮かべながらも、書かれていた通りにプレゼントマークをタップする。すると、パカッ、シュワワーンと無駄にキラキラ音の混ざった交換音が響くと共に手前に新たなウィンドウが出現した。
『「初級魔道書・魔法学入門編」を入手しました』
「魔道書…………え、魔道書っ!?」
予想外の贈り物に菜月は素っ頓狂な声を上げると、手に入れたアイテムの参照を読むため素早く手を動かし始める。OKをタップすると電子音と共にウィンドウが消滅し、すぐに女神からのメッセージのウィンドウも消す。次いで最初の画面まで戻ると、所有物を選択し、いくつか埋まっている項目から先程入手した魔道書をタップ、左側の説明欄に参照が現れると食い入るように読み始めた。
『「初級魔道書・魔法学入門編」
レアリティ3
第一位階の初級魔法の知識が記載されている魔道書』
と、説明文にはそれしか書かれていなかった。
だが、それだけで菜月のテンションは最高潮まで一瞬で登ってしまった。
「魔法……魔法ッ! 魔法キタァァァァ!!」
魔法――それはすなわち、ファンタジーの王道にして、例え現実に使えなくとも全ての者に夢を見させるほどの、最高の能力。
それを使えるようになる物を与えられて、喜ばないわけがない。
――まあ、喜ぶかどうかは実際人それぞれなのだが、菜月みたいな年頃で、ゲームや漫画、ラノベなどに耽っていた過去のある人ならば、九割以上がテンションMAXで舞い上がるような事であろう。
「来る前にあの女神が剣と魔法の世界っつってた時点であるのは分かってたけど、まさかこんなに早く使える機会に巡り合えるとはな! くくくっ、たまには女神もいい仕事すんじゃねぇか!」
まあ、最初は入れるのを忘れていたのだろうが、そんなことは今はどうでもいいと鼻息荒く菜月は魔道書をインベントリーから取り出して実体化させる。普通にアイテムをタップして実体化のボタンを選択すれば、シュワンッと爽やかな交換音を鳴らしつつ菜月の目の前に出現するのだ。質量とかどこに消えていたのかが謎だが、魔法なんてものがある世界でそんなことを気にしても仕方ないと思い、結局は異世界補正の一言で片づけてしまった。
実体化すればもちろん重力に従うので、菜月の目の前に出現した魔道書はすぐに落下を始める。菜月は地に落ちる前に魔道書を掴むと、自身の想像より遥かに軽い事に僅かに目を見開いた。
「てっきり魔道書って辞書みたいに厚いと思ってたんだが……結構薄いな」
三百ページ前後のライトノベルの半分くらいだろうか。言い換えれば手帳サイズに薄さ、といったところだ。
しかし菜月が興味深そうに魔道書を眺める反面、憂莉の顔には酷く闇が差していた。
「あの糞女神が送ったもので先輩が喜んでる先輩が先輩がわたしの先輩が一回死ねばいいのにあの阿婆擦れ女いやいっそその存在を永遠に抹消して二度と先輩に関わらないようにしなきゃあははじゃなきゃ先輩が迷惑するそうだ先輩が困るんだからアレはいない方がいいいない方がだって先輩とわたしの間にあんな年増が入ってきたら先輩が気分を悪くしちゃうだからあはは、あははははは、あははははははははははははははははははははははははははははははははははは♪」
光の無い瞳で憂莉は嗤う。その声は低く小さく、菜月の耳には正確に内容を捉えることはできなかったが、憂莉の内から発せられるどす黒いオーラのようなものを感じ、魔法への興奮など一瞬で冷めて後退った。
憂莉の手には懐より取り出した短剣が握られており、日光に反射する銀刃が鋭く煌めく。血が滲むほど強くグリップを握りしめ、もし目の前に女神がいたら雷光の速さで斬りかかっていたことだろう。
「お、落ち付け憂莉。とりあえずその短剣をしまおうか」
「落ち着く、ですか? 何を言っているんですか先輩。わたしはずっと落ち着いてますよ?」
「いや明らかに落ち着いて無かったよね!? むしろあれが平常なのか!?」
「先輩が望むのであればわたしはどんな性格にでも変えて見せますよ? ただ、先輩に近づく女はわたしが払うことになりますので、その際は素で殺らせてもらいますけど」
「やっぱあれが素だったのか!」
察してきてはいたけど、メッチャ怖いな本性! と声を上擦らせながら頭を抱える菜月。その様子を眺めながら、うふふ、と口元に手を当てながらどこぞのお嬢様のように上品に笑う憂莉。まあ、実際名門一条家の長女様はお嬢様といっても差支え無いのだが。
結局、菜月が魔道書を読み始められるようになるまで、十分ほど憂莉のご機嫌取りをする事になったのだが、それはまた別の話。
菜月はただ、始まったばかりの異世界ライフをこの後輩と送ることに多大な不安を覚えながら、深く深く溜息をつくのであった。
一話ではシャルロッテに会えませんでした!
ちなみにじゃ○りこのじゃがいも味は、じゃがバター味みたいなバターすらも入っていません。じゃがいもそのものの味を大事にする、というのが売りのようです。
今のところ一週間に一、二回投稿にするつもりですが、もしかすると投稿できない場合があるかもしれません。御免なさい。
次回も読んで頂けると有り難いです。